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山里聖華「大型ショッピングセンタ−心の満たしー」

 

 

1.人気と繁栄の源

 

  近年、大型ショッピングセンター(以下、大型SCとする。)の建設が各地で目立っているが、自分自身も、大型SCならではの空間が好きでよく利用する。

 

大型SCと聞いて、初めに思い浮べる言葉は「ショッピング」だが、単なる「ショッピングができる場所」であるのなら、これほど大きな近年の大型SCの繁栄と人気は生まれないのではないかと思った。そこから、その人気と繁栄の源はどこから来ているのかを、「ショッピング」以外のところにも着目し、考察してみたいと思った。

 

この考察の際に、某ショッピングセンターA様から頂いたインタビューの回答と、いくつかのウェブページを参考にした。

 

 

2.身近にある夢の世界、異空間―どのようにしてその世界は作られているのか〜ショッピングセンターの立場から〜―

 

実は大型SCに、日光や京都のお寺に行くように「観光・レジャー気分」で訪問するお客様が多い。規模が大きいだけでなく、生活くささを感じさせない異空間を楽しむようだ1

 

 私自身も日頃大型SCを利用するのだが、一利用者として、「(同じショッピングをする、)スーパーやデパートと違って非現実性がある」と感じる。それにはやはりお店側の秘策があった。そのような雰囲気作りの秘策としてインタビューの回答を参考に以下に挙げると、週末にはイベントを催したり、クリスマスのディスプレー等、シーズンごとの館内装飾にウェートを置いている、またショッピングの目的でなくても、視覚やイベントを体感することでも楽しむことができるような演出の施しやクリスマスの館内外のイルミネーションの演出、季節ごとに異なるメロディーの演奏やショッピングセンター独自のもの(オブジェなど)の演出などお客様の目を飽きさせない工夫が施されていることが分かった。これらの演出はやはり、現実とはかけ離れた世界の創出を意図してのものだ、ということがインタビューを通して分かった。

 

私自身実際利用していても、ある種テーマパークにいるような感覚が得られる。大型SCは、身近で手軽であり行きやすい、ある一種の入場料のかからないテーマパークであると感じる。

 

 

3.その他の大型SCならではの魅力

 

 ライヴなどを行うことのできる特別施設の役割によって、地域交流の機会が増えることや、私たちのニーズに合った多種多様のショップが並んでいて、いつ足を運んでも新鮮さがあること、ひとつの屋根にまとまっているためあちこち買い物に足を運ばなくても済むことが挙げられる。

 

 

4.大型SCならではのメリットとデメリット

 

 このように夢のある空間であるためメリットの多いように見える商業施設だが、そこにはデメリットも存在する。ここで、大型SCならではのメリットとデメリットを挙げてみたい。

 

メリットとしては、集客効果が上がり消費が伸びることや、地元の雇用拡大につながること、工場跡地等の低未利用地の活用につながり、にぎわいができることなどが挙げられる。

 

デメリットとしては、都市機能が分散され、中心市街地や元々の繁華街が衰退すること、道路渋滞や駐車場問題、周辺環境の悪化につながる恐れがあること、自動車に依存したライフスタイルがより進むこと、かつての田園風景等の景観やまちなみがかわること[1]2、そしてSC内に的を絞れば、土地が広大であるが故に、目的の場所までたどり着くのに時間がかかったり、混雑時はスムーズにトイレに入れないことなどが挙げられる。

 

やはりいい面ばかりがあるわけではなく、メリットとデメリットは表裏一体の関係にあると思う。メリットである部分をいかしつつ、どうデメリットと向き合っていくかが、SCの使いやすさ、向上にもつながる。それは店側だけでなく消費者の側にも必要となってくる。

 

 

5.大型ショッピングセンターの持つ付加価値

 

大型ショッピングセンターの人気の理由として、「付加価値」の存在が大きいことが分かった。なにも消費者は「ショッピング」だけが目的ではなく、プラスアルファの部分に重きを置いていて、それが大型SC人気の大きな要因になっているということが分かった。

 

忙しい日本の現代で、私たちには癒しというものが大切であり、その癒しがあっての私たちの日々の活動だと思う。そのストレスを発散させてくれるものは、人それぞれだが 忙しい毎日と引き換えに、‘余裕’や‘家族との団欒’を失いつつあるのも今の日本の現状だろう。人間が人間であるときに不必要なものも手に入れてしまったようにも見える。そして、‘心の余裕’というものは目に見えない分感じ得ることがただでさえ難しい。そういう世の中で、‘愛’‘笑顔’というものも見失いかけているのではないかと思う。こういうことは、今の日本社会にある少年たちの犯罪や家庭内暴力からも見て取れるように、実際見て見ぬふりをしてはならない事実だと思う。お金や地位など具体的な、何か物質的なものに価値を見出しすぎて、空虚になっている部分が多くあると思う。人間は人間である限り多くのヒューマニティーを内包しているはずなのだ。

 

以前私がカンボジアを訪れた時、そこは物質的な豊かさは無いに等しい状況だった。‘死’という存在が隣り合わせにあることも否めなかった。だが、目の輝きにとても印象を覚えた。目を輝かせて、とにかく生きることに一生懸命だった。物質的なものの豊かさばかりでは、人は輝きを失い生きる意味までをも見失ってしまうだろう。日本が言われてしまう、「豊かだが貧しい国」という言葉はまさにこのことを象徴しているのではないかと思う。

 

話が少し脱線してしまったが、この場所は‘家族団欒’の空間、そして付加価値の存在で‘愛’、‘笑顔’といったものを、手間をかけず、さらに私たちの身近に感じさせてくれるまさにテーマパークのような存在であると思う。「ショッピング」をするという、「基本機能」が満たされているという大前提があり、その上で「付加価値」を基準に消費の意思決定がなされている2。そこにある、心の豊かさのようなものを私たちは求めているのだろう。ショッピングという消費活動から、ユーモアまで内包している大型SCは私たちの心を満たしてくれている。

 



1

船井総合研究所 

http://www.funaisoken.co.jp/site/columun/ 1218715270.html

2

MMI Online Office みなみまちづくり研究所Online Office http://shotam.jp/mmi/C1572776257/E20060604010954/index.html