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子どもの遊ぶ権利の実現のために学生ができること

 

1、 はじめに

 おそらく誰もが一度は親に「遊んでばかりいないで勉強しなさい」と怒られた経験があるのではないだろうか。確かに子どもにとって学校で学び、最低限の学力をつけることは高度化に成熟した社会を生きる上では必要なことである。しかし、学校で勉強してさえいればいいのだろうか。学ばなくてはならないことは教科書の中だけにあるわけではないはずである。にもかかわらず、幼い頃から受験勉強ばかりさせられたり、子どもの遊び場の減少が指摘されることも多い。日本において子どもの遊びの重要性がどこまで理解されているのか疑問である。1989年の第44回国連総会において子どもの権利条約が採択され、1990年に発効し、日本は1994年に批准した。[i]この子どもの権利条約に特有の権利として「遊ぶ権利」が盛り込まれた。国際的に「遊ぶ」ことの重要性が認められたのである。本レポートでは遊ぶ権利という視点から、日本の子どもを取り巻く現状について考察し、学生という立場から遊びの機会を提供出来るかということについて論じたい。

2、 子どもの権利条約とは

   「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約である。 18歳未満を「児童(子ども)」と定義し、国際人権規約(第21回国連総会で採択・1976年発効)が定める基本的人権を、その生存、成長、発達の過程で特別な保護と援助を必要とする子どもの視点から詳説している。前文と本文54条からなり、子どもの生存、発達、保護、参加という包括的な権利を実現・確保するために必要となる具体的な事項を規定している。[ii]

3、 遊ぶ権利とは

条約の中で遊ぶ権利は以下のように書かれている。「@締約国は、休息及び余暇についての児童の権利並びに児童がその年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動を行い並びに文化的な生活及び芸術に参加する権利を認める。A 締約国は、児童が文化的及び芸術的な活動並びにレクリエーション及び余暇の活動のための適当かつ平等な機会の提供を奨励する。」[iii]つまり、この条約を締結した国は子どもが体や心を休めたり、ゆとりを持って、年齢にあった遊びやレクリエーション活動をしたり、文化や芸術に自由に参加できるようにしなければならないということである。

4、子どもにとって遊びとは何か

  子どもが遊ぶということは普遍的であり、時代や文化に関係なくどんな社会でも見られることである。遊びは栄養や健康や教育などが子どもの生活に欠かせないものであるのと同様に、子どもが生まれながらに持っている能力を伸ばすのに欠かせないものである。それは遊びでは友達との間でそれぞれの考えや、やりたいことを出し合い、自分を表現することを学ぶからだ。このような過程を通して、子どもは体や心、感情や社会性を発達させる。遊びは時間を浪費するだけだという考え方があるが、子どもが生きていくために必要なさまざまな能力を身につけるために不可欠なものである。

5、子どもの遊びを阻害する要因

子どもの遊びを阻害する主な要因として以下のものが挙げられる。まず、遊びの重要性について社会が無関心であるということがある。遊びについて無関心であったり、その重要性が認識されていなければ、子どもの遊びが促進されることはない。 次に学校で知識教育や成績が偏重されているということがある。学校外での学習活動に関する実態調査から、小中学生の通塾率を学年別にみてみると、通塾率は学年が上がるにつれて増加し、平成19年調査では中学2年生で50%を超え、中学3年生では65.2%となっている。[iv] このように早い年齢から塾に通い、子どもは小さいうちから受験を意識せざるを得なり、遊びをしにくい状況になっている。 そして、過度に子どもを保護し、遊びを制限しているということも指摘もある。また、近年日本でも格差の拡大が指摘され、遊ぶゆとりをなくし、アルバイトに奔走しなければならない子ども達も増えている。                                                      

6、 学生だからこそ出来る遊ぶ権利実現サポート〜サークルでの実践を例に〜

遊ぶ権利を行使し難い環境にいる子ども達に学生が出来る支援を考えるためにはまず、学生の特徴を考える必要がある。最も重要な特性として若さが挙げられる。学生はつい最近まで本人が子どもの権利条約で定められた児童、つまり18歳未満だった。これは精神的にも身体的にも子どもに最も近い大人であるということである。このため、当然ながら子どもにとっては一番話し易く、遊び易い存在であるということが言えるだろう。また、支援をする側としても自然に子どもと遊んだり、子どもの声を代弁できるというメリットになりえる。その例として、活動施設の特性から具体的な施設名やサークル名を挙げることは控えさせて頂きたいが、著者のサークルでの活動を紹介したい。著者は地元横浜を中心に児童養護施設でレクリエーションを行うサークルに所属している。この施設では近年虐待を受けて入所してくる子ども増加していた。彼らは子どもの権利のほぼすべての権利を侵害されていたことは言うまでもないが、特に本レポートの主題である遊ぶ権利という視点から課題になっていたことの一つに外部のグループ(スポーツ少年団や美術クラブなど)に参加出来ないというものがあった。その中心的な理由は虐待を受けた心の傷から生じる人に対する不信感である。最も身近で、最も信頼できる存在であるべき親から裏切られたのであるからこれはかなり深刻なものがある。このため、サークルとしての大きな役割としてこの不信感を払拭するというものがあった。そこで、様々な工夫を行いながらレクリエーションを通じて子ども達との距離を縮めることに努めた。その際最も力を発揮したものがまさに「若さ」であった。身体的な若さからは子どもの全力を受け止め切り、かつ危険の無いようにコントロールすることが可能であり、子どものエネルギーを解放し、楽しみを最大化することが出来た。また、精神的な若さからはコミュニケーションを円滑に行うことで楽しみを引き出すことが出来たと考えている。こうして、ある程度時間はかかったが、いきなり外部のグループに参加するのではなく、比較的年齢の近い外部の人が外からやって来て行うレクリエーションに参加するというステップを提供することで、現在では子ども達が積極的に外部のグループに参加していて逆にレクリエーションに参加出来ない子どもが増えるという段階にまで到達することが出来た。これはまさに学生だからこそ可能であった遊ぶ権利実現サポートということが出来るのではないだろうか。こうした若さを生かした活動は他にも可能なはずである。

7、 「遊び」を見つめなおす

「遊び」というと空いている時間を自分の欲望を満たすためだけに使う無駄な時間と考えがちではないだろうか。しかし、子どもという視点から「遊び」を見つめた時、それは成長に欠かせないものであり、国際的に認められた権利であるという側面が見えてくる。我々大人はもう一度自らの成長プロセスを思い返し、遊びの重要性を認識し、その意味を問い直す必要がある。また、社会としてもそうした重要性を確認し、遊びの機会を得にくい環境にいる子どもたちに遊びの機会を提供する政策を積極的に実行する責任があることを自覚すべきである。そして、自分たち学生はこうした問題を解決する重要なアクターとしてもっと活躍していいと著者は考える。



[i] 日本ユニセフ協会 http://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_rig.html

[ii] 同上

[iii] IPA 子どもの遊ぶ権利のための国際協会 http://www.ipa-japan.org/whatsipa.html

[iv] ベネッセ教育研究開発センター http://benesse.jp/berd/data/dataclip/clip0006/index3.html