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高橋智子「娯楽施設へ向かう博物館―東京の場合―」

 

 私は余暇(私の中では時間に追われず何の制約もない時間の事を指す。)に「そういえば、美術館でおもしろそうな企画展やってるな。」と思い立ってよく美術館に足を運ぶ。日本は諸外国、特に欧米に比べて休日の美術館利用の頻度が少ないと言われているがそれでも、日本の中で余暇を使って私のように博物館に足を運ぶ人は少なくない。その博物館が、近年新たな変化を見せている。このレポートではそんな博物館、特に美術館の変化にスポットを当て、博物館のいまを考えていく。

 

平成13年4月、独立行政法人制度の下、独立行政法人国立博物館が誕生した。東京国立博物館、京都国立博物館、奈良国立博物館、この3つが統合された一つの組織のことである[]。営利目的の団体ではないが、法人化前とは違い、その資金管理等は博物館自身に任されている。国からの補助金も確保しにくくなっているが、その分博物館側の自由度は増す、という仕組みだ。

 

これと同時期に独立行政法人国立美術館も誕生している。そして平成19年1月、六本木に独立行政法人国立美術館の5番目の美術館として、国立新美術館が開館した。この国立新美術館の特色として、“コレクションをもたない”という点が挙げられている。“コレクションを持たない”という事は、博物館の在り方として極めて異例な事であり、国立新美術館も自身を「新しいタイプの美術館」と位置づけている。なぜ“コレクションを持たない”事が異例なのかを説明するためにまず、博物館の基本的な目的について示しておく。博物館の目的は主に、博物資料の調査・研究、収集・保管、展示、普及、この4つである[]。これらの目的は、博物館法にも規定されており、国の文化遺産を保護する目的や、国の文化レベルの促進などのために規定されているものである。私たちのような来場者はその展示、普及の対象という訳だ。そして目的の中の「調査・研究」特に「研究」という項目を美術館が行うには、美術館自身で長期的に美術資料を保管する(=コレクション)必要がある。研究というものは時間がかかるものなのだから。事実、“常設展示”という形で多くの美術館がそのコレクションでもって自身の色づけを行っている。それぞれに目玉の品を持っているということだ。つまり、“コレクションを持たない”国立新美術館とは、博物館の目的である「研究」を省き、「収集・保管、展示、普及」、この3つの目的に特化した、固有の色を持たない、いわば常に変化し続ける博物館なのだ。以上が、通常の美術館がコレクションを持つ理由と、国立新美術館が異例であることの理由である。

 

 さてここで、新国立美術館について詳しく紹介しよう。国立新美術館は、14,000uの展示スペースを持ちその展示室の数は世界的にも有数の多さで、アートライブラリーや講堂、研究室のほか、レストランやカフェ、ミュージアムショップ等の付属施設の充実を図っている美術館である。その外観は前面ガラス張りで奇抜なデザインとなっており、日射光や紫外線をカットする新しい省エネ設計がなされている。レストラン1つ、カフェ3つ、うちのレストランは40年以上もミシュランの三ツ星を獲得し続けているフランスの一流レストランからの出店だ。このレストランの出店だけでも、ニュースで取りざたされ、話題のスポットとなった。このような施設で国立新美術館は“都心の新たな憩いの場”として、周囲の二つの美術館と連動して六本木のアートな魅力を広告している。その他にも東京国立近代美術館で展示室等の拡張だけでなくレストランの新設等も行われ、いま多くの美術館で本来の展示以外のための施設の充実が行われている。

 

 総務省統計局のデータによると、趣味・娯楽の時間を美術鑑賞(テレビ等はのぞく)に費やすと答えた人は全体の20.5%、その頻度の内訳は年に1〜4日と答えた人が14.4%、年に5〜9日が3.8%、年に10〜19日(月に1日)が1.7%、年に20〜39日(月に2〜3日)が0.4%、年に40〜99日(週に1日)が0.1%、それ以上は0%となっている[]。もちろん、この数字はイコール美術館を訪れている数字ではないので、実際に美術館に足を運んでいる割合はもっと低い。次に年齢別に趣味・娯楽の時間を美術鑑賞(テレビ等をのぞく)に費やす割合を見てみる。一番頻繁に美術鑑賞を行っている年齢層は55〜59歳で26%、次点が50〜54歳で25.4%、その下が60〜64歳で24.9%。逆に、一番少ない年齢が70歳以上で12.5%、その次に少ない年齢が15〜19歳で16.6%、3番目に少ない年齢が10〜14歳で17.1%である[]。若い層の割合が低い理由としては、美術館という場所に対する固いイメージや、美術鑑賞そのものへの興味が薄いことが考えられる。

 

 上記の数値からも分かるように、一般的に多く美術館を利用していると思われる年齢層は、50代である。つまり、美術館側が普通に企画展等をしていても、50代の来場者は比較的簡単に確保出来るということだ。では、それ以外の年齢層、特に20代〜30代の客層を確保するためにはどうしたらよいのかを考え、工夫しなければならない。それはすなわち、彼らが娯楽に何を求めているのかということを知り、そのニーズに答えるということである。20代であればオシャレなスポットが好きであろうし、30代ならば少しゆったり出来るスポット等に注目するだろう。そして一般的に、この二つの世代に共通すると考えられるのは、新しいものや有名なものに弱いという特徴だ。特に有名なもの、というのは誰しもが興味を引かれるオプションである。今年開館した国立新美術館はまさに、これらのニーズに答える目的で作られた、娯楽施設であるともいえる。すでに研究された、有名な美術資料を集め、真新しい企画展を開いて大々的に広告をし、さらにデザイン性の高い空間や一流レストランを擁することでこれまでの美術館やその他の博物館にはない垢抜けた印象を付けることで、多くの来場者を確保する、というのが国立新美術館の狙いとするところであろう。事実、現在国立新美術館で行われている大回顧展モネは2ヶ月と少しで60万人の来場者を集めて大成功しているし、新美術館自体、開館から4ヶ月足らずで総来場者数が100万人を突破している[]

 

 このような、美術館利用そのものに注目を集めようという、国立新美術館に代表されるような最近の美術館の動き自体に問題は無い。だが、一方でこのような動きは、美術館の存在そのものに対する危うさをも生み出している。元来日本の美術館というものはコレクションよりも企画展を重視する傾向にある。それに対し欧米の美術館はコレクション重視である。これは、欧米の画家にはパトロンの存在があったこと等、日本とは違った美術史の形態があった事が大いに関係しているのだが、何にしても欧米の美術館は自身で膨大なコレクションを保有することで、深みのある美術研究を可能にし、その研究は美術文化の基盤を固め、守り、そして国の美術文化レベルの向上に一役かっている。国の美術文化レベルが高いため、美術に関心のある人たちも自然と多くなり、結果として、観光客だけではない安定した利用者層を獲得出来ているのだと考えられる。これと比較して最近の日本の美術館は、独立行政法人化の流れの中で焦っているのか、来場客を確保することばかりに力を注ぐあまりに、その本質を見失っているように感じられる。博物館の力が来場者数という数字で図られてしまっている。その結果生まれたものが、「研究」を放棄した、国立新美術館という施設である。「研究」を捨てたことによって、この美術館が変わりに何を得、何を私たちに与えてくれるのかはまだこれから見守っていくべきところがある。が、しかし、「調査、研究」という目に見えにくいが美術文化の基盤を支えるはずの作業無くして、はたして日本の美術文化が向上するのかという疑問はぬぐえない。日本の美術館は文化を保護するという、本来なら誇るはずの役割を持ちながらも、その受身性ゆえに、現代の数値社会への対応に追われている。これが、日本の美術館および博物館の、悲しいが、現実なのである。 

 



[]文教行政における行政改革への対応 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/12/11/001114p.pdf (H19.6.25現在)

 

[]独立行政法人博物館法第3条より

 

[] 総務省統計局 平成13年社会基本調査結果表一覧 男女,趣味・娯楽の種類,頻度別行動者数,平均行動日数及び行動者率

[] 総務省統計局 平成13年社会基本調査結果表一覧 男女,年齢,趣味・娯楽の種類別行動者率(平均行動日数特掲)[

[] 国立新美術館ホームページ 大回顧展モネ http://monet2007.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_883f.html#more