在日韓国・朝鮮人問題について

 

        はじめに

    私の知り合いには在日韓国・朝鮮人はいない。しかし、私が小学校の時に帰国子女として中国から日本に来た生徒がいた。

   私は彼らの事情を知らない。彼らは初め、まったく日本語が話せなかった。なぜなら、彼らの親も話せなかったからだ。彼ら

   は一生懸命、日本語を勉強し、中学に入る時は私たちと同じように日本の勉強をしていた。今思うと、彼らの国籍はどこだっ

   たのだろうか。彼らはなぜ、日本に来たのだろうか。もし、彼らが中国国籍でまだ日本にいたとすれば、彼らの将来は日本で

   安心して働き、暮らせるのだろうか。そうであると信じたいが、日本にはまだ実際に、在日韓国・朝鮮人の問題や外国人労働者

   の問題が多々あるので、心配になってしまう。

    そこで今回、外国人労働者についてではテーマが大きすぎるので、在日韓国・朝鮮人に的をしぼって彼らの日本での生活に

   対する問題をあげ、これからどう改善していけばいいか考えてみようと思う。

 

1.歴史(なぜ、在日韓国・朝鮮人が生まれたのか?)

   

   1910  韓国併合

           朝鮮の人々が大量に日本に来て住み始める

          理由 「土地調査事業」を実地したため、所有権のない土地や共用地、入会地などは日本人や日本の会社の

              所有となった。

 

          結果 多くの自作農民が小作農となり、高率小作料を払えないため農村を離れざるをえなくなった。また、

             彼らが作った米は日本人に取り上げられ、彼らの生活はますます厳しくなっていった。これにより、

             仕事を求めて都市へ流出する者が増え、海外へ流出する人々も増えた。

                         「間接的強制」

 

   1937  日中戦争勃発 ―> 民間人を軍隊に駆り立てたため、民間企業の労働力不足となった。

 

   1942  「半島人労務者活用に関する方策」を閣議決定した。 ―> 強制連行開始

 

   1944  朝鮮人「一般徴用令」の適用を発動  ―>  強制連行し、労働力を確保した。

 

   1945  日本敗戦

           大企業や軍関係事業所は強制連行者を帰国させた。強制連行や強制労働問題が連合国側から追及され、

           「戦犯」に指定されることを恐れたことと朝鮮人暴動の発生を恐れたため。しかし、帰国できず、その

          まま日本で放置された者も多かった。

 

   1946  日本に再入国してくる朝鮮人が出始めた。

        理由 朝鮮にはすでに生活の手段がないことを知ったため。

 

        結果 在日朝鮮人の間には本国に帰っても生活することが困難だという情報が伝わり、日本に生活基盤のある

          人々は即帰国だという熱意は薄くなっていった。

          

           一方、GHQは正当な朝鮮人の政府が朝鮮半島に樹立され、在日朝鮮人をその国家の国民と認定するまでは在日

           朝鮮人を「日本国籍の保持者」と認定。

 

   1947  「外国人登録令」分布

            在日朝鮮人の登録国籍欄には当分の間、朝鮮半島に正当な政府が樹立されるまで「朝鮮」と記載されること

            になった。

 

   1950  登録証の国籍欄に「韓国」の名称を記入することを日本は承諾した。

          (1948年韓国樹立)

 

   1952  サンフランシスコ対日講和条約発布

           日本政府は在日朝鮮人に対する主権の放棄、日本国籍喪失すると解釈。

 

   1953  朝鮮戦争勃発

           朝鮮半島では両政権の対立は深まる。日本は特に北朝鮮支持派に対して出入国管理を厳しくした。

           日本国外への旅行、親族・故郷訪問は1970年後半まで厳禁された。

             ―> これにより、「朝鮮」籍の人々は日本での生活基盤が強くなる。