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田中美希 「本屋大賞」から見る読書としての余暇

 

 私の余暇活動のひとつとして、読書が挙げられる。空いている時間には書店で、様々な本を手に取り、読みたい本を探して読むのが楽しみである。しかし一方で、インターネットの普及や人々の趣味の幅が広がったために、現代は本が売れない時代と言われ、人々の文字離れが深刻化している。出版市場は書籍、雑誌とも年々縮小傾向にある。出版不況は出版社や取次だけではなく、もちろん書店にとっても大きな問題であり、人々の読書時間の減少の現れでもある。この本の売れなくなってしまった状況の中で、商品である本と、顧客である読者を最も知る立場にいる書店員が、売れる本を作っていく、出版業界に新しい流れをつくる、しいては出版業界を現場から盛り上げていけないかということで2003年に発案されたのが、「本屋大賞」である。このレポートではこの「本屋大賞」に注目し、読書活動のあり方を探る。

 

「本屋大賞」の運営は書店員有志で組織する本屋大賞実行委員会によって行われており、2005年には長期的に安定した活動を目指し、NPO法人本屋大賞実行委員会となった。大賞の選出方法は、オンライン書店も含む、新刊書の書店で働く書店員の投票で決定するものである。過去一年の間、書店員自身が自分で読んで「面白かった」、「お客様にも薦めたい」、「自分の店で売りたい」と思った本を選び投票する。この投票する書店員の中にはパート・アルバイトの店員も含まれる。また「本屋大賞」は発掘部門も設けている。この「発掘部門」は既刊本市場の活性化を狙ったもので、過去に出版された本のなかで、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと書店員が思った本を選ぶ。この「本屋大賞」に選ばれた作品は過去の受賞作も含めベストセラーとなり、話題となっている。

 

私が「本屋大賞」を知ったのは、書店での「本屋大賞フェア」であった。大学近くのその書店では「本屋大賞」ノミネート作の特別コーナーを設置してあった。そこでは、一冊一冊にその本に投票した書店員の感想が添えられており、同じ読者としての視点での作品の見方がされていたので、本を選ぶ際に非常に参考になった。あらすじだけでは伝わらない、その作品の内容を知ることができ、より自分の好みにあった作品を選ぶことができた。他の書店でも同様のフェアが行われており、どの書店も目立つ位置にコーナーを設置していた。

 

この「本屋大賞」のように様々な出版社の様々なジャンルの本が同じ場所にディスプレイされることはあまりないのではないかと思う。今まで多くの書店では、ミステリーフェアならミステリー小説だけが特集されたり、出版社フェアならその出版社の本だけが特集されてきたように思う。しかし「本屋大賞」では、ジャンル、出版社関係なく書店員という読者の代表が選んだ本が並ぶ。書店を訪れる人の中には特定の本を買いに来る人もいるだろうし、私のようにふらっと訪れて、様々な本を手にしてじっくり本と触れ合い、書店そのものの空間を楽しむ人もいるだろう。私のように買いたい本を決めずに本屋を訪れる人が、どのようにしたら本を“立ち読み”ではなく“購入”に至るのかが、本が売れるためには重要であると思う。最近では、本をじっくり選ぶためにいすやベンチが設置されている書店もある。人々が書店を特定の本を求めるためだけではなく、余暇空間としても利用しているということだと思う。そのような人々の本の購入基準においてこの「本屋大賞」は実に読者の目線に合わせた戦略である。

 

また、「本屋大賞」の発掘部門という部門も非常に面白い企画だ。どの業界も新しいものが入ってきたら、古いものは消えていく。出版業界も同様で、新作は目線の位置に陳列され、目に付き易いが、旧作は古くなればなるほど本棚の隅のほうに置かれて、最終的には陳列されなくなり、発注という形になる。このような旧作の本にもスポットライトを当てたのが“発掘部門”である。時代とともに本の内容もその時代にそった形のものが増える。しかし、いつの時代にも良い作品は存在する。自分の知らない本を見つけるのもまたわくわくするし、お気に入りの作者が見つかるかもしれない。常に新しい作品を追うのではなく、過去の作品を振り返り、時代を振り返ってみるのも、読書の幅が広がり良いのではないだろうか。

 

私はこの「本屋大賞」は素晴らしい取り組みだと思う。下方傾向に向かう出版業界において、当事者である書店員自ら動き出し、改善させようとしている。しかし一方では、売れている作品に受賞をさせているのでは、という批判の声も挙がっている。確かに本そのものではなく、作者であったり、別の要素によって注目を浴びた作品が受賞した例もある。「本屋大賞」の趣旨は多くの本を多くの人に広めることだ。私としては、審査員は流行ではなく本そのものの内容で審査してほしい。テレビや他の情報からでは得られない、読者目線での作品の良さを伝えてほしい。この点においては、検討していかなければならない課題だと考える。

 

この「本屋大賞」に見られるように、今出版業界、書店が変わろうとしている。前述したようないすやベンチの設置や、本の陳列、宣伝方法など、今までどこも同じような感じだった書店に工夫がなされ、個性が出てきた。書店をよく訪れる私としては、このような動きで本屋がどんどん居心地の良い空間になっていくのは嬉しいことである。そして何かに追われているように忙しく過ごす現代人にとって、改革された書店は新たな“癒しスポット”となるのではないだろうか。読書の世界に入り込み、現実から遠ざかりゆっくり過ごす“現実逃避”の時間も必要だ。読書が忘れていた感情を呼び起こしてくれるかもしれない。今、書店に足を運び本を手にとってほしい。きっと現実とは流れの違う、ゆったりとした居心地のよい雰囲気を感じることができるだろう。

 

参考:「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本 本屋大賞」

   http://www.hontai.jp/index.html