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宮武佳代「地域/世界へ広がる日本アニメの可能性―『サマーウォーズ』を例に―」

 

 

1.地域/世界へ広がる日本アニメへの関心

私が「サマーウォーズ」というアニメと出会ったのは高校生の時。細田守監督手掛けるこのアニメ映画が長野県上田市[1] を舞台に製作されたものであるということで、当時、地元では大きな話題を呼んだ。2009年に公開され、その人気を受け2010年に金曜ロードショーで全国に放映される。それと並行して、アニメの舞台となった上田市では「サマーウォーズ」関連の様々な行政政策を推進した。

映画の公開から4年が経過した。「サマーウォーズ」に関してほとんど意識せずに生活していた私であったが、海外でこのアニメについて知る台湾人女学生と出会う。普通ならば知るはずのない私の地元を、アニメという媒体を通して知ってもらい、さらにその話をネタに国境を越えた交流ができたことは私にとって非常に衝撃的な体験であった。

今回は、人びとが余暇に楽しむ「アニメ」という媒体を利用した上田市の行政政策はどのような効果を生みだしたのかという具体例を振り返り、アニメが国内外にどのような影響力を持ちうるのかという点について考察を深めたい。

 

 

2.上田市と「サマーウォーズ」の事例から―「サマーウォーズ」をめぐる行政の観光政策―

 「サマーウォーズ」公開から、上田市が実施した政策事例をいくつか見てみたい。上田市は映画公開から「サマーウォーズの里『信州うえだ』へようこそ!」のキャッチコピーを掲げ、様々な政策に取り組んできた。インターネット上では、上田市の公式ホームページとは別に「サマーウォーズ」専用ホームページが開設されている。モデル地を詳しく紹介し、それに加えて上田市の観光スポットをアピールしている。また、実際に上田市を訪れた観光客向けの「サマーウォーズ」モデル地をスタンプラリー形式で巡る観光マップの作成、駅前や別所線沿線にタペストリーなどの展示も行っている。[2] 映画公開から4年経った現在では、既に実施されていない政策もある。しかし、2010年度の上田市商工観光部の振り替えりによれば、「サマーウォーズ」や「戦国BASARA などのキャラクターを利用し、全国のファンに焦点を当てた観光客向けの宣伝や関連商品を取り扱っている例もあるようである。[3] 公開当初と比べれば「サマーウォーズ」を利用した観光政策は少なくなっており、地元の人びとの意識も「サマーウォーズ」から離れ、新たな観光政策の起爆剤を模索しているようにも感じられる。

 

 

3.「サマーウォーズ」の上田市地域活性化への貢献

 上田市が実施した「サマーウォーズ」の観光政策がどの程度影響力を持ったのかという点について考察するために、映画公開直前の2008年度から4年間の統計数値を比較し考察してみたい。長野県が公開する2011年度の観光地利用者統計調査結果を見てみると、「サマーウォーズ」のモデル地にもなった上田城跡への延利用者数は、公開前の2008年度よりも5000人強増加している。しかしながら地域別の観光消費額を見てみると、2009年度から減少傾向にある。[4] この統計だけでは、「サマーウォーズ」の観光政策が飛躍的な経済効果を挙げたとは言い難いが、少なからず観光客を誘致する一助となったことは言えるだろう。

 さらにここで考えたいのは、「サマーウォーズ」が上田市に最も大きな影響力を与えたのは、観光という特定分野よりむしろ上田市全体の地域活性化に寄与したのではないかという点である。地元の人びとにとって、「サマーウォーズ」の最大の魅力は、自分たちの知る風景が映像の中で美しく、そして忠実に再現されている点である。長野新幹線や上田駅の構内、上田城の城門、市役所、上田わっしょい(上田市のお祭り)といった地元の人びとにとってなじみ深く誰もが知る場所が、映像の中で再現されている[5] という感動が地元の人びとの心を掴み、アニメを通して自分たちの地元が持つ魅力を再発見することができた。アニメという余暇を楽しむ媒体が、行政政策に積極的に利用され、さらには人びとが地元の魅力を再発見し、誇りを持つことができたという点で、「サマーウォーズ」が上田市に与えた影響は非常に大きいと言えるだろう。

 

 

4.日本アニメが世界でどのくらい浸透しているのか?―日本アニメの世界の立ち位置―

 私が台湾で出会った女学生は、幼い頃から親しんできた日本アニメの影響を受けたことをきっかけに、日本文化に興味を持ち、アニメから日本語を学び、今年の夏に日本に留学をすることを決めたという。日本のアニメは世界でどのくらい浸透しているのだろうか。ここでは、日本の広告代理店である博報堂が、マーケティング戦略に活用するために2011年に調査した「アジア10都市における日・韓・欧米コンテンツの受容性比較」を参考にしたい。[6] アジア主要都市における調査の結果によると、ドラマや音楽の影響力が強い韓国、映画や音楽が強い欧米という結果の中、日本は「マンガ・アニメ」のコンテンツにおいて他国を寄せ付けない圧倒的な人気を持っていることがわかる。また、市場調査を行う株式会社メディア開発綜研の調査[7] によると1970~2010年のアニメ―ション市場は増減を繰り返しつつも、非常に高い数値で推移しており、2010年度は2,290億円にものぼる。日本アニメが世界各国に非常に親しまれている点を考慮に入れると、日本人が想像している以上に日本のアニメ市場は求心力のある存在なのではないだろうか。

 

 

5.日本アニメに対する日本人意識の問題 ―「アニメ文化外交」から考える―

 日本アニメに関心を持つ世界各国の若者たちとの交流を通じ、アニメを外交手段のひとつとして活用する意義を論じる人びとがいる。櫻井孝昌氏はそのような分野を研究するひとりで、彼は「アニメ文化外交」において、「日本アニメ」は歴史でいう「浮世絵」のようであると語る。19世紀にゴッホを代表する印象派の画家たちが、輸出された陶磁器を梱包していた紙に描かれた版画をみて衝撃を受け、その後世界の美術界に大きな影響を与える。まさに日本人が知らぬ間に、世界がその魅力に気付いた例である。そういう意味で日本アニメは、浮世絵の時と同じような現象を繰り返していると語るのである。[8] 確かに日本人は、「日本アニメ」というコンテンツが自分たちの想像している以上に世界中で親しまれている事に対して、それほど自覚的ではない。この現状は大変惜しいことであり、世界と繋がるせっかくの機会を自ら逃しているように思わざるを得ない。我々は、アニメをはじめとする様々な日本のコンテンツが世界にどのように受け入れられているのか、日本人としてもっと自覚的になるべきなのではないだろうか。

 

 

6.余暇とアニメ ―地域/世界へと広がる可能性の輪― 

 余暇という、仕事や家事といった社会的拘束から解放され自由に行動選択することができる時間を利用して楽しむことのできる「アニメ」というコンテンツに注目して今まで論じてきた。実際に、「サマーウォーズ」というアニメが上田市における地域活性化事業に利用されローカルな部分での大きな影響力を持ったこと、また日本アニメを通じて、グローバルな部分で友好的に繋がりを持つことができた体験を踏まえると、今後「日本アニメ」は日本の限られた人、地域のみならず、日本全体、そして世界全体へと影響力を持ち得る存在であると考えられるであろう。これはアニメに限ったことではない。人びとが「余暇に楽しむ。」というそんな些細な動機に基づくコンテンツが、地域や世界を繋げる可能性を持ち得るものになるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                       



[1] 長野県上田市は人口16万を擁する長野県東部の中核都市であり、観光分野においては数多くの歴史的文化遺産や雄大な自然、温泉等の豊富な観光資源を有している。 

【参考】上田市役所 「上田市公式HP 上田市ってどんなところ?」http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/sys/20091103000000002.html (20127月現在)

[2] 上田観光コンベンション協会 「サマーウォーズの里 『信州うえだ』」 http://www.ueda-cb.gr.jp/s-wars/index.html20127月現在)

[3] 上田市商工観光部「平成22年度 各部局重点目標管理シート」(2012年)

http://www.city.ueda.nagano.jp/files/soumu/0120/20110526182752918.pdf (20127月現在)

[4] 長野県観光部観光企画課「平成23年 観光地利用者統計調査結果」(2011年)

http://www.pref.nagano.lg.jp/kanko/kankoki/toukei/23riyousha.pdf (20127月現在)

[5] 上田観光コンベンション協会 「サマーウォーズの里 『信州うえだ』映画に登場する風景」 http://www.ueda-cb.gr.jp/s-wars/index.html20127現在)

 

[6] 博報堂「アジア10都市における日・韓・欧米コンテンツの受容性比較」(2011年)

http://www.hakuhodo.co.jp/pdf/2011/20110705.pdf (20127月現在)

[7] 株式会社 メディア開発綜研「MDRIプレスリリース 2010年のアニメ市場は2年連続増加」(2011年)

http://www.mdri.co.jp/review/data/201109anime.pdf (20127月現在)

[8] 櫻井孝昌「アニメ文化外交」ちくま新書(2009年)p.167