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加藤史康「ホームレス対策における地域格差−名古屋市への流入を事例に」
はじめに
「ネット難民」なる言葉と共に、ここ最近(2010年1月現在より)非正規労働者に対する様々な問題が注目されている。ネット難民とは、インターネットカフェなどの安価で利用できる施設で寝泊りをする経済的弱者のことであり、“新たな形のホームレス”[1]として話題となった。新たな形のホームレスという言葉通り、ホームレスと同様、経済的に不安定な状況にあることが最大の要因であるが、年齢層が幅広く、そのことがここまで話題となった背景にあるといえる。リーマンショック以降の不景気のあおりを受け非正規労働者のホームレス化が増加しており、今後も経済の回復が見込めないことを踏まえると更に悪化するのでは、との懸念もある。そのため既にホームレス化してしまった人々を含め、非正規労働者に対する早急な対応が、国または自治体に求められている。もちろん、国をはじめ地方自治体が何もしていないわけではない。しかし限られた財源のなかでどこまで対応できるかなどを含め問題も多く、不十分な対策にならざる得ないのが現状である。また自治体によっても非正規労働者への対応には差があり、対応に地域格差があることが問題になっている。特に名古屋市では、地域格差を背景に市外からの保護申請者の流入が激化しており、2009年1月以降、ホームレスによる生活保護申請件数が全国最多を記録し続けている。[2]
今回、名古屋市への保護申請を求めるホームレスの流入背景を理解し、自治体によって対応に格差があることを確認していくことにする。その際に、名古屋市のどの様な対応を求めて流入が起きているのかに注目し、格差の解決に結び付けて考察していく。なお、今回扱う保護申請者とは非正規労働者状況である者を含むホームレスに限定したものであり、またネット難民とホームレスは置かれている状況がほとんど同じであることから、今回は区別しないこととする(以下総称して「ホームレス」という)。
名古屋市への流入の現状と背景
名古屋市では市外からの生活保護申請者の流入が激化しており、対応が難しい状況にある。まずは現状について整理し、その背景をみていくことにする。
名古屋市のある愛知県は、トヨタ自動車をはじめ多くの大手製造業者があり、派遣労働者といった不安定な雇用状況に置かれている人が多く存在する地域である。そのため名古屋市はホームレスによる生活申請件数がもともと多く、ここ最近の経済悪化を受けて増加したと考えられている。しかしホームレスによる申請件数が全国最多を記録したことの理由はそれだけではない。名古屋生活保障支援実行委員会によれば、2009年1月の調査において、相談者の55%が名古屋市外からの流入者であり、さらに派遣切りを背景に相談に来た人に限定した場合、73%の人が市外からの流入者であったという。[3]しかもその73%のうち過半数は県外出身であった。つまり、名古屋市に生活保障の申請を求めている人の過半数は市外からの流入者であり、そのうちの大多数は県外出身なのである。ここ最近になって申告者数が急増したことを踏まえると、むしろ市外からの流入の方が要因であると考えられる。
ではなぜ市外からの流入は起こるのであろうか。まず背景を整理するにあたり、流入がここまで激化したことには他地域の自治体による名古屋市への依存があることを理解する必要がある。実際、名古屋市保護課は中日新聞者の取材に対し、他地域の自治体からホームレスの受け入れを求められたことがたびたびあったことを告白している。また、名古屋市に受け入れの相談をすることなく、ホームレスに電車賃を渡し名古屋に行って申請するように促していた自治体が存在していていたことも流入者の証言によって明らかになっている。つまりホームレスの名古屋への流入は、必ずしもホームレス自身の意思によるものではないのである。
他の自治体が名古屋市に依存してしまうことにはどの様な背景があるのであろうか。そこには名古屋市と他の自治体間にあるホームレスへの対応の格差がある。例えば東海地方において自立支援施設や一時保護施設といったホームレスに対応した公的施設はほとんど名古屋市にしかない。ホームレス用シェルターなどもその一つであり、国の主導のもと[4]名古屋市には現在二ヶ所設置され、ホームレスに対し住居を一定期間提供した上で様々な自立支援が行われている。また名古屋市にはシェルターとは別に市内に二ヶ所、自立支援の厚生施設が存在し、県や市民団体と連携しながら様々な自立支援が行われている。一方、他の自治体はというと、豊橋市や豊田市といった周辺地域では国が定める法律に基づき[5]相談窓口は設けられているが公的施設は有していない。また県外の自治体の一例として浜松市をあげた場合も、自立支援施設はある[6]ものの規模は小さく、やはりシェルターのようなものは有していない。もっとも名古屋市は常にシェルターに空きが無い状態であり、シェルターに入れない場合は浜松市とほぼ同様の対応にならざるを得ないことは考慮する必要はある[7]。また共同生活などを嫌い、シェルターへの入居を拒むホームレスも存在するなど、シェルターの存在が必ずしもニーズに応えていないことも考慮する必要もあるだろう。しかしホームレスの人々が相談の際に最初に求めることは住居の提供である[8]ことを踏まえれば、様々な形態の保護施設を有していることはより多くのニーズに応えることができ、名古屋市と周辺自治体とでは差があるといえる。さらに相談窓口についても、名古屋市は他の自治体に比べ多様である他[9]、市民レベルでの取り組みも他地域よりも充実している。もちろん名古屋市で展開されている取り組みでも不十分なのが現状だが、他の自治体に比べ充実した支援体制が整っているといえるであろう。ただし、名古屋市の取り組みの多くは厚生労働省や愛知県または市民団体と連携して行われており、名古屋市が独自に展開する活動ばかりではないことは理解しておく必要がある。[10]
以上がホームレスの流入および他の自治体の名古屋市依存の背景であった。では、以上を踏まえて次に名古屋市へのホームレスの流入に対しどのような対策をとっていくべきかを考察することにする。
地域格差解決に向けて
名古屋市は市外から保護申請を求めたホームレスの流入が激化しており、そこには様々な背景があることを示してきたが、今後どの様な対策を行っていくべきなのであろうか。「第二期愛知県ホームレス自立支援施策等実施計画」(平成21年度)では、今後、各自治体と県とで自立支援活動を展開していくことを意味するような内容が盛り込まれているものの、ホームレス数が依然高い名古屋市を中心にホームレス支援をしていくとしている。しかし、東海地方を中心にホームレス支援活動を行っている名古屋生活保障支援実行委員会の藤井克彦代表が「名古屋市は限界状況にあり」「名古屋市外の自治体もホームレスに対応していく必要がある」と主張しているように、名古屋市にホームレス関連の施設が集中していることが流入の要因であり、解決のためには各自治体がホームレス支援の体制を今以上に整えることが必要である。特に住居を求めて名古屋市に流入するホームレスは多く、今後、各自治体ごとに自立支援及び一時的住居の提供ができるようしていくことが重要である。幅広いホームレス支援には県や国との連携が重要であるため、今後各自治体で以上のような活動を展開していくならば、県や国にも協力を求めていくことが求められる。
しかしホームレスが多数存在していた名古屋市と数人程度の自治体とではホームレス問題の優先度が異なることは当然であり、全ての自治体で名古屋市と同様に展開する必要があるのかという疑問もある。この場合、例えば藤井氏が提案するように「厚生労働省が音頭をとりながら、ホームレスの多い自治体と都道府県が連携して新たな支援活動を展開する」[11]、つまりはホームレスの多い数ヶ所の自治体に焦点を絞り、そこで国や県と連携しながら受け入れ可能な体制創りを行うことで名古屋市へのホームレスの集中を緩和させる方法もある。もっとも、最近の経済状況からすると、今後ホームレス問題はさらに深刻化する可能性は十分にあるため、対象となる自治体を限定するべきではないと考えるが、その地域性に合わせて工夫して行っていく[12]と良いだろう。また資金面の問題もあるであろうが、例えば名古屋市の2009年明けごろのホームレス緊急支援時の対応の際、民間宿泊施設と連携して住居提供を行ったことなどからみても、十分な施設が無くても準備次第で様々な支援活動の展開は可能である。各自治体がしっかりとホームレス問題に向き合うことが、今、地方自治に求められているのである。
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2007/0706-3.html (NHK WEBページ 「クローズアップ現代−町をさまよう若者たち」 1月15日参照)
名古屋市は市のみで対応するのは限界であるとして、国などに支援を求めていることが紹介されている。また、相談件数が2009年4月の時点において増加傾向にあったことにもふれている。なお申請件数は全国最多であるが、ホームレス数は全国5位である。http://www.chunichi.co.jp/article/feature/koyou_houkai/list/200904/CK2009040602000235.html (中日新聞社WEBページ 「生活保護申請、名古屋は最多447件」 1月14日参照)
他にも2008年12月の調査では名古屋市外からの流入は37%であったことを示し、流入が2009年度より激化したことを指摘している。
http://www.labornetjp.org/labornet/news/2009/1235825280062staff01 (レイバーネット日本 「住居を失った労働者の相談状況」 1月14日参照)
平成11年のホームレス問題連絡会議で決定された「ホームレスの問題に対する当面の対応策」に基づき、ホームレスの多い市には国庫補助事業として「ホームレス緊急一時宿泊事業(シェルター)」などの施策が講じられてきた。
「ホームレスの自立等に関する特別処置法」(平成14年法律 第105号)6条において、地方公共団体は自立の意思があるホームレスに対し施策を指定し、実施することが求められている。
社会福祉法人による宿所提供施設「希望寮」というものが存在しており、浜松市は空きがある場合は入居を勧めているようである。
http://www.npokama.org/kamamat/webmagari/chihou/chihou2/hamamatu.htm (「静岡県 におけるホームレス の自立支援等に関する推進方針」 1月14日参照)
全ての施設に空きが無い場合は、両市(名古屋市・浜松市)とも相談者には安価で借りられる物件の紹介を受けることになっている。一方で、名古屋市においては一定条件を満たす場合、敷金・礼金を肩代わりするという政策も存在するなど若干の違いは存在する。
行政への要求は住宅関連が45.1%と最多であり、次いで仕事関連が37.9%となっている。なお、就職意欲は年々低下傾向にある。
例えば名古屋市と愛知県と厚生労働省とで連携して行っている「住居喪失不安定就労サポートセンター」(通称「AICHIチャレンジネット」)は非正規雇用労働者を対象とした相談窓口であるが、同様の取り組みは東海地方の他地域には存在しない。その他にも「ヤング・ジョブ愛知」[9]など様々な窓口が設けられており、保護施設と同様、名古屋市にはより多くのニーズに応えることができる体制が整っている。
「名古屋市ホームレスの自立の支援等に関する実施計画」(平成16年)の中で、実効的なホームレス支援を行うためには国・県・経済団体等及び市民と連携していくことが必要であるとされており、今後さらに連携が重要視されていくものと考えられる。
「愛知派遣切り抗議大集会 報告」(2009年2月22日)
名古屋市周辺の場合、名古屋市に次いでホームレスが多いのが豊橋市であり、その次も豊田市、岡崎市と三河地域に集中している。そのため三河地域で協力して行われるべきとの案もあるようである。
参考文献
・「第二期愛知県ホームレス自立支援施策等実施計画」(平成21年度)
http://www.pref.aichi.jp/cmsfiles/contents/0000023/23506/dai2keikaku_zenbun.pdf
・「名古屋市ホームレスの自立の支援等に関する実施計画」(平成16年度)
・「第二期名古屋市ホームレスの自立の支援等に関する実施計画」(平成20年度)
・豊田市WEBページ とよた産業ナビ http://sangyounavi.toyota.aichi.jp/2006/shienkikan.html