齋藤亜季「ノイズ音楽の与える快と逃避活動」
1.ノイズを快として受け入れる人々
「ノイズ」と聞いて皆さんはどのようなイメージを持つだろうか。正のイメージを持つ人は少ないだろう。昔からオーディオ機器はいかにノイズを減らすかを考えられている。最近ではノイズキャンセリング・ヘッドフォンというものが発売されている。
しかしその一方で、ノイズアーティストという人達がCDを出し、それを聞いてノイズ音楽として楽しむ人達もいる。実際私もノイズ音楽が好きでCDも購入している。その私でも、この音楽ジャンルが一般的に幅広い人々に受け入れられる音楽ではないことは自覚している。畳み掛けるように鳴る轟音と高音のノイズは、多くの人に不快と嫌悪感を与えるだろう。では何故、私のようにノイズ音楽を好み、快を感じる人がいるのか。この曖昧な「感覚的」問題に迫ってみる。
2.God of noise―Masonnaから見るノイズ音楽
Masonna(マゾンナ)とは日本人の山崎マゾが行っているノイズ・ソロプロジェクトである。彼は「God of noise」と呼ばれる位、ノイズ界では有名なアーティストの一人である。彼は主にマイク、ギター、ギターエフェクター、ギターアンプなどを使っている。(詳細は不明)アメリカを中心に海外公演を行い、海外のノイズ愛好家達にも根強い人気がある。また、Sonic Youth,Beck,Slip Knotなどの海外有名アーティストにも根強い支持を得ている1。
何故一人の日本人が生み出すノイズが、海外まで受け入れられるのだろうか。Masonnaの生み出すノイズの特徴は隙間無く続く高音ノイズである。そのノイズには法則はなく、一般的によく聴く曲のようなAメロ、Bメロ、サビなどのわかりやすい曲展開は無い。そして、ふいをついたように山崎マゾによりシャウトが発せられる。ノイズ音楽を聴かない人がそれを聴けば、多くの人が「不快感」を表すだろう。なぜなら、普段遮断、軽減することに力を尽くしている「雑音」の波、塊だからだ。しかし、商業として成り立っている以上、当然ながらそれを「快」として受け入れる人もいる。私がノイズ音楽を聞くときは、そのノイズに包まれて、それにのみに夢中になるような感覚になる。私はそれを、ある種の「異世界、異次元的逃避活動」という側面から見ることにした。前述したように、ノイズつまり雑音とは普段は遮断、軽減されているあまり存在しないものである。さらに、その法則が存在しないことも、普段規則や法則、整理されたものに囲まれた私達にとっては普段触れることの出来ないことである。ノイズを聴くときに、人は恋愛や悲しみを歌う歌、聴きやすいメロディ、展開などという「現実的」なものを拒否し、「非現実的」であるノイズという世界への逃避を求めているのだ。
3.脳から見た異世界的ノイズと経験
不規則性や普段聴かない雑音の塊だからという理由により異世界、異次元的にノイズ音楽を受け取ると説明した。では、ノイズ音楽を聴いているときに、脳はどのように受け止めているのだろうか。音楽を聴くとき、人はただ耳に入ってきて聴いているのではない。脳で聴いているのである。脳が過去の情報、経験などと照らし合わせ、脳処理をして音として認識する2。ノイズ音楽には小さい頃から私達の慣れ親しんできた音楽にある規則性や音の種類は存在しない。この点からノイズ音楽とは、脳が今までの情報と照らし合わせることが出来ず、認識しきれないのだと考える。そしてその認識しきれないということが、ノイズを聴いたときに感じる異世界観に繋がるのである。
4.未知の視覚的作用であるライヴがノイズ音楽に与える影響
私は以前知り合いと四人で灰野敬二というノイズアーティストのライヴに行った。灰野敬二とはMasonnaやSonic Youthなど国内外問わず色々なアーティストと共演しているノイズアーティストである。それのライヴは、まさに深夜に作られた「異次元」であった。基本的機材はギター、ギターアンプ、エフェクター、マイク、テルミンである。狭い会場の中に耳が壊れるほどの爆音で、ライヴは行われた。また、帰りの道では、薄明るい街と車などの「現実」に戻りきれていないような異世界観を感じていた。
前述したMasonnaのライヴはネット上でしかみたことがない。彼のライヴの特徴は天井にぶら下がったり、暴れたり、機材に乗る。そして、そこからジャンプしてエフェクターのスイッチを切り替えてノイズを発するのである。そのライヴは数分で終わることもある。Masonnaが繰り広げるパフォーマンスは一見「異常」である。しかし、そのネット上の映像ではMasonnaが何かをするたび、強烈なノイズやシャウトを発するたびに、観客から歓喜の声があがるのである。
一人の人間がノイズを爆音で鳴らす、暴れるという行動によって我々観客は惹きつけられる。それは何故なのだろうか。グラフィックデザイナーの原研哉は、人の感覚や記憶を刺激するトリガーは視覚などのあらゆるトリガーを使ったほうが良いと述べている。また、未知の感覚経験も視覚経験を引き金として頭の中に創造できるとも述べている3。それは、ノイズ音楽という未知の聴覚分野とノイズ音楽のライヴという未知の視覚分野が互いに作用し合って、未知の感覚を創造しているといえるのではないのだろうか。その相互作用による未知の感覚が、ノイズ音楽に触れたときの異世界感や異次元感というものであると言える。ノイズを聴く、見ることによってそれによって生み出される奇妙な未知の感覚に触れることや創造力を刺激されることができるのだ。
5.異世界への逃避
これらのことから、ノイズ音楽とは、今まで経験したことがない聴覚分野と視覚分野によって未知の感覚が生まれる。そしてその未知の感覚というものが、ノイズ音楽を聴いたときに感じる異世界、異次元的な感覚を導き出す。そして、ノイズ音楽を聴く人は日ごろの現実から、ノイズ音楽を聴くことによって異世界へと逃避しているという結論を私は導いた。それは、ノイズ音楽を聴く人にとって、ノイズ音楽というものが余暇的要素を含むものであるということを表している。
註