Kawabatas050622
川端さやか グリーンツーリズムによる農村の地域資源活用
〜大分県安心院町の「歓交」〜
1、都市から農村へ〜グリーンツーリズム〜
かつて日本の基幹産業であった農業は、現在衰退しつつある。年を追うごとに農業人口は減少し、従事者の高齢化、後継者不足が深刻な問題となっている。その一方で、農業の魅力に引き寄せられて新しく農業を始める新規就農者や、一度農村を離れてもUターンする人、都会で暮らしているが農業や農村に憧れる人は増加しているようだ。このように、都市の農村に対する意識がゆるやかながら強まる中、農村地域の活性化や都市部と地方の交流を促す、新しい感覚の観光が普及しつつある。
それはグリーンツーリズムというものだ。グリーンツーリズムとは、「緑豊かな農山漁村地域において、その自然、文化、人々との交流を楽しむ、滞在型の余暇活動」(農林水産省農村振興局)のことだ。つまりは、都市部の人間が地方の村に滞在し、その地域の自然や人々との交流を楽しむという、従来の自然を楽しむだけの観光とは少し異なるものである。その捉え方には3つの側面があるという。まず1つ目は観光として、2つ目は産業作りとして、そして3つ目は生きがいづくりとしてのグリーンツーリズムである。日本全国でグリーンツーリズムが普及しつつあるが、その中でも先進地といわれているのが九州の大分県である。県内でもいち早くグリーンツーリズム取り組みを宣言し、独自の手法を生み出している安心院町のグリーンツーリズムを取り上げる。
2、安心院町のグリーンツーリズム
安心院町は大分県の中山間地に位置する人口8千人ほどの町である。もとは農業を基幹産業とし、コメとブドウを中心に畜産や野菜、花きなどの複合経営が盛んであった。そんな町でグリーンツーリズムが始まったのは平成4年のことだ。農業にこだわった地域作りに限界を感じた地元の農家が、ヨーロッパで盛んになっていたアグリツーリズムの動きを取り入れようと研究会を発足、8年には農家だけにとらわれるべきでないという認識から「グリーンツーリズム研究会」に改められた。9年には全国に先駆けて「グリーンツーリズム取組み宣言」を議決、役場に「安心院町グリーンツーリズム推進協議会」が設置され、官民の協働体制が整った。この安心院町のグリーンツーリズムの大きな特徴は、都市から訪れた人が町民の家に宿泊する「農村民泊」を会員制で行っていることだ。現在宿泊を受け入れる民家は15世帯、一時的な受け入れを含めると約30世帯で、全国的に見ても多くの世帯が参加している。一泊にかかる費用は平均で4千円ほどである。
安心院町でのグリーンツーリズムの特徴である「農村民泊」のシステムとはどういうものか。まず、客は受け入れをしている民家の中から民泊する家を選ぶことができる。一般の旅館やホテルとは違い、町民の生活をそのままに客をもてなす。従来の観光のように新しい施設を建設する必要はない。また、これは農業体験ツアーではない。農業だけにとらわれず、多様性を重視している。よって非農家やサラリーマン、年金生活者さえも主宰者となりうるのだ。
3、安心院町の問題
グリーンツーリズムは順調に進んでいるが、安心院町は農村特有の問題を抱えている。まず、遊休農地の発生状況が、農業者の高齢化や担い手不足により増加していることだ。そして町民の3人に1人が65歳以上という高齢化の町でもある。農業従事者のうち65歳以上の割合も平成12年度で56.1%と高く、これからますます農業者は減ると予想される。ここで安心院町では平成2年より町外からの新規就農者の募集を行い、以来、平成16年までには新規就農者は26人(県全体79人)となり、その定着率も96.1%と県内では断とつである。平成16年には、農業法人以外の株式会社の農業参入を認める農業特区にもなった。これに加えて、グリーンツーリズムによる都市農村の交流を行うことで、安心院町は農村と農業を守る「安心の里」を目指し、自立した農村へと近づこうとしている。
4、グリーンツーリズムによって町が得たもの
農村農泊を核とした安心院町のグリーンツーリズムによる成果として、年間の入客数が平成11年度の600人から平成14年度には2500人と大幅に拡大していることだ。リピーターが多いことから確実に安心院の魅力が人々に理解されていることがわかる。農産物直売所の売上も、2億5千万を超えている。さらに、このような観光産業としての成果以上に安心院町が得たものがある。それは住民が安心院町に対しての価値を認識することができたことである。住民が客に提供するのはありのままの町、自分たちのありのままの生活である。それに対する客の反応から、自分たちの暮らす町の魅力を再認識することができ、自信と誇りを持って生活することができるようになったのである。そして、リタイアした人たちが家を開放したり、様々な行事によって都市の人と交流し、伝統文化や生活の知恵を伝えることが、高齢者の生きがい作りにもなった。高齢者の多いこの町でかれらがいきいきと生活できることは、予防介護にも一役買っているといえる。さらに、農村農泊は女性が担ってきた分野の応用がきくため、自然と女性が主役となる。料理や掃除、寝具の用意など女性の手腕が発揮されることが多いのだ。よって、女性の社会的・経済的地位の向上にも効果があるのである。
5、安心院町から学べること
安心院町には、日光のような文化遺産があるわけではないし、田舎だからといってほかと違った雄大な自然風景があるわけでもない。この町の資源は、日本各地の農村にもある、昔ながらの人々の営みと農村風景だけである。ただこの町がほかと違うのは、そこに既存の文化、生活、そして人という最大の資源を有効に活用することができていることである。ここで行われているグリーンツーリズムは、一般的な「観光」とは異なるものだと感じることができた。実際、町の組織にも「観光」ではなく、都市の人と歓びを感じあえるという意味合いを込め、「商工歓交課」なるものが設置されている。
私は地元が観光地で、観光産業の流動性に振り回され、廃れていく町の姿を身をもって感じ、見てきた。そのため、私は観光というものの持続性をあまり信用することができない。安心院町が取り組んでいることも、内容は少し異なるものの、外部の人間を相手とする観光の一種である。もし全国に存在する農村が安心院町と同じようなことを行っても、この町を訪れる客足は途絶えることはないのだろうか。そのような疑問を抱いてしまう。だが、たとえそうなったとしても、安心院町住民の心に生まれた地域への誇りと自信、それにより始まった彼らの地域づくりの活動は簡単に絶えることはないだろう。日本にあるほとんどの小さな農村が、安心院町と同じように高齢・過疎化の問題を抱え、どうにか町を活性化できないかと悩んでいるのだと思う。農村のもつ魅力とそれに対する都会のニーズにいち早く気付いた安心院町は、グリーンツーリズムという方法によって町の資源を発掘し、住民の意識を変えることができた。ほかの地域も、それぞれの地域に適した様々な方法で、既存の資源を有効に活用できるはずである。もとあるものの可能性に気付き、活かすことが最も重要で困難なことなのだ。ここには何もない、と思っていた住民がそうでないことに気付き抱く誇りには、去る若者の足を止め、去った者をも引き戻す力がある。そして住民がいきいきと暮らす町には、おのずと人の足が向かうようになるだろう。
《参考文献》
グリーンツーリズムを始める10の理由 安心院グリーンツーリズム研究会
《参考ホームページ》
農林水産省 農村振興局 地域振興課
http://www.maff.go.jp/nouson/chiiki/gt/jirei_h16/ichiran2.htm
安心院グリーンツーリズム研究会ホームページ
http://www3.coara.or.jp/~ajimu/mokuji.html
首相官邸ホームページ
九州のムラホームページ