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佐藤亜希「栃木県の図書館行政について」
1、はじめに
私は、「本の虫」である。自分で購入できる図書には限度があるため、もともと図書館を利用することは多かったが、栃木県に越してきて大学生活を送るようになると、レポートや研究のために利用頻度は更に増えた。そこで気になるようになったのが、地域によって異なる図書館の蔵書数や図書資料の揃え方、サービスの違いである。近場の市立図書館へ人気の小説を読みたいと足を運んでも、数年待ちとの注意書きが貼られ、調査に必要な専門書は地方図書館ではなかなか見つからない状態に疑問を持った。また、県や地方によって図書館の規模や設備は大きく異なり、バリアフリー対応の図書館とそうでない図書館の差も見られた。
更に、昨今では各業界が情報化社会や高齢化社会への早急な対応を迫られていることもあり、出版業界にも書籍の電子化の波や高齢者に向けて大型の大活字本の出版などが求めるようになってきている。しかし、利用者が平等に本に親しめるようなサービスの充実と拡大が迫られる一方で、図書館の蔵書数や予算には限界があり[1]、今後そのような要求に一行政としてどのように対応していくのかは利用者として非常に気になる点である。
よって、今回は栃木県の図書館行政の中核である、栃木県立図書館の現状と課題を、今日の現代事情と突き合わせながら考察していくことにした。特に、同図書館の財政に関する問題点と、これからの時世に対応していくための計画を、調査相談課長 相馬俊保さんに伺った。
2、栃木県立図書館の歩みと役割
栃木県立図書館(以降、県立図書館と表記)の母体となる二宮文庫が開設されたのは、明治43年に遡る。その後、栃木県教育会館内に県立図書館が開館し、以降地方自治体が図書館を開館するまで、移動図書館によって県内を巡回するなど、県の図書業務を一手に引き受けるようになった。同図書館が新築や増築を繰り返して現在の外観を現すようになったのは、昭和46年のことである。
県立図書館の主な役割は2つあり、ひとつは利用者のための図書館であること、そしてもうひとつは、市町村のための図書館であることである。各地方に図書館が開館されるようになって以来、県立図書館はそれらの後方支援を請け負う必要ができ、前者のように利用者のための図書館であるだけではなく、県内の中核図書館としての存在を求められるようになった。このように、一般的に都道府県管轄の図書館は地方図書館が入手できないような古文書や全集、専門書などの収集に注力しており、県内をまんべんなく網羅する点では郷土資料の数も地方図書館のそれを圧倒している。栃木県内においても同様に、市町村の図書館では一般書や文芸書が多く、栃木県立図書館ではそれに加えその他の貴重かつ専門的な書物を、保存する目的も兼ねて収集するという、役割の差別化が見受けられる。
県立図書館が現在の様相を呈するようになって以来、利用者のための図書館としてだけではなく、「図書館のための図書館」としても在るために、県立図書館が担う役割と負担は大きい。
3、予算と現状
前項で述べたように、県立図書館が求められる業務の範囲は、図書の貸し借りだけではなく、郷土資料の収集や他の図書館との提携など、意外にも多岐に渡る。では、一般図書館よりも多くの機能を果たすための費用は十分であるのだろうか。
「21年度県民の図書館[2]」事業別予算概要によると、教育委員会生涯学習課から割り振られた平成21年度の図書館事業費は2985万5千であった。うち、図書資料の購入にかけられる図書資料費は2275万9千円であり、これは、ここ2,3年変わらない数値なのだという。
図書資料の選定と購入に関する会議はほぼ毎週行われるが、利用者からの購入希望図書[3]や保管すべき図書の収集などにも手を広げていると、次々と発行される新刊の入荷にも頭を悩ませるところであろう。更には、破損や紛失した書籍の修復、再購入も図書館事業費から賄わねばならず、過度に少ない予算というわけではないが、余裕があるとは言えない歳入であるように思える。
また、県立図書館を利用したことのある者なら分かることであるが、同図書館は決して高齢者や身体障害者にとって利用し易い図書館ではない。サービスの問題ではなく、立地場所に大きな難点があるのだ。穏やかな丘陵の中腹に位置するために、短い坂を登って敷地内に入らねばならず、館内入口へ辿り着くには更に階段を数段上る必要がある。車イス利用者のためのスロープも、階段の途中までしか伸びていないため、あまり有効的ではない。
館内に入っても、建物の造りが複雑なため書物を探すのには必然的に階段を上り下りすることが必須であり、エレベーターはあるが大人数が問題なく利用するには不十分な大きさで、車イス利用者が中で方向転換をする広さはない。
更に、利用者にとって何よりも問題であろう点は、専用駐車場がないことである。遠方から車で県立図書館まで来ようにも、駐車する場所がなければ自然と図書館への足は遠のいてしまうだろう。
以上の問題に関しては、同図書館の相馬さんを始めとする職員の方々も大変頭を悩ませており、早急に改善策をとりたいようであったが、予算の兼ね合いからすると今すぐに全てを改築することは困難であるようだ。
4、今後の社会への対応
構造的な問題を取り除き、ハードの面から一新することは費用の関係上容易ではないことが分かったが、では、ソフトの面では、今後の情報化社会や高齢化社会にはどう対応していくのだろうか。
まず、相馬さんに書籍の電子化と県立図書館のこれからについてお話を伺ったところ、県立図書館として現在は書籍を電子化するのか、ということや、電子書籍にはどのように対応をしていくかなど、明確な案や話題は議題に上っていないことが分かった。しかし、県立図書館の役割を考慮すると、同図書館は書籍の電子化に対応することで大きな利点が得られるのではないか、という。
前述の通り、県立図書館はその特性上、入手し難い貴重な古文書や史料を保存、公開しているが、公開前に既に傷みや欠損のある歴史的資料も少なくはない。また、それらの資料が度々閲覧されることで光源にさらされ、変色してしまう恐れも否めない。しかし、文面をそのまま画像入力装置などで情報化し、インターネット上で公開し、閲覧できるようにすれば、実物への負担が軽減され、保存状態を良好に保つことができる、というのだ。利用者にとっても、非常にかさばって重量や厚みの伴う資料を、時や場所に関わらず閲覧できるとなると、大変好都合ではないだろうか。
だが、あくまでも現在は書籍の電子化など、情報化社会に伴う図書館の今後は未定であり、特に大きな進展や新しいサービスの展開は予定されていないということである。
次に、高齢化社会への図書館の対応について伺った。
既述のように、県立図書館の構造には利用者の円滑な図書館サービスの享受を妨げる数多くの問題点が見受けられる。しかし、同図書館では他の様々なサービスを充実させることでそれらの問題点を補う努力をしている。
例えば、身体上の都合で直接県立図書館へ足を運べない者には、郵送による貸出、図書の複写サービスも行っており、電話やハガキなどで利用申請が可能である。視覚に障害のある利用者に向けては点字書籍の収集や(現在は「とちぎ福祉プラザ」内にある点字図書館へ書籍を移動済み)、文字が一般書籍よりも拡大された大活字本を取り扱い、専門の書架も設けることで対応している。補助犬の同伴も可能であり、車イスの貸出も行うなど、幅広い面で利用者への配慮が成されている。
できることからひとつずつ改善していこうとする姿勢は随所に見られ、館内入口に受付カウンターがあるのもそのひとつである。建物の構造が容易ではないことを認めたうえで、初めて図書館へ来た者が館内で不自由しないようにと、疑問点などを気軽に訪ねやすいようにするための工夫からの設置である。
バリアフリーの観点からみると非常に難の多い図書館ではあるが、単なる貸出・返却のカウンター業務に留まらない、あらゆるサービスでそれらの面を補足し、利用者にとって利用しやすい図書館であろうと尽力していることが伺える。
今後の社会に対しても同様に、金銭によって大きな変化を一度に遂げようとするのではなく、利用者第一義の姿勢を保った改革が少しずつ、だが確実になされていくだろうことが予想される。
5、おわりに
図書館は、自治体の管轄である以上行政機関であることに間違いはない。
しかし、相馬さんから頂いた言葉に、大変印象的なものがあった。それは、図書館を「いつでもどこでも誰もが、家庭に図書室があるように、気軽に、親しんで、利用してほしい」というお言葉である。「行政」と「気軽」、「親しみ」という言葉はどうしても結びつかないものがあるが、これは図書館行政ならではの温かみのある部分を浮き彫りにした言葉なのではないかと思った。
相馬さんは、図書館は人と人との繋がりでできている、という。貸出手続きや書籍検索など、コンピューターが導入されたことで業務の効率性が向上したということは業務の機械化を連想させるが、その実は人と人が関わる時間が増え、より良いサービスを提供する余裕ができた、ということではないだろうか。
県立図書館に行くと、時事問題や郷土の作家に根付いた特設コーナーなどが設けられ、興味・関心の対象を広げ、現代社会への理解を深めるきっかけが用意されていることが分かる。職員が、利用者の反応を見て展示内容を変更したり、蔵書の選定をしたりするということは、利用者がより良い図書館を作り上げていくことに参加できるということではないか。この点こそ、他の公共施設には見られない、図書館が行政機関であるのに「気軽」に利用できて「親しみ」の持てる所以なのだろう。
栃木県立図書館の昔ながらの佇まいは、大きく外観を変えることはなくとも、内側から確実に現代の流れに伴い日々成長しているようだ。欲を言えば、今後、予算の都合がついたなら、図書館職員の方々も利用者ものぞむバリアフリーの建物を増築、もしくは現在の歴史ある建物を残しつつも全面的に改築することに期待したい。
今回の調査に伴い、実際に県立図書館へ訪問し、お話を伺うことで、現実的な問題を克服しようと奮闘する職員方の努力や、暖かい人間性を垣間見ることができた。お忙しい中、嫌な顔ひとつせずインタビューのために時間を割いて下さり、こちらの些細な質問にも丁寧親切に答えて下さった相馬さんを始め、協力して下さった図書館職員の方々に、文末ながら深くお礼を申し上げたい。
<参考サイト>
http://www.lib.pref.tochigi.jp/
栃木県立図書館ホームページ、2010年1月13日アクセス
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jslis/index.html
日本図書館情報学会ホームページ、2009年12月7日アクセス
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/04/06032701.htm
文部科学省「これからの図書館像−地域を支える情報拠点をめざして−(報告)」、2009年12月7日アクセス
<参考資料>
栃木県公共図書館協会編「栃木県内の図書館 2009」、栃木県公共図書館協会、2009年
栃木県立図書館発行「21年度県民の図書館」
(http://www.lib.pref.tochigi.jp/dl/kenmintosyo2009.pdfからダウンロード)