自給率から考える日本農業

 

粂川春樹 (宇都宮大学生物生産科学科一年)

 

1、自給率を上げることのメリット、デメリット

 

現在の日本の食料自給率は約40%である。先進国の中では最低の水準なのだそうだ。最近は、この食料自給率をなんとかして向上させなければならない、あるいはどうやって向上させるべきかという議論をよく聞く。なので、なぜ食料自給率の向上が求められるのか、あるいは果たして自給率を向上させることが本当に必要なのか、できる限り大きな視点で考えてみたい。

まず、なぜ食料自給率の向上が求められているのかを考えてみたい。一つ目に単純な理由として、自分で必要とするものは自分でまかなうべきだという考え方が挙げられる。特に対象が食料という生命に直結するものだけに、この考え方は自給率の向上を求める理由の内でかなり大きな部分を占めているだろう。しかも将来において世界的に食料が不足することが予測されているだけに、この食料自給率の低さは不安に思われるのだろう。また食料が外交上での駆け引きに利用されかねないという、国の安全保障上の問題もある。もうひとつの理由としては、食料自給率の向上はつまりは国内農業の育成につながるということである。これも最近よく聞くようになった、農業の多面的機能を見直すべきだという議論につながるだろう。農業の多面的機能とは、例えば景観の保持であったり、きちんとした水利の管理による国土の保全や土壌の維持、また過疎化を防ぐといった効果もある。他には、地産地消という考え方に基づく理由もある。地産地消とは作物を作った地域でそれを消費するという考え方である。この考え方の大きな利点は、作物などを輸送するためのエネルギーを少なくすることができるということだ。この輸送にかかるエネルギーはフード・マイレージとも呼ばれている。有限な資源を少しでも節約するためにこのような考え方も考慮に入れていくことが大切だ。

 自給率向上のメリットには上記に挙げたようなものがあるが、逆にデメリットについて考えてみたい。日本の農家は、国土が山がちな地形であることも手伝って、家族経営の零細な農家が多い。なので国外の大規模な農業に比べて単位収量あたりのコストが大きいため、価格の面では劣ってしまう。そのためまともに勝負すると国内の農家は経営が成り立たなくなるため、関税や補助金によって国内の農業を保護しなければならないということになる。しかし現在の世界経済の大きな流れは、関税を撤廃して自由経済に向かおうとしているため、特定の産業だけを保護することはこの流れに逆行することになる。そのようなことをしていれば当然国際的な立場は悪くなるし、他の産業にもしわ寄せがくる。また一般に補助金などによって国内価格を支持すると、農業者が生産量を増すため、国内の需要量以上の農産物が供給されることになる。1980年代には米国とEUが過剰農産物に輸出補助金をつけて安価に輸出していることが問題視された。農業は発展途上国においては重要な外貨獲得の手段となるため、先進国が関税によって国外の農産物を締め出したり、補助金によってコスト以下の価格で輸出したりすることはまさに死活問題なのである。また、コストがかかるという事に関連して、自国の農業に固執するのは適地適作という点からみても不利である。国際分業を進めることによってその地域にあった作物を大規模に、効率的に作り、低価格で他国に輸出することができるという見方もできる。冬に暖房を効かせて野菜を作るといった本来の気候に見合わない農業をすることは、環境への負荷も大きくなると考えられる。

以上のように自給率を向上させることにも様々なメリット、デメリットがあり、簡単にどうするべきだということはできない問題である。

 

 

2、WTOに見る農業政策の動き

 

次に世界的な農業政策の動きをWTOの活動を通して見ていきたい。WTOの前身となったGATTは、1946年に設立された。その背景となったのは第二次世界大戦への反省である。1930年代の大恐慌に対応するため主要国は保護貿易に走り、それが第二次世界大戦勃発の一因になったとかんがえられたからだ。GATTは基本的な原則として、全ての国に同じ待遇を与える「最恵国待遇」と、輸入品と国内産品の取り扱いを区別しない「内外無差別」を加盟国に求めている。そして輸入禁止や数量制限など非関税措置は原則として禁止し、関税に置き換えることとされた。ただこれらの原則には数多くの例外があり、ルールは必ずしも明確ではなかった。

1986年より7年余りの歳月をかけて合意に達したウルグアイ・ラウンドでは交渉対象が農業、サービス、知的財産権などに大きく拡大するとともに、こうした拡大に対応するために、法的基盤を強化した正式な国際機関の設立が併せて検討された。その結果によって1995年に設立されたのがWTOである。WTOでは一括受諾方式が採用され、これまでのように自国に都合のいい協定のみに署名する「つまみ食い」はできなくなった。

さらに農業に焦点を絞って見たいきたい。農産物はGATT体制下では長い間例外として扱われ、輸入制限などの非関税措置も認められてきた。ウルグアイ・ラウンドではこの農産物が初めて本格的な交渉対象となり、市場アクセス、国内助成、輸出補助金の3分野での自由化が合意された。合意の内容を細かく見ると、原則として全ての輸入制限措置を関税化すること、農産物全体で平均36%、品目ごとに最低15%の関税削減、ミニマム・アクセス(最低輸入数量)を6年間で5%に拡大、輸出補助金を全額で36%、対象数量で21%削減といった感じである。このようにウルグアイ・ラウンドでは、今まで例外的に扱われてきた農産物に関しても関税の引き下げが求められた。

さらに農業分野では2000年から新交渉が開始されているが、さらなる関税の削減を求める国々と、関税を維持しようとする国々の間で主張に大きな隔たりがある。関税の引き下げを求める国々は、アメリカや、ケアンズ諸国といった農産物を輸出する国々である。それに対して関税を維持しようとしている国々は、日本やEUといった関税によって国内の農業を保護している国々である。

農産物に関しては一定の関税は必要だという意見も多い。しかしWTOにおいてはその基本原則に従って、関税障壁は徐々に取り除かれていくという流れは変わらないだろう。

 

 

3、まとめ

 

日本が今までのように国際的な関係を維持しようとしていく限り、いつまでも関税に頼って農業を保護していくことはできないだろう。それでは日本の農業はこの先どうしていけばいいのだろうか。

結局のところは、他国に負けないように競争力を付けていかなければならないというところに落ち着くだろう。たとえ厳しい状況に晒されていてもやりたい奴は農業を続けていく。ただ競争力を付けていくには、国や自治体などの努力も必要となる。減反政策といった、制限をかけて農業をますます弱らせるようなことはやめて、農地などをより自由に運用していくべきだ。農業従事者は、長男に継がせるといった家にこだわることはやめて、やる気のあるものに農地を与え、経営者として優れた人間を養成していけるようにしなければならない。このような取り組みも一部の地域で徐々にではあるが進められている。

ここで再び食糧自給率に論点を戻すと、自給率を上げていくべきかどうかという問いに対する一番良い答えは、無理をしてまで上げる必要は無い、といったところだと思う。無理をして自給率を上げようとすることは環境にも良くないだけでなく、国際的な立場も悪くする。日本は交戦権を否定しているのだし、他の国々とより密接な、お互いに頼りあえる関係を築いていくことに心を砕いていくべきである。農産物についても貿易の自由化が進められていく中で、生き残れるものが農業を続けていくだろう。状況は厳しいとは言っても地元という強みもあるし、エネルギーの枯渇が問題になれば輸送費に関してもより有利になる。日本の農業の先行きはそれほど暗いものではないと私は思っている。

 

 

<参照サイト>

WTO新ラウンドの現状 国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 420  (April 14, 23)

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0420.pdf

持続可能な農業:持続可能なチャンネル-北国tv

http://ch.kitaguni.tv/u/5646/%B4%C4%B6%AD/%BB%FD%C2%B3%B2%C4%C7%BD%C0%AD/0000180314.html