aeday020703 「余暇政策論レポート」

「欧州サッカー市場について」 K000145 前田佑介

 

はじめに

W杯シーズンである今年、イタリアのサッカーリーグセリエAの覇者となったユベントスは、シーズン前に他チームが羨むような実に豪華な補強をおこなっていた。パルマからフランス代表DFリリアン・テュラムを38億5000万円、イタリア代表GKジャンルイージ・ブッフォンを53億9000万円で、アタランタからイタリア代表DFクリスティアン・ゼノーニを19億2500万円、ラツィオからチェコ代表MFパヴェル・ネドヴェドを41億2500万円、同じくラツィオからチリ代表FWマルチェロ・サラスを30億円で獲得するなど、その補強の総額は180億円を超える。またユベントスはこうした華やかな補強をおこなった一方で、イタリア代表FWフィリッポ・インザーギを38億5000万円でACミランに、フランス代表MFのジネディーヌ・ジダンを史上最高の80億円という移籍金で、スペインのレアル・マドリーに移籍させるなど、大型の放出もおこなった。

シーズンオフのわずかな間に、たった一つのクラブの中を、選手の移籍だけで300億円以上もの大金が出入りしたことになる。しかし、このようなことは何もユベントスに限った話ではない。現在、移籍金の額はヨーロッパを中心に年々高騰してきており、南米のクラブなどもその影響を強く受けている。移籍金の高騰というのは、ヨーロッパにおけるサッカーを取り巻く様々な環境の変化が数字となって顕在化したものであると考えられる。以下においては、ヨーロッパを中心としたサッカーマーケットの肥大化の要因、またそれに依存するクラブの存在などを明らかにし、今後のサッカー界が進むべき道を考察していきたい。

 

1ボスマン判決

選手の移籍にはクラブ間で膨大な額の移籍金が発生していることはすでに述べた。この章では移籍金高騰のきっかけとなった出来事を紹介し、現在言われている移籍金の実体を明らかにしておきたい。

ベルギーリーグの名門クラブRCリエージュは、当時所属のジャン・マルク・ボスマンがフランスのダンケルクというクラブへ移籍しようとしたのを、高額の移籍金を設定することで阻もうとした。当時、移籍交渉権はクラブしかもつことができなかったので、ダンケルクへの移籍を希望したボスマンとリエージュの間で新しい契約は成立せず、ボスマンは無職となってしまった。そこでボスマンはクラブの不当な行為をベルギーの裁判所に提訴し、さらにローマ条約[1]を根拠としてUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)の移籍ルールの違法性をも指摘した。最終的な判断はヨーロッパ司法裁判所に委ねられ、1995年12月15日、以下の判断が下された。

(1)プロサッカー選手とクラブとの契約が終了し、その選手がEU加盟国の市民である場合、クラブは選手が他のEU加盟国のクラブと新しい契約を結ぶことを妨げたり、移籍先のクラブに移籍金や育成費等を要求することによって移籍を困難にしてはならない。
(2)EU加盟国の市民であるプロ選手の国籍に関して、(協会主催のサッカークラブ間の試合において)制限を設けてはならない。
(3)すでに支払われた移籍金、または19951215日以前にすでに支払い義務が発生している移籍金については、この判決は適用されない

―以上(1)、(2)、(3)Sports Advantageホームページより抜粋

これがボスマン判決と言われるものである。ボスマン判決以降選手とクラブの関係は一変し、契約についてもこの判決が与えた影響は大きかった。このボスマン判決により、契約期間を過ぎると選手が移籍する際にチーム間で移籍金の授受を行うことは禁止されたため、クラブは選手と複数年で契約を結ぶことにし、契約期間中に移籍させる場合には「違約金」という形で相手クラブから金銭を受け取ることにしたのである。つまり現在「移籍金」と呼ばれているものは、実はほとんどがこの「違約金」[2]のことなのである。またEU圏内の選手であれば外国人であっても、クラブチームで人数の制限を受けることがなくなったので、各クラブは契約の満了していない他リーグの選手も獲得できることになった。これによりスター選手獲得の過当競争が起こり、移籍金が高騰していったのである。

 

2テレビ放映権について

現在、ヨーロッパのクラブ経営において、テレビの放映権料収入というのは非常に重要な位置を占めている。既に多くのクラブで入場料収入を放映権料収入が上回っており、その額は年々増収傾向にあるようだ。クラブはそこで得た収入を新たな選手獲得に費やし、さらに魅力的なクラブを作ることを目指しているが、テレビの放映権によって潤うのはクラブだけではない。毎年各リーグの上位チームを集めて開催される、チャンピオンズリーグとUEFAカップという大会がある。このふたつの大会を主催するのはUEFA(ヨーロッパサッカー連盟)で、UEFAはさらに4年に一度ヨーロッパの最強ナショナルチームを決定する欧州選手権も主催している。これらの大会はヨーロッパ以外でもかなりの人気を集め、これによってUEFAは莫大な放映権料収入をえることができるのだ。

また、テレビの放映権料の高騰は人気クラブの放映権を得ようという競争の中から発したものであるが、このことが移籍金の高騰にも影響しているということが言えるだろう。さらに自由な移籍によって作られる魅力的なクラブは、放映権料の上昇を促すのである。これらから欧州のサッカー市場では、放映権と移籍金が密接な関係を持ち、互いの価格高騰に少なからず影響力をもっていることがわかる。

 

3欧州のサッカー市場と南米クラブ

2001年世界ユース選手権、開催国のアルゼンチンは豊富な若手選手を擁し、圧倒的な力の差を見せつけ優勝した。得点王・最優秀選手に輝いたアルゼンチン人FWのハビエル・サビオラはそこでの活躍が認められ、シーズン終了後にアルゼンチンリーグのリバープレートから、リーガエスパニョーラ(スペインリーグ)一部の名門チームであるバルセロナへ移籍した。契約内容は6年契約で、移籍金は30億円を超すと考えられる。ワールドユースで目覚しい活躍を見せたとはいえ、当時19歳の若者に30億円もの値がついてしまうのである。しかし、私はこの事例が、サッカー市場における選手の価値を決定する要素の一つを示してくれるものであると考える。サッカーは野球のように個人のパフォーマンスが数字に表われる種のスポーツではないので、その選手の価値を判断するのは容易ではない。さらに野球との比較でいえば、野球はサッカーよりもそのリーグ数がかなり少なく、MLBという絶対的なリーグが存在しリーグ間の力の格差も大きいため、リーグ間の選手移動というのは一般的なことではない。そのため、選手の能力判断というのは各国のリーグ内だけで行えばよいので、比較も楽で正確だ。しかしサッカーは世界中に数多くのリーグが存在し、リーグ間の選手移動というのも普通であるので、選手の能力を判断する際には不安定にならざるを得ない。そこで一つの判断基準になるのが、その選手が所属するリーグのレベルである。ベルギーリーグで20ゴールを記録した選手と、スペインリーグで20ゴールを記録した選手ではその価値は明らかに異なってくるように、「リーグへの信頼」というのは選手評価の際に少なからず加味される項目であろう。私がここでサビオラの件を取り上げ興味深いと感じたのは、30億円もの値がついたことに「リーグへの信頼」以外の影響力が存在したのではないかと考えたからである。

アルゼンチンでは欧州に高値で選手を売れることに目をつけ、早くからクラブ単位でユースの強化を行っていた。サビオラを育てたリバープレートは全国から集めた選手に入団テストを受けさせ、毎年3分の1以上を入れ替え厳しい競争状態をつくっている。またユースの選手たちは敷地内にある所有の学校に通い、地方の出身者は寮で生活することもできる。もちろん全ての費用はクラブが負担する。全国から有能な若手選手が集まってくるような魅力的な環境を用意していると同時に、年齢別による細かな指導と数多くの実戦により、リバープレートは多くのトッププレイヤーを輩出してきた。またアルゼンチンのクラブは、優れた選手を作り出すということを、賢いヨーロッパのクラブチームは知っている。このことを考えると、サビオラに30億の値がついたのは「リーグへの信頼」というよりは、ヨーロッパでも使える有能な選手を自分たちの代わりに作ってくれる「クラブへの信頼」ということが言えそうである。

 

 

おわりに

現在ヨーロッパで展開されているクラブチームのサッカーは、史上最も華やかであるといえるかもしれない。入場料収入を超えるテレビの放映権料収入によって、スター選手を買いあさり「ドリームチーム」をつくる。しかし、これらのことは一部の限られたクラブだけの話で、その他の多くのクラブはチームの存続をかけて、裕福なクラブに高く売れる未来のスターを発掘することに躍起だ。ほとんどのヨーロッパのクラブチームでは長い年月をかけて選手を育成するよりも、既に出来上がった選手を買い自分のクラブで活躍の場を与えて高値で売る、という方が効率的であるのでそうしているのだ。クラブサッカーの基本理念である「地域密着」という言葉は、今となっては寂寥感すら漂う。リバープレートの件で、リバープレートは優秀な選手を生み出すシステムが整えられていることを、多くの賢いヨーロッパのクラブチームは知っていると書いた。しかし、ヨーロッパのクラブが若手の育成を疎かにして移籍ゲームを楽しむ現状を見ては、一体どちらが賢いのか疑問を感じてしまう。今回のW杯では「ドリームチーム」の一員たちが早々と消え、多くの番狂わせが演じられた。格下と思われたチームに次々と敗れていく彼らの姿は、実態以上の価値、価格が乱れ飛び疲労した欧州サッカー市場を思わせる。

 

[参考サイト] http://www2s.biglobe.ne.jp/~y-takagi/seriea_isekikin.htm 移籍金ランキングが掲載してあるサイト



[1] 1957年に誕生。共通の圏内市場を形成するため、EU内での労働者の移動の自由が認められている。

[2] 本文中でもこのことを「移籍金」とした。