120710akatsukas
赤塚諭「茨城空港にみる地方空港の赤字解消のための経営戦略」
1.地方空港の現状
本稿では余暇活動と関連する公共交通機関のひとつである航空、中でも地方空港の赤字経営の問題に焦点を当てる。本稿では空港ターミナルビルや駐車場等の空港関連施設の運営を地方自治体が中心となって行っている空港を地方空港と定義する。地方空港の経営問題は深刻であり、国土交通省の発表によると、2011年10月現在で地方空港の9割以上が赤字である[1]。本稿では黒字化に成功した茨城空港の事例を取り上げ、他の地方空港が採用できる経営戦略を提案する。
2.就航便数の少なさと新幹線との競合が招く赤字
地方空港が赤字になる原因は2つ推測できる。1つ目は就航している便数が少ないため、利用客数が伸びないことである。地方空港は利用客が少なく需要が小さいので採算が取れないと考える大手航空会社は、地方空港への就航に消極的になる。大手航空会社が参入に消極的であるために生じる就航便数の少なさが、更なる需要の低迷を招き、需要の低迷が更に航空会社の新規路線への乗り入れを抑制するという負の連鎖に陥っている。
2つ目の理由は新幹線との競合である。鉄道による移動時間が4時間以上かかる場合は航空機を利用する人が多く、4時間未満の場合は鉄道利用の方が多くなる[2]。出発地から空港や空港から目的地までの所要時間や搭乗にかかる時間、運賃などを考慮すると、鉄道による移動時間が4時間未満の場合は、鉄道を利用した方が利点が大きい。地方空港は大都市とのアクセスが悪いことが多いので、地方空港の利用は新幹線などの鉄道に圧迫されている。新幹線の建設が進み、鉄道の所要時間が短縮されれば鉄道利用客が増加し、航空需要は先細りになることが予想される。2010年には東北新幹線が、2011年には九州新幹線が全通したことで、鉄道の所要時間は新青森−東京間で最短3時間23分、大阪−鹿児島間で最短3時間47分まで短縮された。2014年度には長野−金沢間で北陸新幹線が、その翌年度には新青森−函館間を結ぶ北海道新幹線が開業する予定である。新幹線の整備により地方空港の利用客が鉄道に乗り換えることで、航空利用は頭打ちになり、地方空港の経営はますます悪化することが予想される。
3.茨城空港の利用客と格安航空会社への魅力
開港当初、茨城空港は利用者の少なさによる赤字が懸念されていた。空港ターミナルビルの運営収支は年間数千万円から1億円の赤字を計上すると見通されていた[3]。だが初年度には78万人以上が来港し、ターミナルビルの運営収支は約1,600万円の黒字を計上した[4]。茨城空港が予想に反して黒字化を成し遂げた主な理由は3つ考えられる。
1つ目は茨城空港を発着する飛行機に搭乗しない利用客にも空港を利用してもらう工夫がなされたことだ。茨城空港では開港から2年間に300回程度の催しを開くことで来場者を増やしており、非航空利用客を空港に呼び込めた。茨城空港利用者の73%は飛行機を利用しない[5]。茨城空港はイベントの実施などによって飛行機を利用しない客層を取り込み、航空利用以外の収入を増やし空港の収支を黒字化した。茨城空港に行くと、ターミナルビルには茨城県の名産品を販売する店舗や茨城県産の農作物を販売するコーナーが見受けられた。空港職員の話によれば、飛行機を利用する客だけではなく、離着陸する飛行機を見学に来る来港客が多いとのことだった。特に天候が良い土・日曜日には、飛行機を見学に来る親子連れが多く訪れるそうだ[6]。
2つ目は大規模な空港との棲み分けができたことである。関東地方には東京国際空港(羽田空港)と成田国際空港(成田空港)の2つの拠点空港がある中で、茨城空港が赤字化しなかったのは拠点空港との棲み分けに成功したからである。拠点空港は主に大手航空会社が就航している。大手航空会社の充実したサービスの提供を重視する利用者がいる一方、格安航空会社(LCC)による低運賃の輸送を望む者もいる。茨城空港は低運賃輸送を望む利用者を獲得するために、LCCが利用しやすい工夫をしてLCCを惹きつけた。茨城空港には飛行機に搭乗するときに使うボーディングブリッジがなく、タラップを用いて乗降する。ボーディングブリッジは設置や整備の費用がかさむので、LCCは利用を避ける傾向がある。茨城空港の安価な着陸料も経費節減を社是とするLCCが就航する動機づけになった。航空機が着陸する度に航空会社が空港に支払う利用料である着陸料は空港ごとに違う。約7万円という茨城空港の着陸料は、約17万円の羽田空港と比べて安価である[7]。茨城空港はLCCが好む施設設計や料金設定によりLCCの誘致に成功した。低価格重視の利用客に的を絞りLCCの基地となって拠点空港との差別化を図る戦略が奏功して、拠点空港と地方空港が競争するのではなく棲み分けることができた。
3つ目は交通アクセスの改善である。茨城空港へは最寄りのJR水戸駅やJR石岡駅、TXつくば駅から連絡バスが運行している。県内だけでなくJR東京駅からも連絡バスを運行させることで、大都市圏の利用も促進している。1300台以上収容できる無料駐車場を設置することにより自家用車で来港する利用客にも配慮している。自動車の保有率が全国の約1.4倍である北関東の実情に合ったサービスを提供することで、茨城空港は需要を喚起している[8]。就航便数の少なさや大都市とのアクセスが悪いという短所は大部分の地方空港に共通している。しかし茨城空港では無料駐車場やイベントの開催など、短所を補完する機能を備えることで黒字化に成功した。立地する地方の特性やニーズを生かした戦略が地方空港経営には必要である。
4.赤字改善の経営戦略の提案
飛行機を利用しない客層も利用できる空港を目指すことが必要である。イベントによる非航空利用者のターミナルビルでの買い物等による収入は空港の収支均衡に役立つ。イベント以外でもコンセッション方式の商業活動が空港の黒字化に貢献することが指摘されている[9]。コンセッション方式とは空港と外部の小売店が空港内の店舗経営に関する契約を締結し、小売店は売り上げに応じた店舗使用料を空港に支払う方式である。空港は店舗の売り上げが悪くなった場合、小売店の入れ替えをすることで、安定的な使用料を獲得できる。航空部門が赤字であっても、イベントによる集客や店舗使用料などの非航空部門の黒字が大きければ空港経営は黒字化できる。非航空収入を原資として空港使用料などを引き下げることができれば、空港に就航する航空会社が増えて航空収入が増える。航空会社の乗り入れに伴って航空利用客による空港内での消費が増えるので、非航空収入が更に増加する可能性もある。日本の空港の収入の大部分は航空収入であるが、イギリスでは空港収入の約5割、アメリカでは7割以上が商業施設の売り上げなどの非航空収入である[10]。航空を中心とした経営から航空・非航空を含めた総合的な経営戦略の構築が空港の赤字改善の一助となる。
茨城空港の戦略を全国の地方空港に適用することはできないが、応用して独自の戦略を構築することはできる。例えば、富士山静岡空港(静岡空港)には、最寄り駅からの連絡バスを運行させ、都市からのアクセスの改善を図るという戦略を応用できる。静岡空港の近くには東海道新幹線、東名高速道路、国道1号線などの主要な陸上交通網が走る。高速道路のインターチェンジは静岡空港付近にあるが、駅とのアクセスは改善の余地がある。静岡空港付近に東海道新幹線の駅の建設や、連絡バスなどの定期運行などによる既存の駅と空港間のアクセスの改善などにより、空港の需要を高めることは可能である。拠点空港には採れない、立地する地域性に合った地方空港独自の経営戦略を採ることができれば、地方空港の黒字化は可能である。
世界の空港に目を転じれば、大規模空港と棲み分ける茨城空港の戦略はヨーロッパの空港にも応用できる。イギリスの拠点空港はロンドンのヒースロー国際空港、ドイツの拠点空港はフランクフルトのラインマイン国際空港である。ロンドンの地方空港としてはスタンステッド空港、フランクフルトの地方空港としてはフランクフルト・ハーン空港がある。ヒースロー国際空港−ラインマイン国際空港間は高価格・高待遇の大手航空会社が運航している。スタンステッド空港−フランクフルト・ハーン空港間でLCCの運航が活発に行われれば、茨城空港と羽田空港・成田空港の間に見られる、利用客のニーズに応じた棲み分けを行うことができ、地方空港としての活路を開くことができる。
[1] 国土交通省航空局HP「地方自治体が管理する空港の空港別収支の開示について」(2012年7月参照)
[2] 朝日新聞 2010年8月24日付 朝刊1面「4時間の戦い」
[3] 朝日新聞 2009年10月24日付 朝刊6面「茨城空港1億円赤字も」
[4] 財団法人茨城県開発公社HP「平成22年度 事業報告書 事業決算書」(2012年7月参照)
http://www.dc-ibaraki.or.jp/kousya/Result_PDF/H22_jigyoujisseki.pdf
[5] 朝日新聞 2012年5月6日付 朝刊31面「茨城空港来場200万人を突破」
[6] 2012年6月16日、茨城空港における空港職員への聞き取り調査による。
[7] 朝日新聞 2010年10月20日付 夕刊8面「経済ナビゲーター」
[8] 自動車の保有率は、総務省統計局(2011)『日本統計年鑑』を基に筆者が算出した。
[9] 横見宗樹(2006)「空港民営化と空港システム」(『航空の経済学』p.222-241ミネルヴァ書房)
[10] 杉浦一機(2012)「エアライン&エアポート2012」(『東洋経済』第6385号
p.34-83)