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吉田まどか 「日本の漫画はなぜ世界中で愛されるのか」
1. 海外で人気の日本漫画
日本における漫画人気は根強いが、それは海外においても同じことであり、海外に行くと日本の漫画をよく目にする。実際、世界中のコミックショップに並ぶ漫画のおよそ9割を日本漫画の翻訳版が占めているそうだ。漫画大国として有名なのは日本、フランス、アメリカの3国であるが、日本と2国の差は歴然としている。「海外で人気の日本マンガランキング[i]」によると、フランスにおいて最も人気な漫画は「NARUTO」とあるが、それはなにも日本漫画の中で1位を獲得したというだけではない。2010年2月の調査によると、NARUTO第46巻が、フランス国内における全書籍売上週間ランキングで初登場1位を記録する[ii]など、その躍進ぶりがめざましい。今回私は、このように日本の漫画が世界中で人気を博している理由について、そして今後の展望について考察していきたい。
2. 日本漫画の多様性
各国で人気のある漫画を調べていくうちにわかったことがある。それは、そこに国民性や社会情勢が如実に表れていたということだ。たとえばIT産業で躍進するインドで最も人気がある日本漫画が「ドラえもん」、紛争の絶えないカンボジアでは戦争マンガが好まれているそうだ。世界のどの国においても日本漫画が人気なのは、この多様性が一つの原因であると考える。つまり、日本には万人に受ける漫画があるのではなく、万人に受けるほど多くの種類の漫画があるということになる。
3. 日本独特の画風
「鉄腕アトム」などで有名な手塚治虫氏は、後進の漫画家達に「漫画を描く時漫画そのものを多く読むよりも映画、文学、芸術、一級品に多く触れるべきだ」とアドバイスしたそうだ。そのことが後の漫画文化の発展に大きな影響を与えたと言われている。そのため日本漫画はストーリーだけでなく画風も世界から高い評価を受けている。西欧の絵画は画面を隅々まで塗りつぶす伝統を持っているが、日本漫画は水墨画と同じく「余白」にこだわることがない。時には白紙に近いような、余白それ自身に意味を与えることもある。これは浮世絵の影響も少なくないと考えるが、浮世絵と同じようにこの日本漫画の画風が世界に衝撃を与えたことはいうまでもない。
4. 表現の自由がもたらした日本漫画文化の発達
「ONE PIECE」は日本で最も人気のある漫画であり、アニメ、映画においても大変な人気を誇っている。しかしアメリカにおいては下位に位置し、「ポケモン」などと比較するとあまり人気がないことがわかる。その理由は、両国で放送されたアニメからうかがい知ることができる。「ONE PIECE」は腕が伸びるなどの非現実性と、奴隷制や人種差別などの現実性を含んだストーリーが魅力的であるが、そのほかにも個性的なキャラクターや迫力ある戦闘シーンが人気の作品である。そのため流血などの絵も多く、実際に人が死ぬシーンもある。
しかしこれがアメリカでアニメとして放送されたとき、そこには多くの規制がかけられた。そのため流血は一切なく、人が死ぬことも決してない。登場人物がたばこを吸うことも許されず、銃はおもちゃに変えられることになった。これはアメリカの子どもたちがヒーローの真似をしたがるということからそうしたらしいのだが、よってアメリカにおいて「ONE PIECE」は子供騙しの作品とされ人気を集めることはなかった。もし日本版をただ英語に翻訳していれば、このような事態も起こらなかったであろう。これらのことから、日本漫画の高い技術が生まれた理由が推測できる。日本はこれまでこういった規制がない自由な状況下にあったからこそ、漫画文化が発達し、その結果世界には真似できない高度な漫画が生産されたのであろう。
5.日本でも始まった「規制」
ところが最近、これまでのような自由を漫画家達から取り上げる動きが広まっている。2010年12月13日の読売新聞によると、子どもの登場人物による露骨な性行為が描かれた漫画などの販売・レンタルを規制する東京都青少年健全育成条例改正案について、都議会総務委員会で13日午後、採決が行われ、賛成多数で可決された。同改正案では、子供の登場人物による、「刑罰法規に触れる性交等」を「不当に賛美・誇張するよう描写した漫画」などは、第三者機関の審議を経て、書店に対し、一般の書棚から成人コーナーへ移すことを義務付ける。たとえば、幼女が性的暴行を受けるシーンが続く漫画などが対象となる。これは二日後の15日に開かれた本会議で可決され、今年7月1日から施行される見通しである。
このような取り組みに対して大阪府や京都府も呼応する動きを見せているが、漫画家や出版社はこれに大きく反対している。日本マンガ学会理事会による[iii]と、規制の対象となる行為が「刑罰法規にふれる性行為」および「結婚できない近親間での性行為」としたことで、規制の対象が明確でないことを批判している。「刑罰の対象になる違法な性行為は描くことも規制しよう」というのは、現実とフィクションとを区別しない、たいへん危険な発想だと指摘する。今回の改正案では、それは「性犯罪」に限られているが、この発想に従えば、それがやがて「犯罪一般」を描くことの規制に移行することも考えられる。
6. 考察
このような東京都の動きに対して、わたしは一概に賛成することも反対することもできない。かれらの主張する通り、誤った性に対する価値観を子供たちに植え付けてしまうのではないかと危惧するのは私も同じだからである。海外からそういった性的な表現について批判を受けているのも事実である。しかし、このような条例が専門家の意見を聞くなどの十分な議論が積み重ねられることなく、極めて大雑把かつ拙速に制定されると、芸術・表現・メディアへの重大な抑圧が生じる危険があり、ひいては文化全体への委縮につながる可能性も否定できない。芸術・表現は、必ずしも倫理や教育効果のみを目的としない。人間や社会の否定的な面をも描くからこそ包括的で躍動的な文化全体を形成することができるのだ。このような規制が今後強化していけば、アメリカにおけるアニメ「ONE PIECE」のような、一国の国王軍対反乱軍の戦争シーンでもおもちゃの鉄砲を使うような、矛盾を孕んだものになってしまうかもしれない。
私の見解としては、規制を設けるときはその内容が具体的でなければならないと考える。つまり、今回であれば「性的犯罪を賛美するような内容」に限れば、その規制は適切であると思われる。ただこれが犯罪一般となればまた話も変わってくる。そうなれば、日本中で読まれている大人気コミックまでもがその対象となり、日本のマンガ文化は著しく衰退していくことが懸念される。大切なのは、このようなことを政治家だけで一方的に決めるのではなく、反対派の意見も踏まえて議論する慎重な姿勢にあると私は考える。今後の日本マンガのさらなる発展のためにも、漫画業界や私たち読者が規制について真剣に考える必要があるし、それに対して各地方自治体は柔軟な対応をとることが望ましい。そうすることで、日本の漫画が世界において頂点に君臨する時代が、これから先も永らく続いていくと期待できるだろう。
参考資料・文献
竹田恒康(2011)「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」 php新書
経済産業研究所 RIETI 日本製アニメとマンガの国際戦略
http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/04111601.html
加藤英俊(1990)「西欧の若者に人気の日本マンガ」産経新聞
http://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/1434.html
ガジェット通信「漫画規制条例可決で表現を殺さないために」
http://getnews.jp/archives/89940
引用記事
[i]海外で人気の日本マンガランキング http://gifjpg.blog17.fc2.com/blog-entry-233.html
[ii] ULTIMO SPALPEEN フランスでのマンガ売上ランキング