2008.6/5 発表分レジュメ
東京都の事例から見るホームレス問題とその対策
1H060591-1 真下 政憲
1.はじめに –ホームレスとは-
ホームレスとは、文字通りに解釈すれば家を持たない人ということになるが、その中でもさまざまなタイプに分類することができる。段ボールやテント等で簡易的な居住空間を形成し、公園や河川敷などのような公共の場所を使って暮らしている定住型であるとか、あるいはまた、特定の居場所を持たずにドヤと呼ばれる低額宿泊所や駅舎内での野宿をするなどして睡眠を取っている移動型といった類のものがそれにあたる。また、広義のホームレスの定義には住宅を失う危機にある状態の人-例えば家賃の滞納が続いていたり、DVにより家を出なければならないなどというケース-もホームレスと呼ぶことができる。このように、一口にホームレスと言ってもさまざまな形態があり、もちろんその中でも人によって異なった事情や背景を抱えているため一括りにすることは難しく、ホームレス問題は多様な側面を持っている。
2.ホームレスの実態
(表は省略)
これらの統計から読み取れることとして、乱雑ではあるが簡潔にまとめると主に次のような事が挙げられる。
・ ホームレスの数は減少傾向
→図表の通り、平成15年には約25,000人いたホームレスは4年間で約18,000人と30%近く減ったことになる。これは景気が上向いたことによる労働需要の増加と後述する「ホームレスの自立支援等に関する特別措置法」による自立支援施策の効果による減少であると考えられる。しかし、これらの調査は目視によるホームレスの実数調査のため、冒頭で述べた定住型のようなホームレスしか確認できないということになり、いわゆるドヤやネットカフェのような安価な宿泊場所を転々としているような潜在的なホームレスはカウントされていないことになり、信頼性に疑問を感じる面もある。
・ 東京や大阪を中心とした大都市に集中している
→大都市においては廃品回収などのいわゆる都市雑業をはじめとした仕事が比較的多くあり、また各種支援団体による炊き出しなども充実しているため比較的ホームレス生活がしやすいものと思われる。
・ 高齢者が多い
→当然ではあるが、年齢が高いほどホームレス生活による身体にかかる負担は大きくなり、保健衛生面での影響が心配され、事実半数以上の人が身体のどこかしらに不安を抱えているという統計が出ている。
・ 建設関係の仕事に従事していた人が多い
→景気に左右されやすい仕事であるため雇用が不安定であり、また最近では単純作業の機械化や派遣社員・外国人労働者の参入の増加によってもこれまで建設業における単純労働で生計を立ててきた人たち、その中でもとりわけ比較的高齢な労働者層は職を見つけづらくなった。そうした人々が住宅にお金を回せなくなり、路上に身を寄せざるを得なくなったというケースが多いようである。
3.法律制定
平成不況の中、ホームレスの存在が社会病理として顕在化していき、公園などの公共の場を結果として占拠することにより、公共施設の適正利用に支障をきたしてきたとともに、地域住民との軋轢も問題となるなど、行政もホームレス問題に本腰を入れていくこととなった。
そこで、ホームレスを緊急的に保護するだけでなく、彼らの自立に向けた支援を推進していくため、2002年8月に『ホームレスの自立支援等に関する特別措置法』が制定・施行された。そして同法に基づき、『ホームレスの自立支援等に関する基本方針』も翌年立てられた。これによると、ホームレスの自立支援等に関する対策の活動主体は地方公共団体となっており、国が法定受託事務として各地方公共団体に委任している形になっている。
今回は、その中でもホームレス問題の舞台とも言える東京都が23区と共同で行っている自立支援施策に注目していきたい。
4.東京都の自立支援施策・概要
東京都は23区と共同して全国に先駆けてホームレス問題に取り組み、法律施行前である2001年に「ホームレス白書」を策定し、実態を明らかにした上で同年にホームレスの自立支援システムの構築を開始していった。
都区が行っている事業には以下のものがある
(1)自立支援システム
(表は省略)
まず、自立を望むホームレスは緊急一時保護センターに一ヶ月ほど入所し、相談員によるアセスメントを行い、一人ひとりに適切と思われる形で今後の方針を決定する。その中でも、就労意欲が高く比較的健康に問題のないような人は第2のステップである自立支援センターへ入所し、本格的に自立を目指すこととなる。なお、この緊急一時保護センターに入所した人のうち、実際に自立支援センターに入所するのは約半数ほどである。
そして、自立支援センターでは、実際にセンター内に住民登録をした上で就職を目指し、そのための物的な支援及び職業相談などを通してホームレスだった人の就労支援を図っていく。これまで、自立支援センターを利用した人のうち、約半数が就職先を見つけ住宅を確保したり、住み込みの仕事に就くなどして自立を果たした。
しかし、一時保護センター及び自立支援センターにおいてはともに約3割ほどの割合で就労意欲が不足しているであるとか、集団生活を嫌い規律を破ってしまうことなどによって退所する人もいる。
(2)地域生活移行支援事業
(1)の自立支援施策では高い就労意欲が必要とされるため、対応が困難なホームレスが存在することが明らかになっている。そこで、それを補完する形で2004年6月に「地域生活移行支援事業」が立ち上げられた。
(表は省略)
東京都に委託されたNPO法人、社会福祉法人がアパートの賃貸契約を結び、そのアパートをホームレスに安く(家賃3,000円)2年間提供しそこから自立を図っていくという形が取られている。ここでも自立支援システムと同じように就労支援がされているが、むしろここで住民登録をすることにより生活保護や年金などの対象者には適切な保障を受けられるようにするという成果が出ている。
2004年から翌年にかけて、代々木公園をはじめとした都内の5つの公園に住むホームレスを対象にアパートへの移行を促したところ、小屋を設置していた人の67%の人がアパート生活へ移行した。また、2006年から翌年にかけても別の公園や河川敷を対象に同様の事業を行い、約半数の人をアパートへ移行させることになった。これに伴い、東京都における公園に住むホームレスの数は大幅に減少した。
しかし、2004年に行ったアパート事業の2年の契約期限が切れた後の入居者の状況として、今後の生活に目途が立ったのは就労による自立を果たした約10%の人と生活保護や年金の適用となった約40%の人を合わせても半数に過ぎず、残りの半数の人に対してはアパートの契約期間を一年間延長するといった暫定的な措置が取られた。
5.成果と問題点
東京23区のホームレス数の推移を参照すれば明らかなように、東京都のホームレスの数は減っているという結果が見てとれる。自立支援システムの運用によって、就労意欲が高く比較的若くて健康な労働市場から必要とされているような多くの人材を社会復帰させることに成功し、地域生活移行支援事業によって今まで公園等で生活していた人に住宅で暮らす選択肢を与えたことが要因であるといえるだろう。しかし、一旦は就労に成功し、自立を果たしてもその後再び仕事にあぶれ、路上に舞い戻ってしまったという事例も多く存在するという。このように、自立支援システムによって自立を果たしたのはホームレスの中でもほんの『上澄み』の層であり、それ以外のホームレスは現在も依然として路上生活を余儀なくされているという現実が浮き彫りになってきた。そのような人を対象としていたはずの地域生活移行支援事業における住宅の低額賃貸支援もあくまで期限付きであるため、期限切れとともに再び路上へ戻ってきてしまう可能性すらある。つまり、このようにホームレスの中でも比較的自立が容易な層の自立を支援するという側面では効果を発揮しているが、それ以上の効果を望むのには困難であるといえる。実際に次項の表に表れているように、現在路上生活をしている人へのヒアリング調査によると2003年度の調査との比較で都の自立支援施策に対して消極的な姿勢を見せているホームレスが増えており、自立支援事業が頭打ちになっているという現状が明らかになっている。
また、都内でホームレス状態に陥っている人のうち約4割は都外に住んでいたという統計が出ており、他県からホームレスとして都へ流入してくることにより、都及び区が負う負担は大きくなる。実際に自立支援施策の運営には年間約30億円もの経費がかかっているが、その中で国の負担にあたるのは18%ほどにしかすぎず、中でも地域生活移行支援事業に関しては都の独自の事業のため補助の対象外になっている。さらに東京の地で生活保護の適用となった人への補助も含めると、(生活保護費は自治体が1/4を負担)都区に多大な負担がかかっていることとなる。これに対して、東京都はホームレス問題は一義的に国に責任があるとし、国に対して支援の拡充を求めている。
6.まとめ
東京都が行っている施策はホームレスの「上澄み」の層を社会復帰させるには一定の成果を挙げることができているが、大部分のホームレスにとっては現状に変化はないものとなってしまっていると感じた。そして「上澄み」を取り除いた結果、ホームレス生活が長くなるにつれて現状に対するある種の観念が広がり、現状を打破する気力さえもないという人の割合が増えることで、これ以上のホームレスの減少を図っていくのはより難しくなっているといえるだろう。今後はホームレス状態に陥るおそれのあるいわば「ホームレス予備軍」のような層に対して、ホームレスとならないようにするための予防策を張ることに重点を置くべきではないだろうか。折しも、いわゆる「ネットカフェ難民」のような対象とした新たな形のホームレスに対しての相談事業が今年から開始されるということなので、今後に注目していきたい。
また、ホームレス問題を解決するためには、行政の努力がもちろん重要となってくるが、それだけでは根本的に解決していくことは不可能であり、NPO法人などをはじめとした民間による支援とも連携していく必要性もあると感じた。また、民間の事業者やさらには地域住民もホームレスを排斥しようとするのではなく、ホームレスという状況下に置かれている彼らを理解し、尊重していくことも必要であるだろう。そして何より、ホームレス自身が姿勢といったものを変えていくのが一番の解決策につながるのではないか。
〈参考文献〉
・ 不埒な希望-ホームレス/寄せ場をめぐる社会学- 狩谷あゆみ 2006 松籟社
・ ホームレス大図鑑 村田らむ 2005 竹書房
・ ホームレス白書U 東京都保健福祉局 2007
・ 厚生労働省HP http://www.mhlw.go.jp/
その他多数ウェブサイト