余暇政策論レポート
国際学部3年 舟山直純
2005年公開の『電車男』を筆頭に、近年『オタク』がしばしばメディアに登場し、スポットライトが当たる機会が多くなった。実際アニメ等を始めとする『オタク産業』は現在も市場を拡大し続け、キャラクターグッズやフィギュアといった『物』のみに留まらず、メイド喫茶など接客業の分野でも成長を見せ、一つの産業として無視する事は出来ないところまで来ている。
また国内だけではなく海外にもその影響は飛び火し、日本同様にオタク文化を楽しむ場面が見られ、更にその国なりの別な楽しみ方も散見される。オタクに対して好意的な国では「cool」と評価が下され、そのままオタク用語として移入する日本語も多い。そのようなオタク文化と産業の広がりについて考察していこうと思う。
初めに『オタク』について簡単に説明しておく。オタクとは言ってしまえば趣味に没頭する人を指す言葉であり、アキバ系から鉄道オタクまで非常に幅が広い。ここでは主に漫画やアニメ、ゲームの分野に傾倒するステレオタイプなオタクを扱う事にする。
2004年8月24日の野村総合研究所が行った主要5分野(アニメ、コミック、ゲーム、アイドル、組立PC)の資料によると、これらの分野のオタク層の人口はのべ285万人、市場規模は約2900億円に達するという。アニメが20万人:200億円、コミックが100万人:1000億円、ゲームは80万人:780億円、アイドルは80万人:600億円となっている(組立PCは割愛)。
野村総研ではアニメ、コミック、ゲーム、アイドルの4分野の産業全体の市場規模が2兆3000億円とした上で、これらオタク市場の占める割合が金額ベースの11%になると説明している。11%というと一見少ないようにも取れるが、全体の1割を占めいている以上、もう弱小とは呼べない。
次に、オタクと言えば外せないのが『コミックマーケット(通称コミケ)』の存在である。コミックマーケット準備会が主催する日本最大の同人誌即売会で、8月半ばと12月下旬の年2回開催される。2006年現在定期開催だけで70回を数え、参加者は数十万単位にのぼる。主要なジャンルはアニメ・漫画等だが、音楽、旅行記など様々な分野が見られる。
参加費用は発生するものの、同人誌即売会と銘打ってあるように基本的に売買自体には企業を仲介しないが、一回の参加で数千部を売り上げる大手サークルなどは、同人誌専門店、またはそれらを扱う店舗への卸売りを行い、プレミアの付いた同人誌に数十万の値がつく事もある。
またこのコミケで見られるのが『コスプレ』――好きな漫画やアニメの登場人物の格好をして楽しむ『コスチュームプレイ』――である。これには海外ファンも多く、ファン大会(convention)が開催され、参加者の年齢層も広い。
但し、会場外でもコスプレ可能というてんで国内とは異なっている。日本では衣装を着て会場まで来る事は基本的に禁止、コスプレは会場内で、という暗黙の了解(明確に禁止しているイベントもある)が存在するが、ファン大会開催中では会場外でもコスプレが許されており、地域住民もそれをイベント的なものとして受け止めている。
しかし海外でのオタク文化の評価は良いものばかりではない。暴力的な表現を含むゲームやアニメが子供に悪影響を与えるといった偏見や、性的倒錯など一般社会からの批判も見られ、日本が『性的表現に厳しく、残酷表現に甘い国』と評される原因の一つにもなっている。金は動くが、モラルの面で不安定な分野と言えるだろう。
さて、前述の通りオタク文化は商品売買のみならず、接客業の分野にも足を伸ばしている。従業員がメイドの格好で接してくれる『メイド喫茶』または『メイドカフェ』は知っている人も多いだろう。入店の際には「お帰りなさいませ、ご主人様」と迎えてくれ、帰る時には「いってらっしゃいませ、ご主人様」と送り出してくれる。メニューも個性的で、通常の喫茶店で注文できるお茶や軽食の他に、ケチャップで絵を描いてもらえるオムライス等々独自のコンセプトで運営され、メイドに『萌える』オタクの心をガッチリ掴んでいる。
先日、韓国はソウル市、明洞(ミョンドン)にメイド喫茶が進出した。「ダニョオシッソヨ(お帰りなさいませ)」と客を出迎える運営方法も日本と全く同じである。企画元の社長は、ソウルで開催された漫画同人誌の会場で『オタク』『萌え〜』といった日本語が飛び交っていることを知り、出店を決意したそうだ。
しかし一部では先行きに懸念を示す声もあり、「一部で性風俗と結びつけて経営するなど、アングラ化の傾向があるようだ」と店のアジア進出が現地の性風俗産業と結びつく可能性を指摘している。
オタク産業は個人の趣味嗜好と深く結びついているだけに、ある程度の良識の元でなければどう転ぶか解らないといった危険性を孕んでいるが、それ故にどの方向へでも伸びる可能性を持っている。日本を本家とするこの文化が、これ以降どのような成長を見せていくのかが楽しみだ。