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酒井原奈菜「NHK大河ドラマ天地人による効果」
1.NHK大河ドラマ「天地人」
今年になって私の地元、山形県米沢市が脚光を浴び始めた。2009年NHK大河ドラマの「天地人」の舞台になったからだ。これは、「愛」の兜で知られる主人公直江兼続の生涯を描いているドラマで、このドラマの舞台になったことで、米沢市は大いに盛り上がっている。ドラマの宣伝効果により全国的に米沢市への関心が高まり、ドラマにゆかりのある上杉まつりや米沢市の史跡に例年にないほどの観光客が押し寄せてきているのだ。
本レポートでは天地人がもたらす効果や今後の展望について、米沢市と上杉まつりを中心に考察しようと思う。
2.天地人がブームになったわけ
天地人をはじめ、昨今の大河ドラマがブームになったのには、近年になって出てきた「レキジョ(歴女)」と呼ばれる女性たちの影響が大きい。これは歴史に興味がある、または戦国武将の熱狂的なファンの女性たちの総称で「戦国乙女」とも呼ばれる。
ゲーム「戦国BASARA」にキャラクターとして出てくる武将たちが美青年に描かれていることや、天下一の傾き(かぶき)者と称される前田慶次を主人公にした歴史漫画「花の慶次」の影響から、世の女性たちが武将たちをアイドル化して見るようになったのだ。[i] レキジョは、秋葉原のオタク文化やテツ・鉄子(鉄道マニア)文化などに次ぐニューカルチャーになりつつあるのではないだろうか。
さらに天地人の配役から「戦国イケメンパラダイス」と評される(東京新聞2月7日朝刊)など、レキジョではない女性の受けもよいことも大きな要因のひとつだろう。「冬のソナタ」に代表される韓流ドラマブームでも、火付け役となったのは女性たちであった。ブームの陰にはいつも流行に敏感な女性たちの存在があるに違いない。
3.市民・観光客参加型の上杉まつり
今年、米沢市で天地人による効果が最も強く出たのは上杉まつりだろう。上杉まつりとは、米沢市で春に開催されるまつりで、例年GW頃に5日間に亘って行われる。上杉・松岬両神社の例祭にあわせた米沢市最大のイベントで上杉謙信公を敬う春のまつりであり、上杉行列や川中島合戦で有名だ。[ii]
今年の上杉まつりのコンセプトは、敬・楽・伝・招であった。「敬」米沢の礎を築いた上杉家とその初代当主の謙信公を敬う、「楽」米沢の春の訪れを市民を挙げて喜び楽しむ、「伝」地域の歴史と文化を後世に伝承する、「招」多くのお客様をお招きし、観光の振興を図るという意味があり、特に「招」については市全体でPRしていた。
まつりの期間中、市内各地で参加型のイベントがあり、市民・観光客ともにも楽しめる。上杉まつりのイベントは大きく開幕祭、武禘(ぶてい)式、上杉行列、川中島合戦の4つに分けられ、これらのそれぞれに個人で参加できるのだ。今年は上杉行列や川中島合戦を見るだけでなく、参加しに来たという観光客も多かった。
上杉まつりの珍しいイベントの一つに髭面コンテストがある。これはその名の通り、より武将らしい髭面の男性を選ぶコンテストで、受賞者は川中島合戦の大将役でまつりに参加することができる。天地人ブームの中でこのコンテストが話題になり、今年は全国から例年以上の応募があったという。[iii]
4.天地人ブームによる観光業界への経済効果
上杉まつりが行われた5日間だけを見ても、平成19年は34万5千人、平成20年は30万9千人だったのに対し、今年、平成21年度は44万人と実に13万人以上も多くの観光客が訪れたことになる。もともと温泉旅館や宿泊施設が多い米沢市だが、米沢市内のみならず近隣の町の宿泊施設も満室が相次いだ。[iv]
また、天地人放送を記念して、「米沢・愛と義のまち天地人博2009」が開催されている。[v]これは、天に「愛」、地に「民」、人に「故郷(くに)」をコンセプトにしているもので、天地人にゆかりのある品々が展示されている。この博覧会への来場者は140日間で15万人を超え、今後も莫大な経済効果が期待されている。
同じく天地人の舞台となった新潟県では経済効果が204億円とも見込まれているという。第二次世界恐慌ともいわれる現在の不況の中で観光業界は大きな痛手を負った。大河ドラマによる経済効果がこの状況を打破する手段になりえることを期待したい。
5.観光客の増加と弊害
今年の上杉まつりでは、交通の混雑が深刻だった。観光客の車による交通渋滞やまつりのための交通規制で米沢市民は生活のための移動にも苦労した。公共の交通機関も、臨時増発バスや送迎バスがあったものの、市内を巡るバスはもともと1つの路線で1時間に1本、1日でもたった11本しかなかったため、44万人の観光客には到底対応しきれなかったようだ。私の実感としても、まつり期間中はとても移動に時間がかかったように感じた。[vi]
また、まつり期間以外でも天地人にゆかりのある史跡周辺は混み合っており、バスの増発や交通整備など、何らかの対策を講じる必要があるはずだ。
6.ブームにあやかって
スポーツの分野でも経済効果を期待しての動きがある。サッカーJリーグではモンテディオ山形とアルビレックス新潟の対戦を「天地人ダービー」と銘打って観客の呼び込みを行っている。[vii] これは天地人の主人公直江兼続が新潟県出身で米沢市を統治したことに関連づけられたもので今年から「東北ダービー」が消滅したことを受けて新たな呼び込み策として始められたのだが、5月9日に行われた第一戦では両チームの対戦で山形のホームにおける過去最高の観客数となるなど、効果を発揮している。
また、米沢市においては緊急経済対策で発行された商品券が「愛の商品券」と名付けられた。これは、10,000円で11,000円分の商品券と引き換えられるというもので、10,000セット限定で発行された。販売期間は平成21年2月20日から3月31日であったが、たった3日で完売したという。[viii]
7.新たな試み
今年は天地人放送を記念し、新しい秋の祭典として「よねざわ上杉戦国絵巻 夜の陣」が9月26日に開催される。これは通常昼間に行われる上杉まつりの川中島合戦を夜に行い、闇に舞台を浮かび上がらせることで昼間とは違った魅力、世界観を味わってもらおうというものだ。
この時期は山形の郷土料理の芋煮や特産の新米の時季であり、米沢市を囲む山々の紅葉の季節でもあるため、天地人の舞台としてだけでなく、一観光地としてのPRも兼ねているようだ。[ix]
しかし、私はこの試みに疑問を持った。時期と時間をずらして同じことを繰り返しているだけに過ぎないのではないか。確かにブームに乗って新たな川中島合戦を企画すれば天地人目当ての観光客は増加するだろうがそれは一過性のものに過ぎず、この行事によるPRも印象の薄いものになりかねない。
ブームにはいつか終わりが来るし、いくら人気があっても同じことの繰り返しであれば飽きてしまうのは当然だ。この天地人ブームを短期間の盛り上がりだけで終わらせるよりも、ブームが過ぎ去ったあとも持続する観光地としての質の向上や人気の定着をはかるべきで、そのためには同じことの繰り返しではなく革新が必要であるはずだ。
8.過去の例に学ぶ
これまでもNHK大河ドラマの舞台になった地は数多くあるが、それらの多くはドラマが放送された1年間しか経済効果を得られなかった。これは前に述べたようなその場限りのPRをしてしまったからだろう。
そこで私が考えたことは、過去のPRと現在・未来のPRである。大河ドラマはその土地の歴史、つまり過去の宣伝に過ぎない。大河ドラマで1年間もその歴史に触れたら十分満足してしまうし、人々は常に新しいものへと興味を持ち、既知のことからは離れていってしまうものだ。そうならないためには、外部の人々が常に新たな魅力と新鮮さを発見できるようなアピールが必要なのではないか。
なぜ東京には人が集まるのかを考えてみると、単純に言ってしまえば、新しいものが多いからである。財政状況から見ても、地方が東京に物の新しさで勝つことはできないだろう。しかし、東京にはない魅力や米沢市でしか味わい得ない感動を様々な角度からアピールすることで、現在・未来のPRになり、歴史だけではない米沢の魅力を知ってもらえるはずだ。
9.現状と期待
現在の米沢市の人口は9万人ほどで、特に全国的に有名なものといったら米沢牛くらいだ。悲しいことに、他の地方市町村と同じように米沢市も年々高齢化と過疎化が進んでいる。市の財政は平成18年度末の一般会計の地方債残高が約375億円とその残高は減少しつつあるが、依然として多額の借入金残高がある上に、地方交付税の見直しにより普通交付税は年々圧縮されるなど、極めて厳しい財政状況にある。[x]
私は天地人のおかげで知名度が上がった米沢市の魅力を、より多くの人に知ってもらいたい。これほど全国に影響を与えることのできる手段はないだろう。このブームは米沢市の力量が試される場なのである。
[iv] 平成20年米沢上杉まつり。
http://uesugi.yonezawa.info/?p=list&c=337269
平成19年米沢上杉まつり。
http://uesugi.yonezawa.info/?p=list&c=329103
[vi]米沢市 市民バス時刻表。 http://www.city.yonezawa.yamagata.jp/text/shiminbus/junkanbasu/zikoku-migi_1201.htm
[ix] よねざわ上杉戦国絵巻 夜の陣。