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新幹線と並行在来線〜その二極化と余暇への介入〜

 田中千草 (国際学部国際文化学科2年)

 

 

1.はじめに

近年、新幹線は全国へと普及し、それに並行する在来線鉄道の第三セクター化が相次いでいる。そして、そのほとんどが今経営難に置かれている。筆者の故郷である鹿児島県でも、昨年3月に九州新幹線の部分開通に伴って並行する在来線が第三セクターの運営となった。新幹線は快適な乗り心地と、速さ、利便性を売りにしている一方で、在来線の「肥薩おれんじ鉄道」は、車窓からのどかな風景を眺めることができるが、同じ区間を新幹線の何倍もかけて走行する。正に新幹線と並行在来線は対極の位置にあると言える。筆者も今年3月にこの新幹線と在来線に乗車したが、その際、この二者の二極化が進んでいることを実感した。

 

この二極化は地域にどのような影響をもたらし、またその中で鉄道と人々の余暇との関係はどのようになっているのか。以下では九州新幹線とその並行在来線を例として挙げて、これらの事について調査すると共に考察したい。

 

 

2.新幹線開通による影響

前述の通り速さと快適さを重視した新幹線は、それまで特急列車でも約2時間かかっていた鹿児島市熊本県八代市を最短約35分で走行する。その速さは画期的であり、移動時間の短縮という点で魅力的である。移動時間が短縮されると、人やものの流れも活発化することが予想される。実際、特に県外からは出張や旅行の際に鹿児島県や熊本県南部に行きやすくなったと評判である。その結果、初年度は在来線特急の2.3倍の利用があった(南日本新聞05.03.13)。また、新幹線効果で県内の主要な観光施設の9割がプラスの影響を受けているという(05.03.10)

 

対する肥薩おれんじ鉄道は、新幹線の開通によってJRと経営が分離した旧鹿児島本線の一部を譲り受け、鹿児島県と熊本県、沿線市町が出資して設立した第三セクター株式会社によって運営されている。全国では、長野新幹線開通によるしなの鉄道と東北新幹線開通による青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道が同じケースに該当する。これらの鉄道は新幹線と極端に対比的である。肥薩おれんじ鉄道の場合、経費節減のため車両はラッシュ時を除いて1両編成のディーゼル車であり、土日に数本快速列車が出る他は全て各駅に停車する(肥薩おれんじ鉄道ホームページ参照)。そのため、新幹線と同じ区間を約4時間かけて走行するが、トンネルばかりの新幹線では見られない東シナ海や有明海の美しい海岸線が堪能できる。しかし、経営状況は苦しく、初年度の売上は経営基本計画の8割に留まっている。(南日本新聞05313)同様に長野新幹線、東北新幹線に対する第三セクター鉄道の経営も厳しい状況だ。

 

新幹線にスポットを当てるとそのメリットが目立つが、第三セクター鉄道との極端な二極化により地域住民は問題を抱えている。まず、近隣に新幹線と在来線の他には鉄道が通っておらず、二者の他に選択肢がないため不便だという声が多い。また、新幹線による移動時間の短縮は観光客の集中をもたらしている。新幹線とのアクセスが便利で有名な観光地では観光客数が増加しているが、新幹線ができたことで特急列車が通らなくなったために、活気がなくなったという地域もあるためである。このように、新幹線による恩恵は明暗に分かれている。新幹線の経営は快調であるのに対して肥薩おれんじ鉄道は経営難にあることからも、新幹線開通による影響の差があると言えるだろう。

 

 

3.余暇活動による経営難対策

このように新幹線の開通と在来線の第三セクター化は地域住民にとって恩恵をもたらすものだけではなかった。しかし、車を運転しない高齢者や高校生にとっては目的地により近いところまで運んでくれる在来線は依然として重要な足である。肥薩おれんじ鉄道の沿線では少子高齢化が進行している。今後高齢者が増加する中、高齢者の鉄道の需要は高まるものと思われる。また、在来線から見える海岸線の風景も重要な観光資源の一つだ。新幹線に観光客が流出することは、その観光資源が見逃されることにもつながる。地域住民の足を守り地域を活性化させるためには、ある程度人数が限られている定期券利用者の他に、定期を利用しない、観光客や余暇活動を目的とする利用者の誘致が必要とされている。

 

 肥薩おれんじ鉄道では、経営難の打開と地域の復興を目的に、新幹線との対極性を生かした取り組みが進められている。その代表的なものがイベント列車と貸切列車である。

 

イベント列車は、車窓からゆっくり眺められる海岸風景や温泉、地元の特産物を生かして、納涼ビール列車や沿線にある温泉のツアーが企画されている。昨年度では16回実施されたが、どれも好評で成功に終わっている。納涼ビール列車を例に挙げると、参加費用は5,500円で約2時間の間電車に乗車しながらビールと焼酎が飲み放題となる。夕方なので、車窓から海に沈む夕日も眺められる。また、集合場所の駅まで肥薩おれんじ鉄道を利用することを参加条件とした、1日ツアーも実施されている(肥薩おれんじ鉄道ホームページ参照)。同様の企画はしなの鉄道にもあり、そのホームページによると、ワインの飲み放題列車や、クリスマスのイルミネーションを見るツアー等季節に即した企画が催されている。

 

貸切列車は往復2時間、55,000円で50人が利用できるものが基本となっている。研修会や、子ども会のイベント、宴会の際に随時利用できる。別途料金を払えば、カラオケのレンタルも可能だ(肥薩おれんじ鉄道ホームページ参照)。このような企画を新幹線で実施するのは困難であり、ゆっくりとした走行と車窓からの風景、そして地域と密着した第三セクター鉄道だからできる企画といえよう。

 

さらに、鉄道を生かした地域活性化の計画もある。0557日の熊本日日新聞によると、経済産業省の委託を受けた九州地域産業開発センターが、沿線地域の復興を目的に現在計画を進めている。計画は5つのプロジェクトから成っており、その中には生涯学習講座を開催して、かつ受講者には鉄道定期券を発行するものや、駅舎を起点に沿線ブランド商品を販売するといった企画が含められている。このような企画は、肥薩おれんじ鉄道の利用の促進だけではなく、沿線地域に直接利益をもたらすものとして期待される。

 

 

4.これからの地方鉄道

肥薩おれんじ鉄道の路線は新幹線の開通によりJRから経営分離され、一時は廃線となるところだった路線だ。地域住民の強い要望により第三セクターの鉄道となり今も運営されているが、問題は多い。そんな中で、肥薩おれんじ鉄道において、余暇活動を行う場所への移動手段だった鉄道は、余暇施設そのものへ変貌しようとしている。地域の復興と鉄道維持のために余暇への介入が進み、またそうせざるを得ない状況にある。新幹線の拡大計画と在来線との二極化が進む中、このようなケースは増加するだろう。地方鉄道にとっての観光客や余暇活動としての鉄道の利用は、今後ますますその重要性の比重を増すことが予想される。

 

効率の善さを追求する現在の日本社会では、その一方で効率の悪いものは切り捨てられる傾向にある。新幹線と在来線の二極化は、そのような日本社会を象徴しているようにも思われる。しかし、効率が悪いと判断されてしまいがちな地方鉄道にもその善さはある。観光やイベントの企画がなければそれにあまり注目してもらえない側面があるのは寂しいが、これらの企画には「効率が悪い」というイメージを逆手にとってそれを生かした取り組みによって問題を解決しようという地域の姿勢を見ることができる。便利なものに依存せず、時には不便で効率の悪いものに目を向けることも必要とされているのかもしれない。

 

 

<参考サイト>

http://www.hs-orange.com/ 肥薩おれんじ鉄道

http://373news.com/index.php 南日本新聞

http://kumanichi.com/index.htm 熊本日日新聞

http://www.ker.co.jp 鹿児島銀行グループ 鹿児島地域経済研究所

http://www.pref.kumamoto.jp/traffic/zairai/index.html 並行在来線基本計画(熊本県庁のホームページから検索する場合)