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21世紀のEUはどうなるか−EU憲法から考える−

 

                宇都宮大学国際学部国際文化学科2年 片山緑

1.はじめに

EUが発足してから、今年2004年5月にEUは25カ国体制(拡大EU)へと移行し、その大きさはこれまでで最大になった。そもそもEU(欧州連合)とは、欧州における国家主権の一部の委譲を前提に、EU域外に対して統一的な通商政策(EURO)を実施する世界最大の単一市場を形成し、政治的にも「一つの声」で発言するなど、従来の国際機関などとは全く異なるいわば国家に準ずる存在である。実際に、私が考えるEUといえば、ユーロを中心とした経済圏の拡大という目的で動いているイメージしかなかった。しかし、最近世界が注目しているEUの動向はユーロの流通よりも、これからのさらなるEU拡大・経済発展にも影響しうるであろうEU憲法である。では、一体EU憲法とは何なのか。それは一体何の目的で発効されようとしていて、これからのEUをどう動かしていくものであるのか。EU憲法を考察し、これからのEUに考えてみる。

 

2.EU憲法とは何か

EU憲法の議論が欧州議会で始まったのは、2002年である。当時のジスカールデスタン元仏大統領を議長とし、2003年5月に諮問会議、憲法草案を示した。そして、2004年6月、欧州連合首脳会議は、拡大EUの新しい基本条約となるEU憲法を採択した。この憲法を発効するためには、EU全加盟国の批准が必要であり、EUとしては2006年の11月を発効の目標時期にかかげていた。では、そのEU憲法の内容となると、実は、その長さは500ページに及び(アメリカ憲法の15倍)、加えて難解な言い回しが多いと指摘されているようで、そのためほとんどの有権者は憲法の条文を読んでいないというのが実状のようだ。その中から、EU憲法の特徴をよく表しているものを、以下のようにまとめた。

EU憲法

基本理念=過去の対立を乗り越えた欧州統合の促進、外交・安保や司法も含んだ連帯

 強化などを明示することで政治統合を深化させる。

EU大統領の新設=大統領はEU首脳会議の常設議長を務め、対外的なEUの顔となる(1回限り再選可の任期2年半で、従来の議長国首脳の役割を務める)

EU外相の設置=共通外交・安保政策を調整する。外相理事会の議長と欧州委員会副

  委員長を兼務する。

 ・共通政策の決定=特定多数決で決定できる分野を拡大。ただし、外交、国防、税制などの一部を除く。各国の拒否権行使を限定し、政策決定の円滑化を促す。

 二重多数決方式を導入=特定多数決の際、加盟国の55%以上が賛成し、かつ賛成国の人口の和がEU総人口の65%以上になることが必要。

 欧州委員会=欧州委員は各国から一人選出。

しかし、この憲法は当初案よりも後退しており、当初はもっと独・仏が目指す将来の連邦制への以降、欧州議会の権限の大幅強化が盛り込まれていた。その憲法では、連邦制を絶対望まない英国の反対を伴ったため、ある意味今回の憲法に対する合意は加盟国の妥協の産物であるともいわれている。草案者であったジスカールデスタン元仏大統領は、今後50年もつ憲法を望んでいたが、近い将来に再度の改正が不可欠であるという予測がたてられている。また、そもそもEU憲法はEUの効率的な運営を目指す基本法となる「条約」であり、憲法とはいっても字義通りの憲法を意味するものではない。余談ではあるが、憲法のなかには、ベートベンの第9の中の歓喜の歌がEU国歌として定められている。とにかく、このEU憲法は将来にむけてのさらなるEUへの発展、拡大につながる起点になるべくものなのだ。

 

3.EU憲法は批准されるのか

前述で述べたとおり、EU憲法は2006年の11月の発効を予定し、それに向け加盟国各国が批准作業を行っていた。しかし、5月29日のフランスでの国民投票と、6月1日のオランダでの国民投票によってEU憲法草案が相次いで否決されたためEU憲法、さらには欧州統合までもがかつてない危機に面している。この憲法草案は、EUの全加盟国25カ国が全て承認しないと発効しない。フランスとオランダが否決したことで、EU憲法がこのままの形で可決される可能性はなくなってしまった。このことによって、欧州連合は今月の16日にブリュッセルで開いている首脳会議で、批准が難航しているEU憲法条約について憲法の発効の目標時期を先送りにし、2007年半ば以降に延長することが決められた。フランスとオランダが国民投票で憲法条約を否決して以来、各国で反対論が増している。現に、デンマークが9月27日に控えていた国民投票の延期を表明し、スウェーデンも12月に予定している議会での批准を延期することを発表した。また、イギリスも国民投票の実施を白紙に戻した。このような「否決の連鎖」をくいとめるためにも冷却時間を置いたようだ。しかし、それまではどの加盟国も否決していたわけではない。ドイツをはじめとする9カ国はすでに批准に賛成済みであった。特にスペインはフランスやオランダと同じように国民投票を行って憲法に批准している。では、なぜこのような状況に至ったのか。それは先に国民投票で否決という結論がでたフランスがEU全体に与えた影響が大きいに違いない。フランスは欧州統合においてドイツとともに中心的な役割を果たしてきた国である。ましてEU憲法の制定を主張したのは他でもない、フランスである。このフランスの国民投票の結果だが、批准賛成が45.13%で、反対が54.87%であった。この結果になった原因は、EU憲法そのものというよりは、欧州統合・拡大、EUの自主主義的国際通商政策による規制緩和・撤廃といったいわゆるグローバル化だといえる。実際に賛成派はパリを中心とするエリート層であり、グローバル化の勝者であり、反対派は地方の労働者や農民などのグローバル化の敗者であった。経済不信に悩むフランスの労働者たちがさらなるEU拡大によって中・東欧諸国からの安い労働力が流入すれば、現在の10%超の失業率がさらに高まると懸念した結果による批准の否決であったといえる。また、トルコの加盟に向けた交渉開始が正式に決定したことも大いに関係したに違いない。トルコの加盟の場合は、これまでの拡大とは大きく異なる。というのも、キリスト教の精神的、文化的伝統を色濃く残しているEU諸国の間には、国民の99%がイスラム教徒のイスラム国家であるトルコを迎え入れることに反発している国もあるからである。とにかく、こうした憲法とは別の色々な問題が一人歩きをしてしまった結果がこのような状況を生み出したのであろう。いずれにせよ、欧州諸国は既に1993年のマーストリヒト条約、1997年のアムステルダム条約、2000年のニース条約と、EUの体制を確立する条約を結んでいるので、今回の否決によりEUが崩壊することはない。いいかえれば、憲法ができたからといってEUが一変してしまうわけでもないのではないか。

 

.これからのEUを考える

憲法を他国と共有すること自体、日本では考えられないことではある。しかし、EUを「諸国家の統合体」から「諸国家の上にたつ国家」へ発展させるためには、やはりEU憲法は必要なのではないだろうか。もちろん、EUの加盟国のなかでも根本的な将来の方向性の違いは存在する。特に、将来の欧州を、フランスやドイツが望むような連邦的国家にするのか、イギリスのようなEUに対して外交、安保、税金問題などの主権委譲を断固拒否する今までのような国家連合のままでいるのかは、これからのEUを大きく左右することになるであろう。欧州の統合は壮大で複雑なプロセスであるため、一概にこれ以上の統合がEU自身にとって良いとか、悪いとかは判断しにくい。現にユーロ通貨による経済的統合がEU加盟国それぞれにグローバリゼーションの有利性と非有利性を与えているからである。だからこそ、これまでは割と統合に積極的であった欧州市民の間にも、EU拡大への憂鬱という感情が生まれEU憲法批准への足かせになってしまったに違いない。欧州の平和のためにもEU統合が必要だという考え方は、これまでEU市民にとても支持されていたのだから、そんなに急速な統合を加盟国政府が推し進める必要はないのではないか。

ただ、この政治統合の失敗が、通貨統合の成功に水をさす前に、EUは過去半世紀、新たな目標の設定を掲げては、それを実現してきてここまで大きく成長してきたのだから、今度のEU憲法も決して過小評価するべきものではないのだ。EU拡大への期待が背景となり、EUの対外的影響力も大きくなったと考えるので、現在のEU市民の間にあるEU拡大への反発心がEU憲法否決につながっていることが、EUの国際的な影響力の低下になりかねない。トルコの加盟がEUに多様性を与え、新しい可能性をうみだすことを期待する。

 

 

引用・参考文献

http://europa.eu.int/futurum/constitution/index_en.htm

http://www.asahi.com