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イラク戦争帰還兵をめぐる諸問題
長瀬優佳(宇都宮大学国際学部国際社会学科1年)
1 イラク帰還兵の実態
2003年3月20日、米英軍がイラクを攻撃した。同年5月1日、ブッシュ大統領が、
イラクでの戦闘終結を宣言した。米兵軍の大半は、低所得者の若者、就職できない若者、生活困窮者、不法移民等によって構成されている。彼らは、イラク国民に対しては、加害者である。しかし、彼らもまた、アメリカ政府により戦場へと送り込まれた犠牲者ではないだろうか。現在、多くの米兵たちが、肉体的、精神的に傷つき、さまざまな問題を抱えて
帰還している。
(1) 帰還兵のホームレス化
イラク戦争帰還兵のホームレス化について考える前に、ベトナム戦争帰還兵について論じていきたい。アメリカの政府省庁間協議会が1999年に発表した調査結果によると、アメリカのホームレスのうち23%が退役軍人である。そして、ホームレスになった退役軍人のうち47%がベトナム戦争復員兵であった。ベトナム戦争から帰還した兵士でホームレスになった人数はベトナム戦争で死んだアメリカ兵の約二倍を超える。
なぜ戦争を経験した元兵士にホームレスが多いのだろうか。おそらくいくつかの理由が挙げられるだろう。最大の理由として、罪のない一般市民の殺害、無差別殺戮、非道な戦争体験による精神的ダメージを受け国に戻り、社会に順応できないまま、普通の生活に復帰させられることが挙げられる。政府、軍による精神的ダメージのケア体制の不備も原因のひとつであると考えられる。また、復員軍人省(VA)の活動のひとつとして、帰還兵への住宅購入支援があるが、極度に困難な生活を送っていて収入がほとんどない者にとっては、住居の購入を助成するという政策は何の救いにもならない。そして、経済的に追い込まれた帰還兵に、高利貸しが襲い掛かることもある。
イラクやアフガニスタンから帰還した退役軍人のホームレスの数は、今はまだ限られている。しかし、ベトナム戦争からの教訓を汲み取るならば、イラク帰還兵のホームレスの数は今後増加することは確かである。
(2) PTSD(心的外傷後ストレス障害)
PTSDとは、死や負傷などの危機に直面した人がかかる幻覚、精神的不安定などの障害である。強い恐怖を体験した後に、その記憶が何度でもよみがえってその度に強い恐怖を感じてしまう、いつも神経が張り詰めていてリラックスできない、訳もなくパニックに陥る、寝ているときでも小さな音で飛び起きてしまう、などの症状があらわれ、普通の生活を送ることさえ困難になってしまう。
イラク・アフガニスタンの任務を外れ、除隊した兵士はすでに244,054人以上であるが、そのうち、少なくとも12,422人がPTSDの兆候を示し復員軍人局のカウンセリング・センターでカウンセリングを受けている。
ワシントン州のルイス陸軍基地にあるマディガン陸軍基地ではイラク戦争がはじまってから、PTSDへの対応に追われるようになった。兵士に対して、綿密な検査をし、薬による治療やカウンセリングなどさまざまな治療が行われているが、回復しない兵士が少なくない。しかも、PTSDの決定的な治療法は現時点ではまだ見つかってないのである。
(3) パートタイム兵士
現在のイラクに派遣されている地上部隊は15万人。その40%が普段は市民として職業を持ち、家族を養っている予備役・州兵である。彼らにとって帰還後の職場復帰は重大な問題である。基本的には、雇用者は社員が軍務から復帰した場合、元の条件を保障しなければならないが、実際には保障されないケースが多い。残された家族は、一家の大黒柱の収入源を失い、困窮することもある。
2 .アメリカ政府の対応
ブッシュ大統領は来年度予算編成において、予算が極めて制限されているという理由から、大半の退役軍人に対して月々の処方薬の自己負担金を、現在の7ドルから15ドルにし、ヘルスケアを利用する代償として1年間に250ドルもの新たな受益者負担金を求めた。これによって、数十万もの人たちが援助をうけられなくなると懸念されている。しかし、軍事費そのものは大きく増額されている。また、ブッシュ政権は、戦傷者への治療にあたる軍病院の閉鎖を強行し、予備役の福利厚生費を削減しようとしている。
イラクから戻った兵士たちは、戦場での負傷によって仕事につけず、生活費を稼ぐことができない。しかし、政府はわずかな政府保証金を支払うだけであって、あとは国の利益しか考えていないのである。
現在、戦場に出発する前に兵士に対して入念な健康診断をし、現地では具合が悪くなった際、カウンセリングを行ったり、薬を服用することができる。また、部隊のリーダーたちにもストレスに対する処置を教え前線で応急処置ができるようにしている。しかし、これらの目的は、兵士をアメリカに帰すことではなく、現場に戻し、戦力を保持することである。
また、PTSD対策としては、本来行うべきものとは正反対の治療をしている。本来ならば、人を殺したという行為に見合った適切な自責感を求めなけなければならない。しかし、軍は、イラク市民を虐殺した兵士に対して、「悪いのはあなたではない」と刷り込んでいる。つまり、市民を殺すことを促しているのだ。傷ついた兵士に対しての治療は、国益のために行われているのである。ブッシュ政権にとって、大切なものは米国の利益であり、その為に動員された兵士は、ただの捨て駒なのである。
3 徴兵制の復活
アメリカに帰還してくる兵士の人数は、第二次世界大戦、ベトナム戦争、湾岸戦争の時よりもはるかに多いと思われる。医療の進歩や、戦場で使われる兵器の変化などによって、以前なら戦死していたような兵士が負傷者として帰還してくるのである。しかも、従来では銃弾や破片による胸部や腹部への傷が多かったのに対して、イラク戦争では、爆弾の爆発による手足の複数切断の発生率が多い。これらの兵士は社会復帰することが難しく、国や軍からの援助や保障を頼りに生活を送らなければならない。しかし、先に述べたようにアメリカ政府にとって、兵士は使い捨ての駒でしかない。元兵氏が路頭に迷おうがかまわないのである。
また、イラク戦争・占領が泥沼化、深刻化する中で、徴兵制復活が懸念されている。「志願制」を基本とする米軍の人材供給が募集危機に陥っているのである。今年度における陸軍の新兵募集は、陸軍現役部隊では−27.5%の未達であった。その理由は明白である。占領が泥沼化し、犠牲者の数は拡大し続けている。若者とその家族は、イラクに派兵されることを恐れ、軍隊に入ることに慎重になっているのである。すると、予備役・州兵が現役部隊とともに、長期間に渡ってイラクなどの最も厳しい戦場へ送られることになる。その事実を知っている米国市民は、予備役・州兵への登録を避けるようになり、これまで機能してきた予備役制度が募集危機によって存続が脅かされている。現在のアメリカは、兵士不足という問題を抱えているのだ。
そのため、ブッシュ政権は徴兵制を復活させるのではないかという懸念が若者たちの間で増大している。米国社会には、大統領の権限によっていつでも徴兵制を導入できるシステムがある。また、徴兵制度が導入できるような準備もなされているのである。それが『Selective Service System(SSS)』(選抜徴兵制)である。この制度は、18〜25歳のすべての男性が登録する義務を負っている。大統領は軍の拡大が必要になった際には、その中から徴兵し、派兵することができるのである。運転免許を取得する際や、奨学金を受ける際には、SSS登録が必須となっているため、登録率は非常に高い。
現在、ブッシュ政権は、徴兵制を復活させるつもりはないと述べているが、これから先どうなるか分からない。イラク占領が長期化するにつれ、米軍の負傷者は増えることは確かである。イラクの治安維持や占領体制を支える兵力に支障をきたすことも考えられる。戦場に送り込まれた兵士よりも、国益を大切にし、平気でうそをつくアメリカ政府なら、徴兵制を復活させる可能性もあるだろう。さまざまな問題が明らかになってきている今、深刻化するイラク戦争・占領は、米国社会の反戦・反徴兵制復活の考えを強めるだろう。そして、米国軍隊の危機をよりいっそう深刻化させると考えられる。
〈参考〉
http://www.jca.apc.org/stopUSwar/index.html
http://www.geocities.jp/anmakamo/PTSD.html