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大都市における移民・難民対策をめぐる課題

 

中村祐司(担当教員)

 

オーストラリア・クウィーンズランド州の州都であるブリスベン(Brisbane)を取り上げ、都市行政サービスにおいて、とくに移民や難民の定住促進政策に注目したい。ブリスベンに限らず、地球規模でのグローバル時代の到来と加速化により、国同士のアクセスはもちろん、情報網の点でも飛躍的なスピードで国家間、都市間の「距離」は短くなっている。他国での深刻な問題がそのまま自国に跳ね返ってくる例も珍しくない。

 

そのような意味で世界中の大都市空間には、多種多様な人々が入り込んでいるといえよう。観光客のみならず仕事を求めて人々は国境を移動する。そして、紛争地からの難民の受け入れシステムをどのように築いていくかが、オーストラリアの都市においても重要な政策課題となっている。

 

そこで、オーストラリア・ブリスベン市のホームページにおける”Migrant welcome kitEnglish”から得られたインターネット情報(URLは以下)

http://www.brisbane.qld.gov.au/BCC:STANDARD:1689675051:pc=PC_418

をもとに、ブリスベン市の移民・難民対策をまとめ、若干の考察を行いたい。

 

都市行政サービスとして、ブリスベン市は移住者や難民に対していくつかの支援プログラムを提供しており、インターネットを利用した5カ国語(広東語、セルビア語、ソマリ語、スペイン語、ベトナム語)の語学研修や、難民を迎える「受け入れキット」を提供している。いずれも移住者や難民が当該地域社会に定住するための支援サービスであり、学校、医療、住宅などをめぐる重要な行政サービスへのアクセスの仕方に関する情報も含まれている。

 

上記「受け入れキット」に関して、ブリスベン市ではその中身の説明を英語、アラビア語、ボスニア語、ペルシア語、ソマリ語、チグリ語、ウルドウー語で用意している(以下、英語版から)。このサービスがブリスベン市、クウィーンズランド州政府、オーストラリア政府、そして多くの非政府組織(NGO)によって支えられていることが分かる。

 

大項目として挙げられているのが、@翻訳と解釈、Aコミュニティ(地域社会)情報、B福祉及び難民定住サービス、C教育、D雇用及び英語語学研修、E家族支援サービス、F財務面でのサービス、G医療、H住宅、I法律上の提供サービス、の10項目である。以下、上記@からDに注目して、順次各々の中身をまとめておきたい。

 

@「翻訳と解釈」について、オーストラリアへの定住に必要ないくつかの文書を移民省(DIMIA=Department of Immigration and Multicultural and Indigenous Affairs)が無料で行うとされている。

 

A「コミュニティ(地域社会)情報」に関しては、まずレクリエーションと催し物の説明がなされている。具体的には市内各地区のコミュニティセンター(美術、工芸、ダンス、音楽といった活動の機会を提供したり、インターネットを利用した雇用情報を提供したりする)や、「エスニック・音楽・美術センター」(BEMAC=Brisbane Ethnic Music and Arts Centre)などが紹介される。次に「エスニックメディア」と称して、クウィーンズランド州内のディレクトリー(住民名簿)、特別放送サービス、ラジオ放送サービス(48カ国の言語に対応)が提示される。

さらに「精神的なニーズへの対応」では、「クウィーンズランド多文化担当局」(MAQMulticultural Affairs Queensland (MAQ)などの政府担当局が中心となり、移住者個々が信じる多様な宗教への対応サービスが展開されている。また、移動手段についてもバス、河川フェリー、列車、タクシー、自動車運転、州内都市間の移動方法、連絡先などが丁寧に示されている。最後に図書館(ブリスベン市内にある32の公共図書館は、何と総体で50カ国語以上に及ぶ図書を備えている!)が取り上げられている。

 

B「福祉及び難民定住サービス」について、まず政府支援の中身として、とくに高齢者や身障者を対象としたものであることが述べられる。ここでも先述のDIMIAMAQがサービスの担い手として登場する。ただし、政府給付金は例外扱いされず、課税の対象となる。コミュニティ組織についても説明されている。難民の都市での生活を円滑にするために、多くの支援組織が関係している。

 

すなわち、難民の雇用や定住の手助けをする「多文化発展協会」(MDA=Multicultural Development Association)、生活上の精神的な不安を取り除こうとする「多文化共生ケアセンター」(Centre for Multicultural Pastoral Care)、自国で受けた拷問のショックに苦しむ難民を精神的にも肉体的にも救済しようとする「苦痛な経験やトラウマからの脱却に向けたクウィーズランド支援プログラム」(QPASTT=Queensland Program of Assistance to Survivors of Torture and Trauma)、移民情報・資料センターを運営する「アクセス」(Access Inc)、政府が提供するプログラムを通じて難民や移民の職場探しを手助けする「難民・移民サービス」(Anglicare Refugee and Migrant Services)、専門スタッフが所得面での支援や身障者に対する差別の問題に対応する「福祉権利センター」(Welfare Rights Centre)、家庭内暴力や性暴力への対応サポートやカウンセル業務を行う「移民女性支援サービス」(Immigrant Women’s Support Service)、難民保護申請中の人々に対して住まいや医療その他基本的なサービスを提供する「難民保護要求者支援センター」(Refugee Claimants Support Centre)、その他7組織がある。

 

そして緊急支援として、救急車、消防車、警察、近隣の助け合いグループに関する情報も提供される。さらに、難民支援として、「クウィーンズランド・エスニックコミュニティ協議会」(ECCQ=Ethnic Communities Council of Queensland)など7つの支援組織がある。

 

C「教育」については、オーストラリアの教育システム、教育関係機関、その他の教育支援組織がいずれも平易に分かりやすく情報提供される。例えば、教育支援組織として、「クウィーンズランド教育省」、「クウィーンズランド専門技術後続教育」(TAFETechnical and Further Education)、奨学金を交付する「オーストケア」(Austcare)などが挙げられる。

 

D「雇用及び英語語学研修」に関しても、雇用省など21組織が対応する。例えば「ジョブネットワーク」は民間会社と政府組織との連携組織で、雇用確保のための支援サービスを提供している。また、多様な英語研修サービスが展開されている。

 

以上の検討作業から、ブリスベン市は州政府と連携して、移民や難民に対する実に様々な公民の支援組織が活動していることが分かる。その活動内容は物心両面に及び、言語対応などきめ細かい。こうした政策の恩恵を実際に受けている移民・難民側に立ったサービス評価がどうなっているかは分からないものの、例えば、日本における同政策領域の対応と比較した場合には、質量共に相当の違いが明らかになるように思われる。

 

また、関係諸組織間の連携・調整も説明を読む限りではスムーズに展開されているようである。地方政府(ブリスベン市)、州政府(クウィーンズランド州)、中央政府(オーストラリア)が対等に位置し、その間でボランタリーセクターや私的セクターが政府の枠に縛られずに活動できるシステムとなっているのかもしれない。

 

ただし、移民・難民への対応策に頭を抱える先進諸国が多いの現実であるし、この政策領域ではとくに政策の中身の変容や変動が激しいがゆえに、個々の関係組織が掲げる理念や政策目標と実際のサービス展開の浸透との格差にも目が向けられなければならない。