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「水の大切さ―シンガポールの事例から―」

佐藤みちる (宇都宮大学国際学部国際文化学科1年)

 

1.地球の水

 

21世紀は「水の時代」だという。地球規模の気候変動によって、地球上の多くの地域を乾燥させ、水不足の方向に向かわせている。したがって、人類の生存の可能性は、水資源の確保に依存することになるだろう。地球上の水の約97%は海水であり、淡水は約3%で、河川や地下水など実際に使える水はわずか0.8%程度といわれている。海水から塩分を除いて飲料水に転換しようとする試みは古くから行われてきた。海水淡水化は21世紀における水不足を解決する持続可能な水資源確保手段として下水再利用、河川水・地下水の高度処理と並んで大きく期待されているものである。

 

 

.シンガポールとマレーシア

 

 東南アジア有数の経済大国シンガポール。東京23区とほぼ同じ大きさの島国だが、約410万人が暮らす超過密都市である。そして狭い国土ながらも貿易により目覚しい発展を遂げてきたこの国に、いま大きな問題が降りかかっている。年間降水量が2400mmに達する多雨地域にあるものの、国土の大半を平野が占めるシンガポールには水資源がない。そのため山地や森林による保水機能に乏しく、水源として利用可能な河川もない。シンガポール国内で使用する水の約半分はマレーシアから輸入されているのである。しかし、水供給契約の期限である2011年を控え、マレーシアは水販売価格の急激な引き上げを要求してきた。給水価格をめぐる両国間の対立はいまだ続いていて、シンガポール政府は安定水源の確保を国家の最重要課題として位置づけ、水の完全自給に乗り出した。

 

そこで、第一に国内貯水池の造成、第二に海水の淡水化、第三に水の再利用を掲げた。特に、海水の淡水化と水の再利用は、国外に頼らない新たな国内水源として期待されており、実用化に向けた研究が急ピッチで進められている。シンガポールの水道水は世界保健機関(WHO)の飲料水水質ガイドラインを満たし、蛇口から直接使用できる。さまざまな水源から集められた原水は浄水場で化学処理、ろ過、消毒され、有害なバクテリアを殺し、無色無臭で安全な水として各々に供給されている。

 

シンガポールでは1857年に上水道建設が始まり、1930年代にはマレーシアからの送水が開始された。本格的な下水道は1917年に初めて完成し、2001年には「下水処理施設」から「水再生施設」に改称された。シンガポールの上水道の大きな特徴は、国内水源だけでは不足する原水の一部をマレーシアのジョホール州から買っているということである。シンガポールとジョホールを結ぶジョホール海峡には、6本の送水管があり、橋上に3本、橋下に1本、海底に2本が設置され、シンガポールに向けて送水している。

 

シンガポールとマレーシアの間で1961年と1962年に締結された2本の協定には、25年後に供給価格を見直すという内容が盛り込まれていたが、マレーシアは25年後の1986年、1987年に価格改定を要求しなかった。これは、原水価格のジョホール州がシンガポールから購入している浄水の価格に跳ね上がることを恐れたためである。しかし、マレーシアは2000年になって水供給価格の見直し要求を行い、度重なる交渉の結果、2001年9月、リー・シンガポール上級相とマハティール・マレーシア首相の会談において、他の二国間の懸案(マレー鉄道用地問題、シンガポールで働くマレーシア人の強制積立金早期引出し問題など)をひとまとめとして解決を図ることで、非公式ながらも基本合意した。この合意では多くの点でシンガポールが譲歩している。ところが、その後の正式合意に向けた交渉はなかなか進まず、この合意は事実上白紙に戻っている。マレーシアは現在の100倍の給水価格を要求してきており、強硬な姿勢を見せている。

 

 

3、シンガポールの対策

 

 シンガポールでは、マレーシアとの交渉に決着の目途が立たないこと、また急速な近代化に伴う生活水準の向上などによる水需要の大幅な増加に対応するため、新たな安定的な水源の確保が求められている。国内水源の拡張のため、現在シンガポールはマリーナベイの淡水化など、大規模な国内貯水池の建設を検討中である。また、雨が降った後の海への放水をできるだけ減らすために、貯水池のネットワーク化の計画も進めている。シンガポールが将来における水源の大きな柱として位置づけ、積極的に推進しているのが、水の再利用による水循環の推進である。

 

そして最近、飲料水として利用するよう盛んに宣伝されているのが「ニューウォーター(NEWater)」と呼ばれる、生活排水をリサイクルした水である。この水は、下水処理場で通常の処理が終了した水に、さらに3段階の浄水処理を施し、飲用可能な水準まで高度処理した再利用水である。PUB(シンガポールの公益事業庁)と環境庁の共同プロジェクトとしてニューウォーター開発研究が始まったのは1998年のことである。PUBはニューウォーターの処理コストは海水の淡水化費用の約半分であるとしている。マレーシアとの水源の問題に関する交渉が難航する中、2002年7月、再利用水の利用について2年間にわたって調査を続けてきた専門委員会より、ニューウォーターは米国とWHOの飲料水水質基準を満たしているという報告がされた。この報告を受けたシンガポール政府は、ニューウォーターの上水利用に対する心理的な抵抗感を取り除くため、国内各地で国民向け説明会を開催し、ペットボトル入りのニューウォーターを広めていった。また、ゴー・チョクトン首相をはじめとする閣僚らがニューウォーターを口にする様子をテレビや新聞紙上で流すなど、メディアを使った広報活動も大々的に行われた。その甲斐あってか、試作品のボトルは100万本以上製造され、国民への浸透は順調に進んでいるかのように見えた。ニューウォーター工場では、下水処理場で通常の処理が終了した水に、さらに3段階の浄化処理が行われているのだが、強い薬品味がすることと工業用水や下水、家畜などのし尿が混じった水を再利用しているということが、国民の心理的な抵抗感を強めていく一方だった。

 

こうした広報活動の後、政府は2003年2月からニューウォーターを貯水池に放水し、原水としての利用を開始することを発表した。ニューウォーターの上水利用では、貯水池に放水して混合し、通常の上水処理を施してから給水する、計画的間接飲用化と呼ばれる方法がとられる。貯水池の水と混合することで心理的な抵抗感を軽減し、処理する過程で失われたミネラル分を補給できるという利点がある。

 

また、科学技術の発展による処理コストの低下を背景として、海水淡水化の工場を建設することを決定した。海水の淡水化においては、PUB自身が工場を所有するのではなく、民間企業が自己資本で処理場を建設・運営し、つくった水をPUBに売る、BOOBuild-Own-Operate)という形態がとられる。海水淡水化は、21世紀における水不足を解決する持続可能な水資源を確保する手段として、下水再利用、地下水・河川水の高度処理と並んで大きく期待されているものである。

 

さらに、一滴の水も無駄にしてはならないと、配水管の水漏れに対する特殊部署(PUB1)も設置されている。水漏れを最小限に抑えるため、シンガポール全域の配水管を常に監視し、家庭や会社から漏水したとの通報が入れば即座に駆けつけて修理を行うという徹底した対策もとられている。シンガポールの水漏れ率は5パーセントで、世界一の漏水防止率を誇っている。

 

 

4、私たちの水

 

世界中で深刻化しつつある水問題。今日、慢性的に水不足に悩んでいる国や、水をめぐる争いが絶えず起こっている国、温暖化や地震、洪水などで水の脅威にさらされている国が世界中にある。水に困っているのはシンガポールだけではないし、発展途上国や乾燥地帯にある国々でも同じである。シンガポールはこの世界規模の問題である「水」に対して、真剣な眼差しを向けている。

 

水道が普及するにつれて、私たちはいったいどこの水を飲んでいるのだろうという意識がなくなってきている。また、水は大変便利なものであると同時に、貴重な自然の一部だということを忘れつつある。石油や石炭は使えばなくなってしまうが、昔から地球上にある水の総量は定まっている。それが循環しているだけであって、何回も循環させてうまく使えば永久に使っていけるはずである。海水や川・湖の水があっても飲料水を確保できない世界の国々のためにも、日本を含め地球全体でこれ以上無駄な水を流さないように、節水や漏水対策、水質汚染対策を進めていくべきだ。そして何より、水に対する意識を変えないと、いつか水がなくなってしまった時、ここで紹介した再利用水や淡水化の技術だけでは、地球全体に必要な水は賄えないだろう。

 

 

<参考>

      日立ハイテク:水の惑星

http://www.hitachi-hitec.com/about/library/sapiens/001/pre1.html

      財団法人造水促進センター

http://www2.neweb.ne.jp/wd/wrpc-j/annai/an04.htm

      シンガポールの水循環政策

http://www.clair.or.jp/j/forum/forum/sp_jimu/162_3/index/html