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「地方自治論」レポート
「市町村合併を巡る市民と行政ー市民の声は届いたかー」 990124Y 小林綾香
私は与野市に住み、合併を巡るあれこれをなんともなしに眺めていた。今年の5月より正式にさいたま市になり、私の周囲の生活も変化が起きはじめたが、果たしてそれは与野・大宮・浦和市の市民達が望んでいたものであっただろうか。住民投票は市町村合併において重要な住民の意見を吸い上げる手段であったが、さてそんなものやったかしらというのが今回のテーマの発端である。そして進めるうちに問題は市民と行政の隔たりを強く認識せざるを得ない状況になってきた。しかし、合併を推し進める間に置き去りにしてきた諸問題を残したまま、さいたま市は政令指定都市への動きを慌ただしく見せ始め(その為の合併でもあったが)、数年後にはさいたま市は区制となり再び与野・大宮・浦和の名が戻ってくるのだという。今も含め、今度こそ市民の声は届くのだろうか。
◎3市が合ぺい「さいたま市」にhttp://www5.ocn.ne.jp/~syakai/3shougaku/3sigappei1.html
(ポイント) ・埼玉県の浦和市+与野市+大宮市=人口102万人のさいたま市 ・合ぺいで大きな事業がやりやすくなり、行政のむだがへる ・政府も合ぺいをあと押し→3200の市町村を300に 埼玉県の浦和、与野、大宮の3市が合ぺいし、「さいたま市」になりました。人口は約102万人で、日本で10番目の大都市です。政府はこれからも日本中の市町村に合ぺいするよう働きかけ、地方行政のむだをなくしていく方針です。 この3市は東京の中心部から電車で1時間以内のところにあり、都内の会社や学校に通う人々がたくさん住んでいます。3市にまたがる地域に国の役所がたくさん移ってきたため、ここを中心に新しい都市づりを進めようと合ぺいが決まりました。また、埼玉県には人口20万−40万人ぐらいの都市が多いため、県民からも「商業や行政の中心となる大都市をつくるべきだ」との声が高まっていました。
市町村が合ぺいすると、いろいろな利点があります。1つにまとまれば財政や予算が大きくなり、小さな市町村ではできない大きな事業がやりやすくなります。特に水道事業や消防、ごみ処理などはいくつかの市町村が協力した方が効果的です。どの市町村でも役所や役場の仕事はほぼ同じなので、合ぺいしてひとまとめにすれば、職員をへらしたり税金を節約することもできます。
明治時代には全国で約16000もの市町村がありましたが、合ぺいが年々進んで今では約3200になっています。政府は合ぺいする市町村に対して、特別にお金をはらって手助けし、最終的には市町村数を300ぐらいにする方針です。
与野市から考える市町村合併http://gyosei.mine.utsunomiya-u.ac.jp/2000jointo/gappei.htm
市町村合併というテーマから「さいたま市 三市合併」を取り上げる。
それから 「小さな与野市の良い政策(ex.ゴミ収集)がないがしろにされていないか」という視点で三市合併の考察を試みた。しかし調査を進めていくごとに、行政と住民の合併に対する意識の違いが浮き彫りになっていき、それを無視して合併問題は語れないと思うようになった。
本レポートでは、私たちの合併に対する意見の変遷をたどりながら、根本的な合併問題の解決法を模索していきたいと思う。
目次
T.どうして今市町村合併なのかU.三市合併の理由とその過程V.与野市においての合併の全貌W.まとめ
T.どうして今市町村合併なのか
1.地方分権の受け皿
●地方分権一括法
正式には「地方分権の推進を図るための関係法律の整備などに関する法律」とは、地方分権を推進するために、475本の法律改正を一括形式で行うもので、平成11年7月8日に国会で成立、7月16日に公布された。施行は平成12年4月から。
合併の「障害除去」ということにとどまらず、「自主的な」市町村合併を推進していくという内容。主な内容は、
@. @. 国と地方自治体の役割分担の原則
A. A. 機関委任事務制度の廃止
B. B. 国の関与の見直し
C. C. 権限委譲の推進
D. D. 必置規制の見直し
E. E. 都道府県と市町村の改革
F. F. 地方自治体の行政体制の体制・確立
⇒地方の問題は地方で処理する(地方分権の進展)
県ではなく市町村に決定権+責任→市町村の実力UPは必死→合併
2.財政の圧迫
国債645兆円 GNPの1.3倍
⇒地方行政の礎である地方交付税・補助金の確保難
課税自主権の行使で地方自治の財政を確保する市町村もあるが、増税では住民の批判をかうこともある
⇒歳出の見直し⇒合併
その他にも、少子高齢化の進行、生活圏の広域化、多様化・高度化する住民ニーズに答えていくには、広域的な市町村の連帯だけでは限界がある。
U.三市合併の理由とその過程
主に以上のような理由で市町村合併は推進されている。私たちはそのような予備知識のもと、10月17日に浦和市で行われた「市町村合併をともに考える 全国リレーシンポジウムin埼玉」を公聴した。
パネラーとして、与野市長 井原勇氏、専修大学法学部教授 小林弘和氏、埼玉経済同友会代表理事 増野武夫氏、彩の国新都市産業人懇話会会長 宮田保夫氏、自治省行政局長 中川弘明氏、また、コーディネーターとして、埼玉新聞社常務取締役編集局長 沼田洋太郎氏でパネルディスカッションは行われた。
はじめ、上記で述べた同じ理由で合併の必要性を述べられたあと、「市町村は本当に地方分権の受け皿になるか?」、「どうすれば市町村合併はスムーズにいくか?」という論点から討論がなされた。
そのなかで与野市長の、「住民は市町村合併に反対しているわけではないが、手放しに喜んでいるわけでもない。私たちが結局合併せざるを得ない、と考えていることを国が知っているのか。」という言葉がひっかかった。
与野市は合併をしたくなかったのか?
また、あくまで合併を前提におきながら「住民主体」を謳う姿勢も気になった。
行政に住民の意向を聞く体制は整っているのか?
本シンポジウムは3市合併を主に取り上げているものではなかったが、市町村合併全般において、上から推し進める政策という印象を強くもった。
上記の疑問点を念頭におき、さいたま三市の合併はどのような軌跡を辿っているのかを見る。
(このときは、私たちはまだ、さいたま三市合併も国が推進している市町村合併の流れに乗ってなされようとしているのだと思っていた。)
1.三市合併の理由
@三市の行政区と生活圏の不一致 A業務核都市への移行 Bさいたま新都心建設(*1)
2.三市合併の過程
1994年 5月16日 |
浦和市、大宮市、与野市の市議会議員による 「政令指定都市問題等3市議員連絡協議会」設立 |
1995年 3月20日 |
浦和市議会で「合併促進決議」可決 |
1995年 3月27日 |
大宮市議会で「合併促進決議」可決 |
1995年 4月1日 |
3市に政令指定都市推進室設置 |
1995年 6月30日 |
与野市議会で「合併促進決議」可決 |
1997年 3月 |
石原前内閣官房副長官、大宮で演説(*2) |
1997年 7月7日 |
3市市議会において「任意の合併促進協議会設置決議」可決 |
1997年 12月18日 |
「第1回浦和市・大宮市・与野市合併推進協議会」開催 |
2000年 4月10日 |
3市市議会で「合併協議会の設置」議決 |
2000年 4月29日 |
「第1回浦和市・大宮市・与野市合併協議会」(法定協議会)開催 |
2000年 9月5日 |
「第6回浦和市・大宮市・与野市合併協議会」開催 合併調印式開催 |
2000年 9月25日 |
3市市議会で、廃置分合に関する4議案議決(*3) |
2000年 10月10日 |
3市長、県知事へ配置分合の正式申請を行う |
出典:『視察資料』与野市役所政策企画部 政令指定都市推進室
(但し年号を西暦に改めた)
(*1)さいたま新都心建設
浦和・大宮・与野三市にまたがる大宮操車場跡地を、JR東日本・埼玉県・住宅都市整備公団・三市が共同開発して「さいたま新都心」にするという計画 1992年
(*2)「新都心が別々の自治体にまたがることは避けてもらいたい」
さいたま新都心完成までに合併問題の結論を求めた また、政府の10省17機関の移転をさいたま新都心に決めた際、「この地域を1つの自治体にするという県の約束が前提であった」と強調した
(*3)正式に3市市議会で合併決定
理由に挙げているさいたま新都心建設は、(*2)でもわかるようにこの三市合併の重要な比重を占めている。しかし、リレーシンポジウムで配布された資料にはその記述がない。
また、三市合併策は昭和2年から何度となく打ち出されてきたが流れてしまったという経緯がある。ではなぜ今回の合併策に与野市は同意したのだろうか。やはりそれは、上記の石原前内閣官房副長官の言葉に集約されているのように、国からの要望にこたえることと、その費用ために負担した経費の穴を合併をすることで補うためではないだろうか。
この時点での結論
・与野市は合併を望んではいなかった!
V.与野市においての合併の全貌
1.合併反対を唱える市民
私たちはこれまで行政側の資料などをもとに三市合併を見てきたため、そこに住民の声や、真っ向から合併に反対する意見はなかった。そこで与野市の政令指令都市を目指した合併に反対を唱える活動をしている「市民じゃ〜なる」の方々への取材を行った。
調査団体:市民じゃ〜なる編集部(注2)
調査日時:11月11日 土曜日
回答者 :長内経男氏(市民じゃ〜なる発行人) 土井裕之氏(浦和市議会議員・市民じゃ〜なる編集委員)他4名
1・合併の話はいつ頃、どのような形で市民に知らされることとなったのか。
合併の話が実際に出てきたのは1994年大宮公園の花見である議員が提案したことによる。
(政令指定都市問題等3市議員連絡協議会の始まりか?)それから1995年3月に大宮市・浦和市で、6月に与野市で「合併促進決議」が議決されたことに端を発しているという。実際、市民が合併を意識するようになったのは1995年に行われた与野市の選挙のときに「小さな与野 いいじゃないか!」という住民グループが合併に反対する候補者を支援し、合併問題を市民に問うたことによる。
2・合併に賛成・反対の割合はどのようになっているか。
どの団体が主体となっているのか、どの時期に調査したのかということによってデータの取り扱い方や回答の傾向が変わるため一概に延べることはできない。参考資料として、下記の資料をいただいた。
|
浦和市 |
大宮市 |
与野市 |
三市合計 |
||||
|
回答数 |
回答率 |
回答数 |
回答率 |
回答数 |
回答率 |
回答数 |
回答率 |
必要 |
735 |
12.96% |
1456 |
17.47% |
208 |
15.82% |
2399 |
15.66% |
必要ない |
3229 |
56.93% |
4330 |
51.97% |
750 |
57.03% |
8309 |
54.24% |
わからない |
1185 |
20.89% |
1884 |
22.61% |
206 |
15.67% |
3725 |
21.38% |
どちらでもない |
523 |
9.22% |
662 |
7.95% |
151 |
11.48% |
1336 |
8.72% |
合計 |
5672 |
|
8332 |
|
1315 |
|
15319 |
|
出所:「実行委員会ニュース」2000年11月7日No。4より
3・与野市の行政が合併することによって変わること(例としてゴミ問題)を市民はどのような段階で知らされたのか。
ゴミ問題に関していえば、与野の市民が困るということは何もなくかえって浦和・大宮の市民のほうが分別基準が細かくなるため、困るのではないかということである。回答者の推測では、与野市役所職員の人自分たちのしてきたことがなくなってしまうので、感情的に納得いかないのではないかということである。
4・現時点で、与野市はどのような立場に立たされているか。
今回の合併について与野市を見てみると、吸収合併される感が強い。実際区割りにしても議員数にしても与野のデメリットは大きい。
5・行政は市民に対してどのような働きかけをしたか。
与野市では任意協議会があるころから懇話会を開いている。しかしそのあり方には疑問点がある。(例:ディナーショーを開く)
6・行政の広報活動は合併問題にどのような効果を生んでいるか。
合併が法的手続きをふんで決定した問題ではなくても、すでに決定しているという誤った情報を定着させている。もはや市民が意見を言う機会がないという無力感を与えている。
7・市民活動がどれだけ行政に反映されているか。
市民団体への調査により私たちは思っていた以上に行政と市民の間に隔たりがあるのではないかという印象を受けた。しかし市民団体は独自の活動を行って独自のルートで得た情報もあるので純粋に市民という目から見ているとは言い難い気はしている。おそらく普通の市民が合併に関する情報を知るとしたら市が配布する広報であると思うが、それはもう決定し終わった政策を報告するものであり、市民に意見を聞いているものではない。市民に行き渡る合併に関する情報は極めて少なく、偏っているのだ。たとえば、行政の広報だけを見れば、さいたま新都心建設が合併の最大要因であるとこは窺い知れない。そのような状況で、実際市民はこの合併に対してどのように思っているのだろうか。それは、訪問したときに今回の合併について彼らが行ったアンケートの集計結果から見ることができた。そのとき、これはまさに私たちが知りたかったことだと思った。内容は合併をこのまますすめていいのかというものだったが、ほとんどの答えが住民投票によって合併をすすめるかどうか決めてほしいという回答だった。またそのなかで市民は、情報があまりにも少ないことや合併によって自分の生活がどのように変わっていくのかということをイメージできないことによる不安も隠せないでいた。行政が広報で情報は十分公開していると言おうが、うわべだけの情報であるということは市民も承知しているのだ。そのような意見を見れば、やはり市民は必ずしも合併に手放しで賛成ではないのかもしれないと感じざるを得なかった。実際自分の住んでいる町がよくわからないまま合併するとなったらどうだろうか。どうして合併をするのかよくわからない、気付いたときには反対意見は聞き入れられない、行政が流す情報はいまひとつ信用できない、という状況で、ただ行政を信用し、合併に納得できるだろうか。
取材前 ・与野市は合併せざるを得ない状況になってしまったのでは?
取材後 ・与野市は合併しなければいけない状況に自らを追い込んで、合併せざるを得ない状況を市民にアピールして同意を得ようとしていないか?・三市合併をメリット・デメリット論でしか市民に説明していない。・やはり住民の合併に対する知識は少ない。・住民の意見が反映されない合併である。・本当に与野市は合併する必要があるのだろうか?
2.与野市行政の回答
以上のような疑問をもち、次は与野市役所に話を聞いた。
調査場所:与野市役所
調査日時:11月24日 金曜日
回答者 :辻村公雄(政策企画部 政令指定都市推進室 主査)
関根孝雄(政策企画部 政令指定都市推進室 主任)
・合併協議会のあり方
⇒考え方の相違が生まれるのはなぜか?
(与野市が考える)
合併推進協議会:合併することを念頭におき、そのためにやらなくてはいけないことを決める議会
合併協議会(法定協議会):合併推進協議会で決定したことの確認する議会
⇒本来合併協議会とは合併決定の場ではなくてその是非を含めた協議・検討の場ではないのか。
協議会の定義がちがう。
・市民へのPR活動
⇒関心が低いのはなぜか?
PR活動はできるだけのことはしている。与野市に限らずだが、市民の行政に対する関心が薄い。
・合併目的の不明瞭さ
⇒どこに合併の目的があるのか?
@三市の行政区と生活圏の不一致(ex.南与野駅は主に浦和市民が利用し,与野駅は浦和にある。)
A業務核都市への移行
B新都心建設
⇒Bを除けば広域連合でよくないか? 広域連合は都市部ではあまり意味がない。
・市民概念の違い
⇒誰を指して市民と呼ぶか?
選挙の結果で市民の同意は得たと思っている。議員は市民の代表である。
行政に訊きたいことはたくさんあった。そしてできる限り訊いてみたつもりである。しかし、釈然としないものが残ったのはなぜだろう。それは行政がどのように市民を見ているかをまざまざと見せ付けられたからだ。反対論が出ても、今まで市の行く末を考えてきた人たちが出した合併という答えを人気投票のようにじゃぁ考え直しましょう、止めましょうという風にはいかない、という姿勢。与野市民は埼玉県人という自覚のほうが強いからあまり合併しても変わらないと思っている、という発言。また、最後には、行政がいくら働きかけても関心を持ってくれないのは市民のほうだ、という。この言葉に市民が行政不信になる理由があるのではないだろうか。市民は行政がそういう態度だから自分たちの生活に大きく関わるかもしれない事柄(この場合、合併)に関心がなかなかもてなくなるのだ。不透明すぎる行政にどうやって関心をもてというのだろうか?
W・まとめ
私たちは市民団体へのインタビューを通じて与野市はこの合併問題に関して広く広報活動をしているのではないかと思った。実際私たちが聞いていたよりも住民アンケートを行っているように感じた。今もひとつインタビューを行っている最中であるという。他市の状況はと言うと、大宮市は1995年の8月と10月に、浦和市は1996年2月に合併についてと政令指定都市になるということについてのアンケートを行っている。
与野市発行の『市民へのPR活動』を見ると、与野市行政は1995年から年に一回の割合でシンポジウムを開催している。開催時間を変えてみたり、人が集まりやすい曜日に開催したりといろいろな対策をしているが、住民の参加状況を聞くと、やはり高齢者が多く、懇話会への参加人数の少なさが憂うほどだという。このことは平成11年に行われた調査の中でも数字として認識することができる。20代・30代の人もパンフレットにも目を通さないのが過半数であり、広報誌に載せている記事にも目を通さないという人の割合も過半数近い。反対派の人の参加も見受けられるが、職員からすると特に気になるということはなく合併問題はあくまで推進の方向で進んでいると言う。
またこの合併問題を考えていく上で気になった点は、行政の考える「市民」と私たちの考える「市民」の違いである。この違いが非常に大きいような気がする。何をもって市民と呼ぶのか。議員選挙のときに推進派の票が多かったからそれで市民を後ろ立てにできたと考えるのか。確かにその言い分もわかる。しかし、当選した議員全員が3市合併・政令指定都市を公約にしていたのかと言う問題が残るし、当選した議員が推進派であったかもしれないが、それが一番の公約であったかは不明であるからだ。そして少なからずいたであろう反対派、消極的な人の存在をないものとして考えている姿勢もいかがなものであろうか。それは前述の市民団体へのインタビューを行った際に参考までに見せられた与野市民へのアンケート結果に出ていると思われる。合併や政令市に向けては慎重に行って欲しいという「市民」意見が多く、また合併は必要ないという意見も少なからずあった。与野市が行ったアンケートの中でも多少は見ることができるだろう。(注3)参考までには聞いておくが政策には反映されていない(住民投票を求めたりするときの逃げ道である)と市民団体が感じるのも無理はない。
この合併について私たちが非常に疑問を抱くのが「合併目的」がどこのあるのかということである。この合併の主要因は十分明らかで「さいたま新都心への省庁誘致」のためである。それにもかかわらず、行政はシンポジウムでは、せざるをえなかった合併である、財政難だから住民サービスが低下してしまう恐れがあり、それを避けるためである、今一生懸命に国が推し進めているからである、と言っている。
まず財政難を理由に挙げることのお門違いさを見てみよう。財政難についていってみれば市民団体は、たいていこういう予算については全体の5%を投入するものであるが与野市は10%を投入しているところから自ら種をまいたことに他ならないと指摘する。またその上、与野市役所の職員の方も、財政難というのは確かに一要因であるかもしれないとする消極的な回答にとどまっているのである。それよりも彼らが挙げたのは生活圏と行政区画の不一致(特に小・中学校の学区)であるが、それも真実を述べているとは言いがたいと思う。しかし、今までは確かに小さな与野でもいいとされてきたが今の時代では小さなままでは解決できない問題(ゴミ処理場の敷地が確保できないなど)が増えてきたことが問題であると言うのは、否定することのない事実ではあるだろう。
それよりも問題は,やっぱりこの合併が現在国によって推し進められている合併とは違うにもかかわらず、国が推し進めている合併に基づいてなされていると言っていることである。
私たちがはじめに興味を持ったごみ問題について言及すると、与野市のゴミ対策は非常に良い評価を得ている。ホームページをみても明らかであるが、与野市役所のホームページ上からは簡単に大変細かいゴミの分別方法まで知ることができるが、他市のホームページ上からは与野市ほど簡単にアクセスすることはできないからである。これは、与野市がゴミ問題に関して積極的に取り組んでいることの裏づけになると思う。しかしこれは3市合併を期に消えてしまう可能性がある。浦和市・大宮市ではゴミ袋は無料であるため、合併時に両市にあわせて無料にしてしまうからである。与野市の発行しているパンフレットを見ても有料化対策については「一時休止」と書かれている。先日のインタビューのときに聞いてみたのだが、一時休止とは言っても話し合いが行われるのかは不明であるし、続けられるかも不明だと言う消極的な回答をいただいた。
この対策は市民からの支持もあり続けてほしいという声があるというのを聞いているので、与野市はこのことを合併協議会で強く提案してもいいのではないかと思う。「小さな」与野がイニシアチブ争いに加わることができないのならば、こういうところで力を発揮するべきである。私たちが聞いたときにはこれで市町村合併が滞ってしまうなら妥協もやむをえないと言っていたが、せめてこれからどのように進んでいくべきかを市民に知らせるべきであると思うし、そこまで論議することも必要であった思う。住民の後押しがあるのに消してしまうのは、行政に対する期待がさらになくなってしまうのも仕方がないとことである。「やれないのではやらないだけだ」(井原与野市長)と考えるならば、もっと合併協議会の中で言うべきである。合併協議の審議の大半は「合併時に…」、「合併後に…」という言葉が多く見受けられ、問題を後回しにしている感がある。行政が発行する広報誌などから住民は多くの情報を得ているが、これでは自分の生活がどう変わっていくのか把握できなくても仕方がないだろう。行政側は、住民は行政活動に対して関心が低いと言っているが、行政活動のあり方にも情報公開にまだ消極的な姿勢を示していることや、政策情報があまり公開されていないなどの問題があり、また行政職員の中にどうせ住民は関心が低いのだと考えている姿勢にも問題はあると思う。こういうことが要因となり、住民と行政との隔たりをますます広げているのではないだろうか。
http://www.gikai.ageo.saitama.jp/teirei0012/t1212-ode.html
次に、合併政令指定都市問題についてお尋ねをいたします。浦和、与野、大宮の3市の市議会は、去る9月25日、合併を決議し、来年5月1日にさいたま市が誕生することになりました。人口100万の都市が生まれますが、合併の是非を市民に直接問うこともなく、強引に進めてきたこと、そして行政水準をどう統一していくかという事務事業の一元化は大半がこれからの作業となっていること、合併後の政令都市化は3市だけで行うのか、上尾、伊奈を含めて4市1町で行うのかなど多くの課題と問題を残したままの船出となったわけであります。この合併は、平成の大合併の引き金となる、自治省の行政局長が言われているように、国、県も強力に後押しし、合併推進協議会の会長には、ご承知のとおり元内閣官房副長官の石原氏、会長代行に県副知事の武田氏が就任しました。石原、武田両氏とも学識経験者としての参加ですが、合併を進める主役の役割を担ってきております。 一方、本来主役であるはずの市民はどうかといいますと、3市の市民団体などから繰り返し求めてきた合併の是非を市民に直接問う意向調査や住民投票は一切拒否され、合併推進協議会は推進派のみで構成し、新市の名称、市役所の位置、事務事業の一元化から新市建設の基本方針までが決定されました。そもそもこの合併は、市民の側からわき起こったものではなく、1985年に政府は首都圏改造計画を決定し、浦和、大宮を業務核都市として位置づけ、肥大化する都市圏機能のうち、必ずしも都心に置く必要のない機能の移転をするための受け皿づくりをこの地域に担わせることにしたわけであります。そして、旧国鉄操車場跡地に国、県3市が一体となって1兆3,500億円の投資を行い、政府は大企業をこの地域に誘導するため、わざわざ政府機能と業務機能を集積させる計画で、ことし5月5日、埼玉新都心のまち開きを行いましたが、浦和、大宮市にはこのほかにさらに巨大開発が計画をされております。例えば大宮市では、大宮駅周辺を大企業のための都市につくりかえる大宮都心構想450ヘクタールや、日進、宮原地区では大宮副都心構想460ヘクタール、浦和市では県営サッカースタジアム周辺の浦和東部開発320ヘクタールなど幾つもの大規模開発計画が進められています。こうした業務核都市づくりとともに進められてきたのが政令指定都市への移行と、そのための合併です。このことによって、埼玉県では1990年6月に埼玉経済同友会が真っ先に政令指定都市実現への提案を発表しました。その提案は、国家的プロジェクトの推進、大都市にふさわしい都市基盤整備が促進されることを政令指定都市実現の最大の理由に掲げました。実際合併に当たっては、市民の意思より埼玉新都心の合併が優先されてきました。3市の合併は、埼玉新都心のまち開きに合わせて進められ、それが間に合わない事態になったとき、合併推進協議会の石原会長は新都心のまち開き、そのときには一緒になってもらわないと話が違うということでは済まないと、こういう不快感を示しながら、3市の市長はそろって土屋県知事に不快感を示しました。そして、これに倣って3市の市長はそろって土屋県知事を訪ねて謝罪をしたというふうに言われております。市政のあり方、将来を決める大事な問題をなぜ埼玉新都心の都合に合わせなければならないのか、まともな説明はなく、せいぜい新都心には政府の18機関が移転するが、そこが3市にまたがっていては何と都合が悪いからという程度のものでありました。3市の日本共産党議員団が住民投票の実施を求める要請を行った際に、合併推進協議会副会長の井原与野市長は、国がさいたま新都心をつくる前提条件として3市合併がある、今さら何を言うのかと、合併の本音のねらいを思わず語ったそうであります。また、合併政令指定都市の旗振り役となってきた新都心産業人懇話会の代表は、3市合併はさいたま新都心の受け皿づくりであり、開発資金を地元負担によって財政的に支えさせるためだと語っております。 一方、合併政令指定都市化を進める行政側や推進勢力は、市民に対してはその目的として少子化、高齢化に対応するため、効率的な行政システムで福祉の向上を図る、区役所ができ、住民により密着したサービスが提供できる、こうしたことなどを大々的に宣伝をしました。しかし、合併協議会が進み、事務事業の調整が進む中で、これらの宣伝は次第に色あせてきました。異なる行政水準をどの水準で一元化するかは、合併に当たり大きな課題でありました。 例えば中学校給食の場合、浦和は、自校方式に移行し始めていますが、大宮市は業務委託の冷たい箱弁方式であります。合併を機に、大宮市も自校方式に移すのなら大宮市は大歓迎でしょうが、そういうような動きはありません。学校給食すら改善できなくて、どうして合併すれば住民サービスが向上すると言えるのか、市民からこうした声が大きく沸き上がるのも当然であります。 いずれにしても、現在進められている事務事業の一元化作業は、行政水準を3市のいずれかの水準にあわせるもので、合併に当たって住民サービスが向上するものは皆無だと言われております。合併推進協議会がまとめた新市建設計画を見ても、そのことが裏づけられます。そこでは、合併の必要性については、3市の行政が一体となって市民の行政ニーズにこたえていきますと述べていますが、何がどのように向上するかは全く抽象的であります。福祉や教育を見ても、保育所整備、図書館の整備、公民館の整備とあっても、どのようにどこまで整備するのか、具体的な記述はないわけであります。 その一方で、新市を関東圏域の行政、経済、文化をけん引する一体的な中枢都市と位置づけ、大型開発計画や幹線道路網の建設計画は、実名を具体的に列記しています。3市の市民意識調査を見ても、市民は共通して緑豊かで福祉が充実したまちづくりを望んでおります。しかし、新市建設計画は、この市民の願いからかけ離れ、3市の合併によって大きくなった財政が、暮らし、福祉のためでなく、さいたま新都心などの大型開発に当面集中等がされるおそれは増すばかりであります。 そこで、市長にお尋ねをいたします。ただいま浦和、与野、大宮の3市の合併政令指定都市問題について申し上げましたが、市長はこの3市の合併政令指定都市問題をどのように受けとめているかお尋ねをいたします。また、3市の合併政令指定都市促進は、国家的地方行政リストラ政策のもとに、業務核都市構想によるさいたま新都心開発など、財界の求める大規模開発推進が動機であり、市民の暮らしの視点の欠如、住民自治の方向に逆行するものであります。こうした政令指定都市参加については、住民意識調査や住民投票により、一人ひとりの意思が十二分に反映される中で結論が出されていくべきだというふうに考えておりますが、この住民投票や意識調査についても市長の考えをお尋ねしたいと思います。 以上が私の質問です。答弁によって、再質問を留保いたします。 |
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○市長(新井弘治) 大出議員さんから私に対する質問にお答え申し上げたいと思います。 大出議員さんの合併政令指定都市問題についてお答えしたいと思います。1点目の3市合併が官民一体の開発優先ではないか、またさいたま市との合併協議会設置についての考えについてお答え申し上げたいと思います。まず、さいたま新都心の整備が官民一体の開発優先とのご指摘かと思いますが、この新都心の整備は、ご承知のとおり彩の国YOU And Iプランの施策の一つとして整備されているところと理解しております。この新都心が3市にまたがっていることから、関係市の努力によって3市の合併が促進されたものと理解しております。3市合併により、官民一体の開発優先とのご意見でございますが、このことについてはさまざまなご意見があろうかと思いますが、重要なことは市民の理解を得た上での合併であり、またまちづくりでなければならないと考えております。 また、スケジュールを合わせるような形についての報道がございますが、この件については、3市から直接お話を伺っておりませんので、現段階では何とも申し上げられません。しかし、上尾市によって3市のスケジュールに影響を与えるようなことがあってはならない、できる限り避けていかなければならないと考えております。 次に、2点目の住民の意向調査と住民投票についてお答えをさせていただきたいと思います。昨日の武藤議員さんからの質問に対しましても答弁させていただきましたが、住民投票については、地方制度調査会専門委員会での制度化の答申が示されたことについてご承知のことと思います。住民投票は、市長が提案をして議会の同意がなければできないものですが、現在3市の合併の状況の中で、昨日のある新聞にも掲載されておりましたが、3市の中のある団体が行ったアンケート調査の結果で、54%の方が合併に反対であるとの意見があったと出ておりました。こういった状況を見たとき、やはり上尾市におきましても、すべての面での条件が整えば、住民投票により市民の意向を確認することは必要ではないかと思っております。 |
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次に、政令指定都市の問題であります。市長からさっき答弁をいただきました。今度の合併の問題について言えば、先ほど触れましたけれども、大変な事業を、これから計画を持っているわけです。そういう点からすれば、今の連立政権が引き続き開発優先をしながら、今の不況を打開していくということでありますので、そうしたことから考えると、新しくできるさいたま市もそうした施策が中心になって運営されていくのではないかというふうに思います。だとすれば、大変なことになるのではないかというふうに思います。 ご承知のとおり、さいたま新都心が街びらきをしました。その後の状況を見ますと、例えばアリーナで、大宮と与野の間に駅ができました。この駅の利用状況なんかを見ますと、スーパーアリーナが何か催し物をしたときは結構の人出があるそうです。ですから、そういう点では、せっかく新しい駅をつくってもそうした利用客がふえないという問題もあります。さらには、政府はもちろん引っ越ししてきました、18機関が。ところが、民間の部分になると、いまだに出足が鈍くて、かなり官庁街そのものが寂しい状況になっていると言われております。 こうしたことから考えても、バブル時期では、そういったことが行われても余り失敗の部分が見えてこなかったのですが、現段階ではそうした部分がよく見えるし、それからもう新しい世紀の中では、そうしたことができなくなってくるのではないかというふうに思います。とりわけバブル崩壊後の状況を見れば、それはもう結論が出るのではないかというふうに私たちは考えているところであります。そうした観点から見ますと、私たちは今度の3市の合併後の政令指定都市に参加していくことについては、非常に懸念をそういう点で持っておりますし、基本的には参加していくべきでないというふうに考えているところであります。 それから、もう一つその裏づけをしたいと思うのですが、市長もご承知かと思うのですが、10月の17日に市町村の合併を考える全国のリレーシンポジウムが浦和で行われました。そのときにも、例えば石原会長が国と地方の借金が645兆円に達していると、平成14年以降は財政再建に計画的に取り組まないと、日本の財政がもたないのだと、だから合併をするのだと、そういう内容の発言をしたということが新聞でも報道されております。ですから、再三再四言うようですけれども、いずれにしてもそうしたことが目的であるということがはっきりしてきたわけです。ですから、ぜひそういうことを再度認識をしていただきたいというふうに思います。 それから、住民投票と意向調査の問題ですけれども、例えばやっぱり何といっても情報が欠けていますと、市民は何をどう受けとめてどう考えるのかということがなかなかできないわけですから、まずある情報をきちんと市民に知らせていくということが何よりも大切だと思います。そうした情報がなければ、市民の判断ができないわけであります。そうした状況をつくりながら、例えば私は言いたいのですけれども、合併は、上尾市にとっては市の存続を左右する重要な問題なのです。ですから、これほど重大な問題はないわけであります。 ですから、例えば憲法の第95条では、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない」と定めております。この規定は、専らその地方の住民のみ関係のする法律の制定をいう場合は、いわゆる住民の直接投票を経なければならないということがここにうたってあるわけですが、いわば直接民主主義を重視している、こういう内容であります。ですから、この憲法の95条からしても、当然住民投票はするべきだと、こういう主張をしたいと思います。 さらに、先ほども市長は触れておりましたけれども、地方制度調査会や自治省でも、そういう市町村の存在を決めることなので、住民の意思を確認してやりなさいということがこの間、言われてきております。そうしたことからしても、今度の合併を進めるということであれば、住民の意向調査、そして最終決定は住民投票によって決することをぜひしていただきたいというふうに思います。 それを裏づけることが、市長もこれをご存じだと思うのですが、先日全国町村会の会合が開かれました。そこで決議がされております。理念などが不明確なまま市町村合併に数値目標を設けることなどは絶対にやめてほしいと、合併を強制しないようにということで緊急の決議がされているわけであります。 中身をちょっと紹介したいと思うのですが、「21世紀を目前に控え、少子高齢化の進展、多様化する住民ニーズ、地方分権の推進、危機的な財政状況などへの対応から、市町村合併の推進が大きな課題として取り上げられている。今後町村に期待することは、住民に最も身近な基礎的な自治体として社会経済情勢の変化に的確に対応し、一層重要となる役割を十分に果たすための行財政基盤の充実であることは言うまでもない。しかしながら、それぞれの町村は、歴史的な経緯、文化、風土や自然的、地理的条件等が異なっており、市町村合併は地方自治の根幹にかかわり、将来にわたる地域のあり方や住民生活に大きな影響を与える最重要事項であるので、関係市町村の自主的な判断を尊重することが何よりも重要である。よって、国及び都道府県は、市町村合併について地域住民の意思を十分に尊重するとともに」、こういうことで5項目の項目を挙げております。いわゆるその自治権を認めろということなのです。 ですから、こういうふうに全国各地でそうした動きが出てきていることもあるわけであります。ですから、そうしたことも、都合のいいときは他市を見て、都合の悪いときは他市を見ないのですけれども、そうしたことではなくて、そうした他市の状況もきちんと見ていただいて、いわば全国的な状況の判断の上に立っても行動すべきではないかというふうに思います。 そうした点で、もう一度こういう町村の決議文などありますので、状況によっては意向調査や住民投票をということではなくて、今からぜひ腹をくくっていただきたいと思いますので、再度市長にその辺の決意をお尋ねしたいと思います。 |
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○市長(新井弘治) 大出議員さんから私に対する再質問にお答え申し上げたいと思います。 先ほども答弁をさせていただいたわけですが、住民投票の件については、私は何が何でも住民投票に頼るという状況ではないだろうと。今の状況では、市民がそれを判断するだけの情報がわかっていない、そういう状況の中で住民投票をやっても、何のための住民投票だということが理解をされないだろうと。そのためには、やはり情報を的確にお知らせをさせていただいて、また市民の方々との話し合いの機会を持ちながらやっていかなければならないのではないかなというふうに思っております。 先ほど答弁させていただきましたように、すべての面で条件が整えば住民投票というのは、市民の意向確認の中では、やはり私はやらなければならないだろうというふうに思っております。そのための前段としての情報については、これからも市でわかる範囲のものについては的確に市民の方々に、あるいは各団体の方々にもお知らせをさせていただくなり、あるいは市民懇話会の協議の状況等についても、毎回広報等でも出させていただいているわけですが、これらについても今後も積極的に展開をさせていただいてやっていかなければならないことだろうと思っています。 大変大きな問題ですから、市長の判断で、あるいは議会だけの判断だけでできるかというと、私はもう力がないものですから、私の判断ではできないというふうに自分では割り切っております。やはり多くの方々の意見を聞かなければ、これは判断できないことだろうと、そういうことで思っていますので、また議会の皆さんのご指導もいただきながら、上尾の市が、あるいは市民が混乱を招かないための方策は積極的にやっていかなければならないだろうと思っていますので、よろしくお願いしたいと思います。 |
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合併問題、市長は条件が整えばということですが、何といっても情報がなければ住民も、先ほど言いましたように、どう判断したらいいかということが当然わからないわけですから、ぜひ合併と、政令指定都市に参加するということであれば、その時点で持っている限りの情報を発信していただいて、最終的には市民の住民投票ができるような条件づくりをしていただくことを強く要求しておきたいと思います。 それから、財政の問題ですけれども、ご承知のとおり先ほど言いましたけれども、大学や高校を卒業しても就職につける人が5割ちょっとと、こういう時代です。一方では、医療費は上がるし、介護保険は新設されるしと、こういうことです。私の団地にも、リストラや倒産であしたから働くところがないという方がたくさんおります、残念なことですが。そうした状況を考えたときに、再度繰り返すようでありますけれども、そうした市民の実態をきちんと受けとめていただいて、来年度の予算を組んでいただくことを強く、強く要望して、私の質問を終わります。 |
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上尾市民の意思は合併反対!http://www.mars.sphere.ne.jp/tamachan-ageo/page22.htm
全国で初めて行われた、さいたま市と上尾市の合併の可否を問う住民投票は、合併反対62,382、賛成44,700で、反対が多数を占めました。日本共産党は「合併反対」のための市民運動を提案し、「合併に反対する上尾地域連絡会」の一員として、「合併反対上尾市民ネットワーク」などと連携をとりながら、学習会や住民集会、説明会を開き、また上尾、東大宮駅頭や地域での宣伝などを行い、合併反対の運動を進めてきました。今回の合併の背景には、さいたま新都心に見られるような国、財界主導の大型開発のいっそうの促進と、3,200余ある自治体を1,000程度に大幅に削減する「自治体リストラ」を実現し、地方交付税や各種補助金などの削減を進め、「効率的な地方行政体制」づくりのねらいがあることなど訴えてきました。そして、@住民本位のまちづくりは、情報公開と住民参加が基本であり、小さい自治体ほど市民の要望を実現しやすいこと A今回の合併が国の指導による大型開発を進めるための財源づくりであること B上尾市の歴史や文化、運動で築いてきた独自の施策や制度がなくなってしまうこと、などの問題を指摘し、住みよいまちは、合併ではなく上尾市民の手でつくろうと呼びかけてきました。日本共産党はまた、市長に対して公正・公平な立場であらゆる情報を市民に提供すること、行政が行う説明会では、市民要望の解決や将来展望を示すことなどを強く求め、申し入れを行ってきました。こうした中で、上尾市の財政や今後の見とおし、政令市の制度や現状、行政の役割や地方自治体のあり方などが市民的に論じられ、その結果「合併反対」の選択がなされました。同時に、この間の合併論戦の中で、市の合併問題の対応や、市政への批判も強く出されました。市は、このことを謙虚に受けとめ、今後の市政運営に生かすべきと考えます。日本共産党は、この間の論戦や、市民の皆さんから寄せられた要望、ご意見を生かし、「情報公開と住民参加を基礎に、安心して暮らせるまち」「緑豊かな福祉のまち」上尾をめざし、全力を尽くしていく決意です。
今後ともよろしくお願いいたします。投票結果反対 62,382賛成 44,700投票率 64,48%