「長野オリンピックにおける国際交流 〜一校一国運動〜」
百瀬千恵(宇都宮大学国際学部国際文化学科3年)
はじめに
1998年2月7日、長野で第18回オリンピック冬季競技大会が開催された。16日間にわたって開かれたこの長野オリンピックは、大きな盛り上がりをみせ、私たちに多くの感動と勇気を与えてくれた。そしてその背景には、多くの人々の協力と支援があったことはいうまでもないであろう。開催にあたって13年もの長い道のりを必要としたことからもわかるように、経済的面や、環境保護の面、他にも様々な問題に直面してきたのである。そのなかで、長野五輪はこの大会の目指す大きな三つの柱として、1、子どもたちの参加促進、2、美しく豊かな自然との共存、3、平和と友好の祭典の実現、という3つの理念をうちだした。このテーマを目標に、行政や民間団体、また市民が様々なかたちで係わり合い、協力して取り組みがなされたのである。今回、この大きな三つの柱の一つにあげられている、子どもたちの参加促進に焦点をあて、長野オリンピックにどのようなかたちで子供たちが参加し、また貢献したのかを考察する。
1.一校一国運動http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/pc0/pc0_index.html
子供参加型の大会の目指すものは、21世紀への架け橋として次の世代を担う子供たちに大きな夢を与えると共に、子供の心に平和の大切さを育むことであった。そしてこの主旨の実践のため、長野市議会にて小中学生による「一校一国運動」が提唱された。
2.一校一国運動の歩み
一校一国運動は、1994年12月、長野市議会にて、「広島の一館一国運動を参考に、長野らしい方法で取り組みたい」と市長が答弁したことに始まった。市長が広島アジア大会を視察した際に、公民館が中心となって行っていた「一館一国運動」に影響を受けたことによるものであった。このことがきっかけとなって、県議会は一校一国運動の複数の方法を検討、そして1995年6月「長野市の小・中・特殊教育諸学校で一校一国交流活動を取り組む」ことを決定、校長会で目的・活動内容・配慮点や困難点と方策・各校の国際教育推進状況の把握および研修について取り組みを開始した。96年1月には、各校の交流相手国を決定し、5月には「一校一国交流活動」の支援組織委員会の第一回会合がもたれ、着々と子供のオリンピック参加への準備が進んでいった。また文部省によって、小中学校用、高校生用の冬季オリンピック読本の出版、さらに県教育委員会によって「長野オリンピック・長野パラリンピック読本」として全県の小学校、中学校の生徒全員に配布され、「一校一国運動」の主体となる子供たち自身によるオリンピック学習もさらに深められていった。そして最終的に、長野市内の76の小・中学校、特殊教育諸学校が一校ごとに、応援、交流する国・地域を決め、文化交流に取り組むことになった。
3.目的と性格
「一校一国運動」運動推進基本方針によると、その目的として、「子どもたちが、学校単位で一国を選び、主としてその国との人物との交流・文化・生活習慣を学び、体験を通じて理解を深め、オリンピックの開催中は自国にとらわれない国際的な応援ができ、さらには選手や観客との交流に発展することを願っている。オリンピック終了後もその国との交流・親善が継続することを目的とする。」としている。
http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/s05.html
長野オリンピックを盛り上げるとともに、このオリンピックという国際的な大会を好機ととらえ、各国からの訪問団と子供たちの交流を活発にし、21世紀を担う子供たちに真の国際感覚を身に付けさせることが、その主たる目的といえるであろう。またこの運動の性格としては、上からの強制ではなく、あくまでも学校の自主性、自発性を重んじていたということがあげられる。大まかな概要、そしてこの運動の目的は、すべての学校で共有されていたが、その具体的内容は学校が独自に企画、運営するというものであったのだ。学校の主体性が尊重され、その運動が自発的に行われるべきものであるというこの運動の位置付けは、この運動をより活発にし、子供たちの参加を積極的に促すことにつながったのではないだろうか。また各学校の取り組みのためには、学校側だけではなく、行政の支援はもちろんのこと、PTAをはじめ、地域の積極的な参加なくしては、成り立たなかったことも見逃すことができないであろう。つまりこの運動は、自治体と市民、そして学校側と生徒の相互協力によって取り組みのなされた国際交流であったのだ。
4.一校一国運動の事例
(1)三本柳小学校http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/pc0/pc0_index.html
三本柳小学校は、ボスニア・ヘルツェゴビナとの交流をした。子供たちは、交流の
ための学習を深めていくなかで、ボスニア・ヘルツェゴビナという国を知り、民族紛争の悲惨な現状を知った。そして子供たちと同世代のネジブ君という男の子が地雷を踏んで両足、右手、右目を失ったことを知り、子供たちは、ネジブ君のために何ができるかを考え、一校一国運動として、地雷撤去のための募金、義手義足の資金調達のための資源回収をおこなうに至った。結果として48万円を集めている。またオリンピック後もボスニア・ヘルツェゴビナとの交流は続けられ、200年11月にはボスニア・ヘルツェゴビナの小学生2人が三本柳小学校を訪問した。
(2) 信里小学校http://www.nagano-ngn.ed.jp/nobusajs/olympic.html
信里小学校では、スイスの国との交流、特に選手のフローレンスさんを招いて交流を
行った。学年ごとに交流会を設け、それぞれの学年がテーマをもって交流会に望んだ。低学年はジャンケン列車や、折り紙などで一緒に遊び、高学年は長野の紹介やスイスの小学校などに関する質問をした。また一緒にりんご畑に行ったり、スキーをしたりして、課外活動も共に行った。子どもたちの感想として、「スイスのジャンケンのパーは、紙ではなくて木の葉だと聞いてびっくりした。」、「初めて外国人の人と交流ができて楽しかった。」などがあげられ、身近なところから子供たちがスイスという国に興味、関心をもち、また得がたい体験を得たことを感じさせる。
5.一校一国運動の成果と課題
一校一国運動は子供たちにとって、そしてまた学校側や地域の人々にとっても大きな成果をもたらした。学校と子供たち、そして地域の人たちが、選手や、訪問団との交流にあったて、戸惑いや不安を感じながらも、お互いに協力し、創意、工夫を重ねることによって、すばらしい体験をしたことは、多くの人々にとって強い自信となったであろう。またなかなか難しいとされる学校、PTA、地域の連帯もより深まったといえるのではないだろうか。子供にとっては、特に大きなプラスの影響を与えることができた。国際化社会といわれる今日でも、やはり小学生、中学生が生で外国人の方と交流するのはそうないはずである。今回例にあげた二つの小学校でも、外国人の方と接するのはほとんどの生徒にとって、初めての経験であった。そういった子供たちにとって今回の交流は、世界を身近に感じ、世界への関心が深まるきっかけになったといえる。しかし当然のことながらいくつかの課題も残された。相手国との文通など継続的な活動を続けるうえでぶつかる言葉の壁や、情報規制などのされている国の情報不足、交流費用の捻出や活動時間の保証など、やってみて改に浮上してきた課題があった。そしてこの課題にいかに取り組み、解消していくかが今後交流を続けていく上での重要なポイントとなっている。何か新しいことを始めたとき、改に課題がでてくるのは当然のことであるし、その課題に取り組み、改善していくなかでよい交流が保てていけるのではないだろうか。
おわりに
長野市は、今回とりあげた長野オリンピックにおける「一校一国運動」などが評価され、1999年、世界に開かれたまち部門で自治大臣表彰を受けた。
http://www.soumu.go.jp/news/990208c-2.htmlまた長野オリンピックから始まったこの「一校一国運動」はシドニーオリンピックにも受け継がれ、冬季ソルトレークシティーにも引き継がれた。しかし、この活動がいい評価だけを受けていたわけではない。子供たちの参加は「動員」による利用でしかないのではないかという痛烈な批判もあった。しかしながら私は、日常生活の中でなかなかこのような交流のチャンスを得ることの難しい小学生や中学生にとって、こうした国際交流は、たとえ行政や学校によって仕立てられた機会であったとはいえ、相手の国のことを学習し交流したこと、また同時に長野を紹介するなかで自分自身の町についても学んだことは、異文化を理解し、また自分自身の国について改めて考えるいいきっかけになったのではないかと思う。「一校一国運動」における子どもたちの国際交流は、一人一人にとって未知の文化を知り、世界を知り、地球を考える道の第一歩として、十分に意義のあるものであったといえるであろう。
〈参考文献〉
吉澤柳子 『青少年の国際交流』2002 丸善株式会社
〈参考サイト〉
http://www.soumu.go.jp/news/990208c-2.html
http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/pc0/pc0_index.html
http://www.city.nagano.nagano.jp/ikka/e-gakkou/country-jp/Syou2/Syou2-01.htm
http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/s03.html
http://www.nagano-ngn.ed.jp/nobusajs/olympic.html
http://www.valley.ne.jp/~nifc/school/s05.html