070627YumikoSasaki

 

佐々木 友美子「観光開発と環境保全の両立―エコツーリズムの視点から―」

 

1、プロローグ

「国王様、あなたは本当に開発をお望みですか?」――ある新聞記者が若き日の第4代ブータン国王にそう尋ねた。国王は当時21歳、私たち大学生と同じくらいの年齢であった。その新聞記者がそのようなことを国王に問いかけたくなるくらい、当時のブータンは秘境中の秘境であり、国民でなくてもその素晴らしい自然を守りたいと思えるほどであった。この一件を知り、私はその国のための開発とは何なのか、一国が世界とつながりを持つということはどういうことなのか改めて考えるようになった。そして、国と世界とを結び付ける重要な一つの手段として、ツーリズムに興味を抱いた。その中でも今回は持続可能な観光開発であるエコツーリズムに焦点を当てたいと思う。

 

2、開発、環境とは

エコツーリズムについての説明に入る前に、エコツーリズムの背景に欠かせない開発環境の定義に触れておきたい。従来、開発は、自然や知識を利用してより人間に有用なものを生み出す行為[1]として理解され、環境は、広義においては人、生物を取り巻く家庭・社会・自然などの外的な事の総体[2]という意味合いを持っていた。しかし、私はそれら従来の辞書的解釈には現代にそぐわない部分や説明が不十分である部分があるように思える。開発するといって、より人間に有用なものを生み出すために自然を乱用することは絶対に許されないことであると考え、そして、環境というものには生物を取り巻く外的な事だけでなく、人間のような生物自身も含まれると考え、それらを考慮した解釈がなされるべきだと思う。このように解釈するのはもちろん私だけではなく、世界的にも開発や環境をより持続可能なものとして捉える解釈へシフトする動きが強まっている。

 

3、エコツーリズムとは

ではエコツーリズムの説明に入る。エコツーリズムという概念自体が新しいものであるため、様々な解釈は提案されているが、定義は統一されていない。例えば、The International Ecotourism Society(TIES)はエコツーリズムを「現地の環境を守り、現地の人々のより良い生き方を維持するためにありのままの地域に対して責任のあるツーリズム」と解釈し[3]Ecotourism Australiaは「環境、文化を理解したり、感謝の念をもって保全にとりくむ気持ちを育む自然体験に主眼をおく、生態系に配慮した観光である」と解釈している[4]。さまざまな解釈を総合させると、簡単に言えば、エコツーリズムとは地域のあり方に配慮した持続可能なツーリズムであると理解することができる。そして、開発や環境を持続可能なものであるべきだと考え始めている国際的な潮流とツーリズムとをうまくマッチさせることができるのがエコツーリズムそのものであるように思う。

 

4、私の経験から見た現在のツーリズム

エコツーリズムを語る上で、現行のツーリズムに触れることが必要である。これは一つの例でしかないが、私は2007年の春休みに42日間の日程で行った東南アジアの旅で現在のツーリズムの姿を垣間見ることができた。旅行をする際に、どんな貧乏旅行であっても、どんなにお金をかけた俗に言うセレブな旅行であっても、自分たちの力だけで旅行をすることは不可能であり、宿泊、食事、移動のために現地の人々の力が少なからず必要となる。私の前述の旅も例外ではなく、安い宿、安いレストラン、安い交通手段を最初から最後まで利用した。その中で見えたものがある。それは、現在の観光が現地の人々に多大な負担をかけているという現状である。発展途上国といわれる東南アジア諸国にも資本主義は広まり、現地の人々は現金収入を必要とする。その現金収入を得るために、彼らは自分達の伝統的な生活や文化、時には彼らの気持ちをも犠牲にして、無理しているように思えた。現金収入を得るための英語、欧米人を呼び込むためにレストランには現地の料理の代わりにどこでもフレンチフライ(フライドポテト)とハンバーガーが並べられ、旅行者は自分達の街だと言わんばかりに旅行者のために作られた街を闊歩する。私は旅を楽しむ反面、寂しくなり、これが現在のツーリズムなのかと少し残念に思ったのだ。そして、この現状を目の当たりにし、それら現行のツーリズムの短所を改善するためにもエコツーリズムの普及が必要だと考える。

 

5、各国のエコツーリズムの現状

では実際にエコツーリズムの理論がどのように実践されているのか各国のエコツーリズムの実態を取り上げたい。国家レベルでエコツーリズムが進められている場合と民間レベルでエコツーリズムが進められている場合とがあるようだ。まずは前者の場合について紹介したい。エコツーリズムが国家的に推進されている場合、その国家をエコツーリズム先進国と呼ぶことがある。エコツーリズム先進国になるための具体的な基準は現時点では設けられていない。

コスタリカでのエコツーリズム

そのエコツーリズム先進国の一つである中米コスタリカは国土こそ九州と四国を合わせた程度だが、その豊かな自然には地球上の5%にあたる50万以上の動物種が生息し、植物種もその数は1万2千種にも上り[5]、コスタリカに来る旅行客の大部分はコスタリカの大自然を楽しむことを目的とする。コスタリカは日本では近年になってようやくエコツーリズム先進国として認識されるようになったが、エコツーリズムのメッカとして欧米各国では以前から有名だった。エコツーリズムの理論に基づいたエコツアーの多くは早朝から始められる。それも早朝がそのツアーのメインとなる。動物達が活発に動く時間帯は日の出から午前9時であり、その自然のタイムテーブルにのっとったものである。そして、商業形態としてのエコツーリズムは自然を生かした観光産業と、それで得た収入を基にした自然保護が柱となっている。すなわち、自然保護と環境産業を相反するものとして捉えるのではなく、相互補完的なものとして考えるというのがエコツーリズムの基本的姿勢なのである。コスタリカにおいてもそれは例外ではなく、国立公園においても民間の自然保護区でも入場料として得た収入が管理費、レンジャーの人件費、自然保護プログラムの実施のための費用などに充てられている。コスタリカのエコツーリズムにおいて特徴的なのはツアーガイドのライセンス制を導入したことである。エコツアーガイドは、自然に関する知識だけでなく、地域全体の環境や生態系、コスタリカ全体の風土、社会、文化、歴史などあらゆる事柄に精通していなくては務まらない。そうでなくてはエコツアーの適切な催行が危ぶまれるのだ。国際的にもツアーガイドの質の低下が問題化している現代、コスタリカはその問題に対していち早く対応した国家といっても過言ではないだろう[6]

ブータンでのエコツーリズム

そして、コスタリカとともに近年環境先進国、エコツーリズム先進国として注目されているのが南アジアの小国ブータンである。冒頭でも紹介した通り、ブータンは最後の秘境と呼ばれる程、手付かずの豊かな自然が残っている珍しい国である。現在のブータン国王も環境政策に力を入れており、子どもたちへの環境教育も行われている。寺子屋のような学校で勉強しながら、近代的な器具を使って水質検査をしている子どもたちの姿がブータンには存在するのだ。何とも言えないギャップを感じる。公用語はチベット語系のゾンガ、英語、ネパール語であり、英語が話せるといったブータン人の特徴を利用した米国向けのコールセンターが首都に誘致されたが、それ以外はまるで日本の江戸時代である。人々は日常的に民族衣装を身にまとい、昔ながらの生活を営んでいる。ブータンを舞台にしているエコツアーはその自然の美しさを楽しむことももちろん目的のひとつだが、それだけでなくブータンの伝統的な民族性を楽しむこともブータンのエコツアーの醍醐味と言えるだろう[7]。ダライ・ラマが亡命する以前のチベット文化の影響も受けながら、西洋に飲み込まれず独自の文化を残している国ブータンでしか体験できない精神的な満足感が得られるだろう。そう、ブータンは「物質的豊かさ」ではなくこの「精神的な豊かさ」を重要視しているのだ。その政策に則ったエコツアーを催行するにあたり、ブータンは観光をすべて政府が仕切っている。ブータンはインドの隣国であるがインドのように格安な旅行をすることは不可能であり、一泊あたりUS$200(7〜8月のオフシーズンは$165)の公定料金が存在する。これの公定料金には宿泊、食事、車、運転手、政府登録ガイドの費用がパッケージ化されており、旅行者は事前に行程を申請しておけば、入域制限区域外ならばどこでも行くことができる。国が完全に観光を保護している実例である。

オーストラリアで実践される民間レベルでのエコツーリズム

しばらく国家レベルで行われているエコツアーについて述べてきたが、ここで民間レベルで行われているエコツアーにも焦点を当てたい。例として、オーストラリアでのエコツアーを取り上げたい。前述のコスタリカやブータンと異なり、先進国というイメージが際立つオーストラリアであるが、自然に囲まれており、今回調査をしてみて、そのような自然と同居している先進国だからこそできるエコツーリズムが存在しているように思えた。例として、キングフィッシャーベイリゾート&ビレッジ(フレーザー島)のケースに注目する。キングフィッシャーベイリゾート&ビレッジは、フレーザー島の自然に溶け込む形で設計されモダンなリゾートの形をしながらも環境を維持する為のありとあらゆる調査に基づき厳しくチェックされ建設された環境にやさしいリゾートである。この施設はそこを訪れる観光客に最大限の環境を保護するための努力をしていることを見せること、つまり抱えている自然とそこから派生する文化的遺産を充分に理解し、それをそこを訪れる人々に正確に伝えていくことを目的として作られたものである。このリゾートは産業廃棄物処理、下水処理、造園などあらゆる環境項目に注目し、厳正なチェックの下、現地の自然と両立したリゾート開発を進められた結果作られた[8]。エコツーリズムと商業とを共存させる先進国ならではの手法であると言えよう。

 

6、エコツーリズムの効果

 ではここまで長々と述べてきたエコツーリズムの効果について述べようと思う。これはあくまで私の考えであって実際的なものでないかもしれないが、今回の調査を通して私が感じ取った私なりの考えである。もちろん、先進国の人々に環境の大切さを知ってもらうのがエコツーリズムの目的だと思うが、エコツーリズムは双方向的な効果を生み出す理論だというところも注目してもらいたい。従来、観光は旅行者の利便性やコストパフォーマンスばかりが追求され、その地域の環境や地域住民の文化を尊重したものではなかった。その一般的な観光(マスツーリズムと称される)に足りない地域環境・文化の価値を尊重し、保護する姿勢をエコツーリズムが持つことによって、旅行者はマスツーリズムに基づく旅行では得られなかった精神的な幸福感や満足感を得られ、独自の文化が尊重されることで現地の人々までも改めて身の回りの環境や自文化の価値を認められるようになるのではないだろうか。先進国にヘコヘコしない観光開発への新たな道筋、それがエコツーリズムだと私は思う。

 

7、まとめ

 今回は新しい学問分野であるエコツーリズムを中心に観光について考えた。観光は余暇領域の主要な部分であると思う。そして、その観光市場はとてつもなく大きい。その大きな観光市場が地球にとって、人間にとって優しいものであってほしいという思いを込めてこのレポートを書き上げた。しかし、依然、観光市場でメジャーとなっているにはマスツーリズムである。そんな観光市場に今回取り上げたエコツーリズムを普及させるにはその主張を押し付けるのではなく、社会的な流れを利用して人々をこちら側に導く必要があるように思える。例えば、現代、LOHASLOHAS; Lifestyles Of Health And Sustainability)ブームが到来している。それは健康と環境問題に興味を持っている人々が支持している生き方である。エコツーリズムの普及のためにはこのような流行、一般的ニーズにも柔軟に対応していかなくてはならないだろう。エコツーリズムに対しての批判もある。しかし、どんな場合においても、もちろん観光という分野においても、ベストではなくベターを目指さなくてはいけないと思う。現状に常に疑問を持ち続けることが重要なのだ。より多くの人々が持続可能な環境や生活の尊さに気づくためのひとつの鍵がエコツーリズムにあると信じ、レポートを終わりたいと思う。

 

 



参考資料・参考HP

[1] Wikipedia「開発」の項:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E7%99%BA

[2] Wikipedia環境」の項:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83

[3] Ecotourism is a kind of responsible travel to natural areas that conserves the environment and sustains the well-being of local people.

  (TIES: The International Ecotourism Society)

[4] Ecotourism is ecologically sustainable tourism with a primary focus on experiencing natural areas that fosters environmental and cultural understanding, appreciation and conservation.

  (Ecotourism Australia)

[5] 緑の回廊 コスタリカ http://www.marine.fks.ed.jp/circum_exhibit01/2004jurassicpark/maintxt.html

[6] 明石書店 コスタリカを知るための55章 国本伊代(編著) 第44章 エコツーリズム

[7] Ghale treks (ブータンエコツアー実例)  http://www.ghaletreks.com/bhutan_tours1.php#glimpses

[8] PROMARK JAPAN http://www.promarkj.com/eco_australia/fraser/index.htm