*はじめに
発展途上国の開発問題が人々の関心を引くようになったのは、国連が1960年代を『国連開発の10年』と提唱したことがきっかけである。しかし、その取り組みは、国家レベルでの経済成長であったために、多くの途上国では、所得分配の不平等や貧困が深刻化した。国家の発展が必ずしも個人の発展につながっていないという反省から、「内発的発展論」・「もう1つの発展」など、民衆の自助努力と伝統文化を重視した開発論が展開され、国家から人間の発展という視点が強調された。OECD開発援助委員会(DAC)は1989年に「1990年代の開発協力」を発表して、90年代の開発協力を主導する理念として開発の受益層自身が、開発の意思決定プロセスに参加し、より公平にその恩恵を配分するという「参加型開発(Participatory Development)」を提唱した。これは、民主的なシステムを確立することによって、公平な所得の分配を目指す概念であり、90年代の国際開発をリードするものである。このまだ新しい参加型開発について多角的に調べ、これからの開発のあり方を考えようと思う。
*「参加」の意義
参加型開発は70年代以降に展開してきた「女性と開発(WID)」や「ジェンダーと開発(GAD)」、そして「開発と人権」をめぐる概念的発展も、開発における「参加」に対する意識の高まりに大きな影響を与えた。つまり、ジェンダーや階層、民族の区別なく、全ての人々が社会、経済、政治のあらゆる側面で平等な参加の機会を持つ権利を保証されるべきであるという考え方が「参加型開発」の概念を支える根本的な理念として認知されるようになった。開発のプロセスに主体者として参加する。その意義とは何であろうか。参加には人々の権利、エンパワーメントの過程としての2つの側面がある。つまり、開発における参加は開発の恩恵や影響を受ける人々が担い手としてその計画過程から主体的に関わり、意思決定および資源・恩恵の配分に対して影響力、主導権をもつことである。開発における住民・市民の参加は、人々の社会への参加の意識と自信を向上し、主導性を高め、社会・政治・経済的な意味における個人の能力の発展・強化(エンパワーメント)を実現する機会を提供する。さらに住民が参加を通じて、
・
自らの生活状況における問題を認識し、その原因である社会構造を批判的に理解する意識化
・
開発に関わる協議、意思決定、実施、評価を集団で行う組織化
・
政府に対して諸制度の改革や住民要求の実現を求め、住民に意思が反映される市民社会の構築
を目指す。このように参加は開発の手段と目的という2面性をもつ。
→プロジェクトの持続性・自立発展性
住民の参加が得られなかったために、外部資源の投入が終了したあと、プロジェクトが継続しなかった
プロジェクトに対する資源(資金・技術など)を管理・運営する住民の参加が欠けていたために、持続性・自立発展性につながらず、目標達成が困難であった
参加の質は地域住民のBasic Human Needs(BHN)が充たされ、地域社会における住民参加のための意識化・組織化、それらの資源管理運用能力、自治管理能力、対外交渉能力等といった社会的能力が育っていくことを通じて高められていく。この参加のプロセスに関わる3要素つまり
・
参加の主体である地域住民や組織
・
参加主体の参加の機会や、参加主体の行動枠組みを規定する法・制度、あるいは行動規範といったフォーマル、インフォーマルなインスティテューション
・
インスティテューションの実効性を保障し、またインスティテューションを政策的支援によって改善・強化しうる国家、政府機構
が相互に作用しながら、参加の様態や参加の質に影響を与えている。
*
プロジェクトのアプローチ
・
プロジェクトに関係する地域社会の把握と便益のかかわり
計画されているプロジェクトと住民との関わりの把握、便益を受ける者とそうでない者の特定および彼らの属する社会単位の確認
・
地域社会の構造
特定した地域社会の構造(慣習、制度、自然環境など)および地域住民の構成の把握
・
地域社会と資源の関わり
プロジェクトで投入しようとしている資源やそれによってもたらされる便益が、その便益を受ける地域社会にとってどのような位置付けなのか
・
地域社会と行政の関わり
・
地域社会に参加に必要な組織内要素(能力、資源、制度、協議)が備わっているか
・
地域社会評価を行う
・
外部インフラストラクチャーの必要性の確認
・
参加プロセスの策定
誰が、いつ、どのように参加するのか、プロジェクト運営にあたっていかに透明性を確保するか
囲み1 −3 住民参加に向けての協議
Srinivasan によるTools for Community Participation では住民参加の理解を進めるために、次の質問
について展開し、これらの協議を通じて関係者間で共通認識を持つことを求めている。協議の
方法としてはワークショップ形式を取り上げている。
・ Community Participation ;;What do you mean ?
・ What kind of participation ??By whom ?Men or women or
both ?In what form ?
At what levels ?In which roles ?For what purpose(s)?
・ Who will benefit and in what way ??
・ What needs to be done in order to get that kind of
participatory process going ??
・
・ What indicators,,including people's behaviour,will tell
us that the process has been effective ?
ダム建設プロジェクトと住民
多 目的ダム建設プロジェクトでは、発電により電力需給バランスを保ちまた、ダムの下流域で潅漑
を可能にするという、公共的な目的が設定される。この計画によって便益を受けるのは電力消費者と
下流域の農民であろう。一方、負の便益を受けるのはダム計画地の住民である。
(便益)
こ こで潅漑が施される地域の住民は、果たして潅漑農業を行いえるのであろうか。
次 の2 つのケ−スを想定する。1 番目は、住民がもともと潅漑農業を行っており、知識・経験もあ
り且つ潅漑の拡大意欲を持っている場合。2 番めは住民は潅漑の経験がなく、通常の農耕を行ってい
る場合。
1 番目は、住民自身に潅漑という水資源を運用する能力をすでに身につけており新たな潅漑に対し
対応できる可能性が高い。
2 番目は、水資源を運用する能力を形成することと潅漑農業の知識を身につけることが行われなけ
れば、対応不可能と考えられる。場合によっては、潅漑農業に適応できず収量が下がるなどの負の便
益を負う可能性もある。つまり、住民が灌漑という水資源の運用能力を身につけることが求められ
る。
(負の便益)
ダ ム計画地の立ち退きを求められる住民は、ダムの計画を支持するであろうか。十分な移転補償や
良好な代替地の提供が行われれば立ち退くケ−スと、昔からの土地を手離さないケ−スに分けられる
であろう。しかし、計画がすでに固まっているとすれば後者のケ−スの住民は移転を余儀なくされる
可能性がある。この場合、計画の立案や政策段階で、住民の意見を反映することをしていたのかとい
うことが問題となる。
表1 −2 プロジェクトと参加型開発から見た住民の参加
プ ロジェクト 参加型開発
目的 プロジェクトの持続性及び自立発展性 → 自立的かつ持続的開発、社会的公正
目標 住民の資源管理・運用能力の形成 → 地域社会の開発対象
対象 資源の管理・運用を行う地域社会 → 地域社会における住民
方法 住民の組織化・エンパワ−メント → 参加プロセスを通じた参加開発能力形成
→プロジェクトは住民参加を手段としつつも、プロジェクト自身が参加型開発を形成
2.1.1 事例A :中西部ルソン地域総合開発計画マスタープラン
これは、マクロ計画の視点から見たものであるが、国際的な開発援助団体、途上国政
府、そしてNGO というこの三者間、場合によってはPO も含んだ場合の事例である。中
西部ルソン地域総合開発計画マスタープランづくりが昨年からスタートしたが、その中で
参加型をどう実現するかという一つのしくみを紹介したい。
これはフィリピンの事例である。いわゆるカラバルソン計画というものがこれに先立つ
形で実施され、現地での地域住民の人々、あるいはNGO の人々との間に、カラカ発電所
とか、バタンガスの港湾整備等、さまざまな問題でかなりの衝突を生じた。それが今日も
なお続いている。こうしたことを背景にして、中西部ルソンで計画づくりをするときに
は、同じことを繰り返してはいけないということが出発点であった。さらに、中西部ルソ
ンは、従来から農民闘争の非常に活発なところで、もしこのような住民参加の考え方で齟
齬が生じると、その反発の影響はカラバルソンの比ではないという、厳しい社会背景があ
る。
そこで、どういう取り組みをしてきたか。これはまだ始まったばかりであるため、確定
的なことは言えないが、一つのアイデアとして紹介したい。地域総合開発計画というのは
今日に始まったことではなく、特に70 年代中期ぐらいから後半に展開されてきたが、中
西部ルソンの特徴として三点指摘できる。
一つは、対象分野である。テクニカル・ワーキング・グループの構成で対象の側面に注
目したい。どういうところでワーキング・グループが形成されているか、すなわち、マス
タープランの中にどういう対象が盛り込まれたかという点である。新規のものとしては、
いわゆる環境保全、環境への配慮ということが、「インフラストラクチャー・ディベロッ
プメント」に含まれている。そして、地域経済という視点は、従来地域総合開発計画の中
で地域経済といったときにはマクロ経済をサポートするという意味合いからの地域経済の
ニュアンスが強かったが、ここでは、むしろもっと下のレベルのコミュニティーの人々
の、いわゆるインカム・ジェネレーションにつながっていくようなプロジェクトを積み上
げしていくという視点を、導入している。さらに、ソーシャル・ディベロップメント(社
会開発)の側面が含まれる。こうした三つの新しいファクターを対象として導入してき
た。簡単に言うと、従来のマクロ経済志向のハード部門支援への偏向を是正すると同時
に、地域住民の生産、生活、環境側面への配慮に正面から取り組もうという発想である。
第2 点、方法のところで紹介したいのは、すべての側面に関して、程度の差はあるもの
の、社会調査を確実に実施する、ということである。これによって、現実的ニーズを把握
し、それに基づく計画作成を行う。この社会調査に住民の参加共同による具体的なニーズ
の明確化と把握という側面をつけ加えている。
そして、この社会調査を実施していく枠組みとして、まず第一に公的組織のワーキン
グ・グループのすべてにNGO
の代表が正式メンバーとして入っている。これは初めての
経験である。全体のバランスという点から見ると、まだまだ不十分ではあるが、こうした
中にNGO の代表が入っていることが正式に認められたという点で、画期的であろう。
それから、実際の社会調査をどう行うかというときに、GO
、NGO 、そしてPO も含
め、タスクフォースを形成して、それによる調査と計画の調整総合化を進めるような枠組
みをとっている。このタスクフォースには二つある。一つには、NGO
、PO 自身による
社会調査で、これは方法論としてはパーティシパトリー・スタイルの地域におけるミー
ティングを導入し、まず各セクターの一般住民の実態とニーズを把握し、そのプロセスを
同時に住民の、こうした現状あるいは将来に対する意識化のプロセス(conscientization )と
して取り組んでいくという考え方である。
二番目のGO (Governmental Organization )による社会調査は、ワークショップ形式を採
用し、地域を代表するさまざまな有力者の認識、そのニーズの把握を並行して進めていく
ものである。そして、計画そのものは、それらをこのワーキング・グループの中で検討
し、相互に調整するという枠組みを導入してきた。
結局、これの狙っている目的は、短期的には地域住民の具体的ニーズに基づく計画策
定、その背後にはプログラムの社会的な受容性あるいは実現性を確保するための地ならし
ということである。一方、中長期的には実施段階に向けたGO
、NGO 、PO の間に、現
実的な「協議共同メカニズム」としてどのようなものをつくることが可能なのか、を模索
するということである。そして、できる限りそれを創出するということ、さらに参加共同
の経験を蓄積するということである。フィリピンという非常に政治がかった特殊な環境の
中で、相互理解の促進ということも含めて、こうした方式を導入した。現在、この枠組み
で、NGO 、PO 、GO という形で、社会調査が進行中である。
http://www.jica.go.jp/relation/Index.html 国際協力事業団・『参加型開発と良い統治−分野別援助研究会報告書』より