yabikum020703 「余暇政策論」レポート

「野営場は設置されるのか ―宮城県利府町の問題を考える―」 k000557 屋比久 美樹

 

はじめに

 

4年に一度の世界的一大イベント、ワールドカップがいよいよ始まろうというとき、日本そして世界中の人々が盛り上がりを見せる中、宮城スタジアムのある宮城県利府町の住民は不安を募らせていた。サポーターが野宿するための野営場を設置するよう、利府町は県に求めてきたのだが、それが却下されたからである。

野営場が設置されないということは、宿泊先のないサポーター達が、一晩中スタジアム周辺や仙台市内をうろつき回ることを意味する。メディアによる連日のフーリガンに関する報道で、周辺住民はサポーターに対して恐怖感を抱いていた。あのように暴力的な人々が、行く当てもなく一晩中家の周りをうろつくとあっては、彼らが不安で眠れないというのも無理はない。利府町民の中にはワールドカップ開催中、親戚の家へ避難するという人までいた。せっかく多大な努力を重ねてワールドカップを誘致したというのに、その開催地から住民が避難しなくてはならないとは、なんとも悲しいことである。

その後、県は一転「緊急避難的な措置」として、利府町内で野宿しているサポーターを町内に設置された2ヶ所の施設に誘導することを決定した。これは、利府町民、利府町ワールドカップ対策室、対策協議会からの再三の要求に応える形で実現した。しかし、その内容は決してサポーターに対して親切なものとは言えないものだった。

 

なぜ、これほどまでに野営場が必要とされるのだろうか。

これまでのワールドカップ開催国において、サポーターが野宿をしなかったことがあっただろうか。もちろん、そんなことはない。彼らは、様々な理由から、野宿をする。例えば、試合のチケット代や日本までの渡航費が高額なために、宿泊費まで確保できない[i]、満室で予約が取れない、言葉が通じず、チェックイン等の手続きが困難である、などの理由が考えられる。さらに、ワールドカップというお祭りを楽しむという同じ目的のもと集まったサポーター達は、試合終了後もその熱気はすぐには冷めず、スタジアム周辺や市街地で集まって試合の余韻に興じる。

しかし、サポーターがこのお祭りを楽しんでいるすぐ隣で、利府町の町民は日常生活を送っているのだ。その中に突然、数万人というサポーターが入って来たら、町民はもちろん困惑する。野営場の設置はそうしたことから町民の生活を守るための配慮としても、重要な課題である。

さらに、浅野史郎宮城県知事は「“ホスピタリティ[ii]”を持って温かいおもてなしを」と言っている。ホスト(開催地)として、ゲスト(サポーター)を迎える、当たり前といえば当たり前のことなのだが、実際にこの精神は行動に表されているのか、考察していきたいと思う。

また、最終的に「緊急避難的な措置」としての対応が決定されたが、果たしてこの決定はサポーターにとって、そしてホストである宮城県、利府町にとってベストの策であったと言えるのかという点についても考察していく。

 

 

1、宮城県と利府町の対立

 

 野営場の設置に関して、設置を望む利府町と設置に消極的な宮城県は度々衝突を繰り返し、議論を重ねてきた。

 2000年6月29日、宮城県議会定例会において浅野知事はこう述べている。

野営をしたいという観客もいらっしゃると思いますので、県といたしましては、こういった方々に対しても、周辺住民の方々への影響も配慮しながら、適切な場所に野営場が確保できますように関係機関と協議をしてまいりたいと考えております。」(宮城県議会 6月定例会 第283回 浅野知事の発言より)

 ところが、200111月になると、態度が一変してしまった。「そもそも、野営地というのが必要があるかどうかというのは、ちょっとよくわかりません。」(宮城県議会 11月定例会 第289回 浅野知事の発言より)というのだ。

その後、年が明けて20021月に宮城県ワールドカップ推進委員会、利府町ワールドカップ対策室、対策協議会による三者協議の場で、野営場は設置しないとの決定が正式に発表された。その理由として、次の3つが挙げられている。

@宮城スタジアムでの試合開始時刻は午後3時半と早く、観客も利府にとどまらず移動を始める

A熱狂的な観客を野営場に集中させることは新たなトラブルを生む

B野営場を設置しても誘導が困難

 

だが、@の理由はあくまで県の推測であり、サポーターが利府に留まることも十分考えられるので、この理由では問題の根本的解決にはなっていない。また、Aの理由も、確かに一理あるが、野営場を設置しないことで周辺住民とのトラブルが生じる可能性もあるということに関しては、考慮していないかのように聞こえる。Bの理由に至っては、確かに誘導は困難であるかもしれないが、努力次第でそれは不可能なことではない。そう考えるとこの理由は行政側の怠慢と言ってもいいだろう。第一、「野営地が必要あるかどうかよくわからない」とは、あまりにも浅はかで無責任な発言である。

昨年の宮城国体に予算をつぎ込んだ、県や町の台所事情が苦しいのもあるが、それでもやはり野営場の設置はホスピタリティの発揮、地域住民への配慮という点において重要な対策であることに変わりはないのだ。

 

そして、今年5月2日、利府町町民、利府町ワールドカップ対策室、対策協議会からの再三の要求に応える形で、県は「緊急避難的な措置」としての野営場設置に踏み切った。しかし、設置場所については事前に公表せずに、当日、県と利府町の職員、協議会役員等が町内を巡回し、町内で野宿している人を体育館とテントに誘導するというものであった。これに関しては、情報を事前に公開せず、開放的でないという点から、サポーターに対するホスピタリティの意識は見られなかった。というのも、この対策自体、ホスピタリティの視点から講じられたものではなく、周辺住民への配慮の視点から講じられたものだったからである。だが、朝日新聞にこの記事が載せられたのは、対策協議会が意図的にリークしたからであり、様々な制約があった中で、協議会からサポーターに対するせめてものホスピタリティの発揮としての情報公開だったのだろう。[iii]

 

 

2、求められる“ホスピタリティ”

 

 野営場の問題を考える際に重要なキーワードとなるのが“ホスピタリティ”である。

 今年5月16日に行われた周辺住民に対する説明会では、県は利府町民にホスピタリティの発揮を要求している。また、2001年11月の宮城県議会で浅野知事は「温かいおもてなしを」と述べている。さらに、同年6月の定例会では「ホスピタリティの向上」をサービス向上の理念の一つとして掲げているのだ。だが、今回の野営場設置に対する県の姿勢の一体どこに、ホスピタリティの精神が見えるだろうか。

 まず、県のホスピタリティの意識の無さを決定付けたのは1章で言及した浅野知事の発言である。ここで知事は「野営地が必要あるかどうかよくわからない」と言っているのだ。さらにその後の、野営場は設置しない、との決定である。

 「はじめに」の部分でも述べたが、サポーターは自発的に野宿をするというよりもむしろ、様々な理由から野宿を余儀なくされていることがほとんどなのである。誰も、好き好んで堅い公園のベンチや道端で野宿したいとは思わないだろう。まして、6月の日本はちょうど梅雨の時期である。雨が降れば、野宿はさらに困難なものになる。しかも、ほとんどの外国人サポーターにとって日本、そして宮城は始めて訪れる場所であり、どこに何があるかなど全くわからない人がほとんどである。彼らに、雨をしのぎ、身体を休め、周りを気にすることなくワールドカップというお祭りを楽しむことができる場所を提供することこそ、真のホスピタリティの発揮と言えるのではないだろうか。それができるかできないかは、「ホスピタリティの発揮」をうたっている県自身の判断に大きく左右されるだろう。

 そして今回は「緊急避難的な措置」という、ホスピタリティを発揮するチャンスを作りながら、事前の情報非公開というハンデを自ら背負い、十分な情報の普及が図れず、心残りのある結果に終わってしまったように感じる。この措置については、次章でさらに詳しく述べていく。

 

 

3、「緊急避難的な措置」はベストの策だったのか

 

 前述したとおり、今年5月2日、県は「緊急避難的な措置」として野宿者の受け入れ施設の設置を決めた。これは、周辺住民に対する配慮として講じられたものであり、利府町内で野宿している人を対象にしている。

 宮城スタジアムでの試合が全て終了した後、村松淳司氏[iv]にメールでこの措置に関して質問を送り、それに対する返事を頂いた。以下はその要約である。

 

     場所はホーム側が利府町総合体育館、アウェイ側が第一駐車場テント

     巡回にあたった人員数は一試合あたり約100人。巡回に使用されたマイクロバスは1台

     開始時刻は試合前日の午前9時から終了時刻は翌日の午前9時頃まで

     誘導されたサポーターは1戦目が0人、2戦目が14〜5人、3戦目が0人

     この措置に当てられた予算額はわからない。ただ、お金を出したのは県のワールドカップ推進局であり、緊急時の予算で賄った

     施設内の利用規則(酒類持込禁止、消灯時刻等)といったものはなく、テレビでの自由観戦もできる環境にあった

     周辺住民からの評価としては、緊急避難的な野営場の設置には評価が高いものの、一部の人はホスピタリティの面で疑問を呈している

     場所などの情報を事前に公表しなかったことに関しては、ホスピタリティの面で失格であり、満足していない

     感想として、今回の対策に関しては事前告知しないことなど、歓迎意識が全くなかったと思っている

 

 この返事を頂いて、私は誘導されたサポーターの数に疑問を抱いた。国土交通省が発表した観客需要予測の最終版によると、6月6日から29日までに述べ13万3千人の海外客が県内に宿泊するとの結果が出ているのである。1戦目、3戦目の日に誘導されたサポーターが0人ということは、野宿したサポーターはいなかったというのか。それは違うはずである。では、宿泊先のないサポーターはどこで夜を過ごしたのだろうか。これは私の推測だが、利府町内にこのような施設が設置され、巡回が行われていることを知らずに、仙台市内で野宿した人、利府町内で野宿していたのに巡回の職員に発見されず、誘導されなかった人々がきっといたはずである。

 幾度もの協議の結果、やっと設置にこぎつけた施設だったというのに、その機能が十分に生かされなかったと思うと、非常に残念である。また、この措置は周辺住民の不安を拭うという点においては一定の成果が上げられたと思うが、サポーターへのホスピタリティの発揮という点においてはやはり不十分だったという感は残る。

 

 この実態について、宮城県の地元紙、河北新報に興味深い記事があった。宮城大学の学生によるサークル“Sキューブ[v]”により、試合当日、サポーターを対象にアンケート調査が行われたのだが[vi]、その中に宿泊に関する項目があったのだ。該当する質問内容は、

     どんな場所に泊まっているか

     何日間滞在するか

     試合後に何をするか

の3つである。3つ目の質問は一見野宿の問題とは関係ないようにも思われるが、宿の決まっていないサポーターが、試合のあった日の夜、何をして過ごすのかということは野宿も含めて重要な問題である。

 このアンケート調査の結果が、今回のレポートの内容をさらに深めてくれることを期待して、Sキューブにその集計結果を知らせて欲しいとのメールを送った。しかし残念ながらまだ返事が届かず、集計結果を盛り込むことはできなかった。

 

 

おわりに

 

 サポーターが周りを気にせず、思う存分ワールドカップという大イベントを楽しむことができるように、また、周辺住民の日常生活を守るためにも野営場の設置は必要であった。さらに、ホストとしてワールドカップを誘致した県には、ゲストとして宮城を訪れたサポーター達をホスピタリティを持って歓迎するという意味でも、野営場の設置は重要な課題であったのだ。

 生活の三大要素に挙げられる「衣・食・住」に「住」が含まれていることからもわかるように、人々にとって夜、体を休め、家族や仲間と交流を深める場である家や宿はとても重要な要素である。今回の野営場をめぐる問題も、人々の生活と密接な関係があったために、これほどまでに大きく取り上げられることになったのだろう。

 今回、県が重い腰を上げて、一度設置はしないと決めた野営場を、緊急避難的な措置としてではあるが設置したことは、評価できる点である。だが、その内容はやはりベストのものだったとは言い難い。利府町民の不安を拭うことにおいては、確かに効果があったが、繰り返し述べてきたホスピタリティの面ではまだまだ不十分であった。しかし、県の決定を覆させるほどの努力を重ねた利府町民、協議会の働きは、すばらしいものであったと言えるだろう。

 

 

 

<参照サイト>

グランディ21・宮城スタジアム問題を考える

東北大学教授であり、対策協議会の事務局長を務める村松淳司氏のページ。

利府町民としての立場から、行政の対応を批判・評価し、町民としてできることを模索している。鋭い視点で興味深い内容である。

 

Supporter's Support Sendai(Sキューブ)

宮城大学の学生で構成されたサークルで、スポーツ 観戦に来るサポーターや全てのスポーツファンをサポートすることを目的に活動している。



[i] 労働安全情報センターの調査(1995年)によると、世界各国の平均賃金はヨーロッパ、アジア、アメリカ、中南米、オセアニアを中心とした32カ国中、30カ国が日本よりも平均賃金が低く、そのうち12カ国が月給10万円以下の低所得である。アフリカや中東地域も含めると、低所得の国はさらに増えるだろう。

[ii] hospitality親切なもてなし。歓待。厚遇。(『ジーニアス英和辞典』より)

[iii] 対策協議会の事務局長を務める村松淳司氏からのメール(200261日)による。

[iv] 対策協議会の事務局長であり、「グランディ21・宮城スタジアム問題について考える」のページの管理者である。

[v] 参照サイトSupporter's Support Sendai(Sキューブ)を参照。

[vi] 宮城スタジアムで試合が行われた、6月9、1218日の3日間実施された。9日の調査では一日で約700人ものメキシコ人、エクアドル人サポーターの回答を集めた。