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「大都市スポーツ行政が直面する近年の課題」
中村祐司(担当教員)
オーストラリアでは、観光政策とスポーツ政策は国家の二大重要政策と位置づけられているといわれる。観光とスポーツが国の市場を活性化させ、経済・産業の成長・発展に寄与することを熟知しているのである。オーストラリア・ブリスベン市は、最も急速に発展しているクウィーンズランド州の州都で、人口規模でいえば国内第3番目の都市である(01年6月現在で約90万人)で爆発的な人口増加が見られている。
この小論では、単発の資料ではあるものの、こうしたブリスベン市において展開されているスポーツ振興方策についてまとめ、そこから見出される特徴を若干ではあるが指摘しおきたい。「ブリスベン・スポーツ振興計画」(Brisbane Sport and Recreation Strategy 2002-2005. http://www.brisbane.qld.gov.au/bccwr/health/documents/sport_and_recreation_strategy.pdf)
によれば、4つの”A”が掲げられている。
すなわち、「利用しやすく(Available)」、 「アクセスが容易で(Accessible)」、「手頃で(Affordable)」、「適切な(appropriate)」スポーツ活動が目指されているのである。
ここで柱として提示されているのが、産業の充実のみならず、スポーツ活動を「触媒」(catalyst)とした社会的公正、活動の多様性、社会的調和の3つである。また、目的の一つとして、既存の施設や資源(resources)を効率的に利用しなければならないとし、これには州の公立学校の有効利用も含まれている。社会において変化するニーズにスポーツ施設が対応することの必要性も強調されている。なお、ブリスベン市におけるスポーツ・レクリエーション産業は市全体の経済産業規模のおよそ6%に達している(1999年7月現在)。
スポーツ活動領域においてブリスベン市が果たしている役割は、土地や施設の取得、施設の設置と拡充、学校やクウィーンズランド教育省との連携によるプールの借用やテニス向上プログラムなどである。クウィーンズランド南東地域における地方自治体と良好な関係を築き、広域レベルでのスポーツ振興を図る。そして、非営利組織に対する補助金やクラブ拡充方策を提供することを目的としている。スポーツイベントの誘致と開催も行う。
ブレスベン市民にはどのようなスポーツ参加の機会が与えられているかといえば、@スポーツを行うにせよボランティアであれスポーツクラブやスポーツ団体の会員となる機会、A商業スポーツ施設の利用を申し込む機会、B広場や公園、川や入り江、自転車道、で気軽に体を動かす機会、C地域スポーツ大会に参加する機会、Dゴルフコースやプール、商業スポーツ施設など金銭を払ってスポーツ活動を行う機会、Eクラブの大会や一流の競技者によるスポーツ大会の観戦、といった6つの機会が明示されている。
興味深いのは、ブレスベン市におけるスポーツ行政予算の配分の大まかな内訳についてである。それによると市所有のスポーツグラウンドや公園の管理運営費(01年現在。以下同じ)が29.4%であり、これが05年の状況予測において30%とほとんど変わらないものの、大規模施設設置費の点では01年が37.6%に達しているのに、05年の状況予測では0%となっている。以下、地区スポーツ施設の設置費が16.7%から24%に、コミュニティレベルのスポーツ施設設置が7.3%から24%に、スポーツクラブへの補助金等が2.6%から9%に、スポーツ参加プログラムの提供が2%から10%へ、といった具合である。
“Activate Brisbane”の標語の下、ブレスベン市では、社会の文化的・言語的多様性に配慮しつつ、スポーツ施設運営の基本的スタンスとして、私的セクターや地域社会では運営できないスポーツ施設の管理運営に携わり、助言を与える、としている。
オーストラリアにおけるスポーツ活動領域はもともと、コミュニティやボランタリーに運営されるクラブや組織にその基盤がある。ネットボール、クリケット、ソフトボール、フットボール、ローンボウル、水泳、テニスなどがそれに相当する。近年ではブリスベンにおいて、室内クリケットや室内ネットボールなど商業スポーツ諸活動の範囲が拡大している。その大部分は小規模経営で、こうした商業スポーツ活動は地域コミュニティ組織が直面する課題と同じような課題に直面している。そこで行政は助成金提供プログラムを通じて、スポーツ、コミュニティ組織、小規模ビジネスに関するセミナーを開催する、という説明がなされている。
課題として挙げられるのが、コミュニティ社会においては、スポーツ活動機会の要求は拡大傾向にある反面で、これを支えるボランタリーな活動の担い手は減少傾向にある。増大する保険費用は法的責任も問題となっている。また、行政が担わなければならない保険の上限も急激に増加している、といった指摘である。
さらに、以下のような対応策も示される。すなわち、個々のスポーツクラブやスポーツ組織の運営コストを抑制するために、地域スポーツ組織間の合併や再編成を行政の後押しで促進する。参加を促し、組織運営ノウハウの資質を高めるためにWebサイトからの情報発信などIT技術を利用する。助成金プログラムの内容が組織のニーズと適合しているか検証する。組織運営のコアとなって諸活動に資する資源を行政の支援を通じて発展させる、といったものである。要するに、スポーツ組織の利益を行政が代弁する、としているのである。
1995年から2000年のデータによれば、ブリスベン市民のスポーツ参加率はおよそ30%である。また、1999年の調査によれば、ボランタリーな活動に携わるブリスベン市民が大幅に減少している。その理由として、家族と過ごす時間の増大や仕事時間の増大傾向、ボランタリーな活動にも付随する責任への憂慮、コーチ資格など高い指導技術レベルの必要性の増大、他のレジャー関係者との競合、ボランタリー活動に伴う交通費など自費負担に対する敬遠、組織がボランタリーな活動をする人々を分け隔てする傾向にあること、などが挙げられている。
スポーツ非営利組織の運営をめぐる以上のような諸課題が山積する中で、連邦政府やクウィーンズランド州政府が何をなすべきかについて、例えば助成金の配布を行うと、無給でのボランタリースタッフが有給のスタッフに取って代わられるというディレンマに直面する、といった指摘がなされている。
ボランティアを奨励し、報償金を与え、研修する目的での資源の配分や産出が不透明であるため、地方政府、州政府、連邦政府の各々がボランティアをめぐる役割の輪郭を描くことが必要であるとも強調される。したがって、とくにスポーツ産業領域において、公的セクター、私的セクター、コミュニティセクターの連携が不可欠であるとしているのである。
近年、企業法人を取り巻く環境が不安定であることが、スポーツサービスを提供するコミュニティ組織や商業組織の存続性に影響を及ぼしている。とくに企業のスポンサーに依存する組織は、運営存続が危機的な状況にある、という指摘もある。
以上のような「ブリスベン・スポーツ振興計画」の記述から読み取れるものは何か。まず、大規模スポーツ施設の建設には歯止めがかかり、より狭域レベルにおける小規模型スポーツ施設の設置を前向きに検討していることが窺われる。スポーツ振興においても、今後は地域住民やクラブ組織等とのきめ細かな連携が必要であるということになろう。
しかし同時に、こうした地域密着型のクラブ運営が曲がり角に来ている状況も浮き彫りになっている。クラブの担い手であるスポーツ愛好者のボランタリーな活動が動機及ぶ誘因の点でも、金銭的な報酬の点でも行き詰まりを見せているのである。この点は日本における総合型地域スポーツクラブの運営継続をめぐる現実の課題との重複を思わせ、大変興味深い。
したがって、ブリスベン市においても今後は「スポーツコミュニティビジネス」と呼び得るような、狭域での小規模市場を意識した活動を模索する動きが出てくるのではないだろうか。もちろん、とくに資金面での行政からの支援の継続は欠かせないものの、自らの運営に必要なコストは自ら生み出だしていけるような知恵を出し合い、具体的な方策へと結びつけていくことが必要であろう。その場合には、クラブ間の統合にすぐには直結させなくても、個々の「小さな」スポーツ活動諸単位間の連携構築こそが、存続の源泉となる「ネットワークパワー」を生み出していくように思われる。