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西川明子「福祉観光の発展〜ともに楽しみたい〜」

 

1,私にとっての福祉観光

 

個人的な話になってしまうのだが、私には身体障害者の叔母が一人いる。事故で思うように手足が動かくなった叔母は自由に外出することができない。さらに、彼女とともに暮らす私たち家族でさえ、旅行や行事を断念するという場面は今まで幾度となくあった。これらの経験から、私の中には「誰もが躊躇うことなく楽しめる観光地があったらいいのに」そんな理想が常にあり続けてきた。今回この理想をきっかけとして、福祉観光の現状や必要とされている事柄について書いていこうと思う。

 

 

2,私たちの暮らしの中のバリアフリー

 

「身体障害者福祉法」では、身体障害者手帳を持つ18歳以上の者のことを身体障害者と呼ぶ[i]。現在日本全国には、視覚や聴覚、四肢などになんらかの障害を持つ人が統計3663千人いる。身体障害の原因は疾病や事故によるものが主を占めている他、老化による身体機能の低下もその一つとされている。高齢化社会が急速に進む日本においては、さらに身体障害者が増えることが推定できる[ii]

 

 こういった人々が、社会生活に参加する上で生活の支障となる物理的な障害や精神的な障壁を取り除く施策や状態のことをバリアフリーと呼ぶ。日常生活では大学構内だけでも、点字歩行ブロックや多目的トイレ、スロープ、エレベーター、広めに設計された通路など、バリアフリーを意識して設計されたものがいくつもあるのが見受けられる。これらを利用する人は現在どれほどいるのか分からないが、バリアフリー環境を整えておくことで、障害者が安心して大学進学をすることを助長するのではないかと私は考えている。おそらく、骨折や捻挫等の怪我をした人もその整った環境の恩恵を感じるではないだろうか。

 

 

3,観光に対する取り組み

 

 障害者に関する論議は国連などでも戦後以降から行われてきており、日本でも1994年以来毎年、内閣府から障害者のために講じた施策の概況が書かれた「障害者白書」は国会に提出されている。この報告書によれば、1995年に「障害者プラン―ノーマライゼーション7か年戦略」が打ち出され、高齢者や障害者が旅に出かけることの必要性が論じられてきた[iii]2006年には、「高齢者、障害者の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)」が制定され、施設等のバリアフリーだけでなく「心のバリアフリー」をはかることも責務としている[iv]。現在では、2007年より施行されている「重点施策実施5か年計画〜障害の有無にかかわらず国民誰もが互いに支え合い共に生きる社会へのさらなる取組〜」のもと、旅客施設のバリアフリー化の推進がされている。結果として、空港、バス、タクシー、鉄道、あらゆる交通機関でユニバーサルデザインが取り入れられてきた[v]

 

 以上にあげた政策は、あくまでも私が政府の公式サイトを利用して調べた範囲にとどまるものである。よってこれらが全てであるとは限らないし、こうした取り組みにどのような人が携わり、どういった結果を出しているのかも分からない。だが、思っていた以上に「障害者白書」が丁寧につくられていたことには驚きであった。

 

 

4,私が目にしたバリアフリー

 

 前述したように、「障害者白書」の内容の充実度にはとても驚いた。だが、実際のところはどうなのだろうか。以下に記すのは、あくまでも私が訪れた範囲に限るものであるが、私がそこで感じたことを書いていきたい。

 

 たまたま訪れていた温泉施設のフロントに、障害のある方いつでも大歓迎!と書かれた貼り紙が貼られているのを目にした。これを見た私は「大歓迎だなんて、相当バリアフリーの設備が整っているのだろうなあ」そんな風に思って、フロント係の女性に実際の設備状況について聞くことにした。どんな答えが返ってくるのか期待していた私を裏切って、女性の答えはまず黙り込むことからだった。数秒の沈黙に私が困っていると、「ちょっと待っていて下さいね」と言って、別の係の方を呼んできた。その方も困りながら「そうねえ、多目的トイレやエレベーター、スロープがあるくらいねえ」と答えた。期待を胸に尋ねた私にとって、貼り紙の横で働く店員達がそれだけの答えしか返せなかったことがショックであった。そしてその施設の醍醐味である温泉と、くつろぎのスペースのお座敷は両者ともに足が不自由な人は利用することができない状態にあるにもかかわらず、障害者大歓迎!と宣伝されていることが一番のショックであった。

 

 次に訪れたのは、県内にある釣り堀である。ここで目にした料金表に、「3級以上の障害者手帳所持者は2分の1の額になります」と書かれていたため、その釣り堀を経営する女性と漁協組合員にお話しを伺った。(3級とは、7段階ある程度級の内の3番目に重度の障害のことを指す。)女性の話では、身体障害者用駐車スペースとスロープの設備は整っているものの、目的の釣りをするのには砂利や泥濘が多くておそらく無理であろうということであった。また漁協の方の話によれば、障害者のために料金設定をしたのは行政側の指示があったためだという。ここで私が感じたのは政策と現場の隙間、そして隙間による不完全なバリアフリーであった。

 

 私の言う、不完全なバリアフリーの例を大学の多目的トイレを使って説明したい。私はこのレポート書くにあたって、構内の多目的トイレをまわってみた。きちんと清掃はされているように見えても、清掃用具置き場になってしまっていたり、ホルダーにトイレットペーパーつけられていないところもあった。このような指摘を細かいと思う人もいるのかもしれない。だが、障害者の目線で一度考えてみてほしい。果たして、倒れてきてもおかしくない掃除用具が洗面所の横に置かれている状態をバリアフリーといえるだろうか。思うように手が動かすことのできない人が、トイレットペーパーを取り付けるのにどれほど苦労するだろうか。

 

私が足を運んで現場を調査できたのはほんの一部に限るものであり、一概にバリアフリー化が進んでいないとはいえない。前章でも論述したとおり、私が思う以上に政策も進んでいたため、ここでは政策も問題視はしない。そこで以下では、私が調べた中でバリアフリーに力を入れていると思えた観光地や団体を紹介し、障害者や高齢者が楽しむことのできる観光について考えていきたいと思う。

 

 

5,福祉観光の展望

 

福祉観光について調べていったところ、日本バリアフリー観光推進機構が全国バリアフリー旅行情報を提供するポータルサイトを立ち上げていることが分かった。全国各地のバリアフリーの情報は、旅のユニバーサルデザイン(年齢や障害の有無などにかかわらず、最初からできるだけ多くの人が利用可能であるようにデザインのこと)を実現する調査マニュアルと同じ水準で調査された情報のデータベースである。さらに、各地域には相談センターが設置され、無償で満足のいく旅をコーディネートするシステムも構築されている。

 

 実際使用してみたところ、サイト上の地図をクリックするだけでかなり詳しいバリアフリー状況を確認することができた。例えば地図上にある美術館をクリックすると、そこからその施設にどのようなトイレがあるのか、入り口の広さは何センチなのか、レストランには特別食があるのかどうかまでを、写真とともに確認することができた。また、この機能にはデイジー情報(音声読み上げ)もついており、視覚に障害のある人でも利用することが可能となっている[vi]。また、そのサイト上にサポート団体として取り上げられていた、13都道府県の14ある団体それぞれも、利用者への介護用品の貸し出し(有料・無料どちらもあり)や、旅のコーディネート、観光施設へのバリアフリー機能のアドバイスや啓発活動などを行なっていることが分かった。

 

 福祉観光とは、観光地の設備がバリアフリーとなっていることだけを指すのではない。たまたま訪れていた東京ディズニーリゾートでは、障害者や高齢者にとっての楽しみ方があることを発見することができた。乗り物に乗れないゲストのために、キャラクターや乗り物のスケールモデルに触れながら、アトラクションの特徴の説明を受けることができるシステムが存在する。また、謎を解きながら園内を探検するアトラクションでは、車イスの利用者用に段差を避けて進むことのできる専用マップも用意されているということが分かった。健常者とは同じように楽しむことはできなくても、障害者や高齢者にとっての楽しみ方をつくり出すことの工夫も福祉観光を指すのだということを感じ、施設のバリアフリーだけに視野が狭まっていたことを反省するきっかけにもなった。

 

前章で私が問題視した、不完全なバリアフリーを完全な物にするにも、それぞれの観光の楽しみ方を作り出すのも、結局はそれを使って楽しむ当の本人の意見を聞くことが一番重要なのではないだろうか。だからこそ、提供する側は独自の判断で満足してしまうのではくて、提供される側それぞれの楽しみ方や利用する時にもらす、一つ一つの声に耳を傾けていく必要があると感じた。

 

 

6,福祉観光と自分の話

 

 私が今回このようなテーマで書けたのも、叔母と共に暮らしてきた14年間で身につけた視点や知恵があったからこそであった。また、障害を持つ叔母だけでなく、彼女を一番に支えてきた祖母も共に余暇を楽しみ、リフレッシュできる環境が整って欲しいという願いがあってこれを書いた。よって、これはあくまでも叔母や自分の家族の体験を通して書き上げたものであるということを断っておく。もしも読んで気分が害した方がいたのなら、お詫び申し上げたい。

 

 最後にこれを書くにあたって協力していただいた、家族、調査地の方々に心よりお礼申し上げたいと思います。

 

 

 

 

 



[i]障害保健福祉課ホームページ 沖縄の障害児者の福祉制度 

http://www.pref.okinawa.jp/hwdpd/fukushiseido/siriyo/05.html  (2012.7.4現在)

[ii] 共生社会政策ホームページ 平成24年版障害者白書 第2節障害者の状況(基本的統計より) (2012.7.4現在)

http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h24hakusho/zenbun/pdf/h1/2_1.pdf

[iii] 共生社会政策ホームページ 障害者プランの概要〜ノーマライゼーション7か年戦略〜 

http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/plan.html (2012.7.4現在)

[iv] 国土交通省・警察庁・総務省 バリアフリー新法の解説

http://www.mlit.go.jp/barrierfree/transport-bf/explanation/kaisetu/kaisetu_.html2012.7.4現在)

[v] 重点施策実施5か年計画 

http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/5sinchoku/h19/5year_plan.pdf#search2012.7.4現在)

[vi] 全国バリアフリー旅行情報ホームページ

http://www.barifuri.jp/portal/2012.7.4現在)