030709yamaryo 「初期セミナー」レポート

SARS  情報の公開と隠蔽」 033210 山領佐津紀

 

 

1、中国とSARS

 

 新型肺炎SARS(重症急性呼吸器症候群)がアジアを中心に急速に広まった。このSARSの情報が世界中へと広まったのは今年の3月のことである。しかし発生源とみられる中国では初めて発症が見られたと思われる昨年の11月以来今年の4月まで、報道規制がなされていた。情報公開が騒がれる世の中の動きの中、何故中国政府はこのSARSの情報を公開しなかったのだろうか。

 

 次の話しはその理由の一つにあたるだろう。

ある男性がバスに乗っていたところ高熱で2回ほど倒れ、彼をSARS患者だと思い込んだバス内60人程の乗客は混乱し、運転手にバスを止めるように求め、救急車が来る前に全員が既に逃げてしまった。そして救急車で病院へ運ばれたその男性は、受付で検査費用200(1元=約15)を請求されたが、その時5元しか持っていなかったため逃げてしまった。その後彼は写真入で報道されて再び病院へ連れて行かれたそうだ。ちなみに彼はSARSではなかった。

 

  中国ではまだ医療保険システムが整備されているとはいえない。都市部と農村部で制度が異なるが、人口13億人のうち約40%は保険に加入していない。保険に加入していても、医療費を全額先払いし、あとで企業から立替分を支払ってもらうことになる。しかし国営企業の60%が赤字で企業負担分を払えない状況にある。検査費用は、感染者は所属の企業等が出してくれるが、感染していなかった場合全額自己負担となる。出稼ぎ労働者の1ヶ月の給料が何百元という生活の中、治療費が高いから逃げるという人々がいるのは当然のことである。SARSの情報を公開することによって市民が混乱するだけでなく、こういった国の問題が浮き彫りになったのだ。

 

 しかし情報隠蔽の最大の理由は国家や江沢民自身の国内外への体面・威信といった問題だろう。情報を規制することで国民をコントロールしようという思惑なのか、報道管制という旧来の形から抜け出せないだけなのか。確かに情報を公開することで国民がパニックに陥ることは予想される。しかし人命に関わる問題である。正確な情報をすばやく公開することで、感染の拡大を防げたはずだ。

 

 今回のこの情報の隠蔽について、世界中から批判の声があがっている。北京の雑誌「世界知識」では「新型肺炎を隠蔽した結果、中国の災いが輸出され、中国の問題が国際化した」「中国の体制の欠陥があらわになった」などとても厳しく批判している。その後、香港、フィリピン、シンガポール、ベトナムなどアジア諸国やカナダへ急速に感染が拡大したことを考えると、これらの批判は的確である。

 

2、日本とSARS

 

 日本にSARSを持ち込んだ可能性があるとされた台湾人医師に関する情報が「台湾人医師日本国内行程表および接触調査の状況」という名で厚生労働省のホームページに掲載されている。旅行の日程から利用した交通機関や施設まで詳細に記してあり、措置として消毒等をしたことも書いてある。いち早く情報を公開することで、感染の危険性のある人を探したり、その本人が自分で知ることが出来る。感染の拡大を防ぐのに情報の公開は確かに役立つ。だがその反面、台湾人医師の訪れたホテルなどは、キャンセルが相次ぎ経営に損害を与えられたと訴えている。情報を公開することがすべてプラスに働くとは限らないということだ。

 

 また日本政府の公開している情報をすべて鵜呑みにして良いとも限らない。実は日本のSARS発症なしには仕掛けがあった。厚生労働省が出しているSARS診断基準表現は3段階ある。疑い例・可能性例・確定例の三つである。しかしアメリカやWHO2段階の表現を使っており、厚生労働省のいう可能性例はすでに発症とみなされている。ちなみに日本では可能性例は16例も出ていた。この16例はいずれも日本のSARS対策専門委員会で否定されているが、国立感染症研究所のホームページには確定例の基準は記されていない。このことはWHOからも指摘があったというが、WHOに可能性例を発症として報告することで日本が発症国としてWHOのリストに載ることを避けたいという日本政府の意図があったための対策であると考えられる。これでは日本がいくら今回のSARS問題の対策に関して情報の公開を掲げていても、その透明性は中国政府と差ほど変わらない。

 

3、インターネットとSARS

 

 SARS感染の情報を中国政府が隠蔽しているという疑惑が北京で深まり始めたころ、世界に中国の真実を伝えたのは米タイム誌をはじめとする外国報道機関に向け発信された、ある中国人医師のメールだった。中国政府が発表した感染者数はまったく正確ではないということを、メールを用いて告発したのだ。国外だけでなく、SARSが猛威を振るうなか、インターネット人口がうなぎのぼりに増え続けている中国では、告発、流言、飛語のたぐいが猛烈な勢いでネットを駆け巡った。インターネットを通じて初めて状況を知り、予防を始めた人々も沢山いたようだ。

 

 一方中国の新聞「人民日報」では3月末から4月にかけて、「SARS発生は収まった」「中国のSARSはすでに感染防止対策が効果を上げ発病者が減少、完治者が増加」など真実とは逆の報道が続けられてきた。またテレビの報道番組でも取材結果に対する検閲が厳しくなっていた。中国では、マス・メディアは報道管制が敷かれており、真の言論の自由は保障されていない。中国政府を批判したり情報の隠蔽を暴くということがマス・メディアではなされないということだ。

 

 今回のSARS問題から中国政府はインターネットにより厳密な情報管制を敷こうと考えている。現在の中国のインターネット人口は5660万人。これはアメリカに次いで世界第2位の数字である。普及率は中国全体から見れば人口のたった5.5%ではあるが、2001年と比較して2倍に増加している。中国政府は2000925日公布の『中華人民共和国電信条例』で、国家の安全を脅かす、国家機密の漏洩、国家統一の破壊、民族対立の扇動、国の宗教政策の批判、社会秩序の破壊、猥褻・暴力・殺人・テロ・犯罪への扇動などのインターネットによる情報伝達を禁止事項としている。つまりインターネットは政府の管理下にあると明言されているのだ。

 

だが無限の広がりと繋がりを見せているインターネットは統制しようにもしきれないのが現状だろう。インターネットの普及は、今まで政府や党が独占してきた情報を一般人に拡散させることになる。今回のように政府の情報管制の網の目を潜り抜けて、中国人医師のメールのように世界へと情報を発信したり、逆に世界中からSARSの情報を手に入れることで正確に事態をつかむことが出来たりするのだ。今までのように情報管制を行うことのできないインターネットに中国政府は苦戦を強いられることになるだろう。

 

 世界を大きく揺るがせたSARSだが、中国に良い置き土産もしてくれた。行政サービスの向上への刺激やマスコミ報道の活発化、そして市民力の向上だ。政府に疑問と反発を覚えた市民が自ら動き始め、行政への注文や「知る権利」の主張、そして自分たちで公式ルート以外からも情報を入手し判断できるようになり、市民社会や政府を変え始めた。どれだけこの市民の力が政府機関の情報管制の体制を変えることが出来るか期待したい。

 

<参照サイト>

http://www.clair.org.cn/index.html

「日中交流お役立ちネットワーク」のページ。「北京あれこれ」は北京市内のSARSの様子が良くわかる。

 

http://www.npojip.org/sokuho/030516.html

「新興感染症SARS(重症急性呼吸器症候群)と欠陥が露呈した「感染症新法」」のページ。日本とWHOSARSの判断基準の違いの指摘がある。

 

http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/06/17/09.html

「【レポート】SARSと中国 - インターネットという視点から」のページ。今回のSARS問題における政府の対応とインターネットのあり方が良くわかる。