shiraiwa030702 「余暇政策論」レポート
「東京ディズニーランドにおけるホスピタリティ」 k010125 白岩千代
1.はじめに
「夢と魔法の王国」といわれる東京ディズニーランド。1983年のオープン以来、従来のテーマパークとは一味違った“夢と魔法のファミリーエンターテイメント”としてあらゆる世代に指示され、今では年間1,600万人もの人が訪れる一大テーマパークとして人気を誇っている。そこでは、夢と希望にあふれたアトラクションやショーが展開されると共に、調和のとれた時間と空間が演出される。
実は私も“ディズニーマジック”にかかっている一人で、何度も足を運んではキラキラとした夢のような充実した時間を楽しんでいる。ディズニーランドの来園者は90%以上がリピーターであるという統計がでているが、私は素直に納得してしまう。では、多くの人々を惹きつける魅力は何なのだろうか。その理由の一つとして、“快適さ”“居心地のよさ”が挙げられると思う。どんなに怖い人でも、どんなに落ち込んでいてもパーク内では自然と笑顔になってしまうような不思議な空間なのである。では、その空間を作り上げているのは何なのか。アトラクションやショーが充実していることはもちろんだが、施設に対する配慮をはじめとして、子供から高齢者のかた、障害者の方、様々な人々への配慮が考えられているホスピタリティの精神である。そこで、どんな人にも楽しんでもらうためにディズニーランド側はどのような配慮をしているのか。「ディズニーランドにおけるホスピタリティ」をテーマとして、ハード面とソフト面からのホスピタリティの現状とその問題点を、提供者側とサービスを受ける側、両者の立場から考察していく。
2.ハード面におけるホスピタリティ
(1)施設面におけるバリアフリー
近年では、公共施設をはじめとしてデパートなどの民間企業の多くで、施設におけるバリアフリー化が進んできている。しかし、様々な障害を持つ人々がいる中で実際にはうまく機能していないことも多い。ディズニーランドでは専門家による考察の下、様々な障害別に、アトラクションやショップ、レストランでの配慮がされている。詳細についてはディズニーリゾートホームページに紹介されている。
車イスの方のための設備としては、エレベータの設置、スロープの設置、車イスのまま利用できるアトラクションなどの紹介。肢体不自由な方へは、不自由な部位別に、搭乗可能なアトラクションを紹介。視覚障害の方のためには、触地図やアトラクションの建物や乗り物の形をかたどった模型、インフォメーションCD、レストランでの点字メニュー、音声で案内する受話器をつけたATM、誘導用ブロックが用意されている。介助犬、聴導犬、盲導犬を連れている方が可能なアトラクションを紹介。内部障害も部位別に紹介。食事制限のある方のためにはレストランに、ミキサー、フードカッターが常備され、湯煎可能店舗もある。また、ベビーカーや電動カートの貸し出しも行っている。ホームページによる情報提供により、安心してパークを訪れることができるという。
(2)アトラクションにおけるバリアフリー設備の利用と改善
「ミクロアドベンチャー」は、ゲストが劇場の観客席に座り3Dで展開されるスクリーンでのショーを楽しむアトラクションであるが、聴覚障害者の方も楽しめるよう字幕設備がついた。3Dめがねの代わりに3Dめがねと字幕システムが一緒になったものが手渡される。設備が加えられた当初は、ノイズがひどかったり途中で消えたりしていた。また、会話のあらすじが書かれた紙もすぐに回収され、結局満足に楽しむことができなかったという。しかしその後、利用者の感想をしっかりと把握し、改善がされた。改善を重ねること数回、今では専用めがねの台数も増えノイズもなくなり、ショーの概要が書かれたものもチラシとして配られ、じっくりとショーの内容を理解できるようになったと言う。提供する側の専門性や、満足していただくことを目標とした粘り強い努力とともに、あきらめずに何度も足を運び、提案をしつづけたゲストとの両者の努力がこの設備を完成させたのである。
2.ソフト面におけるホスピタリティ
(1)ゲストアシスタンスカードをめぐる問題
ゲストアシスタンスカードとは、自閉症などにより「長い間待つ」ことができない人があらかじめ発行されたカードを係員に提示することにより、すみやかな入場、援助がはかられるというものである。ハードのバリアフリーだけでは解決できない困難さをもつ障害のある人や子供たち、とりわけ、長い時間列に並んだりすることがそのハンディゆえに大変困難な自閉症等の子供たちと家族のためのスペシャルニーズを解決し、障害のあるひともないひとも公平に施設を利用にしてもらうための対人援助サービスである。このカードは毎月5000〜6000枚も発行され、障害を持つ多くの子供や親にとってディズニーランドを楽しむことが出来る心強い味方であった。しかしこのカードはわずか2年で廃止に追い込まれてしまったのである。その発行から廃止までの経緯を追ってみる。
2000年4月、ゲストアシスタンスカード制度が開始された。障害を持つ家族がアメリカのディズニーワールドで発行されている、同じ機能を持つホワイトカードという存在を知りその導入を切望してきた結果、発行にいたった。4月だけで3300枚、多い月で5000〜6000枚も発行され評価された。カードには3種類あり、劇場タイプのアトラクションで音源や舞台に近い席に座れるカード、行列に並ばず、時間がくれば利用できるカード、そして 速やかにアトラクションを利用できるカードであり、ほとんどの家族がこのカードを希望する。この当初のカードの特徴としては、一回発行したら次回はそのカードを持参すれば簡略化した発行を行う、カード一枚あたりの利用人数の制限は常識の範囲とし特に制限は設けない、そして発行に際して障害により待てないかどうかはあくまでも自己申告によるもののみであり、その判断は発行担当キャストによる。障害手帳等による証明は必要なかった。しかし、この制度についてディズニーランド側から一切公表されることはなく、新聞による記事などから広まった。
そして2002年4月、カードの発行基準が大きく変更されることとなった。変更内容は大きく三つ。再発行はその都度、初回発行と同じ手続きを要すること。利用人数は最大限4人までとすること。そして、障害により待てない旨を明記した医師診断書の原本提示が必須となったことである。要するに、発行がされにくくなったのである。制度変更の目的は不正利用防止の強化である。悪用されるケースが目立ち、利用者の公平性が保てなくなったという。また、この制度が対外的に公表されていないため、この重大な制度変更も個別問合せに答える以外では一切公開・周知は図られていなかった。特に診断書の件は入場してからでは間に合わない。今回の制度変更にあたり、入園後、発行時にはじめて「診断書必須」を知る利用者にとっては、入場券を買いながらも、ほとんど施設を利用できないということもあった。
そしてわずか1ヵ月後の2000年5月20日、とうとう「速やかに案内」のサポートが廃止された。アシスタンスカードを正規に利用している人びとよりはるかに多くの悪用する人がいるためである。また、「診断書にはお金がかかる」「手帳のない障害もある」などの声もあった。診断書の偽造(借用?)はもちろん、演技も堂が入っているような人も大勢いる。車いすに乗ってカードを申告しながら、園内に入ると立ち上がって走っていく人もいるという。新聞や雑誌にカードの存在が明らかになってから、その数はどんどん多くなっていった。また、カードを悪用している人を見ている多くの健常者のゲスト、またカードの存在を知らない人は、列に割り込みをされたと不愉快に感じ、苦情を受けることもある。オリエンタルランド広報部は「心ない人が申告しても区別ができない。『速やかに』のカード発行が予想以上に多く、運営も難しくなった」と廃止の理由を説明する。制度変更の告知は、1週間前から、インフォメーションに問い合わせた人にのみしか行っていない。既に診断書とってしまった人には、発行費用が支払われる。ここまで問題がこじれた最大の原因はTDLが一切制度を公開しなかったため、制度を知らない人からの苦情が出た、秘密の制度を悪用する不心得者が出たということ。それを、そもそも障害者への対応は経済的・社会的コストがかかるものであり、一企業での対応は無理…TDLはこう問題をすりかえてきている、という人も。 2002年5月以降、ディズニーランド側は「障害のある人の個々のニーズを踏まえた運用面の配慮はありますので、待てない障害のかたも含め安心してインパークください。」と公表している。一方、障害者の子供を持つ親達は制度の復活を求め、署名活動を行っている。2002年11月の時点で約8000人の署名が集まっている。ホスピタリティ精神で始まったこの制度が、今ではディズニー側と障害者側との大きな溝になってしまっている。
(2)従業員=キャスト(出演者)による心のバリアフリー
いつも笑顔で対応してくれるキャスト。障害者、外国人の方を含め、さまざまなゲストへの対応やゲストに満足して帰ってもらおうという、ハード面ではカバーできない面を補うことができるキャスト。TDLでは「キャスト」達による接客も売り物の一つといわれる。その教育方法について探る。
オリエンタルランド(TDR運営会社)に入社するとまずディズニーユニーバーシティと呼ばれる教育機関による集合研修を受ける。米国ディズニーの歴史、ディズニー流サービス、フィロソフィーなどの内容が教えられる。ここでの特徴は資料も渡さず、メモもとらせない。研修は約40日に渡って徹底的に行われる。アルバイトでも1週間ある。子供と接するときは腰をかがめて目線を同じ高さにして話すこと、言葉使いも「何々をしてはいけません」ではなくて、「こうするともっとよく楽しめます」の肯定的なアプローチをすることなど、マニュアルは300冊以上ある。また、現場における昇進システムの制度にも特徴がある。新入社員は1年で「リード」いわゆる20名を率いる班長となり管轄現場の責任者として権限をもち統括する立場になる。社員にも段階ごとの教育制度があり資格級と呼ばれる職位が1級から10級まであり年2回採点が行われる。
しかし、この厳しい研修の中、途中で辞めてしまうキャストも少なくない。原因としては、想像以上に厳しい徹底した職務が課せられることや、近年の時給の減給などがかんがえられる。また、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)の来場者を対象にしたアンケート調査では、「従業員の対応」において、TDL派が41%に対し、USJ派は26%とTDLが圧倒した。しかし、アルバイトは年間5千人が入れ替わる。そのため、良い人材を確保し続けることは大きな課題となる。近年ではキャストがそっけない対応であったり、お店の場所を聞いても、確かあそこだっけ?と言ったり、以前とはディズニーのプロサービスの精神が薄くなり、キャストの質が落ちているという声もある。
大勢のゲストに均一のクオリティのサービスを提供するためには、現場の大勢のキャストをコントロールしなくてはならない。夢と魔法の国に不似合いなキャストを1人たりとも配置してはならないわけである。徹底的に人を育て、人を動かす。舞台裏ではもう一つのショーつまりヒューマンコントロールがゲストの目にふれない所で日夜演じられている。
3.まとめ
ホスピタリティとは、相手を思いやる親切のこと。全ての人に満足してもらうために提供側はホスピタリティ精神に基づき、様々な工夫をする。ハード面においてはニーズに合わせて改良することが出来る。また、利用者側は一方的な受け手になるのではなく、不満な点があったのならば提案をすること。本当のバリアフリー化を目指すとき、どちらか一方ではなく両者の努力が必要になるのである。また、ハード面ではカバーできない部分はどうしてもあって、その部分を補うことが出来るのはやはり、人と人との関わりなのである。ディズニーランド側は、ハード面においては両者のやりとりでうまく改善をつづけているといえる。一方、ソフト面においては、ホスピタリティ精神が強いにもかかわらずそのサービス内容はジレンマをかかえている。アシスタントカードの場合では提供者側の思いやりからきた「障害に対しての証明を求めない」という配慮が、不正利用者という第三者を生み出してしまった。「夢と魔法の国」は皆が優しくなれる場所だと思い込んでいた私にとって大変ショックな事実である。ここを一歩でれば現実の世界があるのだ、ということを思い知らされる事件である。しかし、ディズニー側も利用者側も今の状況に納得はしていない。また新たな方法を探し、署名や手紙などのやりとりを続けている。
ソフト面における「人と人」との関わり合いは難しい。それを作り上げるのも「人」だし、それを壊すのも「人」、またそれを立て直すのも「人」なのである。ジレンマを生み出しやすい大変努力が必要な物であるが、同時に限界がないからこそ多くの可能性を秘めているものでもある。ディズニーというホスピタリティあふれる場所も決して完璧なわけではなく、多くの問題に直面している。ただ、外の現実世界に比べてホスピタリティを持つ人が多いため、ソフト面でのバリアフリー化が成されやすいことは確かである。そこで、私はこの世界が現実世界でも実現できないのかと常々考えている。施設面においては難しいが、「人」の面においては実現できるのではないか。パーク内ではキャストをはじめ、多くのホスピタリティ精神を持つ人が作り出す空間にやってくる人々も優しい気持ちになれる。現実世界でもホスピタリティの精神を持つ人が多くなれば、それが周りに広がっていくのではないか。今回調査していくにあたって、様々な問題点も見えそれが簡単なことではないということもわかったが、夢は夢のままではなく、そこから学び現実に広げることができる可能性は大きいのではないかと、私は考えている。全ての人々に“居心地の良い”“快適な”世界の実現は「人と人」との関わりにかかっているのではないだろうか。