財政再建と地方自治のあいだ
〜地方公共団体財政健全化法について考える〜
角藤 護
1,はじめに
2006年に
2,「健全化法」成立の背景
「健全化法」成立には大きく分けて2つの流れがあるといえる。小泉改革から始まった「地方分権」の流れと、もうひとつ自治体財政の悪化である。ここではこの2つの流れについて、それぞれ説明していくこととする。
@小泉改革以後の地方分権の流れ
小泉政権下のいわゆる「三位一体改革」によって、国から地方への税源移譲、そして地方交付税の削減が行われ、「地方にできることは地方に」のスローガンの下、これまでの中央集権的な体制に変わる、地方分権的な体制への動きが始まった。
そして2005年、当時の総務大臣竹中平蔵氏を中心として開催されたのが地方分権21世紀ビジョン懇談会(ビジョン懇)である。この中で問題とされたのは、地方の財政が国に対して大幅に依存していること(地方交付税を受け取らない不交付団体である都道府県は東京都と愛知県のみ)や、地方の累積債務の増大、住民によるガバナンス(監視)の不十分さ、そして後に
これらの打開策としてビジョン懇が報告書中で述べていたのが「分権法の一括化」や「地方債の完全自由化」などとともに打ち出された「再生型破綻法制の整備」であった。従来制度の問題点であった、早期是正段階がない点や、財政状況の開示が不十分であった点などをみなおし、「破綻」とは何かを明らかにして、正確な財政状況をしっかりと把握した上で財政を立て直すということが必要とされていたのである。
A自治体の不適切な財政運営
@
2006年6月、
(図1
(図2
そして今回の再建団体入りの直接的な理由となったのは市の不適切な財政運営である。
その手法は非常に複雑であるため、簡単に説明すると、次の年度の会計から前の年度の会計に資金を移動させることで(つまり会計上の年度をまたいだ処理を行っていた。これは地方自治法208条の「会計年度の独立」の原則に違反する)、赤字を隠蔽していたのである。
道が不正な会計の見直しを求め、市がこれに応じる形で正しい決算をおこなったところ、2005年度決算で標準財政規模(要するに自治体の収入見込み額のこと)である44億円の2割強である9.8億円の赤字となり、現行制度での財政再建団体の指定要件である、「標準財政規模に対しての赤字20パーセント以上」を満たしてしまうために
A大阪府のケース
歴史的に阪神工業地帯の中心的存在である大阪府には、戦前から多くの中小企業や工場が存在し、府は現在でもおよそ16兆7000億円(平成18年度)の製造品出荷額を誇る。しかし近年の法人税率の低下や不況など(昭和59〜62年のピーク時には43.5%だった税率が現在は30%)によって最高でおよそ8350億円(平成元年度)だった法人税による収入が現在では半分以下のおよそ3900億円程度にまで減少してしまっている。
しかし一方で歳出の削減は進んでおらず、府の税収がピークであった平成2年と16年度の義務的経費(人件費、扶助費、公債費)、の額を比較するとおよそ2000億円増加している。このため府債残高は増加し、平成元年〜3年度まではおよそ1兆3000億円程度で安定的に推移していた残高が、平成18年度末にはおよそ5兆円にまで達している。
このため毎年度の府債の償還が大阪府の負担として重くのしかかることとなった。そこで毎年500〜1000億円を減債基金から借り入れることで、償還を行ってきた。しかし平成16年の段階で減債基金が3年後の平成19年に底をつくことがわかったため、本来返済すべき府債を借り替えるという形で事実上繰り延べすることで、平成16年度からの3年間でおよそ2900億円の府債の償還を行っていなかったのである。
もし大阪府がこのやり方を行っていなかった場合、赤字額が標準財政規模(大阪府は約1兆4300億円・平成19年度)の5%である約720億円に達することは避けられなくなり、財政再建団体となる危険性もあったのである。人口およそ880万人を抱える大阪府が財政再建団体となった場合の影響(住民サービスの低下、住民負担の増加)を考えると、再建団体への移行は大きな混乱が予想される。
大阪府のケースの問題点としては、非常に規模が大きな自治体であるがゆえに、行政のスリム化のスピードが税収低下のスピードに追いつかず急速に債務額が増えていったということがいえる。また、本来すべきではない財務処理(債務繰り延べ)を行ったにもかかわらず、3年間にわたって住民に公表しなかった点も問題があるといえる。
ここまで、政府と自治体という2つの方向から、健全化法の必要性について見てきたが、実際の健全化法はいったいどのような内容であろうか?この次の章で説明したい。
3,「健全化法」の内容とは?
2007年の6月に成立した地方公共団体財政健全化法(健全化法)による主な変更点は次のとおり。
@財政指標の詳細化
新法により自治体に毎年の開示が義務付けられた財政指標は次の4つ。非常に複雑な算出方法であるため出来るだけ簡略化して説明する。
(下線のあるものは新たに加わった指標)
@実質(赤字)収支比率
実質収支額(歳入総額から歳出総額と翌年に繰り越す財源を引いたもの)を標準財政規模で割ったもの。
A連結実質(赤字)収支比率
@にさらに特別会計、公営企業の収支を加えて出される実質(赤字)収支比率。
B実質公債費率 (平成18年度4月から導入)
公債費(借金とその利子の支払い)が財政にどれだけ負担となっているかを示す指標。
公営企業や、一部事務組合(他自治体と共同でサービスを行う際に設立される組織)の
債務負担行為も公債費とみなされる。
C将来負担比率
各自治体が将来負担しなくてはならない債務を、その自治体の収入力で割ったもの。
この債務には自治体の各会計だけではなく、公営企業のものや第3セクターのものも含
まれる。
A「早期健全化団体」「財政再生団体」の新設
現在の制度では、財政状態が非常に悪化した段階で「財政再建団体」へと移行するが、新法ではその前段階にあたる「早期健全化団体」が新たに設けられた。現在の「財政再建団体」は「財政再生団体」となる。
早期健全化団体ならびに財政再生団体の指定基準はつぎのとおり。
表1.早期健全化団体ならびに財政再生団体の指定基準
|
早期健全化団体 |
財政再生団体 |
実質赤字比率 |
都道府県:3.75% |
都道府県:5% |
連結赤字比率 |
都道府県:8.75% |
都道府県:15% |
実質公債費比率 |
都道府県・市町村:25% |
都道府県・市町村:35% |
将来負担比率 |
都道府県・政令市:400% |
― |
(注1)早期健全化団体の指定要件のうち、実質および連結赤字比率の基準は市町村の規模により異なる
総務省によると、上記の基準のうちいずれかを満たして早期健全化団体となった場合、自治体は財政早期健全化計画の策定と実行、そして実施状況の公表を行わなくてはならない。
その上でさらに外部監査を受ける義務が発生するが、財政再生団体と違って予算編成は自力で可能なので、比較的自主的な努力に任せた健全化が行われる。しかし財政状況の健全化が困難である場合には総務大臣または都道府県知事の「勧告」が行われる。
また財政再生団体も早期健全化団体と同じく上記の基準のいずれかを満たした場合に財政再生計画を定め、かつ総務大臣の同意が必要であり、それがない限り新たな地方債の発行はほぼ出来なくなる。また、予算編成や事業執行において総務省ならびに都道府県の監督下に置かれるために、自主的な行政運営はほぼ不可能になるといってよい。
B公営企業も対象に
近年財政再建団体となった自治体に共通する問題点として挙げられたのは、「公営企業の経営悪化が市の財政を圧迫した」という点である。平成4年度から12年度まで財政再建団体であった福岡県の旧
そこで、健全化法では自治体とは別に公営企業にも経営健全化基準を設けている。事業規模に対する資金不足(不良債務)の割合が20%に達した企業は自治体と同様経営健全化計画を策定し、実行しなくてはならない。
4,「健全化法」への自治体・住民の対応
@自治体の対応は?
「健全化法」によって示された再生判断基準、ならびに健全化判断基準によると、現状で財政再生団体への指定が懸念される自治体は相当数あると推測される。
北海道新聞の記事によると、北海道では、2006年度決算を前述の再生判断基準と照らし合わせたところ、
全国に視野を広げてみると(上記の記事とは違い2005年度決算が基準)連結赤字を出している市町村は164箇所にのぼり、財政再生団体転落レベルの30%を超える市町村は
この中でも
自治体名 |
連結実質赤字比率 |
|
362.20% |
|
69.30% |
|
57.40% |
|
56.30% |
|
52.10% |
|
48.10% |
|
42.20% |
|
38.40% |
|
36.60% |
沖縄県宮古島市 |
33.10% |
|
31.60% |
|
ここまで再生判断基準以上 |
|
29.60% |
|
28.40% |
(表2、全国の連結赤字収支比率のランキング
朝日新聞のデータを基に筆者作成)
財政再生団体への移行は、先ほど示した3つの基準(実質赤字収支比率、連結赤字収支比率、実質公債費比率)の3つのうち1つでも満たせば行われることから、さらに財政再生団体に指定される自治体は増えることが予想される。
また、大阪府の
A住民の対応は?
自治体が公表した財政情報は、市民の側もきちんとその意味を理解するべきである。たとえば
5,今後は?
ここまで見てきたように、財政が破綻もしくはそれに近い状態にある自治体では、非効率な行政運営を行った市長や、議会、そして職員たちが批判の槍玉にあがることが多い。確かに彼らは住民達からの信頼を受けているのをいいことに、正しい財政状況を開示しなかったり、不適切な事業運営をおこなって借金を増やしたりするようなことを続けてきた。しかし一方で、彼らを選んだ責任というものを、今後住民は背負っていかなくてはならないのではないだろうか?
今後健全化法によって、より詳細な財政状況が毎年開示されることになる。住民達はこれまで以上に自治体の財政についてチェックし、問題があれば自治体当局に対して意見を述べるといった主体的な行動をとるべきだし、公表する側の自治体も、専門用語を極力排するなどして、正確かつわかりやすいデータの提供を心がけるべきである。
〈参考図書〉
夕張 破綻と再生―財政危機から地域を再建するために 自治体研究社
保母武彦、河合博司、佐々木忠、平岡和久
「夕張問題」鷲田小彌太 祥伝社
〈参考ウェブサイト〉
総務省サイト内地方公共団体財政健全化法資料コーナー
http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei/kenzenka/index.html
大阪府Webサイト
ほか
〈その他〉
NHKスペシャル 「大返済時代 借金200兆円 始まった住民負担」