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音を楽しみ音で学ぶ〜音楽での社会貢献〜
国際社会学科 赤坂優実
1.
再び注目されるクラシック
朝起きてから夜寝るまで、私たちは音楽と隣り合わせで暮らしているといってもおかしくないくらい、日々の生活には音楽が溢れている。街ではイヤホンをつけ、好きな音楽を聴きながら歩く人を見かける機会が以前より増えた気がする。
最近はポップスだけではなく、オーケストラ音楽や吹奏楽などのクラシックも再び脚光を浴びるようになった。大衆のクラシック離れを食い止め、興味を持たせるきっかけとなったのは二ノ宮知子のマンガ「のだめカンタービレ」[1]である。最近では映画化され大ヒットした。[2]そのコミカルな内容でさまざまな人の心を楽しませる反面、評論家とも取れるような的確な楽曲評価と、演奏するものにしかわからない音楽の細かな変化などを見事に漫画で表現しており、演奏経験の有無にかかわらずさまざまな人に愛されるマンガである。
また、主に部活動として普及している吹奏楽も、日本テレビ系のバラエティ番組「1億人の大質問!?笑ってコラえて!」[3]の中で「吹奏楽の旅」としてコーナー化したことにより、身近なものになりつつある。「吹奏楽の旅」を見て、部活動を決めたという中高生も少なくない。
私自身吹奏楽をやってきたということもあり、このような社会の動きには非常に興味をもっている。では、今後さらにクラシックが世間へ普及するために、また音楽の素晴らしさをもっと沢山の人に知ってもらうために、私たち演奏者はどのように社会に貢献していけばよいのか。そのことについて“音で楽しませる”という意味での音楽、“音で学んでもらう”という意味での音学、二つの観点から考察していく。
2.
音で楽しませる ―自らの経験を元に―
中学生のときに吹奏楽と出会ってから、もう9年が経とうとしている。部活動と演奏活動という2種類の側面を持つ吹奏楽から、私はさまざまなことを経験し学んできた。吹奏楽が自分へ与える影響も大きいものであると感じているが、同時に他者へ与える影響も大きいと感じている。
高校時代は吹奏楽コンクールやマーチングコンテストなどの合間を縫って、地域のイベントなどで演奏する機会が多々あった。その中で感じたことは、音楽が人へもたらす力というものは本当に大きいなものであるということだ。
あるイベントでの演奏後の話であるが、楽器を片付けていると車椅子の老人とその家族の方に呼び止められた。話を聞くとその老人は認知症が進み、言葉を発することができなくなっていたのだが、私たちの演奏を聴いていると久々に「いいなあ」と言葉を発したのだという。しばらく会話した後2人は帰っていったのだが、去り際の老人の微笑みが今でも鮮明に残っている。
このように音楽には人々の心を動かす力があるのだ。音楽療法[4]の世界では、認知症高齢者へもたらす効果を「不安と不穏そして敵意の軽減」[5]としている。時に音楽は薬として人へ作用するのかもしれない。
また、社会人吹奏楽バンドで活動していた時代には幼稚園へ慰問演奏しに行く機会があり、そこでも音楽の人へもたらす力というものを感じることがあった。演奏の合間に子供に楽器を触らせる機会を設けると、子供たちはわたしが先にといわんばかりに目を輝かせながら楽器の周りに集まってくる。吹かせてみて最初は音が出ないものの、コツを教えてしばらく吹かせていると音が鳴り子供は大喜びする。子供たちは楽器を演奏するという体験を通して音楽が身近であると感じるのだ。また幼稚園の先生は、このような演奏会の後の歌の時間は、子供たちは前にも増して楽しそうに歌い、この歌を歌いたいなどと子供から先生に対し希求することがあるのだという。このように音楽の体験することによって、子供たちには主体性が生まれてくるのだ。音楽は時に子供の感性を育むきっかけを作るということを、この経験を通して理解することができた。
3.
音で学ぶ ―広島交響楽団を事例に―
この章では、実際に音楽で社会貢献をしている団体の事例を取り上げ、その活動の内容と体験者の感想から音から学ぶことの効果などを見ていきたいと思う。
最初に広島交響楽団について少し述べておく。広島交響楽団とは中国四国地方唯一の常設プロオーケストラとして活動している団体で、国内では広島を中心に行政・企業による依頼公演や学校コンサートなどの演奏活動を行い、国外では平和都市広島のオーケストラとして、平和のメッセージを発信する楽団として活動をしている。[6]
広島交響楽団では、広島3大プロ(広島交響楽団、サンフレッチェ広島、広島東洋カープ)コラボレーション事業「P3 HIROSHIMA」の一環として、広島の大学生(比治山大学・広島市立大学・安田女子大学)を招待してコンサートを開き、小学生の夏休みの自由研究としてコンサートの表と裏(コンサートホールの見学、指揮者体験、コンサートの受付業務など。)を体験してもらう事業を行っている。どれも参加者には好評で、コンサートを鑑賞した大学生からは、「ファンでない限りは積極的に見に行ったり、聴きに行ったりしないと思うので若い人たちにもっとこの素晴らしさを知ってほしい」という意見や、「クラシック音楽は生で聞いてこそ、その素晴らしさがわかるのだと思った。」「音が空気で伝わり、迫力があり、鳥肌が立った。」「(大学で美術を専攻している学生が)一つ一つの音は絵画では色に当たり、多くの色が合わさってハーモニーとなり、一つの作品を作り出す。構造でいえばまったくおなじものなのだと思います。」などの感想が上がった。
また、夏休みの体験事業に参加した小学生からは、「ぼくたちの指揮で、コンサートマスターの方も演奏くださり本当にぜいたくな体験です。タクトで自由自在に演奏者をあやつれるわけですが、音楽の基本が分かっていないと出来ないこともわかりました。」「(コンサートのチラシを挟む作業をした生徒が)スタッフは他にもいろいろ仕事があるそうです。すごいなぁと感心しました。」という感想が寄せられた。
オーケストラの演奏を生で聞いたことのない学生たちが、初めて演奏を聴き、自分の耳と目で音楽を感じる。表舞台へ立つ演奏者だけではなく、コンサートの裏方の仕事が大変だということを実際に体験して感じる。学生たちは体験を通して音楽の素晴らしさだけではなく、音楽を通して表現力や仕事の大変さを学ぶことができるのだ。
4.
演奏者として社会にできること
音楽が「ただ聴いて楽しむだけのもの」だけではなく、人の心に作用して薬のような働きをすることや、感性や表現力を育むきっかけづくりをして、そのことが社会貢献につながることをお解かりいただけたかと思う。では今後このような社会貢献の形態が広がっていくために、演奏者としてどのようなことをしていけばいいのだろうか。
演奏者として持たなければならない意識は、「自分のための音楽をしない」という心構えである。クラシックにしろ、ロックにしろ、どんな音楽形態であれ演奏者が勘違いしてはいけないのが、演奏するということは自分の為ではなく聴いてくれる相手のために演奏せねばならぬということである。もちろんプロの演奏家は常にそのような意識を持って演奏しているだろうし、私たちアマチュアの演奏者は自己満足するだけの演奏ではなく、聴いている相手の気持ちを考えて楽器を奏でるという意識を持たなければならない。
その延長線上に、音楽での社会貢献の形があるのではないか。例えば社会貢献のプロジェクトを結成したところで、人の心に作用する演奏ができなければ、社会貢献として何の意味も持たない。確かに、社会貢献をする環境を整えることや、実施までのプロセスを考えることも大切であるが、本質は自分たちの音楽がどれだけ聴き手に良い影響を与えるかというところにある。それはなかなか難しいことであるが、だからこそ私たち演奏者にとって、どんなに小さなことでもなにか人の心に作用できた時は、自分の演奏意義を感じるとても嬉しい瞬間であるのだ。「人の心に作用することが、演奏者にとっての社会貢献である」という意識をもった演奏者が今後増えていき、音楽がこれからも人々の幸せのためにあり続けることを願うばかりである。
[1] 二ノ宮知子公式HP http://www.din.or.jp/~nino/ (2010/06/20参照)
[2] のだめカンタービレ最終楽章後編HP http://www.nodame-movie.jp/index.html (2010/06/20参照)
[3] 1億人の大質問!?笑ってコラえて!HP http://www.ntv.co.jp/warakora/ (2010/06/20参照)
[4] 音楽療法とは「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の軽減回復、機能の維持改善、生活の質の向上、問題となる行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」 日本音楽療法学会HPより http://www.jmta.jp/index.html
(2010/06/20参照)
[5] 日本音楽療法学会HP http://www.jmta.jp/index.html (2010/06/20参照)
[6] 広島交響楽団HP http://hirokyo.or.jp/html/introdu.htm (2010/06/27参照)