オーストラリアACT政府によるスポーツ振興政策の特徴
中村祐司(「余暇政策論」担当教員)
オーストラリアの首都キャンベラ(Canberra City)は、人口30万8,100人(1998年推計)、連邦政府直轄地区であるACT(Australian Capital Territory)の一部に位置づけられている[1]。このACT政府部門のスポーツ・レクリエーション政策を実質的に担っているのが、”Sport and Recreation ACT”と呼ばれる組織である。
「スポーツACT」は、「ACTスポーツアカデミー」(ACTAS =ACT Academy of Sport)と「スポーツ・レクリエーション開発」(Sport & Recreation Development)を二大事業として掲げ[2]、例えば、直轄地区内のスポーツ・レクリエーション組織に対する助成金提供(対象は、@ACT内のスポーツ統轄団体が行うスポーツプログラム、Aスポーツ施設の改善、Bコミュニティスポーツ開発プログラム、C国内の公式チームの選手やコーチ、スタッフの遠征費、Dクラブ等が設置した施設に関わるローンの利子の立替払い)などを行っている[3]。
その他にユニークな助成事業として、「オーストラリア首都観光イベント援助プログラム資金」(EAP=Australian Capital Tourism Events Assistance Program)が挙げられる。これは、直轄地区内のコミュニティ社会の新形成に資する観光関連分野のマーケットや機会の拡大および開発につながるようなスポーツイベントに、「スポーツACT」が資金を提供するものである。
EAPが目的とするところは、@キャンベラやその周辺地域への訪問者数を増加させること、A訪問者の滞在日数を延ばし、それに伴い経済的プラスの効果を生み出すこと、B訪問者に良質な経験をしてもらう機会を増やすこと、C全国的・国際的な観光地としてキャンベラをブランド化しその評価を上げること、の4点である[4]。
「スポーツACT」は組織構成上、どのように位置づけられるのであろうか。まず、「執行・政策局」(Executive & Policy Unit)は局長をはじめ7名で構成され、この局の下に「スポーツ課」が存在する。この課は13名の職員から成り、日本における行政組織の「係」に相当すると思われるものが1名ないし2名単位で構成され、所轄をめぐる役割分担がなされている。すなわち係は7つあり、各々の名称は「コミュニティ事業」「国技スポーツ」(Indigenous Sport Program)「産業開発」「コーチングと審判」「施設」「助成金事業」「マーケティング」である。
また、「ACTスポーツアカデミー」が「スポーツ課」と並列関係で存在するかのように、11名のスタッフ構成で存在している。その役割分担はほぼ個人単位で、名称を挙げれば、「加入・入会」「プログラム調整」「マーケッティングと宣伝」「強化とコンディション調整」「スポーツ科学」「ACEプログラム」となっている[5]。
組織図によると、まさに局長を頂点とし、これを補佐するスタッフ組織として「執行政策局」が存在し、「スポーツ課」と「ACTスポーツアカデミー」を統制していると同時に、両者の調整弁の役割を果たす構図となっている[6]。
上記のような助成金提供や組織構成上の特徴に加えて、「スポーツACT」は「戦略的な方向性」(Strategic Directions)と題し、スポーツ振興をコミュニティ社会の構築と参加者の自己実現にとっての不可欠な手段であると捉える。「スポーツACT」はACT政府の首長部局に属する一組織(a Division of the Chief Minister’s Department)であり、ここにもACT政府のてこ入れぶりが窺える。そして、「ゲームを超越して」(“Still More Than a Game”)という政策スローガンを掲げ、スポーツ振興を通じた産業振興を企図している[7]。要するにACT政府は、直轄地区の産業の発展にはスポーツ諸活動の活性化が不可欠だと見なしているのである。その他、ACT政府には「スポーツ担当大臣」やこの諮問に答える「ACTスポーツカウンシル」などが存在する[8]。
以上のような検討作業から指摘できることとして、第1に、ACT政府のスポーツ振興政策は、地方政府独自のものであるというよりは、連邦政府が打ち出す政策のモデル型となっているのではないかということである。キャンベラには連邦政府の諸施設が集中している。この地理的条件の特異性が、ACTのスポーツ政策の立案そのものに及ぼす影響力の程度を今後は明らかにしていきたい。
第2に、助成金提供のプログラムがスポーツ統轄団体やクラブ運営に組み込まれている状況が窺える。ACT政府が有する財源・資金というリソースを最大限に活用していこうという姿勢が明確なものとなっている。このあたりの実際の活用効果をめぐる動きや課題についてもこれから調べていきたい。
第3に、少なくとも組織図を見る限り、横割りの組織としての「執行・政策局」の役割が、日本の行政組織における官房系統組織のそれと類似している点が大変興味深い。「スポーツ課」と「ACTスポーツアカデミー」を調整・統制する必要があるとすれば、それはどのような理由からなのか、現状における組織間調整をめぐる課題は何なのか、さらには、「執行・政策局」が首長部局に置かれていることで、調整や統制にあたってどのような特徴が見られるのか、といった点を今後明らかにしていきたい。