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矢澤唯「日本人の読書離れとケータイ小説」

 

1、はじめに

 私がこのテーマを選んだ理由は、読書離れが進んでいるといわれている現代社会で、ケータイ小説という新たな読書のジャンルが生まれてきたことに興味を抱いたからである。しかし、それと同時にケータイ小説は果たして“読書”という行為に値する読み物なのか、“小説”と呼ぶのに値する代物なのだろうかという疑問を感じた。冒頭では読書離れの概要について述べ、最終的にはケータイ小説のあり方について考察する。

 

2、読書離れ・活字離れの概要

 一般的に識字率が上がると活字媒体の利用が上昇すると言われている。しかし、識字率が非常に高い国や地域においては、テレビやインターネットなどのメディアの躍進によって、活字媒体の利用率が下がることがある。この現象を「活字離れ」という。活字離れの問題は主に2点あり、ひとつ目は言語能力・学習意欲の低下による知的水準の低下である。本を読まなくなることによって、日本語が乱れたり、考える力が弱くなったりすると言われており、「活字離れは若者の問題」と捉えられている傾向がある。そのため、読書離れを食い止めるために一部の小・中・高校では読書の時間を設けるという対策がとられ、それによって学生の読書量は増加傾向を見せたが、それに対して何も対策のとられていない50代以上の読書量の増加は見られなくなっている。もうひとつの問題点は、活字媒体の出版不況である。それの対応策として書籍の軽薄短小化がとられてきた。文庫本を発行したり、高齢者や若者層にアピールするために文字を大きくしたり、海外作品や古典の翻訳をわかりやすくしたりなどの工夫策がとられるのは出版業界において常識となってきている。また、書籍への関心を高めさせるために、コミカライズによって漫画読者層へアピールしたり、小説を映像化、または映像を小説化したりなど工夫が施されている。

 

3、年代別に見る読書離れ

日本においては、新聞の発行部数は1990年代にピークを迎え、後は減少傾向となっている[1]。また、書籍・雑誌の発行部数も1990年代でピークを迎え、ここ10年間は発行部数も販売総額も減少傾向にある。ただし、2004年には8年ぶりに増加の傾向を見せた。年齢層から読書離れの実情を見ると、1990年代以降、「月に13冊本を読んだ人」を「1冊も読まなかった人」が上回る結果となり、読書をしない人の割合が50%前後を推移していることとなった。特に、50代以上の各年齢層では過半数の人たちが読書をしていないことがわかった[2][3]。そしてそこでは、20代の若者層の読書離れも指摘されている。特に学生層の読書量の減少は顕著に表れており、1985年には「読書をしない人」の割合が1割で、2005年には4割弱に増加、また「1ヶ月に4冊以上本を読んだ」という学生は4割から2割に減少した[4]。しかし一方、全国学校図書館協議会によると、ライトノベルや良質な児童文学・ベストセラー小説の流行により、若者の読書への関心は高まり、読書量も増加しているという上記の読売新聞の調査とは違う結果を出した。子供の読書離れの調査については全国学校図書館協議会が『毎日新聞』と共同で1968年から毎年1回「5月中に読んだ本の冊数」という調査を行っている。それによると、高校生の結果において、1970年代の平均4.5冊から1980年代には徐々に上昇し、平均7.4冊にまで達した。1990年代には下降現象にあったが、2000年代に入って急上昇し、波はあるものの高水準を保つ結果となっている。小学生・中学生も同様に2000年代に入って上昇し、逆に読書をしない人は高齢層のほうが高いという結果になった。

 

4、ケータイ小説はなぜ人気なのか

 ケータイ小説が発展した理由として、やはりインターネットに接続可能な機能を持った携帯電話の普及が理由の1つとして挙げられる。一般的な書籍とは違い、わざわざ本屋に足を運んで購入しなくても、手元にある携帯電話1つで小説を読むことができ、本とは違い、重い荷物になることもなく、気軽な暇つぶしになるのが人気の要因であると思われる。そして、従来の小説と比較して、ケータイ小説の特徴は、横書き(メールの延長線であるためと考えられる)、改行と登場人物のセリフや心情を表現する括弧書きの多用、星や音符などの記号の使用、修飾語を減らすことによる表現の抑制の4点があげられる。それにより、小学生でも理解できるぐらい易しい文章表現となっており、実際にケータイ小説の主な読者である女子中高生からは、「本だと難しいが、ケータイ小説は簡単に読める」という反応が返ってきている[5]。もうひとつの人気の理由は「共感」である。ケータイ小説は恋愛物語が多くの人気を占めており、さらには先ほどにも述べたように修飾語が少なく、文章表現がストレートなために感情移入がしやすく、共感を多く呼んでいる。逆に、人物の動作や場面背景の具体的な描写したり、増やしたりしてしまうと、その場所に行ったことのない若者読者たちが自分の日常として想像できなくなり、退屈してしまうのである[6]

 このように、ケータイ小説の手軽さと共感のしやすさが、女子中高生の人気を呼んでいるのである。

 

5、ケータイ小説の問題点

 ケータイ小説は一般的な書籍とは大きく異なる部分があり、そこが特に問題視されている。例えば、上記で述べたケータイ小説の特徴ともいえる修飾語を減らした表現方法と改行の多用があげられる。実際に書籍化されたケータイ小説を読んでみると、一文が一行にも満たず、すぐに改行が施されており、文字よりも空白が多く占めているように思うほどであった。それと同時に文章表現による言葉の美しさや、場面の臨場感などが感じられなかった。このように一文が短くなってしまうのも修飾語が少ないためだと考えられる。さらにはそれが筆者の語彙力の少なさを露呈する形となり、読者側としては確かに読みやすいが、読書の目的のひとつである言語能力・学習意欲の向上に結びつくことはまず考えられなくなる。その読みやすい文章が小学生にも易しいと言われているが、実際にケータイ小説には性的描写や自殺未遂などの表現が含まれる作品が多いため、内容は決して子供向きではない。そして、ケータイ小説の特徴である単純でストレートな文章表現は、それにより多くの読者の共感を呼んでいるが、その文章を読むことにより想像力が養われることはない。逆にそのストレートな文章表現であると、その文章に隠された登場人物の思いや考えなどを読み取る力をつけることができるわけがなく、それに加えて、読書をする目的は感情移入をし、共感をすることが全てではないと思われる。その小説の登場人物の行動に疑問を感じたり、反発心を感じたり、そしてときには共感することにより、自分の考えや感情を育んでいくのではないだろうか。そして次の問題点が記号・ギャル文字の多用である。実際に読むと、音符や星などの記号の多用や、当たり前のようにギャル文字を使用しているのに驚かされた。この記号の使用が女子中高生にケータイ小説への親近感を持たせているのかもしれない。しかし、その表現方法は小説というよりも、単なるメールの延長線である。こうして見ていくと、ケータイ小説は日本語の乱れ、考える力を減退させている1つの要因となっているのではないだろうか。

 

6、まとめと考察

 ケータイ小説の問題点から考えると、それを読むことにより、読書の本来の目的を獲得することができるとは到底考えられないため、ケータイ小説は読書とは切り離して考えるべきものであり、書籍化されたケータイ小説を多くの女子中高生が購入したからといって、読書離れを食い止めたうちには入らないと考えられる。しかし、読書離れを食い止めるために小中高校で行われている読書の時間に、携帯電話を取り出してケータイ小説を読んでいる学生もいるといわれている。作家である筒井康隆氏はケータイ小説が生まれた背景には「読み手が書き手の才能を見抜けなくなっている実際がある」、「表面的に似ていても本質的にレベルの違う作品の区別がつけられず、自分でも簡単に書けると思って(錯覚して)しまった。だからオンライン小説・ケータイ小説が生まれた」[7]と述べている。読み手が書き手の才能を見抜けなくなったのは、読書離れによる文章能力の低下と日本語の乱れが原因となっているのではないだろうか。さらに、その読書離れにより活字への抵抗感が増し、それがケータイ小説を人気にさせたもっともな理由ではないだろうか。そう考えると、読書離れがケータイ小説の人気に拍車をかけたと考えられる。ケータイ小説は読むべきではないとは言わないが、それを読む上では読書とは関連づかないことを念頭に入れて読むべきなのではないだろうか。読書とは余暇を楽しむのと同時に教養を手に入れることができるが、ケータイ小説から得られる教養はほとんどないに等しく、余暇を楽しむだけのものなのである。

 



[1] 『新聞の発行部数と世帯数の推移』日本新聞協会 200710月現在 http://www.pressnet.or.jp/data/01cirsetai.html

[2] 読書週間 本社世論調査 本離れ懸念 世代で差 読売新聞 20041028 http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20041028bf01.htm

[3] 読書週間 本離れ傾向変わらず本社世論調査 読売新聞 20051028 http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20051028bk01.htm

[4] 1か月読書せず」49%、若者の本離れ進む 読売新聞 20061029

[5] 『チルドレンズ・エクスプレス〜座談会「ケータイ小説」』 チルドレン・エクスプレス 200826 http://www.cenews-japan.org/news/zadan/080428_keitaishousetsu.html

[6] 『ケータイ小説が女子中高生に大人気その理由とは?実際に書いてみたら…』 R25.jp 20071126 http://r25.jp/web/link_review/20006000/1122007112601.html

[7] 日経エンタテインメント! 日経BP 20075月号