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玉城貴子 「色からみる観光地の魅力」

 

 

はじめに

 

 現代社会は情報が飛び交い、文明が発達した中で多くの人が日常を忙しく生きている。そんな中、人々は休日をどのように過ごすのだろうか。短い休暇であれば、近くの山、川などにドライブに行ったり、あるいは、長期休みにはちょっと海外などにまで足を延ばしたりするのかもしれない。人々の休日の行先の目的はしばしば「癒し」であるといえよう。休日に自然あふれる山、川、海に行ったり、温泉にいったりさまざまな「癒し」がある。自然に行くことでリラックス効果が得られる理由として、「日常」から開放される感覚や騒音のない静寂間などと様々だろう。しかし、そこには空や海の青、森の緑、太陽の赤などと人間生活には色という存在がある。色というのはある種のノンバーバルコミュニケーションである[i]。色によって人は感情や印象、時にはものの見方であったり、シグナルとして色を認識する。そこで、「色」に注目し、色が与える人間への影響、癒しの効果について、そして色と観光地の関係について考えてみたい。

 

 

1、色は刺激である

 

人間は目だけで色を認識しているのではなく、体全体で色を認識しているといえる。有名なヘレン・ケラー女史は視力を失っていた状態でも色を認識することができたという話[ii]もあり、また、目隠しをした状態で色の違う部屋にいると身体の脈拍などに変化が生じたという実験結果もある。色は一種の外からの刺激であり、人間はそれに反応して感情や身体に変化がでる、つまり色には人をリラックスさせたり、緊張させたりする働きがあることが証明されている。[iii]

 

考えてみれば、私たちがもし赤色だけの部屋に長時間いることになったら、それは落ち着かない。かといって黄色の部屋も落ち着くか疑問である。けれども、緑色の多いに部屋には落ちついた雰囲気を感じるものだ。部屋の中に観葉植物を置くことはそれに近い状態といえるだろう。つまり、色から受ける刺激が強い場合いは人は緊張してしまい、休息とは逆の状態になる。しかし、緑、青といった色には人をリラックスさせ癒しを与える効果がある。

 

 

2、色彩分別

 

人間は色を感じ、それに名前を付けて区別する。[iv] 日本人は虹の色を7色と認識するが、外国ではまた違う認識である。イギリスでは6色、ドイツでは5色が一般的である。[v] 

 

 日本人の色の識別は極めて高度だといえるだろう。昔から豊かな色彩感覚を持っていたといえる。青の種類でも青、水色、藍、群青色、エメラルドグリーンなどといった感じで色彩の微妙な違いを認識できる。私はアメリカ人に黄色の微妙な違いを説明しても理解してもらえなかったことがある。彼らの生活の色彩は日本に比べて単調

で原色系が多い。服の好みや外国の輸入菓子をみてもその色は極めて人工的な派手な色をしている。彼らの色彩感覚と日本人の色彩感覚に差があることは、食文化において「おいしいそう」とういう感覚の違いからはっきりわかる。彼らに認識できる色彩は日本人より少ないといえるだろう。

 

 日本人と欧米人を比較するとは、彼らは光の刺激に対して弱いといえるかもしれない。日差しの強い日にはサングラスはかかせない。また、部屋の中でも完全に明るい状態よりもわずかな光の加減を好む。瞳の色素が暗い分、光の刺激に強く、色彩の区別も豊かさを増したといえるのかもしれない。

 

 

 

3、色のもつイメージ

 

  前にも述べたように色は一種のコミュニケーション手段である。(ノンバーバルコミュニケーション)私たちが言葉で伝えなくとも、人は色で様々なメッセージを日常から受け取っている。

 

 例えば、赤色。その色の持つイメージは攻撃的、火、勇気、愛国心、怒り、血、危険[vi]である。赤信号は危険・止まれを意味する。祭りなどでも赤よく使われ、それは情熱や興奮を象徴するような色である。また、多く古代遺跡の絵画、装飾にも赤は欠かせない色であった。生命の力強さと太陽のエネルギーをもイメージさせる。時に人は赤い色で不思議と元気をもらったり熱を感じたりする。

 

 自然の色である緑は平和、新鮮、若さ、繁栄。地球の草、木を想像させ、人の癒し効果の高い柔らかいイメージの色である。日本人は自然とともに生きてきた緑豊かな国である。言葉でも緑児という言葉もあり、若さのそのものを色で表現している。

 

また青色は空の青であり、海の青の青色は地球の色でもあり水をイメージさせる。青は静かさでもあり、流れるような空気をもイでメージできる気がする。このように色は体と心と結びついていて決して人が感じる感情と無関係ではなく、大きな影響を無意識に与えているといえる。また、青のもつイメージの中に失望、内気、悲哀という様な印象もある。言葉の表現に、気分が乗らない時、「今日の気分はブルーだ」と表現したりする。

 

 色がもつイメージは様々だが、それは一般的に共通している部分も多い。色で感情を表現したり、逆にその日の気分を色によって向上させたりすることもある。外見でひとを判断するとき、色は重要な判断基準となるし、初対面で印象を左右するほど影響の強いものである。人間と色の関係は深く、言葉の表現に色が使われていることも多く、また、時には感情まで変化させてしまうものである。

 

 

4、観光地の中の色

 色のもつ影響力についてこれまで述べてきたが、それでは観光地の中の色はどのような影響力をもつのか。色によって人々は魅了されているのだろうか。

 

大型長期休暇といえば、夏休みである。夏に人々は観光地として選ぶ代表は海である。そこで海を観光の中心においている沖縄を例に取ってみるよう。沖縄にある色は空と海の青、白い砂浜、そして空の太陽の赤である。前の段落でも述べたが、赤には人を興奮させる効果がる。それは日常で疲れた体にエネルギーを注ぐことを意味するのかもしれない。そして、青は日常を切り離せる静けさをもつ。青の空と海に囲まれることは解放感を感じる。また、青は人の内面を映すこともあり、空や海の青の深さに心を見つめ直せたり、青に共鳴して自然と癒されたりするのかもしれない。白い砂は光そのものを反射する力がある。回りの色を引き立たす効果もあれば、白い色に無色からの未来を、希望を感じることができるのかもしれない。沖縄にはサトウキビ畑などの緑もある。そういった点では沖縄を色彩の点からみても魅力的であり、癒す力を多くもつ場所といえるのかもしれない。

 

もう一つ、観光地として有名なのが日本の首都東京である。東京がどうして観光地として魅力があるのか。東京の街並みのイメージは黒、白、灰色のモノトーンである。日本で白は人間の欲望や煩悩を洗い流す色であり、禊の象徴でもあり、希望でもある。一方で黒は世界各地で死という、感覚が無に帰していく色でもある。[vii]そういった点において、白と黒で無機質な感覚は生と死の様な、深みのある魅力があるのかもしれない。東京は多くの人口とめまぐるしく常に移り変わるエネルギーが渦巻いている都市として、モノクロが似合う。また、昼の機械的な色は秘められた沈黙的を感じさせる。その静けさからの夜の街の変わりようも印象が変わってより一層魅力的なのかもしれない。そこに癒しの緑や青があるかというと決して多くはない。しかし、少ないからこそ人々は癒しをもとめ休日を過ごすのかもしれい。

 

 

おわりに

 

   日々の生活には色があふれている。町の中にある広告の看板も、何気なく着ている服も、部屋に飾ってある観葉植物もそれ独自の色彩をもち、意味をもって生活の中に存在している。色は無意識に私たち自身が選び、意識影響を及ぼすものであるといえる。自分の内面を映すことによって、見つめ直すきっかけができたり、逆にエネルギーももらって元気になったり、色の人間に及ぼす影響力は大きい。

また、多くの観光地にはそれぞれの魅力がある。けれども、魅力の一つに色彩が深く関わっていて影響していることは否定できない。色も一つの非言語手段であり、人は色から多様なメッセージを受け取ることができる。言葉を越え、文化を越え共通する感覚で他人と共感したりすることができるのだ。それは色そのものが見えなくとも成立するのかもしれない。なぜなら、色は刺激であり、目だけでなく体で感じているからである。

 だからこそ、休日に開放感や癒しをもとめ、人は旅をする。普段感じることのできない色の刺激を求めて移動するのだ。色彩をコントロールすることで人々の意識に訴えかけたり、魅力ある町作りに一役かうこともあるだろう。色は単なる色彩でなく、色は力なのだ。

 

 



[i]竹内一郎『人は見た目が9割』新潮社(新潮新書)2005

[ii] @と同書 110頁‐111

[iii] 加藤雪枝 石原久代 中川早苗 橋本令子 寺田純子 雨宮 勇 高木節子 大野庸子

 『新版生活の色彩学』 朝倉書店 2001

[iv] @と同書 116

[v] 虹色実験室 (630日参照)

 http://www.nijilab.com/nazo/naniiro.html

[vi] @同書 119

[vii]末永蒼生 沢田としき 『色彩樂』大和書房 2006