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中村祐司「FIFAを脅かす欧州のプロサッカークラブ連合」

 

1.国内・国外の政府体系とサッカー世界

 

 国際社会を国家の連携・連合組織、政府体系から眺めるならば、国連を筆頭に諸国家間の地域連盟、国家(中央政府)、地方政府、近隣社会・コミュニティ、それを構成する市井の人々、といったオーソドックスというか既存の階層構造の存在が念頭に浮かぶのが常であろう。そしてこうした公的な諸アクターでは解決が難しい課題解決にマクロ・ミクロのレベルにかかわらず、NGOやNPOが貢献したり、政治・政策過程に影響力を持った存在として絡んできたりするという構図が、「グローバリゼーション」や「ボーダレス」といったキーワードで語られるのである。

 

その構図はここで取り上げるサッカーというスポーツ世界においても同様である。FIFA(国際サッカー連盟)を頂点に、ヨーロッパサッカー連盟などの各地域サッカー連盟が地球上を覆い、207カ国加盟の国や地域のサッカー協会が存在し、態様は様々であろうが各国内の地方政府レベルに支部組織があり、一定単位の地域社会を包括するような形でプロ・アマのサッカークラブやサッカーに携わる学校組織が存在する。人々にとってはクラブや学校が最も身近につながることのできる最小単位のサッカー組織である。

 

 

2.FIFAの屋台骨を揺るがす異変状況

 

したがって、執筆時点(06624日)で熱戦が繰り広げられているサッカーのW杯ドイツ大会がまさにそうであるように、国家連合であるセルビア・モンテネグロや国家よりも小さい地域単位のイングランドは例外としても、国家の代表こそが最強のチームなのであり、プライドと世界No.1の覇権をかけて戦うのがワールドカップであるというのが定説となっている。

 

ところが近年、こうしたワールドカップという覇権の土台、FIFAの屋台骨を揺るがす異変状況が生じている。欧州におけるビッグクラブ同士のスクラムであるエリートクラブ連合の凄まじいまでの台頭がそれである。日経新聞によれば、欧州各国リーグ(ちなみにそのなかでもリーグの序列があり、筆頭はイングランドのプレミアリーグであるという)の上位チーム32クラブで争われる欧州チャンピオンズリーグ(CL)がその最たるものである。

 

大会収入は840億円にも及び、「競技レベルはW杯をしのぎ、CLで活躍することでクラブは世界的ブランドとなる」といわれる。さらに、出場常連組の18の有力クラブが「G14」というクラブ連合を独自に組織し、「独立リーグ創設という有形無形の脅し」をかけつつ、CLを主催する欧州サッカー連盟の地位を脅かす存在となっている。このクラブ連合から見れば、まさに「商品である選手を“徴兵”する各国協会とその総本山の国際サッカー連盟(FIFA)は、市場での自由な振る舞いを阻む」存在と映っているのである[]

 

 

3.エリートサッカー選手の欧州への大移動

 

プロサッカーをめぐる市場の魅力という点からいえば、例えばアジア・オセアニア地域における日本やオーストラリアのプロリークの台頭も著しい。しかし、プロ選手の質に加えて選手自身の移籍願望も含めて考えるならば、世界のクラブをめぐるサッカー市場の趨勢は、圧倒的な勢いをもって中南米→欧州、アジア・オセアニア→欧州、アフリカ→欧州という図式になっているのである。

 

マネジメント能力や資金力といった資源(リソース)の点でもクラブ連合の増殖はFIFAにとって脅威的なものとなっている。そうであるからこそ、今回のドイツ大会ではGKの不評を買うことは百も承知で新開発のボールを使用し、チーム制審判(主審1名と副審2名をチームとして固定)制にしたり、判定の質の向上を狙い36人から21人へ審判の数を絞り込んだり、さらには反則行為への毅然とした対応に腐心している。そしてこの時期における欧州の気候の良さを売りに02年日韓大会との質の違いを強調し、世界最高のパフォーマンスをスタジアムの観客と映像を通じた世界中の観戦客に提供することがFIFAの存在意義を左右する大会になっている。

 

こうして見てくると、欧州における上層と下層のクラブ間乖離の拡大傾向にとどまらず、上澄みのクラブ・スター選手をめぐる熾烈な「囲い込み合戦」がエリートクラブとFIFA・欧州サッカー連盟との間において現在進行形で繰り広げられていることになる。そしてその余波は欧州のクラブに在籍する日本人選手の代表招集をめぐる調整の難しさにも現れたし、今後の日本代表チームのマネジメントにも影響を及ぼしていくであろう。

 

例えば622日における1次リーグ日本の対ブラジル戦惨敗の翌日、「プロサッカーのスポーツクラブと所属クラブの支援も欠かせない。代表選手が抜けると戦力が一気に落ち、観客動員に影響が出るようでは、落ち着いて日本代表の強化もできない。協会はJリーグの充実にも目を配ってほしい」という指摘がなされている[]

 

欧州におけるクラブ連合の隆盛は、FIFA―地域連盟―国内リーグ(協会)という既存のシステムが主導する構図を崩しつつあり、移籍等に絡む巨額資金の取引や選手をターゲットとした荒くれファンド顔負けの投機行為が加速化している。パワー(影響力)という点でいえば、スポンサー企業などが発言力を増しながら、地球規模で市場の草刈場としてのサッカー市場がもはや臨界点に達しているのではないかと思わせる。そのような意味でクラブ連合にはボーダレス社会の申し子としての性格が凝縮されている。

 

 

4.クラブ経営の基盤構造

 

それでは、上層・エリートクラブを支える資源やマネジメントの基本構造は一体どうなっているのだろうか。インタビュ記事によれば、スペインのFCバルセロナは「緊縮財政よりもアグレッシブな投資」によりロナウジーニュ、エトー、デコを計7,200万ユーロ(1ユーロ146円換算で約100億円。現在のロナウジーニョの市場価値は約1億ユーロ)で獲得し、年収26,000万ユーロとなり3季連続の黒字を達成した。変動給の導入により人件費を総支出の55%以内に収め、入場料、テレビ放映権料、マーケティング収入の「3本柱」が財政基盤となっている。それでもバルセロナは利益を追求する企業組織ではなく公益を追求する「スポーツアソシエーション」に属する[]

 

一方でFIFAの財政は4年前には意外にも破綻の危機に直面していたという。しかし、「スポーツがビジネス抜きでは成り立たない」事実を見据え、03年に国際会計基準を採用し財務の透明性を高めた。019月の米同時テロ後には「毎年の余剰金の15%を自己資本として積み立てることにした。自己資本は05年末で46,100万スイスフラン(400億円)」に達した。FIFAの場合も、「収入のほぼ7割はサッカー普及のための投資事業や様々な大会の運営費として、各国の協会に還元」されており、公益とビジネスが融合した組織となっている[]

 

このように、その規模の大小はともかく公益とビジネスの両面を追求するという点でバルセロナもFIFAも共通項を有している。ところでこれとはあまりにも対照的なのが、選手給与の遅配当に直面するプロアイスホッケーチームの日光神戸アイスバックスの経営難である。昨シーズンの収支見込みは「支出は約19,000万円。そのうち監督、コーチと選手27人分で約12,000万円かかった。前年の選手の人件費は7500万円」とされる。選手との年間契約から期間契約(7月―3)への変更も視野に入れているという[]

 

サッカーとアイスホッケーにスポーツの価値や公共性の次元において優劣の差があるとは思われない。しかし一方で、プロスポーツクラブ(チーム)の運営には金銭や専門知識、社会的認知といった資源の巧み・堅実な切り盛りがなされなければ、組織事態の存続が危うくなるという冷徹な環境条件に置かれていることも事実である。そして、この次元・局面で天と地ほどの環境の差異を埋めるべく、あらゆるスポーツ種目を体系的に整理しなおした上で、スポーツ競技間の不均等是正を実現する政策に知恵を絞るべき時代に来ているのではないだろうか。

 



[] 200662日付日本経済新聞「Soccer巨大ビジネス クラブV.S.代表 『戦争だ』」。

[] 2006624日付朝日新聞朝刊社説「W杯 力の差は大きかった」。

[] 200667日付日本経済新聞「バルサ『収入、3年前の2倍 ソリアーノ財務担当副会長に聞く』。

[] 200666日付日本経済新聞「競技普及へ資金力追求 ビジネスとの融和『不可欠』 リンジーFIFA事務局長に聞く」。 

[] 200667日付下野新聞「『市民チーム』アピールへ 給与遅配 増資で対応 塚本支社長に聞く」。