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板谷洋介「人も犬も笑う社会へ 〜現代ペット事情の今日と明日〜」

 

 

1.     犬事情今昔

 

早朝5時。日中とは違う静かでゆったりとした時間が流れている中を、私は愛犬を連れて散歩に出掛ける。静かな住宅街の外れまで来ると、四季折々の木々の息遣いや咲き競う花々、いろいろな雲が浮かぶ空の表情を楽しむことができる。散歩中は、早朝にもかかわらず多くの人が犬を連れて歩いていて、すれ違う人と犬とは笑顔で挨拶を交わす。彼らはとても楽しそうで、その笑顔からは家族の一員としての関係の深さが伺い知ることができる。人と犬と自然に触れ、豊かな気持ちで一日を始めることができるのである。

 

現代の日本では、近年のペットブームにより人と犬との関係はめざましく拡大し、深化している。ペット関連産業は2004年には一兆円規模を突破し〔*1〕、さまざまな取り組みや新しいビジネスが生まれている。これら「現代の犬事情」を調査・考察し、未来に向けた方向性を提示したい。

*1〕東洋経済新聞社・『週間東洋経済20105/29号』P34より。

 

 

2.     拡大・深化する犬との関係

 

現在の人と犬との関係の拡大と深化は、身近なことから社会的なことまでさまざまな形で見ることができる。例えば、街行く犬にはアクセサリーをつけたり服を着せたりしている人を良く見かける。ペットフードは、安全な素材で作られていることをアピールした、健康志向のものが次々と発売されている。オヤツに関しても、有機農法の原料でできたものや、天然素材を使用しているものが並び、犬のためのバースデーケーキやフレンチのフルコースまで提供されている。

 

犬を連れての外食や旅行も大変なブームとなっている。私自身、愛犬とは史跡・文化都市の散策から登山や旅行などを楽しんでおり、そのことを実感することが多い。以前は「ペット可」といえば一部のペンションだけであったが、近年ではペット同伴ホテルがチェーン展開され、犬用の温泉設備を整備する旅館などもある。飲食店ではドッグレストランやカフェなども増えており、大変な競争となっているという。また、公共機関では、大型の公園や高速道路のサービスエリアにドッグラン(犬をリードから離し、自由に遊ばせる施設)も増え続けている。ソフト面では、旅行会社によるペットと泊まる宿泊プランやバスツアーも販売されている。住宅に関しても、「ペット可」をセールスポイントとしたマンションが多数販売され、戸建住宅ではペットと暮らすための設計が人気となっている。

 

犬とのアクティビティも盛んだ。アジリティという犬と飼主の障害物競走やフライングディスク競技が国内外で盛んに行われている。インドアでは、犬と一緒にヨガを楽しんだり、ペットを撮影するための写真教室が人気で、ペット撮影機能搭載のデジカメも登場している。そのほか、犬の服やオリジナルの首輪を作る教室が開かれ、飼い主とセットで婚活イベントも行われているという。

 

このように、さまざまな形で人々はペットを通じて様々な交流を楽しんでいる。こうした背景から、人と犬の関係の深化していることが実感できる。群れを作り、群れで行動する犬の習性は、家族という深い信頼関係の中で暮らすことに向いているのであろう。現代社会においては、犬は家族という群れの一員として迎えられ、暮らしているのである。

 

 

3.     犬の社会貢献と社会的な取り組み

 

社会的な面では、犯罪捜査犬や災害救助犬など社会活動において活躍する犬がいることはご存知であろう。これらの犬たちは、臭覚が発達しているという特性を活かし、私たちの生活の安全に寄与し、有事の際には被災地において被災した人々を救い出すという活躍をしている。日常においては、盲導犬や介助犬などの人の生活をサポートする犬がいる。特別な訓練を受けた犬たちが、目や耳の不自由な人の失われた機能の肩代わりをして、人と支えあって生活している。

 

他方、民間では動物との交流による医療補助行為・アニマルセラピーが注目されている。犬とともに病院や学校や老人ホームなどを訪れ、ボランティア活動を行っているのである。不登校などメンタルケアが必要な青少年に対しては、情緒の安定や意欲の活性化の効果があり、高齢者には、コミュニケーションによる脳の活性化がなされ、認知症などに効果があるそうだ。その他、身体に障害を負った人のリハビリや、犯罪者の社会復帰の訓練として犬の世話をすることが有効であるとのことである。これら動物が人に与える心理的な良い影響は様々な点から関心を呼び、更なる研究が進められ、期待されている。

 

 

4.     海外の犬事情も覗いてみる

 

さて、海外の犬たちの暮らしも覗いてみよう。このレポートを書くにあたり、仏国・米国・韓国の人にインタビューをしたところ、面白い共通点と相違点が浮かび上がってきた。私が犬と共に体験してきた、国内・海外の旅と照らし合わせながら紹介してみたい。

 

まず、日常生活においては、ウンチの処理問題が各国共通で問題になっているが、近年はすべての国で飼い主が責任を持って処理をする習慣が定着しているようである。ただ、仏国と韓国では、所々に持ち帰り用のビニールを設置するなど、行政の配慮がある。食事に関しても、専用のペットフードが与えられており、愛犬の健康管理に関心が高いことを伺わせる。ペットの葬儀に関しては、日本・韓国と仏国・米国で意見が分かれている。日韓は葬儀を執り行う業者が存在しビジネスとなっているが、仏米はセレモニーとして行うものの、ビジネスとしては行われていない。宿泊施設と飲食店の対応に関しては、仏国だけが特別で他の3国は若干の制限があった。自由と博愛の国・フランスでは、犬を連れて飲食店への入店やホテルに宿泊することは当り前で、かのミシュランガイドには“犬連れOKNOか”が表示されている。実際、私が訪れたときは公共交通機関の利用や国立公園に入ることに特別な規制はほとんどなく、大変自由であった。他の国々では、その程度に差はあるものの様々な制限があり、出掛けた先での食事や宿泊には苦労することが多い。

 

 

5.     さまざまな問題点もある

 

こうして広っているペット社会も様々な問題を孕んでいる。一つにはペットの高齢化と死別の問題がある。高齢化した犬は人間と同様に、認知症になったり、目や脚が不自由になったりする。こうした犬には介助が必要であり、飼い主への負担も大きいことから、動物の医療機関との連携はもとより、ペットを飼いうことの責任をペット業界全体でフォローする仕組みが模索されている。ペットとの死別も問題である。ペットロスと呼ばれる現象で、愛する家族同様のペットを失ったショックにより、場合によってはうつ病や自殺に至る場合もある。この問題には、民間のボランティアを中心に活動が行われ、その悲しみとの向き合い方や受け入れ方を話し合い、同じ気持ちの人たちが相互に理解しあうためのミーティングを開催している。

 

なによりも重大な問題は、やはり殺処分という現実であろう。2008年現在で約28万頭の犬猫が処分されているという。1994年には犬猫を合わせて約77万頭が処分されていた現状を踏まえると目覚しい減少ぶりが窺える〔*2〕が、まだまだその数は多い。行政に持ち込まれるペットたちは、何か問題がある訳でもなく、ごく普通の犬たちが多いそうだ。無責任な繁殖業者や飼育放棄に至った飼い主など、命の重さを蔑ろにする者が多いことは、なんとも悲しく、やるせない気持ちになる。

*2〕東洋経済新聞社・『週間東洋経済20105/29号』P55より。

 

この現状に、真正面から取り組んでいる人たちがいる。これら捨てられたペットと人々を結びつける団体は全国で64団体〔*3〕に及び、不遇なペットたちと優しさで迎え入れる人たちとの架け橋となっている。また、行政では、熊本市が素晴らしい取り組みを行っている。“殺処分ゼロ”を目標に掲げ、獣医師・動物愛護団体・盲導犬使用者の会・動物取扱業者が協議会を結成し、行政とともに一丸となって取り組んでいるのである。その手法は、@持ち込み者を説得し、受入れ頭数を減らす。A引き取ったペットの適正な管理。B譲渡の方法の確立。この努力の結果、2009年度の犬の生存率は9割を超え、殺処分頭数は実に7頭にまで減らすことができたという。〔*4〕この例は、今後のケーススタディとして大変重要であろう。

*3〕財団法人全国里親会 http://www.zensato.or.jp/notes1.html(平成2276日現在)より。

*4〕〔*2〕東洋経済新聞社・『週間東洋経済20105/29号』P5859より要約。

 

このように、ペット文化の広がりとともに多くの問題が生まれ、社会現象が生まれていることが分かった。それら一つ一つの問題に対し誠実に取組む人が大勢いる。彼らの取り組みは、とても優しさと愛にあふれ、その活動を見ると息遣いまで感じられるようである。今後、行政がイニシアティブをとりつつ、ペットたちのための法整備や管理体制の確立、そして更に拡大し深化するであろうペット社会が豊かで楽しいものであるためのモラルやマナーの向上が不可欠である。

 

 

6.     世界中で犬を愛し犬に愛されている

 

このレポートの作成にあたり、何人かの外国人にインタビューをした。最後に、彼らのコメントから、印象深かったものの要点をピックアップしてみたい。

 

  バーバラ・モリソン先生(米国)

『人と動物の関係には未知の部分がイッパイあります。さまざまな分野で注目され、研究が進んでいます。人と動物には、無限の可能性があるんですね。』

 

  ノバック・バチャン氏(仏国)

『日本とは違って、犬は動物であり別の存在です。しかし、フランス人はみんな犬を愛していて、大切にしています。だからフランス中どこにでも一緒に行けます。』

 

  キム・ダヘさん(韓国)

『昔は犬を食べる習慣がありましたが、いまは家族として可愛がる人がほとんどです。マナーも人々に浸透し、社会全体がペットを受け入れています。』

 

如何だろうか。犬たちは日本のみならず海外でも同様に愛され、広く深く関わっていることがおわかり頂けることだろう。こうして現代日本のペット事情を調べてみると、その豊かさとともに大きな問題も抱えている。しかし、携わる人々の努力により、人も犬も住みよい社会が作られつつあることが実感できた。そして、研究機関等で人とペットとの新たな関係が、今この時も進んでいるのである。人と犬が楽しく共存するだけでなく、お互いが必要不可欠なパートナーとして高めあえる未来が待っているように思えてならない。そんな未来が訪れたら、どんなに豊かで楽しいだろう。10年後、30年後の日本。街行くすべての人と犬たちが笑って歩いていることを期待して止まない。