第1章
福祉行政の観点から見た高齢者福祉の変遷
第1節 介護保険制度の概要
まず、介護保険制度とはどのような目的で作られたどうような制度なのかを見ていきたいと思う。介護保険制度は「加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに介護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保険医療の向上及び福祉の増進を図る事1」を目的として制定された。もちろん、要介護状態の高齢者が自立した生活をおくるための制度ではあるが、私が注目したいのは「国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図る事」という文言である。この場合対象は要介護状態の高齢者だけではなく国民となっていることに今後の展開の中で注目したい。
とはいえ、介護保険制度のサービスを受けるのはやはり要介護状態の高齢者である。では、対象者にとって介護保険制度とこれまでの介護サービスではどのような違いがあるのだろうか。
介護保険は、医療保険、年金保険、雇用保険、労働者災害補償保険などと同じく社会保険の中の一つに数えられる。2
財政面での相違をみると、現在介護に関するサービスとしては介護保険の他に介護福祉サービスと老人福祉費があるが、このどちらも税方式である。つまり税金による措置制度であり、対象者が少数なため行政側が「措置義務」を行使する事に委ねられているため、利用者には権利がなく、費用徴収も所得に応じた負担になる。また、前年度の課税調書・家族調書・住民票などの提出が必要になるため手続きが面倒くさいとの理由で利用者が更に少なくなっている。更にサービスにかかる予算は前年度の予算を基準に年間予算を組むので予算枠以上の福祉サービスの提供ができないといったマイナス点があった。介護保険制度においては保険料を事前に定めるものの、利用したサービスの分だけ保険は財源で確保される。また全体の財源が不足しても上乗せして調達する事が可能である。日本においては税による補助金も連動して受けられる事になっている。
では、次に介護保険制度を社会保険としてみた場合、どのような特徴があるのかについて述べよう。
社会保険における保険者とは保険料を徴収し、保険事業を運営する機関のことをいう。また被保険者とは保険制度の加入者で、保険料を支払い、保険の給付を受ける人のことである。
介護保険における保険者は、各市町村・特別区3で、被保険者は第一被保険者と第二被保険者に分けられる。第一保険者は65歳以上で各市町村・特別区域内に住所がある者、第二保険者は40歳以上65歳未満の医療保険加入者で市町村・特別区内に住所がある者である。
介護保険自体は65歳以上で適用されるが、65歳未満40歳以上でも、介護保険が適用される場合がある。この場合、要介護状態になった原因が問われ、「加齢に伴って生じる疾患や損傷」に限られる。これらの病気は「特定疾患」と呼ばれ、全部で15種類4ある。ただし、特定疾患でも業務上の事故や過労などが原因で要介護状態が発生した時は、介護保険ではなく「労災保険」の適用になる。介護保険では、サービス利用料の1割負担や支給限度額などの制限があるが、労災では負担や制限がなく生活費も保証されるからである。介護保険では生活保護を受けている対象者などへの経済状態に配慮し、所得に応じた保険料が設定されている。
保険制度は、もちろん加入者の保険料によって成り立つが、介護保険制度では以下のような4つの方面から財源を確保している。
(1) 国の負担
・国は、介護給付および予防給付に要する費用の額の25%を各市町村に交付する。
・ 調整交付金(第一号被保険者の所得格差から生じる保険料の収入格差是のための措置)として、介護給付及び予防給付に要する総費用の5%を調整交付金として、国は第一号被保険者の保険料の収入に応じて各市町村に交付することができる。
(2)都道府県の負担
各市町村に対して介護給付及び予防給付に要する費用の額の12.5%を負担する。
(3)市町村の一般会計の負担
介護給付及び予防給付に要する費用の額の12.5%を負担する。
(4)介護給付費交付金
これは、上に記した被保険者から徴収する保険料である。第一号被保険者は2000年4月から2000年9月までは徴収がなく、2000年10月から2001年9月より全保険料中半額が徴収される。また、2001年10月からは保険料全額が徴収されるようになった。
第二号被保険者の負担する保険料5は、直接徴収はせず社会保険診療報酬支払い基金6が各市町村に対して交付する介護給付費交付金を充当する。第二号被保険者で各職場の健康保険加入者は、給与から差し引かれる。給与の額によって、保険料が異なる。(佐賀県の嬉野町の場合は表1を参照)。
介護保険はその特徴のひとつとして特別会計であることが挙げられる。このため、年度末までに黒字の場合、翌年に繰り越すことができる。また、赤字になった場合には貸付が行われる仕組みになっている。この貸付のための機関が財政安定化基金である。
財源は国・都道府県・市町村(第一号保険者から徴収した保険料を当てる)がそれぞれ三分の一ずつを負担する。この資金は、第一号保険者からの保険料が未収になり、保険料収納が不足した場合に不足額の半額が交付される。また、介護保険の支払い給付費が計画以上に増大して、財源が不足した場合にも交付される。借りた分は次回第一号被保険料を設定した際7に上乗せして徴収することとなる。また、第一号被保険者の保険料は三年ごとに見直される。
(1)から(4)までは純粋に保険料として使用されるものだが、介護保険を運営する上での事務費は国や都道府県からの補助でまかなわれる。
事務費は介護保険の要介護・要支援認定の事務執行に要する費用の1/2を国が各市町に
対して交付することになっている。また国は費用の負担を及び調整交付金以外に予算の範囲内において介護保険事業に要する費用の一部を補助でき、都道府県も費用の負担のほかに要介護保険事業に要する費用の一部を補助することができる。
第2節 措置主義から申請主義への移行から生じたメリット・デメリット
第1節では、介護保険制度の仕組みについてまとめたが、次に介護保険制度を含む社会福祉全体の変遷について述べていきたい。
社会福祉基礎構造改革にともなう1997年の保育所利用制度改革により、従来の「措置主義」は「申請主義」に変化を遂げた。申請主義では、利用者による施設選択権・利用申し込み権・支援費支給申請権・要介護認定申請権・再審査請求権などが認められ、利用者の自己決定権や福祉サービス申請権を尊重する手続き方法が導入された。しかし、サービス利用者が物理的・能力的に選択と申請の手続きが可能とは限らないため、社会福祉基礎構造改革のなかで「福祉サービス利用援助事業」が導入されたのである。また申請主義は「待ちの姿勢」を生み出しやすいため、「リーチアウト運動8」もあわせて行われることとなった。では、「待ちの姿勢」とはいったいどのような状態を指すのであろうか。これまでの社会福祉行政では「措置主義」をとっており、行政側から提供されるサービスを住民側が享受するという体質であった。つまり、選択権がなかった反面、与えられるものをひたすら待っていればよかったのである。しかし、今回導入された「申請主義」においては、自らが必要とするサービスを選択できるというメリットはあるものの、極端にいえば自ら行動を起こさない限り、どれだけサービスが整っていようともそれを活用することができないということなのだ。そして、現在の高齢者の方々は戦争時代を生き、その後も続いた申請主義の時代を生きてきた人々であるせいなのか自ら進んでサービスを求めようとしない傾向がある。だからこそ、福祉サービス提供者がより積極的に福祉ニーズを掘り起こし,サービス利用を促進するような活動である「リーチアウト運動」が重要視されているのであろう。
第3節 措置制度から契約制度への移行によって生じたメリット・デメリット9
介護保険制度における最大の特徴の一つは、従来の社会福祉制度で採用されていた措置制度が契約制度へ転換したことである。これは社会福祉基礎構造改革の最大のねらいであった。しかし、この契約制度の導入については推進派、批判派に議論が分かれた。推進派はその主張として、措置制度を批判するという形をとっており、一方的な事業実施組織による行政処分は利用者の福祉サービス選抜権や施設選択権が認められていないことをあげて、これに代わる新たな制度として契約制度を推進してきた。一方批判派は、契約制度への反発の理由として社会福祉は基本的に国や自治体の公的責任を前提にそれを具体化する制度が措置制度であると主張してきた。
契約制度を導入するに当っては、さまざまな問題が混在している。一つ目は、国や自治体が利用者に対する義務を遂行し、利用者の権利を守ることができるのかという問題。二つ目は社会福祉事業者と利用者の間の義務と権利の線引きをどのように設定するのかという問題。そして、三つ目は実際サービスを行う社会福祉法人の経営のありようなど、契約主義にすることでうまれる問題も大きいのである。しかし、契約制度の導入は、利用者本位主義とも言えるのではないだろうか。実際にサービスを必要とし、利用する本人が自らの意思で本当に必要とするものを自ら選択する。考えてみれば、この発想は私達の生活においてもあたりまえな発想といえるのではないだろうか。与えられたものをただ享受するのではなく、必要とするものを自ら選び出すという時代へと日本の社会自体が移行しているのである。
実際には、2000年6月の福祉事業法などの改正で、生活保護領域では保護申請方式を、福祉サービス領域では措置相談方式、行政との契約方式、保険給付申請方式、任意契約方式、随時利用方式、支援費申請方式を導入した。そして、介護保険制度の介護サービスはこの七つのうち「保険給付申請方式」を導入している。
第4節 居宅主義への欲求とその必要性
最近まで主流だった施設収容主義は、障害者などに専門的な援助を提供し、安定した生活を提供するためとされてきた。これは、老人福祉における施設にもいえることだが、施設への収容は収容者を社会一般からかけ離れた存在としてしまう危険性が極めて高い。事実、障害者施設は障害者自身から批判され、縮小させられてきている。施設収容主義に代わるものとしては居宅主義があげられる。居宅主義10とは、「慣れ親しんだ住居にとどまることを前提にコミュニティ(地域社会)の中でまたコミュニティを通じて利用者を支援し、その自立生活を確保すること」であり、「福祉サービス利用者に生活の日常性を保証しその人格や自己選択・自己決定の権利を尊重する施策のあり方」である。実際に介護保険制度を利用する高齢者のなかにも自宅での介護を希望する者は多く、居宅主義の強まりを感じるものである(図1・2)。女性に比べ、男性の方が自宅での介護を希望するケースが多い。しかも、高齢になればなるほど自宅での介護を希望する人が多くなる傾向がある(図1)。やはり、男性は家族、特に妻に一生生活の世話をしてもらえる、又はしてもらいたいと願う傾向があるのに対し、女性は日常の生活の苦労や介護を自分が高齢になる前に体験している場合が多いので将来に不安を感じ、病院や医療施設での介護を選ぶ割合が高くなっているようである。また、一度施設に入所した人よりも在宅で介護を受けている人の方が在宅での介護を希望しているのも顕著にあらわれている。
居宅主義は施設収容主義に対して批判的な要素をもってはいる。しかし、現在の居住型施設は地域社会を基盤とする社会福祉体系のなかで多様な居宅型福祉サービスを提供する拠点的施設として捉え直されている。
介護が必要な体になったとしても自宅で生活を送りたいという気持ちは多かれ少なかれほとんどのひとが抱く感情である。しかし、自宅で介護を受ける場合、家族が介護をする立場に置かれる可能性が高くなる。近年介護の苦労を綴った介護暴露本が多数出回っているが、それらに代表されるように、家族が介護を引き受ける際にはさまざまな問題が浮上することとなる。まず挙げられるのは介護者がプロではなく知識が不十分であるということ。そして、そのアマチュアである家族が24時間体制で365日休み間もなく介護し続けなければならないということである。介護者は主に嫁や子供、もしくは老老介護となることも多い。(図3)そしてその介護の疲れからくる介護者のストレスは虐待がおこることや不適切な態度をとることになり、それによって高齢者の症状を悪化させる恐れもでる。いつ終わるとも知れないそのような生活は介護者、高齢者双方のストレスを増加させているとも言える。
また、自治体の介護サービスでは回数や質に限界もある。高齢者が介護者に面倒を見てもらっているとの考えから要望を述べることができにくい環境に合うことや、要介護者一人一人の要求に応える、時間的・人員的余裕がないことからくるサービスの低下も懸念される。また、家族の負担を軽くするためのデイサービス等は他人が家庭に踏み込んでくるため家族の社会的立場やプライバシーの問題が発生する可能性もあるのだ。よって、必ずしも居宅型の介護が最善とはいえないのではないだろうか。では、どのような形態のサービスが望ましいのだろうか。
社会福祉における制度や主義が変わり、介護保険制度施行された後に、福祉の現場は、果たして変われたのか、若しくはどのように変わったのかを第2章で佐賀県嬉野町と栃木県宇都宮市の例をとって見て行った後に、理想的な高齢者福祉のあり方について考えていこう。
1介護保険法 第一章 総則 第一条より抜粋。
2社会生活を営む上で生じるさまざまな危険を一定の「保険事故」とし、保険料の支払いを条件に保険の給付を行なう制度。
3特別区…東京23区。
4 15種類…初老期痴呆、脳血管疾患、筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、シャイ・ドレーガー症候群、糖尿病性腎症・糖尿病性網膜症・糖尿病性神経障害、閉塞性動脈硬化症、慢性閉塞性肺疾患、変形性関節症、慢性関節リュウマチ、後立て靭帯骨化症、脊柱管狭窄症、骨折を伴う骨粗鬆症、早老症。
5第二号被保険者÷(第一号被保険者+第二号被保険者)× 1/2。
6第二号被保険者は直接介護保険料を払うのではなく、医療保険の保険者が医療保険料に介護保険料分を上乗せして徴収する。(つまり、医療保険に加入していないと第二号被保険者にはなれない)その際、会社員の場合は事業主が、自営業者の場合は国が介護保険料の半額を負担する。
7第一号被保険者の保険料は三年ごとに見直される。
8古川孝順著「社会福祉の運営」(有斐閣、 2001年4月)26頁
9古川孝順著「社会福祉の運営」(有斐閣、 2001年4月)172頁
10古川孝順著「社会福祉の運営」(有斐閣、 2001年4月)29頁