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金子有里沙「余暇の質と労働条件の関係」

 

1.    余暇と労働の関係

 

余暇と労働は一見対極の概念であるように見えるが、実際には両者は密接に結びついている。私たちは余暇活動においてスポーツや楽器の演奏などの能動的な活動をするだけでなく、ディズニーランドへ遊びに行ったり読書をしたりといった、誰かが労働によって作りだしたサービスを享受する形での余暇を楽しむこともあるためである。私はそのことに注目し、余暇とそれを作りだす労働の関係性、特に余暇を作るのも楽しむのも共に人間であるという点を軸に考えていきたい。

 

2.    労働の主体

 

今日の経済活動では、人間が企業という組織を形成して生産活動を行っている場合が多い。その組織を形成する人間に着目した理論で興味深いものはエルトン・メイヨーとその弟子たちによる人間関係論である。この理論は、組織で働く人間は機械ではなく、設計者の命令通りに動くわけではないという点に注目している。また、この理論がさらに発展し組織に属する人々の間のコミュニケーションに着目する現代組織論も誕生した[1]

人間は労働者である以前に1人の人間であり、人格や感情を持っている。辛くて仕方のない職場では本来の能力を発揮できないだけでなく、余暇時間も仕事の疲れをとることだけに終わってしまい、その人が本当にしたいことに割く時間が無くなってしまう。そういった意味で労働をする際の条件や環境は、余暇時間の質の高さに深く関係しているのではないだろうか。これから、社員の仕事へのモチベーションや権利を視野に入れた方針をとっている企業の例をいくつか紹介したいと思う。

 

3 従業員への配慮の事例

 

東京ディズニーリゾートの運営と舞浜地区の開発を進める株式会社オリエンタルランドは、ディズニーリゾートで働く従業員のモチベーションに対して特徴的な配慮をしている。来場者をゲスト、従業員をキャスト、パーク全体を舞台と捉え、全ての要素が合わさって初めてショーになるという理念は、余暇時間を提供する人間と楽しむ人間双方の心の充足に焦点をあてたものだといえる。さらに、ファイブスタープログラムという、すばらしいパフォーマンスをしたキャストに上司がカードを贈る制度や、同僚が互いに褒めあうスピリット・オブ・東京ディズニーリゾート、節目を迎えたキャストへの長時間勤務表彰などの今日に興味深い制度がある[2]。また、質の高いコーヒーを提供することで有名なスターバックス・コーヒー・カンパニーは従業員をパートナーと呼び、アメリカにおける企業として初めてパートタイムのパートナーに自社株購入権を付与し、「最高の職場」と社員だけでなく世間からも評価されていた。最高責任者であるハワード・シュルツ氏の、パートナーとの心のつながりを重視する姿勢も特筆すべき点である[3]

 

4. 現代の日本経済の問題点

 

そういった例とは対照的に、職場におけるパワーハラスメントなど、人間の労働者としての面だけが強調されてしまう場合もある。それらはノルマや株主の意向、売上を重視した場合に起こり、それに伴い従業員の労働条件が悪化する可能性がある。経済成長というと日本においてはGDPGNPなどの指標が使用されるが、「世界一幸福な国」のイメージで知られるブータンは、それとは異なる姿勢で経済成長を捉えている。ブータンの現国王はGNPではなく国内総幸福を意味するGNHGross National Happiness)を提唱し、心の安らぎは物質的豊かさのために損なわれてはならないという信念を掲げて国づくりに取り組んでいる[4]

戦後の高度経済成長から右肩上がりであった経済が現状維持へと変化したと指摘し、それについて危機感を強調する意見も、日本は成熟期に入ったのだとする意見も見られるが、どちらの視点も経済的な根拠に則ったものである。真の意味で成熟期に達した社会とは、表面的な数字だけでなく人間の精神的な充足も視野に入れた社会のことではないだろうか。

 

5. 人間のための労働

 

職場で強いストレスを感じていれば、休日の余暇活動も日々の疲れをとることに終わってしまい、それは余暇の時間が労働に従属してしまっているともいえる。同時に、労働・生産は社会に余暇を提供する役割を担っているため、劣悪な労働条件では質の高い余暇の時間を与えるような商品やサービスも期待しづらくなる。労働条件と質の高い余暇の時間を提供するような商品の生まれる可能性について、私は父に尋ねた。

「今は株主の意向を気にする方針だけれど、昔は今よりもっと自由だった。みんなが自分のやりたいことを楽しくやっているから、自分は遊んでいるつもりでも、他の人を楽しませたり喜ばせる商品がポンとできあがったりした」

経済の仕組みの中で余暇を作るのも楽しむのも人間である以上、それらをつなぐのは人間らしい何かなのではないかと考える。その意味でも、目に見える結果や数字だけでなく、いかに人々が快適に、個性を生かして仕事ができるかを考えることが、多くの人にとっての余暇時間の質の向上、ひいては生活そのものの豊かさを図るうえで重要であると考えている。

[5]



[1] 『行政学(新版)』2002年 有斐閣 西尾勝 p.37-p.41

[2] http://www.castingline.net/disney_benefits/

 東京ディズニーリゾート キャスティングセンター(最終閲覧:2012.6.29

[3] 『スターバックス再生物語』

2011, 徳間書店 ハワード・シュルツ, ジョアンヌ・ゴードン

[4] 『ブータンと幸福論 宗教文化と儀礼』2011年 ()法藏館 本林靖久 p.9