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医療制度問題を考える

〜「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動から見る地域医療の現状と課題〜

1H070374 柴崎 直之

 

近年、報道等で「医療崩壊」の文字を目にする機会が増えている。医療の技術は目覚しい進歩を遂げる一方で、国家規模の問題から地方・市民レベルの問題までさまざまな問題点が露呈してきている。医療難民とも言われる満足な医療を受けることが不可能な人々、医療従事者の労働環境の悪化、最近巷をにぎわせている後期高齢者医療制度など具体例を挙げれば枚挙に暇がない。

このような状況下で我々は、ただ指を咥えて政府からの救いの手を待っているだけで良いのだろうか。はたしてそれで問題は解決するのだろうか。

 

現在わが国は大変な少子高齢化社会に直面している。医療技術の発達に伴い平均寿命は延び、お年寄りは増える。一方で、非婚・晩婚により出生率は低下して生まれる子供はどんどん減っている。これは言い換えると、主に医療の対象となるお年寄り世代と、それを支える現役世代とのバランスが大きく変化するということである。

2005年の時点では、お年寄り1人を3.3人の現役世代で支えているのであるが、2055年には、お年寄り1人を1.3人で支えなくてはならない。その分、一人当たりの負担は大きくなるのである。日本はこのままでは、どの先進国も体験したことのない未曾有の高齢社会を迎えることになる。[1]

 

高齢者が増えるとそのぶん医療費はかさむ。国家財政としても、その支出を医療費に回さねばならない。その分の財源はどう確保するのか。国民に税負担を求めるとその分だけ可処分所得が減少し、国民は消費しなくなる。また、高齢者が病気になれば、それを診る医者も必要である。医師不足が取りざたされているが、とりわけ地方での医師不足は顕著である。これらの問題からは、まさに国家としてのデザインを問われているとも言える。この現状を打破するために、どのような制度を作り上げていくべきなのか。

 

Googleで「医療制度問題」と検索すると約190万件のヒットがある。しかし考えてみよう。これは本当に「制度」の問題なのであろうか。制度の問題にすることにより我々は、簡単に責任を政府に転嫁することができる。制度を作るのは確かに政府の役割だが、国民はその上にあぐらをかいて何もしなくて良い訳ではない。日本国憲法第12条は国民の自由と権利を、国民自身の不断の努力で保持され公共の福祉のために利用されるものとしている。

ましてや危機的事態にある現行の医療制度において、その恩恵を受ける存在である国民が無関心で良いはずはない。たしかに医療問題は複雑かつとっつきにくいテーマではある。しかし、日本国家を構成する国民としてわれわれにできることがありはしないだろうか。具体的な事例から、地域医療再生に向けてのヒントを探ってみたい。

 

20074月、兵庫県丹波市にある県立柏原(かいばら)病院。この病院の小児科が消滅の危機に瀕していた。2人いた小児科医のうちの1人が病院長となり、常勤の医師が1人になってしまった。残った1人の医師も、あまりの激務から辞意を表明した。日勤と当直が続く日には36時間勤務もあるという。このような状況では適切な医療を提供できないと、辞める決意を固めたのである。

小児科がなくなれば子供を治療できないため、産科も消滅するのは当然のことである。このままでは柏原病院から小児科がなくなってしまう、子供が産めなくなってしまうと危惧して立ち上がったのは、地元のお母さんたちであった。

 

お母さんたちは「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成し、まず、署名活動に取り組んだ。街中や関係団体、企業などに現状を訴え、署名に協力してもらえるようお願いして回った。飛び込みで説明をしに行って、怪訝な顔をされたこともあるという。そうして集めた署名を兵庫県へと持っていった。しかしそこで得られた成果はとても満足のいくようなものではなかった。署名は受け取ってもらえたものの、行政は実際には何もしてくれなかった。「守る会」の人たちは、それならばと自分たちで動くことを決意したのであった。

 

 「守る会」は「小児科を守ろう・お医者さんを守ろう」というスローガンを掲げた。

我々はつい、病院へ行けば治療してもらえるは当然だ、医者なのだから患者を診るのが当たり前だと思いがちである。そのような意識が「コンビニ受診」といわれる行動の温床となっている。コンビニ受診とは、24時間開いているコンビニのような感覚で、軽症にもかかわらず診療時間外に病院に押しかけたり、タクシー代わりに救急車を利用したりすることを指す。コンビニ受診をすることで、当直医が軽症患者に時間を割かなければならなくなり、本来受け入れるべきはずの重症患者、生命の危機にある患者を受け入れることが不可能となる。病院・医者はサービス業ではないのである。その意識の欠如が医師を追い詰めていることを、このスローガンで気づかせようとしたのである。

 医師に対して感謝の気持ちを伝えることで医師が働きやすい環境を作る、それが医者を守り、ひいては小児科を、さらにはその地域の子供を守るということである。そして、医者に対しての感謝を伝えることを目的に、メッセージボードの設置、ポストの設置を行い、子供を診てもらった親たちの生の声が小児科医に伝わるようにした。

 

つづいて取り組んだのが、「症状別フローチャート」の作成であった。

 診療時間外の救急外来がとりわけ多いのが小児科である。診察時間外の午後8時にもかかわらず、30人もの子供が待合室にいることがあるという。しかし救急外来で来る子供の8割は軽症と診断される。本来は翌日の診療で大丈夫なはずだが、親たちは自らの子供が熱を出したり泣き止まないことに焦り、慌てて子供を病院に連れてきてしまうのである。この親の行動は責められるものではない。特に1人目の子供の場合は、対処法がわからないのも無理はない。問題はそのような場合に相談する場所がないことである。

 それが小児科医の労働環境の悪化につながっていることに気づいた「守る会」は、小児科医・保健師による協力のもと、年齢別・症状別に対処法がわかるフローチャートを作成し、小児科を訪れる親たちに配布する活動を行った。対処マニュアルとも言うべきフローチャートを親たちが持つことにより、この病院の小児科における救急外来の数は半分まで軽減したのである。

 

 その他にも、ステッカーを作成してタクシーや商店に貼ってもらい啓発を促したり、メディアに取り上げられて取材をうけたり、というような活動の甲斐あって、唯一の常勤小児科医が辞意を撤回した。そればかりか、メディアを通してこの現状を知った岡山の小児科医がこの病院の小児科で働きたいと異動を申し出て、柏原病院へと着任したのである。現在、小児科医は5人まで増えているという。

 

 これはあくまでひとつの地域におけるひとつの事例であるし、問題点も存在する。「守る会」の方々は、活動を重ねるごとに他の科の問題点も見えてきて、自らの対応領域では対処できないというジレンマを抱えていると言っている。実際に柏原病院でも、2004年に44人いた医師は25人に減り、脳神経外科と整形外科が廃止されてしまった。また、テレビなどに露出することで、「柏原には守る会があるから」と思い、何もしない住民が多数いる現状にも不満を漏らしていた。

しかしながら「守る会」は一定の結果を残した。この例から、われわれの医療を崩壊から救うヒントを学べないだろうか。

 

 まず住民の意識を変えた点。コンビニ受診はまさに自分のことしか考えていない行動といえる。それを多くの人が改めることで、簡単に状況は改善するのである。そのためにコンビニ受診への注意喚起を行い、それの背景となる症状の対処法への理解を広めるという行動は、そのまま地域医療を守る行動へと直結する。

 地域医療に限らず、知らず知らずのうちにしている「コンビニ受診」という行為・言葉を世間に広め、それが本当に救急医療を必要としている人の命を奪うことにつながる行動であることを、全国的に理解させることが重要ではないか。

 

最後に、何より重要なことは、その地域の住民がその地域を守るために動いたということである。政治・行政にしかできないこともあれば、市民にしかできないこともある。これも民主主義の一つの重要なあり方である。本来、民主主義の主体は国民であって、自分で動かないのであれば動いてくれる人に選挙で1票を投じるのが国民の責務である。自分で動くことは出来ないにしても、最低限、その問題について感心を持つことが大切である。

 

私は今回調べた「県立柏原病院の小児科を守る会」の活動が、全国の医療崩壊を食い止めるモデルケースになるのではないかと思っている。もちろん全国的な医師不足や、公立病院の赤字経営など医療制度そのものにも欠陥はあり、根本的な解決にはならないかもしれない。しかし、既存の制度の上に乗っている存在である国民が、その枠組みの中で出来る限りの努力をして現状を改善させようとする姿勢は大切である。これこそがデモクラシーの一つの側面である。

医療制度は現在、大変な状況にある。大変な時とは「大きく変わる」時でもある。われわれの地域の問題であり、少なからず関係している医療の問題、これに際してその地域の住民であるわれわれは、意識を大きく変えることが求められている。

 

 

(参考)

県立柏原病院の小児科を守る会 http://www.mamorusyounika.com/

NHK 福祉ネットワーク 2008214

朝日放送 NEWSゆう 2008226

日本テレビ ウェークアップ!ぷらす 38

日本テレビ NEWS ZERO 313



[1] http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/index-w.html(内閣府「平成19年版高齢社会白書」)