110622HemmiShiori
逸見栞「トイレ空間が人々に与える影響―学校トイレ事情を通して―」
1. はじめに
私が「余暇」から連想する言葉は「ほっとする」「癒し」といったものである。更にその言葉から私が連想したのは、「トイレ」であった。トイレは私にとって落ち着ける場所である。大学で、重い荷物を持ち、ヒールで疲れた足を休めたい、と思ったときにトイレに行くと、ほっとするのだ。がやがやと五月蠅い環境から、静かに環境に身を投じ、荷物を荷物下げにかけて便器に座る。あの、何とも言えない狭さと、世間から切り離されたような空間が私に落ち着きをもたらすのである。
しかし、これはあくまで「清潔」「洋式」という前提条件がつく。ハイテクトイレの登場によって、人々の生活がどのように変わったのか。トイレ空間の変化が人々にどのような影響をもたらすのか、学校トイレを通して考察していきたい。
2. ハイテクトイレの登場
前述したように、日本が世界に誇る技術といえば温水洗浄便座、いわゆる「ウォシュレット」である。
ウォシュレットとは、便器の中のノズルからお尻に向けて温水が発射され、「おしりを洗う」トイレのことである。元々、アメリカで医療用製品として作られたものを1969年にTOTOが国産化し、日本人のお尻に合ったものを研究開発、そして1980年に商品化した[i]。その背景にあったのは、高度経済成長時の長時間のデスクワークによる、痔患者の増加であった。当時ビジネスマンやOLの3割もの人が痔に悩んでいたという[ii]。
ウォシュレット誕生前、TOTOの宣伝課が新聞雑誌に便器を全面に押し出した広告の掲載を頼んだところ、「便器は汚い尻を連想させる」「御不浄」と一切却下された。ウォシュレット販売時、TOTO宣伝課は夕飯時の7時台のテレビCMでウォシュレットを宣伝した。当時のキャッチコピーは「おしりだって、洗ってほしい」というものであった。当然、視聴者からは苦情の電話が相次いだが、1か月後には苦情の電話はなくなり、ウォシュレットは10万台を超える大ヒット商品となった。妊婦や腰痛の人に感謝されたという[iii]。今は食事時でもトイレのCMを見るようになったし、街中にトイレの広告があるのは当たり前である。「不浄」とされていたトイレへのイメージが転換したのも、ウォシュレットがきっかけであるようだ。
その後も着々と進化を続けている。最近のトイレでは、センサーによる自動開閉や自動洗浄、自動脱臭などは当たり前である。また、女子トイレでは音姫[iv]がついているのが当たり前になった。
3. 学校のトイレ事情
前述したように、落ち着ける場としてのトイレの前提条件として「清潔」「洋式」がある。本大学や商業施設ではトイレは落ち着ける場所だが、幼稚園から高校のトイレを思い出すと、落ち着ける場とは程遠い存在であった。
従来のトイレを揶揄した言葉に「5K[v]」がある。これは、「臭い、汚い、怖い、暗い、壊れている」からきている。このようなトイレは、いじめの温床であるとか、トイレを我慢する子供たちの健康被害の要因であるとされてきた。また、多くの学校は災害時の避難所となるが、高齢者や障がい者に配慮しているとは言い難いのが実情である。そのような学校トイレの改修が進んでいる。
学校のトイレ研究所では、学校トイレの未来へ向けて3つの提言をしている。それは、「全洋式化」「乾式化」「エコロジー」である。この3つについて詳しくみていこうと思う。
「学校トイレの全洋式化」
学校のトイレ研究所が行ったアンケートによると、トイレで汚れやすい場所の上位に挙がったのが、「和式便器まわりの床」、「和式便器」、「小便器」であった[vi]。また、洋式便器と和式便器はどちらが好きかというアンケートでは、「洋式便器」と答えた生徒が80%[vii]であった。アンケート結果から、全洋式化の理由として衛生面の問題と生徒の要望があることがわかる。また、近年は家庭のトイレも洋式であるため、それにあわせて子供のストレスを減らそうという目的もあるようである[viii]。
「学校トイレの乾式化」[ix]
従来の学校トイレの掃除方法は湿式清掃である。これは、床に放水してブラシでこする清掃法である。この清掃法の問題点は、床を濡れたまま放置するため、菌の繁殖を促す点である。菌の繁殖は臭いの元でもある。また、湿式清掃をすることでトイレのドアやパーテーションがめくれあがり破損の原因になる。
改修時にタイル貼りの床を、汚れや臭いがつきにくい床に変える。また、尿の飛散を防ぐため、和式ではなく洋式にし、小便器は床置きタイプではなく壁掛けタイプにすることで掃除をしやすくする。乾式清掃では、スポンジモップで床を拭くことにより、菌の繁殖を防ぐ。
「学校トイレのエコロジー」
文科省の学校整備指針においてエコスクール化が求められている。1970〜1980年代に設置された大便器のほとんどが13ℓ/回のものであるが、最新の大便器では6ℓ/回であり、半分以下の水量ですむ。トイレのエコロジー化によって、子供たちへの節水意識を高める作用もある。
4.具体的な改修の事例
―埼玉県立戸田市立美女木小学校[x]
この小学校では、「トイレ改修ワークショップ」を行い、児童の意見を反映させている。30人前後の希望者で構成されたワークショップから出来たトイレは、奇抜なデザインである。4つの小便器が向かいあい、その中心には映画「ハリー・ポッター」をイメージした尖塔が設けられている。また、入り口付近に詰めれば10人も座れるベンチを設置し、トイレ表示のデザインも児童たちが自ら考えた。
―東京都練馬区立光が丘四季の香小学校[xi]
東京都練馬区の「福祉のまちづくり整備要綱」の指針の一環として、練馬区の教育委員会では小中学校のトイレ改修を行う際に、最低でも1つは多機能トイレ[xii]を設置している。1階の正面玄関付近にはオストメイト設備[xiii]を設置し、保健室と特別支援学級付近のトイレにはシャワーも設置した。学校が教育現場だけではなく、地域の施設であることを表す事例である。
4. ハイテクトイレによる影響
これまで、ハイテクトイレの登場、学校トイレ事情についてみてきたが、トイレ空間が変化したことによって、どのような影響が出ているのだろうか。
大阪府和泉市立柏太小学校の5、6年生を対象に、改修前と改修後のトイレについて聞いたアンケート[xiv]がある。これによると、「トイレに行くのを我慢してしまうことがある」と答えた児童は改修前の75人から31人に減少している。「トイレに行くのを我慢してしまう」理由について、「トイレが汚くて臭うから」と答えた児童は改修前の65人から5人に減少している。また、「トイレそうじ当番はやりたくないと思う」と答えた児童は74人から16人に減少し、「自分たちのトイレは自分たちでキレイに保ちたい」とする児童は77人から95人に増加した。
これらの結果から、学校トイレの改修(ハイテクトイレの導入)が、子供たちのトイレへの意識をポジティブに変えさせたことがわかる。
一方で、ハイテクトイレの導入による問題[xv]も出てきている。和式トイレの減少により、排泄方法がわからないために和式トイレで排泄できない子供が増えているという。和式トイレでは、便器に跨り用を足すが、この時に腰や脚の大腿四動筋に力が入り、肛門括約筋も緊張し、自然と下半身が鍛えられる。しかし、洋式化に慣れてしまうと、下半身が鍛えられず、しゃがむことができないのである。このような子供が近年、増えているという。
5.「余暇」と「トイレ」
ハイテクトイレの導入によって、それまで「御不浄」とされてきたトイレが過ごしやすい空間へと変化し、人々のトイレに対するイメージもポジティブなものへと変化したといえる。しかし、一方で和式を使えない子供も出てきている。現在、多くの学校や商業施設でトイレの改修作業が行われており、トイレ空間の快適化が進んでいる。それに伴って、人々はより清潔でハイテクなトイレがある施設へと流れるであろう[xvi]。
今回のレポートを通して、改めてトイレ空間の重要性を知った。トイレは老若男女国籍を問わずだれでも使用する場所である。本文中で従来のトイレを表す「5K」という言葉があったが、最近は「4C」という言葉があるらしい。「4C」とは、NEXCO西日本が打ち出しているもので、「Clear(明るい)」「Clean(清潔)」「Comfortable(快適)」「Charming(魅力的)」であるトイレのことを指すという。
今回は主に学校トイレについて取り上げたが、まちづくりや観光産業分野で、よりトイレに着目して「魅力的」なトイレ空間を作り上げられたら、集客率アップにつながるのではないだろうか。レポートを終えた今、さらに興味が広がった。今後、様々な場所を訪れる際に、「トイレ」にもっと着目していきたいと思う。
[i] http://www.toto.co.jp/campaign/washlet30th/history.htm#/1980 2011/06/21閲覧
[ii] NHK「プロジェクトX 革命トイレ 市場を制す」平成14年9月17日放送
[iii] 脚注Aに同上
[iv] 排泄時の音を消し、節水することを目的として作られたトイレ用擬音装置。センサーに手をかざすと水の流れる音がする。最近では手をかざさなくても便座に座るだけで音がなるトイレもある。http://www.toto.co.jp/kankyo/channel/story/07/ 2011/06/21閲覧
[v] http://school-toilet.jp/about/shushi.html 2011/06/21閲覧
[vi] http://school-toilet.jp/usefuldate/2010date003.html 2011/06/21閲覧
[vii] http://school-toilet.jp/usefuldate/2009date002.html 2011/06/21閲覧
[viii]学校のトイレ研究誌13号「学校トイレの挑戦 2010」、p3
[ix] 学校のトイレ研究誌13号「学校トイレの挑戦 2010」p3、p15〜19
[x] 学校のトイレ研究誌 13号「学校トイレの挑戦 2010」p.26
[xi] 学校のトイレ研究誌 13号「学校トイレの挑戦 2010」p.27
[xiii] オストメイトとは、直腸がんや膀胱がんなどにより、臓器に機能障害をもち、腹部に人工的に排泄するための孔(ストーマ)を造設した人のこと。 http://iinavi.inax.lixil.co.jp/ostomate/ 2011/06/21閲覧
[xiv] 学校のトイレ研究誌 14号「学校トイレの挑戦 2011」p.24
[xvi] TOTOによる調査結果によると、「飲食店のトイレが汚いと、お料理や雰囲気のレベルが同じなら他の店に行く」と答えた人が56.6%に上っている。http://www.toto.co.jp/products/public/shopplan/enttoilet.htm 2011/06/21閲覧