nakamuray030702 「余暇政策論」における担当教員による小論

 

「北朝鮮をめぐる政治情報と観光情報のギャップをめぐる考察」

中村祐司(担当教員)

 

 

1.政治をめぐるネガティブな北朝鮮情報

 

 02917日の「日・朝平壌宣言」以降の日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との関係は、拉致問題の究明や北朝鮮の核開発疑惑、日本による経済的制裁措置などが絡み合い、今日(037月の執筆時点)に至るまで決して良好であるとはいえず、むしろ閉塞感すら漂っている。しかし、一方で、上記宣言の中で「実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが双方の基本利益に合致し、地域の平和と安定に大きく寄与」しようとする試みが全くなされていないともいえない。

 

 そこでこの小論では以下、北朝鮮をめぐる政治的懸案事項のいくつかを例示すると同時に、観光情報の側面においてとくに北朝鮮側からのアプローチを取り上げ、両者のギャップ・格差を明らかにし、関連の情報をどのように受け止めればよいのか、若干の考察を加えることとしたい。

 

 日本の有権者に対する最近の世論調査によれば、北朝鮮との国交について、44%が「結ぶ方がよい」、46%が「そうは思わない」と答え、賛否が拮抗している状況が紹介されている(朝日新聞朝刊0371日付「北朝鮮と国交 賛否二分」)。また、北朝鮮に対して「経済制裁を加える」が45%、「対話を深める」が40%となっており、「軍事的圧力を米国に促す」は10%弱となっている。要するにこの調査から見る限り、日本人は北朝鮮という国と今後どのように付き合っていけばよいのか、すなわち、日朝国交をめぐる「肯定派」に属すべきか「慎重派」に属すべきかそのスタンスを確定しかねているといえる。

 

 そして少なくとも政治的な側面に関する限り、「肯定派」を減少させ「慎重派」を増加させるような問題事例が顕著になってきていることは確かである。ここではその事例として、万景峰号の新潟港入港取りやめ、黄長Y(ファンジャンヨブ)元書記による証言文、そしてKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の3つを取り上げたい。

 

 まず、万景峰号についてである。926月に就航した貨客船の万景峰号は、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)の資金提供で造られ、「これまでに年2030回」、北朝鮮と新潟との間を往復していたが、「日本側がかつて例のない厳重な警戒・検査態勢を敷」いたことで、新潟港への入港が取りやめとなっている(036月現在)。「船の構造や設備が安全基準を満たしているかどうかの立ち入り検査」が表向きの理由となっている。しかし、「日米両政府が連携し、北朝鮮へのモノの流れを徹底監視する『兵糧攻め』は始まったばかりだ。今後、北朝鮮の外貨稼ぎの主力、麻薬とミサイル輸出の流れにも目を光らせていくだろう」という指摘にみられるように、実態はまさに日本による「対話と圧力」における後者の側面の実践となっている(以上、カギカッコは週刊誌AERA「万景峰『必ず来る』理由」朝日新聞社、03623日号、pp.17-18より)。

 

 また、同誌は、「北朝鮮の国家イデオロギー、主体思想の事実上の創始者で、故金日成主席と息子の金正日総書記による統治体制を理論づけた高官」で、「金王朝を最もよく知る男」であり、972月に韓国に亡命した黄元書記が、036月の訪米(結局、韓国政府は黄氏の訪米を認めずに今日に至っている)に向けて準備した草稿「武力行使をせず北朝鮮独裁体制を崩壊させる戦略」の全文を紹介している(同「黄元書記『幻の証言』全文」03630日号、pp.18-21)。

 

 その内容を要約すれば以下のようになる。すなわち、北朝鮮における食糧難や人権蹂躙の監視体制は依然として続いている。このような北朝鮮の体制を崩壊させるためには、何よりもまず中国が北朝鮮との関係を見直さなければいけない。北朝鮮が現体制の維持に固執するならば、北朝鮮と日本、台湾、米国との関係はますます悪化するであろう。中国が米国と協調することで、この危機的な難題を解決することができる。「初めは金正日の首領としての地位を脅かさない、極めて制限された範囲で経済改革を行うよう刺激することが必要」であり、具体的には農村経営を個人農化することで、それが自然と小商人や手工業者の経済活動自由化にもつながる。そしてそのことが「北朝鮮の独裁体制を内部から崩壊させる必須条件」となる。これに経済援助の制限と、脱北者と北朝鮮の人々との接触工作を加える必要がある、というものである。

 

さらにネガティブな政治情報として追い討ちをかけているのが、KEDOの取扱いである。報道によれば、米政府高官は今年の627日、米韓日などでつくる共同事業体「朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)」が北朝鮮で建設している軽水炉型原発の取扱いについて「策は尽きた」と語り、建設事業の中止を求める方針を明らかにしたという(朝日新聞朝刊2003629日付「米、北朝鮮軽水炉中止へ」)。この機構は北朝鮮におけるエネルギー供給問題を核開発とは連結しないような形で、国際協力のもと解決していこうとする「壮大な実験」を担う組織であり、仮に軽水炉の設置という計画が頓挫すれば、それが北朝鮮問題をめぐる国際協力関係に及ぼすマイナスの影響は計り知れないほど大きいように思われる。

 

とはいうものの、北朝鮮をめぐる情報はすべてがネガティブなものではない。例えば、韓国土地公社と財閥の現代グループが開発主体となる北朝鮮南西部・開城(ケソン)の工業団地(繊維や衣類、情報通信産業など)の着工式が今年630日に行われた。南北首脳会談後の008月に合意されたこの工業団地構想が実現すれば、「北朝鮮への初の本格的な直接投資となる」という。また、日本企業による参入の可能性もある(朝日新聞朝刊200371日付「北朝鮮・開城 工業団地が着工」)。しかし、やはりこうした開発事業の成否そのものが北朝鮮を取り巻く政情に依存していることは否定できないであろう。

 

 

2.北朝鮮をめぐる観光情報の特徴

 

 このように、日朝国交をめぐる「肯定派」を後押し増加させるような政治情報は少なくとも現段階では見出しにくい。そこで注目したいのが日本から観光客を北朝鮮に呼び込もうとする試み、すなわち、観光情報の提供である。

 

 インターネットの「朝鮮ビジネス情報&観光情報ページ」には、「朝鮮観光」と題して、「朝鮮観光モデルコース」や「旅行の申し込み方法」などが掲載されている(037月現在)。もともと「朝鮮国家観光総局」が日本の旅行代理店に委託して日本語公式ページを昨年(02年)1月頃に開設した。北朝鮮ではコンピュータ環境が整っていないため、ホームページの作成は同総局市場開発部が資料を旅行代理店に送付して、これを受けて代理店が内容の作成・更新に当たっているようである。トップページには「日・朝平壌宣言」全文の項目が置かれていることから、宣言における「経済、文化的関係」の樹立に向けた北朝鮮側からの具体策の提示と位置づけることも可能であろう。

 

 とくに上記ページを見て驚く箇所が2つある。一つは03529日付の「最新情報」で、「初めて日本人観光客にリゾート地、侍中湖が開放」というページである。説明にはここでリゾート型レジャー、魚釣り、サイクリングが楽しめるとある。しかし、その距離は高速道路を利用するとはいうものの、何と平壌から北東に成川まで114km、成川から海岸部の元山まで東に89km、そして元山から南へ48km移動してようやく侍中湖に到着するといった具合である。しかもこれを日本から34日でこなそうとする「モデルスケジュール」まで提示されている。北朝鮮への入国が「中国・北京経由」「中国・瀋陽経由」「中国・丹東経由」「ロシア・ハバロフスク経由」に限られる点も加味すると、とても現実味のある観光コースとはいえないように思われる。

 

もう一つはトップページ上に絵入りで掲載されている「朝鮮路サイクリング計画」である。78日のうち正味3日間で1日目は平壌郊外―元山、リムジン江―馬息峠(リムジン江源流)―元山の64km2日目は馬息峠―リムジン江の橋、平壌―元山高速道路(の自転車走行)―響きの滝の20km3日目は平壌郊外―南浦―九月山―信川の90kmである。途中バス移動をはさむとはいうものの、高速道路の自転車走行や、「外国人が北朝鮮でサイクリングをすることは今まで経験がありません」「朝鮮の道路管理関係部門と折衝していますが、今まで経験がないだけに各部門の理解を得られない部分があります」という記述を目にすると、果たして日本からの参加者がどれほどいるのだろうかという疑問が湧く。

 

ただしKACツーリストという旅行会社が作成している「朝鮮への旅」というホームページには、「朝鮮観光概要」において、「観光業は建国以来中国や旧共産圏諸国からの観光客を向かい入れ、主要産業の一つとして数えられて」いること、朝鮮国家観光総局は、「19879月に世界観光機構(WTO)に、19994月にはアジア太平洋旅行協会(PATA)に加盟」し、以来、日本人観光客の受け入れを表明している、との記述がある。しかし、これとて、「朝鮮観光Q&A」にある以下のような想定問答を目の当たりにすると、果たして北朝鮮で観光を純粋に楽しむことができるであろうかという不安が生じる。すなわち、「Q:朝鮮に行って帰って来られますか?」→「A:純粋に観光を楽しまれる場合、なんら問題ありません」/「Q:携帯を持って行っても大丈夫ですか?」→「A:大丈夫ですが、持って行かれた場合、入国の際税関に預け、出国時のお返しとなります」/「Q:平壌市内を自由に散策することはできますか?」→「A:原則的には現地ガイドと一緒に行動することになっています」/「Q:持込禁止の物ってありますか?」「A:200ミリ以上の望遠レンズ、双眼鏡、撮影済みのフィルム・ビデオテープ、雑誌など」、といったQ&Aである。

 

 

3.北朝鮮情報への向き合い方

 

以上のような検討作業から読み取れるものは何か。

 

第1に、この小論の題目にもあるように北朝鮮をめぐる政治情報と観光情報の内容の乖離があまりにも大きいということである。政治状況について現段階で日朝関係を好転させるような好材料を見出すことは難しい。しかもこれを打開するための手立てについても行き詰まりといっていい状況すら呈している。それに対して、「北朝鮮発」の観光情報の字面を追う限りでは、国際的な政治的難題を抱えている同じ国であるとはとても思われないような錯覚に陥ってしまうほどである。観光情報は所詮、日朝間の政治問題をカムフラージュする政治的ツールの一つにすぎないのであろうか。

 

 第2に、そうはいっても観光情報を仔細に検討してみると、そこには北朝鮮が置かれている国家存続の切迫した状況を垣間見ることが可能なように思われる。上記に挙げた2つの観光プロジェクトそのものが、北朝鮮にとっては「民間交流の一貫」というよりは「外貨獲得」のための一つの切り札として考案されたものなのではないだろうか。その他の掲載された写真を見ても、人通りの少ない平壌の中心部や地下鉄の様子からは都市の活気といったものは微塵も感じることができない。日本からの観光客の誘致をスタートしたのが1987年。まだ北朝鮮の観光戦略は15-16年の歴史しかなく、しかも資本主義諸国とは異なる体制を維持しようと懸命な国家が手探りで乗り出したプロジェクトという捉え方もできる。北朝鮮における「政治」と「観光」とのある種の奇妙な連結をここに見て取ることができるかもしれない。

 

第3に、乖離と連結がないまぜになったこうした情報を私たちはどのように受け止め、解釈すればよいのであろうか。政治情報についてはイラク戦争や北朝鮮問題をめぐる報道に如実に表れた(ないしは表れ続けている)ように、アメリカの意向や戦略の影響を受けざるを得ない各種メディアの見解に対して、個々の情報の受け手が自律的に判断する必要があるのではないだろうか。情報源(とくにその解説部分)については自らが設定する「距離」をおかなければならない。情報にバイアスがかかっていることを認識しつつも、ムードや一定の世論に安易に迎合しない姿勢こそが求められているように思われる。そして、北朝鮮が発するメッセージをこのように分解・解釈することを通じて、「表層」には顕在化してこない「底層」における国家の窮状や社会体制の動揺、ひいては生存をめぐる人々の声なき声が透視されてくるのかもしれない。

 

 

<参照サイト>(いずれも037月現在)

 

http://www.dprknta.com/

「朝鮮ビジネス情報&観光情報」のページ。朝鮮国家観光総局が日本の旅行代理的に委託して開設したページ。上記文中の「2.北朝鮮をめぐる観光情報の特徴」の前半は、ここからの情報収集に依っている。

この中で、03529日付の「最新情報」における「初めて日本人観光客にリゾート地、侍中湖が開放」のアドレスは、

http://www.dprknta.com/news/030529/index.html

また、「朝鮮路サイクリング計画」のアドレスは、

http://www.dprknta.com/culture/cycling/index2003.html

 

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kac-tour/

「朝鮮への旅」のページ。()KACツーリストが作成。上記文中の「2.北朝鮮をめぐる観光情報の特徴」の後半は、ここからの情報収集に依っている。

この中ので、「朝鮮観光概要」のアドレスは、

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kac-tour/gaiyou.htm

また、「朝鮮観光Q&A」のアドレスは、

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kac-tour/Q&A.htmhttp://www2s.biglobe.ne.jp/~kac-tour/q&A2.htm

 

http://ni-chika.pobox.ne.jp/dprk/top.htm

「私設朝鮮民主主義人民共和国研究室」のページ。在野の研究者を自称する人が作成。今回の小論作成における引用はなかったが、すさまじいといってよい量の北朝鮮関連情報がここから得られる。情報の精度も極めて高い印象を受ける。北朝鮮に関する研究の蓄積を継続しているこのページの作成者から見れば、上記の私の小論ごときはままごとレベルのものであるに違いない。