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宇宿里沙「公立高校授業料無償化と私学の存続」
1.はじめに
民主党は、衆院選マニフェストの目玉政策である「子ども手当」の支給法案や高校の授業料無償化法案を18日召集の通常国会で提出する。支給法案では、初年度となる平成22年度に中学卒業まで子ども1人あたり月額1万3000円を支給し、また、高校授業料の無償化法案では、公立高校生から徴収する授業料を免除し、私立高校生には所得に応じて年間12〜24万円を助成するとしている[1]。
この法案が成立した場合、高校生の子を持つ家庭にとっては経済的なメリットがあり、歓迎する声も多い。しかし、この法案は私立高校の存続に影響しないのだろうか。本レポートでは、公立高校授業料無償化による私立学校の存続について考察する。
2.私学助成とは
国および地方公共団体が行う、私立の教育施設の設置者、および、私立の教育施設に通う在学者(在学者が未成年である場合は保護者)に対する助成のことである。支給される助成金は学校設置者が代理受領し、その分を授業料から減額することになる[2]。
日本では1975年公布、翌年施行の私立学校振興助成法を根拠としていて、日本国憲法89条の「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」に抵触する恐れがあるとされるが、「学校教育法および私立学校法」に定める教育施設に対しては、これが公の支配下に属するという解釈によって助成が行われている。なお、構造改革特別区域法に定める、学校設置会社(株式会社)や、学校設置非営利法人(特定非営利活動法人)に対しては、助成は行われない[3]。
3.私立学校について
私立学校に在学する学生生徒などの割合は、大学・短大で約75パーセント、専修大学・各種学校で約95パーセント、高等学校で約30パーセント、幼稚園で約80パーセントをしめており、私立学校は日本の学校教育の発展に大きく貢献していて、近年ますます国際化・高度情報化する社会の中で、各私立学校には多様化する国民のニーズ(需要)に応じた特色ある教育研究の推進が求められており、それぞれが建学の精神に基づく個性豊かな活動を積極的に展開している。このように、私立学校は、日本の学校教育の発展にとって、質・量両面にわたり重要な役割を果たしている。
このため、文部科学省は、私立学校の振興を重要な政策課題として位置づけ、その教育研究条件の維持向上と在学する学生生徒などの修学上の経済負担の軽減を図るとともに、経営の健全性を高めるために、@経営費補助を中心とする私学助成事業A日本私立学校振興・共済事業団における貸付事業B税制上の特例措置C学校法人の経営改善支援などの振興方策を講じ、その一層の充実に努めている。
各私立学校においても、それぞれの自助努力により、経営基盤の維持・強化を進め、教育研究内容や財務状況に関する情報公開を積極的に行いつつ、国民の要請にこたえる個性的で魅力あふれる学校づくりを進めることが期待されている[4]。
4.子ども手当
2009年12月23日、川端達夫文部科学相は、来年度から私立高校に通う子供がいる年収360万円以上の世帯には11万円8800円を上限に授業料相当額を助成し、年収250万円以上350万円未満の世帯は1.5倍の17万円8200円、250万円未満の世帯は2倍の23万7600円とすることで、政府内で合意したことを明らかにした。文科省は来年度予算概算要求で、私立学校について「年収500万円未満の世帯は助成額2倍」と想定し、4501億円を計上していたが、予算額を3933億円にまで圧縮する。
一方、公立高校の授業料無償化は、小中学校と同様に授業料を徴収しない仕組みにして、授業料収入額(生徒1人当たり11万8800円)を国から自治体に交付する。授業料が高い大阪府(14万4000円)や東京都(12万2400円)では差額が生じるが、川端文科相は「(自治体に)財源の手当てを求めていく」と述べた。
現在は、公立高校で授業料を減免した分などは地方自治体が負担し、国から約310億円を交付税措置している。川端文科相はこれを授業料無償化の財源にまわすよう自治体に求めるとした上で、「新たな地方負担は求めない」と述べた。
税金を軽減する特定扶養控除は11年から縮小する方向で、文科省の試算では、この増税分を差し引くと、年収600万円の世帯(公立高校生1人、配偶者が専業主婦)の無償化メリットは8万1800円、年収350万円の世帯は9万4300円となる[5]。
5.授業料無償化に対する保護者の意識
オリコンが、2010年1月6〜7日に中高生の子どもを持つ既婚者(30代〜60代の男女)合計309人を対象に高校授業料無償化に関する意識調査をインターネットで実施した。その結果、「同法案が成立した場合、学費に充当する予定だったお金の使い道(※複数回答可)」については、子どもの受験費用・予備校など(47.6%)、子どもの大学の学費(65.0%)と、いずれも学習面での出費が大半を占め、家庭の状況にかかわらず、「すべての意志ある高校生・大学生が安心して勉学に打ち込める社会をつくる」というマニフェストの目的はおおむね支持されているという結果となった一方で、「同法案が実施された場合、不安に感じることや危惧することはありますか?(※複数回答可)」との質問には、危惧することがあると答えた人の中で、指導する教育者たちの指導力の低下(27.2%)、子どもたちの知識探究心の低下(19.7%)の二つが最も多い意見となった。保護者にとっては、勉強を教える側、教わる側双方の就学に対する意識レベルの低下に不安があるようだ。また、「現役教師に望む今後の重要課題は?」という設問に対しては、一般常識の指導や教師自身の言葉遣いの改善といったモラルに関する指導の見直しや、大学受験を視野に見据えた受験指導の強化や、わかりやすい授業テクニックといった、授業の再編成、質の向上を求める意見が多数寄せられた。なかには、受験は塾に頼らざるを得ない状況になっているという理由で「受験のスペシャリスト」という回答もあった。そして、実質無料化となる公立高校の競争激化により私学のレベルが低下すると、私立の学力低下を示唆する意見もあり、一部の私立高校からも、公立高校へと生徒が流れてしまい、私立への進学率激減を懸念する声もあがっている[6]。
6.おわりに
大阪府では、2009年12月16日現在のまとめによると、府内の公立中学校の今春卒業見込みの生徒のうち、私立高校専願者の割合が過去最低の13.34%に落ち込んだことが2010年1月5日に明らかになった。大阪府では昨年11月に世帯年収350万円以下の私立高校生については授業料を無償化とする方針を打ち出していたものの、今回の調査では私立離れが一層進む結果となった。これは、大阪府の私立無償化について保護者に十分浸透していない面があるのではという指摘もあるが、やはり公立高校授業料無償化の影響が大きく、公立志向がより強まったのではないかと分析されている[7]。
確かに、授業料が無料というのは大きな魅力である。公立に行けば授業料がかからないのだから、わざわざ私立に行く必要はない。浮いたお金で塾に行くこともできる。大阪府のように、どの都道府県でも公立志向が強まり、私立離れがますます進んでいくだろう。しかし、だからこそ私立学校は、独自の特色を生かした、高校生にとって魅力あるカリキュラムを組んで生徒に提供する必要がある。授業料を払ってでも受ける価値のある授業を提供できれば、生徒が離れることもない。私立学校はそれぞれがよりよい学習環境を提供するために、より一層の努力をすべきだ。そうすれば、公立志向の波にのまれずに生き抜いていけるだろう。国も学校も親も、子どもが何を求めて高校に行くのかを重視すべきだ。
参考文献
[1] 「政府、61法案提出へ 子ども手当や高校無償化など(産経新聞)‐Yahoo!ニュース(1月13日19時58分配信)」
[2] 「全私学新聞_ONLINE NEWSPAPER」
http://www.zenshigaku-np.jp/news_01.php?y=2010&m=1&d=3&newsid=3151
[4] 「私立学校の振興:文部科学省」 http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/main5_a3.htm
[5] 「<高校授業料>私立は年収別で助成 公立徴収せず 文科相(毎日新聞)‐Yahoo!ニュース(12月23日21時36分配信)」
[6] 「”高校授業料無償化”で保護者の約3割が「教師の指導力低下」を危惧(オリコン)‐Yahoo!ニュース(1月15日14時3分配信)」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100112-00000017-oric-ent
[7] 「高校授業料の無償化影響?大阪府の私立専願率が過去最低に」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/education/342707/