米海軍横須賀基地への原子力空母配備問題

08/6/26

伊藤大輔

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1.背景

 2001年以降米国防総省は冷戦型の米軍配置を世界的に見直す作業の本格化に着手し、米軍再編を進めてきました。急ピッチで進むに伴い、日米両政府は自衛隊と在日米軍の役割分担や、在日米軍基地の再編の見直しについて協議を重ねてきました。そして2005年末、両国は在日米軍と自衛隊の再編についての基本的な考え方などをまとめた中間報告「日米同盟: 未来のための変革と再編」で再編計画の大枠を決めました。

 その再編の流れと共に、日米政府は20051027日、神奈川県横須賀市の米海軍横須賀基地横須賀港を事実上の母港とする通常動力型空母キティホークの退役に伴い、後継として原子力空母を2008年より配備することに合意しました。その後200512月、米海軍はニミッツ級原子力空母ジョージ・ワシントンを、キティホークの後継艦として横須賀基地へ配備するむねを正式発表しました。この件について、今現在蒲谷亮一横須賀市長は「受け入れざるを得ない」と容認する立場を表明しています。

 

 

2.原子力空母とは

では原子力空母とはいったいどういったものなのか、どういった危険性を含んでいるものなのか、また通常動力型空母とはどう違うのかなど簡単にですが説明したいと思います。

 

【概要】

各種航空機を艦内に収容して、海上戦闘、航空戦闘、陸上への戦力投射、輸送、軍事活動支援、人道援助、外交などの各種活動に多角的に対応できる柔軟性を持つ。

一つの艦船に2,000人から5,500人もの人員が乗り込み、何ヶ月もの長期(多くが6ヶ月間)に渡り本国を離れた遠い洋上で生活するため、艦内に診療室、床屋、郵便局、売店、教会などを備えた小さな街を形成している。

 

 空母というものは、要は「動く空港・街」のようなものです。つい先日退役になった通常動力型空母キティホークは、ベトナム戦争やアフガニスタンに対する対テロ戦争などの際実際に現地まで行きました。

 

【原子力空母の危険性】

@狭い船体内に設置されているため、炉心設計に余裕がない。

A動く船体に設置されているため、絶えず炉心が振動や衝撃にさらされる。

Bミサイルや高性能火薬など危険物と同居。

 

 原子力空母とはその名の通り原子力を動力としております。原子炉を搭載し核反応による反応熱を熱源としているそうです。なので冒頭にも述べたとおり、実質原発を配備するのと等しい状況と言えるでしょう。

 

【原子力空母の通常動力型の違い】

@耐久性と速力に優れ、どんな危機にも迅速に対応できる。

A近代的で能力の高い指揮・管制システムを持っている。

B航空用燃料と武器の貯蔵能力が向上し、少なくとも二倍の期間、戦闘作戦にあたれる。

 

 最初に建造された原子力空母は1960年のものです。最後に建造された通常型空母ジョン・F・ケネディは1968年の就役であり、それ以降は原子力空母が建造されています

 

 

3.配備決定への経緯

 配備予定表明後、日米両政府は「通常型空母の配備の可能性はゼロ」「原子力空母は安全」と繰り返し、横須賀市に原子力空母の横須賀配備容認を執拗に迫っていました。その結果、当初は反対の立場を表明していた横須賀市の蒲谷亮一市長も2006年6月、容認の考えに転じました。

 

200510月 日米両政府、2008年8月にニミッツ級原子力空母を横須賀に配備すると表            

       明

    12月 米国防総省、横須賀配備の原子力空母はジョージ・ワシントンと発表

2006 4月 米政府、「合衆国原子力軍艦の安全性に関するファクトシート」を公表

    5月 横須賀市、「ファクトシート」への質問書を提出

    6月 麻生外相、蒲谷市長と会談し横須賀市の質問に回答

       蒲谷市長、原子力空母の横須賀配備容認を表明

    12月 「原子力空母母港化の是非を問う住民投票を成功させる会」が請願署名を横

須賀市に提出

2007 2月 横須賀市議会、原子力空母配備の是非を問う住民投票条例案を否決。

    9月 キティホーク空母打撃軍司令官、原子力空母の横須賀入港は2008年8月19日と発表

 

 

4.経緯から見える問題点

経緯を調べていくにつれ、蒲谷横須賀市長の立場逆転という疑問が一つ浮かび上がってきました。市長は当初、「容認できない」との立場を表明してきていました。また、「原子力ノー」を掲げての当選だったのです。しかし、2006年6月を機に、「原子力空母の入港はやむを得ない」と容認する考えを述べました。この立場の逆転はなんだったのでしょうか。

反対の立場で当選し、日米政府の決定に反発していた市が突然がらりと立場を変えてしまい、残されたのは市民だけ、という一方的なトップダウンの決定による図式が出来上がっております。

 ここで市長の見解、またそれに対する市民の声をまとめてみたいと思います。

 

■市長の見解

 以下、市長オフィシャルウェブサイトに記載されている、配備容認を表明した後の市長の見解です。

 

 「・・・従来より、横須賀市として一貫して外務省ならびに米国に通常型空母の継続配備を申し入れてきました。しかし唯一残る通常型空母であるジョン・エフ・ケネディの損傷が著しく、日本や極東の安全を守る役割を果たせる通常型空母が存在しなくなるという現実を認めざるを得ません。このように通常型空母の配置可能性がゼロになった今、事実を認めず、このまま何の対策も取らないままでは、かえって市民の皆様に不安を与えることになると考えます。安全性については、政府から確信するという回答を得ています。しかし、私は市長として横須賀市民の安全と財産を守らなくてはなりません。通常型空母の継続配備という選択肢が無くなった今、この現実を直視し、市民の安全を確保し、安心・安全を守るため、あらゆる事態に対応していくことが市長の責務と考えております。・・・

 

 このように市長も苦渋の決断の上での容認だったことをサイト上でアピールしています。実際に安全性に関する政府の説明に納得した上だということなのでしょう。

 

 ※日本時間の2008年5月22日午後、横須賀に配備される予定の原子力空母ジョージワシントンが、太平洋上で火災事故を起こし、鎮火に数時間を要し負傷者が出ました。しかし米政府からの報道では、原子炉に直接関係する部分の事故ではないので大きな問題は無いとのことです。

■市民の声

では、市民の人たちはどう思っているのでしょうか。横須賀市では米原子力空母の横須賀母港化に反対する署名が、地元の市民団体「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」の呼びかけで取り組まれています。この団体では原子力空母の配備及び安全性を問う住民投票条例案の可決を願って署名活動などを行っています。2007年には約4万、2008年には約5万人分もの署名を集めましたが、二回とも否決され、反対の声は届いていません。

 この団体の活動は他にも、駅前での宣伝活動、原子力空母の危険性を訴えるビデオやパンフレットなどの作成をしています。

蒲谷市長はこれらの市民団体の動きに対して、「(原子力空母に関しては)国の専管事項であり住民投票はなじまない」と批判をしております。市としても、住民投票の実施は地方公共団体の範疇を超えていると判断しているようです。

自分はこれらのことから、原因は「市―市民」といった構造よりももっとマクロな視点の問題にあるのではないかと考えました。そうした時に浮かび上がってきたのが『日米安保条約』『日米地位協定』の存在です。

 

 

5.日米安保条約・日米地位協定

 日米安全保障条約は、簡単に言うとアメリカ軍の日本駐留を認める一方、日本が他国から武力攻撃を受けた場合、アメリカ軍に日本防衛の義務を負う条約です。その第六条において、日本の「基地提供」について規定されています。(以下抜粋)

 

 「日本国の安全に寄与し、ならびに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍、及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」

 

 この結果、設置を「許された」のが在日米軍基地です。条文にある「施設及び区域」とは、米軍の活動拠点=基地を指しています。なにが「国際の平和及び安全」に該当するのか、それを最終的に判断するのはアメリカ政府自身です。つまり、日米安保第六条は「アメリカの国益のための基地使用」を認めたものと言えます。

 また、この第六条に規定された合衆国軍隊に対する基地権益の運用細則を定めた取り決めを、「日米地位協定」と呼びます。具体的には、米軍に対する施設・区域の提供手続、日本にいる米軍やこれに属する米軍人、軍属(米軍に雇用されている軍人以外の米国人)、更にはそれらの家族に関し、出入国や租税、刑事裁判権や民事請求権などの事項について規定しています。この取り決めが「安保条約第六条に基づく」ものであるわけです。(正式名称は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定。)

 まとめると、日米安保条約・同第六条・日米地位協定という三段重ねの構造が在日米軍基地の法廷基盤であり、これらに規定された米軍活動を保証するために、20を超す関連法が並んでいます。つまり横須賀市の言う「範疇を超えている」というのは以上のようなことから読み取れるのだと自分は考えました。

 

 

6.まとめ

 当初は「市―市民」の構図でずっと見てきた原子力空母配備問題ですが、調べていくにつれ立場を逆転した市長の意見も理解でき、原因はもっと根本的なところにあるのだということがわかりました。こうなると長い間反対し続けてきた市民団体の声が届くことはないまま、予定通り配備されてしまうのかとさえ思ってしまいます。さらに、もし原子力空母がなんらかの事故を起こした際には、一番の被害を受けるのはやはり地元の住民なのですから今の状況は一種の構造的暴力のようなものだと感じてしまいます。

 また、本来原発の建設には地元の同意が前提であり、また設置基準審査や保安点検など国内基準が適用されるが、今回は米軍艦艇の原子炉である為書面審査も立ち入り検査も行われないでいるそうです。

 では、このような状況で日本政府や横須賀市が市民に対してできることは何なのか、自分が思うにそれは、少なくとも搭載原子炉の熱出力や構造をあきらかにするよう米政府に要求し、安全性を明確にすることではないでしょうか。もし米政府が軍事機密を盾に明らかにしないのであるならば、日本国民の安全確保に責任を負えないと、いっそ横須賀配備を拒否するべきであると自分は思います。

いつまでも安保体制でアメリカに従属するような状況では、今回のように「最終的に被害を一番受けるのは地元住民」という事態からは当分脱せないでいるのではないでしょうか。かといって9条を変えて自衛隊に武力行使を…と一概に言えるものでもありません。今回調べたこの横須賀基地への原子力空母の問題は、根本的な対米関係について今一度考え直すべく私たちに問うている問題とも言えるのではないでしょうか。

 

[参考文献]

「在日米軍基地の収支決算」(前田哲男) ちくま新書

横須賀市オフィシャルサイト

http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/

蒲谷亮一オフィシャルサイト

http://www.kabayayokosuka.com/

「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」HP

http://cvn.jpn.org/cvn/

外務省HP

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/