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儀間暁子「歌う文化と踊る文化」
1. はじめに
日本で私達学生が友達と遊ぶことになった時、真っ先に挙がる候補のひとつがカラオケである。しかし、欧米諸国の場合、若者はたいていディスコクラブに繰り出す。日本人はクラブに行くというのはほとんどの人が躊躇する。その理由の大半は、踊るのが恥ずかしいからである。加えて、クラブは怖い所だという偏見もあるだろう。しかし、カラオケで歌うこともクラブで踊ることも、音楽がないと成立しない。それぞれ同じ「音楽」による娯楽であるにも関わらず、カラオケとクラブでなぜ人気に差があるのだろうか。なぜ日本人はカラオケが好きなのか。日本の「歌う」文化と、欧米の「踊る」文化を比較しながら、その理由を考察したい。
2. カラオケ文化
今や私達にとって最も身近な娯楽のひとつと言えるカラオケは、1970年代前半にその原型が誕生する。当時はスナックで歌っている歌手が、生演奏がなくても歌えるようにと伴奏をテープに録音し、いつでも歌えるようにしたのが始まりだと言われている[i]。それが素人向けに使われるようになり、スナックのサラリーマン向けだったものがカラオケボックスの普及で若者にも浸透し、今日に至るまで様々な形態のカラオケが開発されている。現在のカラオケは通信制で、日本国内のほとんど全てのジャンルの曲が入っており、洋楽、韓国、フィリピン等の海外曲も歌うことができる。日本人が日本で生み出した娯楽なので、日本人に合っているのは当然だといえる。
カラオケをしたくなる1番の理由は、楽しく歌うことでのストレス発散である。普段あまり大声を出す機会は無いので、大声を出すことで気持ちがスッキリする[ii]。また、上手に歌えたら個人的に満足感が得られる上、友人が褒めてくれたりすればさらに気分はよくなる。次に挙げられる理由は、コミュニケーションツールとしてのカラオケの活用である。大学ではよく新歓時期にカラオケが利用されるが、これは新入生と一緒にカラオケに行き、共通の好きな歌や歌手の話で盛り上がったり、一緒に歌って大騒ぎすることで距離を縮めるためである。そこにお酒が加わればさらに盛り上がる。最近はお酒を含め、飲食物持込可能なカラオケボックスも多く、それもカラオケ人気の要因のひとつになっている。
さらに、日本人がカラオケを好む理由には「内・外」文化も関係している。カラオケボックスとは、一種の封鎖された空間である。その閉鎖的な空間で仲間だけで楽しむのは「内・外」文化の「内」の部分だと言える。仮に「外」、例えば全く違う部屋にいる赤の他人が自分達の部屋に入ってきたとしたら、雰囲気が壊されてしまうだろう。気の知れた仲間同士なら、お気に入りの曲を歌いながら、軽く踊ることになったとしても抵抗はない。ここが、仲間「内」で楽しみたい若者にとってのカラオケのメリットであると同時に、クラブへの興味を減少させている。
対してクラブはとても開放的な空間であり、カラオケボックスのように、壁やドア等の物理的な仕切りがない。友達同士で輪を作って踊っていても、踊っている環境がすでに「外」であり、他人との距離が近い。日本よりも「内・外」文化の傾向が少ない欧米人にとって、この環境に対する抵抗感は少ない。
3. ダンス文化
日本とは異なり、欧米の若者の娯楽といえばディスコクラブである。留学中に知り合った南米、アフリカ、ヨーロッパの友人は、カラオケは知ってはいるがしたことがないと言っていたが、ダンスは生活の一部のようで、クラブではもちろん、日常生活の中でもすぐに踊りだすような人が多かった。ガーナの友人は学校でよくダンスを習うと言っていたように、彼らが日本人と違って恥じらいなく踊りだす理由として、彼らの日常とダンスがとても密接な関係にあることが挙げられる。また、南米やアフリカの伝統的なダンスは、多少形を変えつつも、現在も若者の間で定番の型である。常にダンスが伝統、そして定番として根付いている環境で育った彼らにとっては、音楽があれば「踊る」のは当たり前の行為なのである。
また、欧米のディスコクラブは若者にとって敷居が低い。日本では18歳未満だとクラブには入れない上、成人でも身分証の提示が求められる。私の留学していたオランダでは16歳から入店可能で、入場料さえ払えば簡単に入ることができた。クラブ内の雰囲気は日本と大して変わりなかったが、時たまどこかで喧嘩が始まったり、ナンパしてくる人達が多かったので日本より危ないといえる。しかし18歳が成人と考えられているオランダでは10代の若者は日本の10代よりも自立しており、自らの行動に責任を持つことができる。彼らは危ないことには手を出さず、友達同士で楽しく盛り上がっていた。
日本でも80年代のバブル期にはディスコが大流行した。好景気で人々は浮かれ、踊ることへの抵抗が少なかったのだろう。しかしバブル崩壊後、この流行も後退し、音楽娯楽はカラオケに取って代わられることとなった。しかし、実は日本は世界でも有数のダンス大国なのである。「日本のダンス人口は一時は1000万人ともいわれ、実は世界一。選手や講師として活躍するプロ人口が多く、優秀な選手も多い」[iii]のである。日本にはダンス文化自体は浸透しているものの、それはあくまで「プロ」の世界のものであり、一般の学生などからは遠い世界であるという認識が広がっていることが推測できる。ここが、ダンスが日常の一部となっている欧米の若者と日本の若者との違いである。
4. 音楽シーン、メディアの相違
欧米の若者に人気の曲にはダンスミュージックが多い。海外のチャートにランクインしている曲の中には、“Dance”や“Club”という単語が多く出てくる。また、ラブソングであってもプロモーションビデオには踊っている様子が頻繁に登場する。「踊っている様子」といっても、ダンサーが激しく踊るのではなく、大勢の人達がフロアで思いおもいに踊っている様子である。また、欧米ではMTVなどの音楽チャンネルが日常的に視聴できるので、それらの映像を通して視覚的に「踊る」イメージが容易に出来上がる。
対して日本の音楽市場はJ-popが主流で、その大半は、例えリズムは激しくてもラブソングである。ラブソングは感情移入がしやすく歌いやすい。実際にカラオケに行っても、歌われる曲のほとんどはJ-popのラブソングである。また、J-popのヒット曲の中に“Dance”などの言葉はほとんど見ない。プロモーションビデオも、歌手本人の歌う様子を写しているものが多い。ダンスのシーンがあってもそれは前に書いたように、遠い世界の「プロ」のものである。おそらく日本人は、プロのダンサーのようには踊れないが、歌うのは真似しやすいため、歌手の「歌う」姿を無意識的に体現しようとしてダンスよりもカラオケを好むのではないだろうか。
また、J-popは歌詞が重視されるが、洋楽は歌詞よりもメロディーやリズムが重視される。歌詞が重視されると、聞き手は言葉に意識を集中させるため、自然と口ずさむようになり、そこからカラオケで歌うことへ発展する。一方メロディーやリズム重視だと、言葉より先に音に体を任せるようになるのは自然な流れである。
5. おわりに
以上の文化比較から、日本でのカラオケ人気と欧米でのクラブ人気の理由が分かる。日本の「内・外」文化や、カラオケ店や音楽市場の商業戦略により、今後も日本人の若者のカラオケ人気は発展していくだろう。対してクラブは、踊るのが恥ずかしい、怖いところだというイメージや、ダンスはプロのものであるという固定観念を払拭しない限り、発展は難しいと考える。欧米では、クラブは日本でのカラオケのように当たり前の娯楽であるため、衰退することはないだろう。しかし、欧米にはまだカラオケが浸透していないという点から考えると、今後欧米でカラオケが人気を得るかどうかはまだまだ未知数といえる。欧米諸国から日本に留学している学生にはカラオケが大好きという人も多いので、カラオケが日本と同じような形で欧米に進出した場合、クラブに替わる娯楽として成立するかもしれない。
[i] カラオケの歴史http://socyo.high.hokudai.ac.jp/Hobby2/Kanagawaf2.html (2010年7月5日現在)
全国カラオケ事業者協会http://www.japan-karaoke.com/index.html(2010年7月5日現在)
[ii]毎週アンケート/ハピ研
http://www.asahibeer.co.jp/enjoy/hapiken/maian/bn/200609/00151.html (2010年7月5日現在)
[iii] 【コラム】実はダンス大国 !?ダンス人口世界一の日本http://topics.jp.msn.com/life/article.aspx?articleid=70212(2010年7月6日現在)