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菊地裕美香「日本のディズニーリゾートから学ぶ接客業」

 

 

日本とアメリカのディズニーリゾートにおけるギャップ

 

 昨年の2011年夏にアメリカフロリダ州のディズニーリゾートを訪れた。そこでは日本のディズニーリゾートとのさまざまなギャップを感じた。中でも衝撃的だった事はスタッフやクルーの接客態度であった。日本のディズニーリゾートではスタッフ全員笑顔で敬語を使いながら親切に接客をしている。たとえ清掃員やショップの店員であってもリゾート内の主な場所を把握しており、お客に施設までの道のりを聞かれても対応できるように準備している。万一答えられない質問をされてもほかの従業員に確認するなどして、回答するための努力を見せる。一方アメリカのディズニーワールドの従業員たちはお客の前で平然と水を飲んだりガムを食べたりしている。さらに私が清掃係にアトラクションの場所を尋ねたところ、「私は清掃係で案内係ではないからインフォメーションに行きなさい」と返答された。日本のディズニーワールドにおける接客態度が世界のディズニーワールドでも共通だと勝手に認識していたために起こったカルチャーショックであった。さらに現在自身でショッピングモールのインフォメーションでアルバイトをしているため、以前から接客に興味を持っていた。日本の接客は昔から高い評価を受けることが多いが、これは日本人のどのような性格からできるものなのか疑問に思った。さらにこの調査によって自分のこれからのアルバイトや生活に生かせるのではないかと考えた。これらの理由から日本独自の接客業について調査するに至った。

 

 

日本のディズニーリゾートでの徹底した従業員育成

 

 日本のディズニーランドは接客によってファン作りによって成功した事例として有名である。ただし一人一人への対応をマニュアル通りにこなすわけではなく、予想外の注文にも臨機応変に対応するためゲスト全員に特別なサービスをすることを推奨している。そのための理念が以下の7つである。「目を見て笑いかける」、「ゲスト一人一人に挨拶し、歓迎の気持ちを示す」、「ゲストに接する」、「サービスを迅速に回復する」、「適切なボディランゲージを示す」、「魔法のようにすばらしいゲスト経験を保つ」、「ゲスト一人一人に感謝する」[1]

 

5つ目のボディランゲージといっても、何か特別なことをするわけではなく、左右バランスのとれたまっすぐな姿勢や明るい表情などの基本的なことも、非常に重要なボディランゲージである。意外と簡単なことのように感じられるが、長時間働いて疲れてくると乱れがちなことである。実際私がアルバイトをしている時でも混雑時にはまっすぐ立ったり、適切な角度でお辞儀をしたりといった基本的なことが崩れてしまうことがある。基本的な単純なことこそ徹底することが難しいように感じる。6つ目の「魔法のようにすばらしいゲスト経験を保つ」ためには、ゲストの夢を壊さないという最低限のルールと、アニュアル以上の接客をする、という意味が含まれている。夢を壊さないために従業員はゲストの前でプライベートな話や愚痴を言ってはいけない。例えば「明日○○のカフェに行ってくるんだ」といった発言はもちろん「今日は雨だね」といった天気の話さえも愚痴に含まれるため発してはいけない。このようにゲスト全員が上記の7つの基本理念を念頭に置くことによって、日本のディズニーリゾートはたくさんのリピーターを毎日生み出している。

 

 

元従業員の方へのインタビューから

 

 今回は調査の一環として以前ディズニーランドでアルバイトをされていた方にインタビューを行った。ディズニーランドでは半年もしくは3か月の期間で契約をする。それぞれの期間終了時に契約を更新したい場合は継続して働くことができる。そしてほかのアルバイトと大きく違うところは初日に新しい従業員が皆集まって入社式のようなオリエンテーションが行われるところである。その後マニュアルが配布され、数回の講義を受ける。その講義では「どのような行動をとれば夢を壊さないゲスト経験を与えることができるか」などを一人一人が考え、双方向的な講義が行われる。

 

実際、勤務中は私語ができなかったという。それはマニュアルで決まっている上、従業員それぞれの持ち場が決まっており、同じ場所に従業員がかたまらない工夫がされている。このような工夫もあり、従業員たちは「アルバイト」の意識ではなく、各人の仕事に責任を持って働いている。仕事においては油断が許されず、一見ゲストには関係のないことまで規定があった。ある日、黒地に黒のワンポイントの刺しゅうの入ったソックスを履いていった。すると先輩から「刺しゅうが入っているから履き替えなさい」と注意をされたという。しかしズボンを履くためワンポイントはゲストから見えないのである。このようにゲストから見えないところでも緩みを許さないことで、緊張感を持って働くよう心掛けている。

 

ディズニーリゾートで働く従業員はもともとディズニーファンであることが多く、そこで働くためにわざわざ近くに引っ越してくる人も少なくない。そのため多くの従業員が仕事に誇りを持ち楽しんで働いている。インタビューの中で特に印象的だったのは「ゲストをお客と思わない」ということだった。ディズニーリゾートに来ているお客はすべてファミリーの一員であるという意識を持ってゲストと接している。その例としてディズニーリゾートでは「ありがとうございました」のかわりに「いってらっしゃい!」ということが多い。今回インタビューを通して感じたことは、ディズニーリゾートでは従業員それぞれがゲストをファミリーであるととらえることにより、客の心に残る素晴らしいゲスト体験を想像しているということである[2]

 

 

実際のディズニーランドを訪れて

 幸いにもレポート作成中に実際ディズニーランドを訪れる機会があった。今回はレポート作成中であったこともあり、普段よりも従業員の方々の接客を注意深く観察した。私が見ていた範囲では、従業員同士私語をすることは全くなく、私たちの期待を超える接客がなされていた。夕食のため、あるレストランに入ったのだが、その店では注文した飲み物であれば、何度でもおかわりできるサービスをしていた。私たちの飲み物が少なくなると従業員がさりげなく声をかけ、新しい飲み物を持ってきてくれる。その上、だれが何を注文したのかを把握しているようで、その都度お客にオーダーを聞かずともそれぞれのお客様に的確な飲み物や料理を提供していた。

 

さらに今回私はある従業員の方に「この仕事は好きですか」と伺った。すると「とても楽しいですよ、いつもキャストの皆さんと笑いながら仕事しているので」という返答をいただいた。この従業員の方の言葉にもあるように、従業員がみな笑顔で接客していたところから、全員がディズニーに誇りを持ってやっていることが感じ取れた。一日中ディズニーランドで時間を過ごしたが、従業員のかたの接客によって期待を裏切られるなどということは全くなく、それどころか「また来たい」と思う接客や笑顔をたくさん見ることができた[3]

 

 

今後の生活におけるヒント

 

 今回の一連の調査を通しこれからの自分の生活に生かせるものを見つけることができた。以前までアルバイトの中ではお客様と「接する」というよりはどちらかといえば「対応する」感じであった。この調査でディズニーの理念に「目を見て笑いかける」ことが含まれていたため、実際のアルバイトでも実践してみた。初めはお客様が来るときに立って笑顔で迎え入れることは意識しないとできなかったが、意識的でも自分が笑顔で接すると相手の反応も良く、こちらが感謝の言葉を笑顔で言われることが増えた。このことだけで自分の中で相手との精神的距離が縮まったように感じ、ある意味でお客様をお客様ととらえない発想が生まれた。このことでお客様の真の要求をくみ取りお客様の予想を上回る回答をすることができる。この調査や自分の経験を通したうえで、接客をする際にはいかに短時間でお客様のバリアを取り除けるかが重要であると感じた。



[1]ディズニー・インスティチュート(著)月沢李歌子(訳)『ディズニーが教える お客様を感動させる最高の方法』日本経済新聞社 2005 

 

 

[2] 2012611日に宇都宮市内でインタビュー実施

[3] 2012623日に東京ディズニーランド訪問