2008/6/12

 

地域通貨からみる地域再生

1H060023−0 飯 和哉

 

1、はじめに

「地方に出来る事は地方に」「地方分権」そんな言葉を掲げて発足した小泉内閣。それからもう7年が経った。そして現在、日本はいざなぎ景気を越える戦後最長の景気回復期となっている。しかし過去の好景気と比較すると国民の実感がないものとなってしまっている。それは資本家の所得は増えているにもかかわらず、労働者の所得は増えないという「格差」が生まれてしまっているからである。地方分権を掲げたにもかかわらず、夕張市のように財政再建団体になってしまう自治体があらわれ、さらには大阪府のような都道府県にまで波及しており、「地方に出来る事は地方へ」どころかその地方自治体が存続するだけで精一杯の状態である。そして格差の広がりは例えば地域の商店街にまで影響を与えている。価格を低く抑えられる全国展開の大型ショッピングセンターに顧客を奪われ、シャッター通りと化しているのがそのわかりやすい例である。

そして大型ショッピングセンターが乱立して地元の商店街がなくなってしまうことは店ごとの色が失われて、店主と客の人間関係が希薄になってしまうことにもつながっている。

このような中で地域再生という言葉が取り上げられるようになってきた。地域再生とはなくなってしまった人と人とのつながりを戻し地域を活性化することを意味するが、これは今となっては自然に戻ることは不可能だと思われる。そこで近年注目されてきたのが、地域通貨という考え方である。

そこで今回の発表では地域再生への一つの解決策になるかもしれない地域通貨を取り上げる事にした。身近な問題だと思って、みなさんにも考えて欲しいと思う。

 

2、地域通貨とは何か?

 地域通貨の最も単純な定義としては、法定通貨(例えば円やドルなどの国が発行している正式な通貨のこと)以外の特定の地域・コミュニティで利用されている通貨のことである。それではその具体例と共に主な特徴を挙げていく。

@    LETS

1983年にカナダ・コモックスバレーで始まった地域通貨の実例であり、LETSとは「Local Exchange Trading Systems」の略語である。

背景としてこの地域において失業率が10%を越え、建築関係や理髪店などの個人事業者があおりを受けたことがある。そんな生活が苦しい状況で、お互いの持つ技能を出し合い、助け合って暮していくためにこの通貨ができたのである。「交換する技能はるのに、対価を払うことができない。それならば作ってしまおう。」これがLETSのきっかけになった。

仕組みはまず参加者が残高0でスタートする。商品やサービスを受け取った場合はLETSを発行しその分マイナスの状態(コミットメント)になる。逆に商品・サービスを提供したときはプラス(クレジット)になる。そしてコミットメントを持つ人は商品やサービスを提供し、逆にクレジットのときは受ける権利を有する。このような非常に単純な仕組みである。

  LETSからは参加者全員が発行主体であること、そして通貨は無限にあって、発行にするのに何の制約もないという特徴がみえてくる。法定通貨は国が決めた特定の銀行のみが発行主体となっていて、その発行数もインフレにならないように限られている。

 

A    コミュニティウェイ

LETSは個人間での取引を想定しているのに対してこれはNPO・企業・個人間であるためより実用的な方式である。その仕組みはNPOによる地域貢献活動(コミュニティプロジェクト)に対して企業が地域通貨を寄付することから始まる。企業は残高がマイナスになる一方で、プロジェクトがプラスになる。そして住民はプロジェクトへのボランティア活動を通して地域通貨を受け取る。住民はプロジェクトへ寄付した企業の商品やサービスの提供を受ける替わりに地域通貨を支払う。その際に地域通貨のみだと企業の商品作りができないため法定通貨と組み合わせた下の価格表のように受け取る。受け取った後、企業は再度寄付するか企業間の取引に地域通貨を利用する。このようにして通貨が滞ることなく循環していく仕組みとなっている。

コミュニティウェイからは地域通貨が持っているだけでは何の効力もなく、通貨がNPO→個人→企業と循環することで意味を成すことがわかる。またこのコミュニティウェイでは全国規模の企業でなく、この特定地域の住民にサービスを提供したい企業、言い換えれば地元に根ざした商店などが興味を持ってくると言える。その点で地域活性化につながると言える。

 

B    エコマネー

  参加者は最初に「出来る事」「してほしいこと」を登録し、それをもとに発行元がリストを作成し、参加者は最初からある程度の地域通貨を受け取る。そしてその使い道を法定通貨で行なう商品購入ではなく、ボランティア活動のみに利用する点である。例えば近所の庭の手入れや手紙の代筆などが様々な活動が考えられる。しかしどうしても住民同士の関わりあいがあるためそのきっかけが重要になってくる。そこで地域によってはコーディネーターを設置する例もある。そしてこの例では貨幣を貯めることなく使ってもらうため必ず有効期限を設ける。その期限がすぎると一度残高がリセットされまた新しく配られるようになっている。

  エコマネーからは法定通貨のように使わずに貯めておくと利子がたまっていくようなことがなく、地域通貨の価値を使うことに見出していることがあげられる。

 

3、地域通貨と地域振興券・ポイントカード

 地域活性化の一例が地域通貨であるが、それ以外のものとして地域振興券およびポイントカードについて見ていく。

(1)地域振興券

  1999年の4月から6ヶ月間のみ有効な金券2万円分を65歳以上の住民、または15歳未満のこどもを持つ世帯に対して市町村が配布し、地域活性化に役立ててもらおうと発行されたのがみなさんも記憶に新しいと思われる地域振興券だった。利用先は市町村が指定する商品・サービスなら自由に使って良いというものだった。

政府の思惑としては地元の商店街などで使われ地域活性化につながるという考えだった。しかしスーパーマーケットや百貨店などの大規模な店舗や交通機関でも使えてしまったため商店街まで流通しない結果となり、また市町村も発行のための経費(各家庭への配布や換金手続きの窓口の設置など)が膨大になり良い結果は得られなかった。

 問題点

地域振興券の問題点としてはその用途があまりに広く、法定通貨である円となんら変わりのない物となってしまったことがまずあげられる。ほとんどの消費者は地域振興券を普段の消費に加えてさらに多く消費しようと考えずに円を使うことを抑えその代替品として使ってしまった。そのため消費のかさ上げにはつながらなかった。

また地域振興券はボランティアのようなものに参加して得た対価としてではなく、配布条件に該当する家庭に無料で送られてくる形式を取っていたことで、地域について興味を持ち考えてみようという気持ちにはならずにただラッキーとしか思わなかったのも問題点ではないかと思う。

 

(2)ポイントカード

もう一つ、身近な例としてはポイントカードという制度も存在する。これは政府の働きかけではなく各商店街などが独自にはじめ、数十年の歴史を持つものもあり、その仕組みは多様である。

そもそも単純に割引くのなら時期や時間帯によって価格を値引きする(スーパーのタイムサービスなど)ことや、常連客やおつかいの子におまけを渡すことだけでもよい。でもどうせ割引くのなら一回ずつより徐々にポイントがたまっていって後で多く割引いてくれた方が顧客としても良いし、何よりもポイントを貯めるためにその店の常連になってくれることもある。しかもこれならば振興券と異なり、違う店で使われてしまう心配もない。

 問題点

   一見すると「地域通貨なんて面倒な制度よりもこの方がリピーターになるのでは?」という意見もあると思う。しかしこのポイントカードにも欠点がある。それはポイントカードを発行しているのが個人経営の商店だけでなくデパートや家電量販店にもあるということだ。家電量販店などのポイント付与率(定価の何%分もらえるか)は非常に高い。これは一例だがビックカメラでは商品の価格の10%がポイントになる。一方で個人商店は定価の10%もポイントを与えていたらかなり経営は苦しくなってしまう。(100円に10ポイント与えると考えるといかに多いかわかる。)そこからポイント付与率は大規模な店舗ほど高くなってしまうといえる。わざわざポイントがたまりにくい商店だと常連ならともかく新たな顧客を獲得することは難しいのだろう。

 

4、地域通貨の日本における実験例〜千葉県市川市・てこな〜

(1)導入目的

  @安全なまちをつくる

    →自治会での防犯パトロールの推進

    →新しい住民や自治会員以外の住民への参加促進

 

Aボランティア活動の活性化

       →NPO/ボランティア団体の活動への支援策

    →NPO/ボランティア団体への新規会員の獲得促進

 

  B住民の顔の見える関係作り

    →既存住民と新しい住民との関係作り

    →地域活動の主導者と若い世代との関係作り

  C地域通貨をきっかけとした地元商店への来店促進

    →地元商店街での積極的な購買促進

    →地元商店街の衰退防止

 

(2)てこなの仕組み

  略

 

(3)てこなの入手先・使用先

  略

 

(4)実験結果および参加者へのアンケート結果

  期間 2004年12月4日〜2005年1月31日

  参加団体 20団体(市の全NPO団体数 209団体)

  参加者数 1120人(市全人口 471,861人)

 

各種団体の活動状況

分野

団対数(団体)

活動回数(回)

状況(件)

子育て

12

60

福祉

127

環境

120

文化

80

安心安全

30

799

その他

13

 

参加者へのアンケート結果(回答率45,1%)

【1】参加者の年齢構成

   10代  2,5%  20代  4,6%

   30代  6,6%  40代 18,4%

   50代 15,4%  60代 34,8%

   70代 14,4%  80代  3,1%

【2】てこなによって地域社会を意識したか。

   そう思う   39,5%

   ややそう思う 38,0%

   そう思わない 21,0%

   無回答     1,5%

【3】てこながきっかけで地域の商業施設を利用する機会が増えたか。

   そう思う   13,8%

ややそう思う 18,4%

そう思わない 64,1%

無回答     3,6%

【5】実験後もてこなの取り組みを続けたいか。

   続けたい      48,7%

   条件次第で続けたい 32,8%

   続けたくない    14,9%

   無回答        3,6%

 

(5)てこなのその後

    てこなは政府の地域再生推進プログラムの一環であった住民基本台帳カードを使った地域通貨の実証実験モデルとして選ばれ、福岡県北九州市熊本県小国町と共に開始されたものだった。LETSのように自治体あるいはNPO団体が自主的に始めたわけではなく悪く言えば政府に押し付けられた形を取っていた。実際にそうだったかはわからないが、おそらく予算も実験期間分しか交付されなかったのだと思われる。その結果、実験終了直後は今後も継続していきたいと事業報告書で述べたにもかかわらず、地域通貨検討委員会も昨年解散になってしまった。

またてこなを実際に取り入れていた鬼高自治会の方にお話を聞かせていただいたが、市の姿勢は地域通貨の本来の目的である地域交流には重点は置かずに住基カードの普及に力を注いでいたそうだ。そのため他自治会との交流もなかったそうだ。

現在はてこなの替わりにエコポイントという制度が替わりにできた。エコポイントはボランティア活動でポイントが与えられ、それを市の施設の入場に使えるという地域通貨に近いものだが、大きな違いは商業施設で使えない点である。自治会の方もやはりてこなの方が自分たちも含めて住民受けが良かったとおっしゃっていた。

 

(6)てこなの成果と課題・問題点

 てこなの課題はまず運用期間が短すぎたことにある。2ヶ月では端末の使い方に慣れて、住民もボランティアに参加しよう思い始めるぐらいで終ってしまったのではないかと思われる。てこなの方式は市の負担が大きくまた市側も国の推進プロジェクトのモデルとして選ばれただけで継続する意志があまりなかったことも原因である。また市民への認知度不足もあったとされているが、こちらも原因は運用期間の短さにより市が積極的にてこなをアピールしなかったことにある。自治会のパトロールには結局、高齢者の方しか来なかったそうで、確かに高校生だった自分は広報などを読んでなかったこともあって全く知らなかった。

 しかしその一方で、防犯パトロールによって犯罪は減少したそうだ。実際この鬼高地区は市内最大規模の商業施設に隣接し、3800世帯を超える大きな自治会でひったくりなどの犯罪が多かったそうだが、現在の犯罪数は市内の中でのワーストではなくなってきた。今回はこの自治会の方にしか聞けなかったが住民の参加促進にはつながったと言えると思う。

 結局、てこなは市が消極的だったことが一番の課題であるといえる。

 

5、地域通貨の効果

@常に貨幣が留まることなく流通している

  →このメリットは法定通貨に存在する「利子」という概念がないためにある。そもそも地域通貨は法定通貨にあるような一部が勝者になって格差が生じることを避けるためにできた。そのため通貨を所持することで「利子」がたまっていくような制度は地域通貨には必要がなかった。

   そこで持っていてもしょうがない地域通貨は自然と使うことになり、常に流通し続けることになる。通貨が使われるということはそこに消費が生まれ、地域経済が潤うことになる。

   一方で、利子がないことはマイナスも増えていかないことになる。そうすればポイントを貯めずに使うだけになることも考えられる。

 

※法定通貨は国家という強力なバックボーンを持つことで、いつでも同じだけの価値を持てる。すると通貨を所有していること自体に価値がうまれてくる。そこで商品との交換道具としてだけでなく、通貨に返済期間を設けた上で他の者に貸し出し、その期間に応じ徐々に利子を加えて返済してもらう機能が出来た。

 

A全国規模の企業でなく地元に密着した企業が利益対象

  →地域通貨は特定の場所でしか使えないため全国展開の企業は、よほど利益が見込まれなければ参加してこない。一方で地元から顧客を獲得したい企業にとってみればこの地域通貨という制度はもってこいの制度である。

特に企業を想定しているコミュニティウェイでいえば、最初は地域通貨の発行をしなければいけないため一時的にマイナスになるが、最終的に住民が地域通貨を利用してもらえばそのマイナスは補填できる。住民も地域通貨が使用できる企業ならば積極的に利用したくなるし、実際に店に行けば法定通貨も使って買うこともあるだろう。企業もそうだが個人商店ならばよりメリットがある。なぜなら個人商店はなによりも客とのコミュニケーションが必要になって来るので、商品の安さだけでなく住民への印象も売れ行きに関わってくる。その点では地域通貨によってNPOでのボランティアで店主と客が顔を合わせ、一緒に防犯パトロールをすることで何もしないよりかは確実にコミュニケーションを取れるだろう。

 

B地域の間で交流が増える

  →今までNPOや自治会に参加していなかった人も普段の買い物に使えるポイントをもらえれば多少なりとも興味を持ってもらえる。最初から参加してもらえなくても口コミで広がる可能性もある。また地域通貨は国が発行するような法定通貨と異なり、自分たちで作り上げていくものだから当然、住民同士の話し合いが必要になる。そこでも交流が生まれることが想像できる。

 

6、まとめ

利子によって、通貨を多く持つものはそれを貸し出すことでより通貨を得ることが可能になった。その結果、次第に持てる者と持たざる者との格差が生じた。日本における格差社会もこれが原因の一つであることは確かだろう。そしてこれは地域の交流にも影響を与えたのではないか。所得が少ない人は大量に仕入れることで個人商店よりも安い価格で、しかも魚と肉などもともと違う場所で売っていた物を一度でそろえられる郊外の大型店で購入するような生活になった。日本のどこでもこのような状況ではないが、地域交流が少なくなった理由の一つだと思う。

 市川市の事例でもわかるように地域通貨は住民(若い年齢層にも)に認知されないと意味がない。また自治体がしょうがなく押し付けるのでは意味がなく、住民が主体的に活動をして使えるもの・場所も拡大する必要があるだろう。地域通貨をきっかけにボランティアに参加することで、それまで地域に目を向けていなかった人も自分の住む町にどんな人・場所があってどんな問題があるのか理解する道具になる。

まだまだ地域通貨の自体の認知度は少なく、格差をなくす特効薬になるとは思わない。しかし、地域という社会の中で最も小さなコミュニティが少しずつでも元気になれば必ず、都道府県や国の活性化にもつながるのではないか。

これをきっかけに自分ももっと地域について考えてみようと思う。

 

【参考文献・協力】

地域通貨 嵯峨生馬 著 NHK出版 2004

だれでもわかる地域通貨入門 あべよしひろ・泉留雄 共著 北斗出版 2000

市川市HP

市川警察署HP 

市川市における地域通貨利用モデル事業報告書

 

市川市役所情報推進課の方

鬼高自治会 稲垣カツさん