090119nakayamat
中山利之「岩舟町における住民投票による1市5町合併案の否決に関する一考察」
岩舟町にて2008年(平成20年)7月27日に実施された,1市5町(岩舟町・栃木市・大平町・藤岡町・都賀町・西方町)による合併と,1市1町(岩舟町・佐野市)による合併のどちらかを選択する住民投票の結果,これまで町が進めてきた1市5町ではなく1市1町による合併が選択された。この住民投票は,6月議会において可決された合併の相手先を問う住民投票を行うための条例に基づき行われたものである。結果を受けて岩舟町長は辞職し,現在は新町長の下,佐野市との合併交渉が開始されている。岩舟町ではこれまで,1市5町の枠組みこそが町民利益の最大化を図れるとして合併交渉を進めてきたはずであるが,町の方針は否定され,いわば敗北したわけである。なぜこのような結果に終ったのであろうか。岩舟町のこれまでの事業の進め方からその理由を検討するとともに,1市5町が住民投票において選択されるために必要であったであろう方策について検討する。
1.これまでの経緯
岩舟町における合併の動きは1市5町合併案が初めてではなく,2003年(平成15年)5月には岩舟町・大平町・藤岡町の三町による合併協議会を設立している。しかし新市の事務所の位置を主な理由として合意に至らず,2004年(平成16年)3月に協議会を廃止するという結果に終っている[1]。
2.合併に対する町民の意識
町が平成20年3月5日から3月25日に行ったアンケート調査によれば,回答者の9割が「合併すべき」との回答であり,合併に対する理解は得られている[2]。このアンケート調査で示された選択肢は「1市5町」,「2市6町(「1市5町」+小山市・野木町)」,「1市1町」の3通りおよび「その他」として自由記載をするものであった。合併希望先ごとの構成比率は「1市5町」が31.8%,「2市6町」が17.8%,「1市1町」が44.5%となっている[3]。
3.住民投票に至る経緯
町民には合併は必要との認識があるものの相手方について意見が分かれていたことから,平成20年6月議会において町長より住民投票による決定を行うための条例案が提示され,賛成15反対1で可決された。これにより住民投票を行うこととなるが,選択肢は合併アンケート調査で示された3通りではなく,「1市5町」と「1市1町」の2通りが示された。
4.岩舟町の取組み
三町合併が不調に終った後,約2年を経た2007年(平成19年)2月より『広報いわふね』に特集記事が掲載され,再び合併に関する情報提供が行われるようになる[4]。記事では合併の必要性に関する説明は行われているが,合併の枠組をどうするかについては県の構想が記載されているのみであり,「町は町民の皆さんの意見を第一に考えていきます。」との名目のもと,この時点での町の主体的な意思は明確には示されていない。なお,「1市5町」や「2市6町」という県構想のほか,町民に「1市1町」を希望する声も多くあることも,この時点で十分理解していたようである[5]。なお,記事では明確に示されていない町の意思であるが,県構想の枠組みが「1市5町」や「2市6町」であること,また「1市1町」では編入合併となる可能性が高いこと[6],一般的には新設合併の方が対等な立場で意見交換ができることを広報紙に取り上げていること[7],2007年6月には栃木地区広域行政圏首長懇談会を設立していることなどから,前者に重きを置いていることは明らかである。
5.疑問点
・合併アンケート調査の結果を重視していないこと。(相当の数を持つ「2市6町」をただ外している。)
・この時期に住民投票条例案を議会に提案したこと。
・投票率がわずか57.65%であったこと。(直近の町政選挙はH17.9.11実施の町議選挙で77.15%の投票率であった。)
⇒町の「1市5町」合併を目指す取組みは,不十分であったのではないか。
6.採るべきであった対応策
・「1市5町」の優位性をもっと説明すべきではなかったか。
・「1市5町」対「1市1町」ではなく,「1市5町」+「2市6町」対「1市1町」に持ち込むべきではなかったか。
⇒アンケートの結果を見れば,よほど強力な取組みを行わない限り「1市5町」案単独での逆転は困難であろう。なぜなら「合併すべきでない」層は1割にも満たず,また別の枠組みを選択する者は「合併すべき」層の6%という状況にあり,浮動票は見込めないわけである。この場合,「1市5町」にすべきであるとの説得・説明その他の手段により「1市1町」派を切り崩すことや,「1市5町」は「2市6町」への通過点であることを積極的にアナウンスするなどの「2市6町」派の取り込みに全力を尽くす必要があったのではないだろうか。そうしたことを行わぬままに漫然と,「1市5町」対「1市1町」での住民投票に委ねることは,説明不足による必然的な敗北であるとの批判を免れられないのではないか。
7.頭の体操として
そもそも現在の岩舟町の形は,僅か52年の「歴史と伝統」である[8]。これは多くの市町村で同様であろう。このことから一般的にいわれる伝統というものは,本当の意味での伝統ではなく,単なる「理由のない不安」の表出であると考える。従って,どれほど厳密に伝統を守る手段を講じようと本質的な解決には至らない。仮に歴史をいうのであれば,長い歴史を持つ江戸時代の地区を考えてはどうか。そこまで歴史を重視しなくとも,いっそ旧三村(町村制施行後の岩舟・小野寺・静和は67年の歴史[9])に分割し,それぞれ希望の相手と合併してはどうか。アンケート結果でも旧三村では希望が異なる。各地区の現在の生活に便利な相手,馴染み深い相手はどこかということを表す合理的な意見であろう。これこそが歴史と伝統も重んじ,現存する多くの人々の要望を果たす方法ではないか。
8.首長の資質
前岩舟町長は,辞職後のインタビューにて県の指導力不足を批判している。また,残った1市4町での合併協議を続ける首長からも「県は何もしていない」との批判がある[10]。では県に何をすべきだと彼等はいうのか。「1市5町」は県構想に載せた。新たな枠組みが生まれた場合には,構想に変更を加えるとの既述もある。各首長のなかには,県に強制的に事を進めてもらえれば,自分は楽をできるという甘えはないか。また,住民の意思という一見もっともらしい理由を掲げることにより,自ら判断することから逃げていないか。首長とはその統括する地域において大統領ともいうべき権限(総理大臣よりも強い権限を持つのである[11]。)とそれに応じた責任を持つ「政治家」である。その首長が外部からの圧力をアリバイとすることや,他者の判断にただ乗っかることは思考停止であり,その役割を十分果たしているとはいえないのではないか。言われたとおりにやるのならば誰でもできる簡単なことである。全ての施策を住民投票により決めるような直接民主主義にすれば政治家は不要であろう。もちろん町民の声を聞くことは基本である。しかし,町の「あるべき姿」を示し,その実現に向けた施策を行うための説明を行い,町民を納得させることこそが首長に求められる行動であると私は考える。
9.おわりに
町が主導してきた合併案が否定され,住民投票の結果が優先された今回の岩舟町における騒動であるが,これは住民の意思を十全に反映したものといえるのだろうか。答えは否である。この結果は,「1市5町」や「2市6町」を希望する住民や,合併せずを含めた他の枠組みを希望する住民の意思は無視した形になるのである。アンケート結果を参考にすれば,総数としてはむしろそちらの方が多い可能性も高いだろう。しかし手続きとしては必要十分な形がとられており,最終的に多数決によることは民主的な方法といえるだろう。であればこそ,自身らが実現したい施策を真に実現するためには,なるべく自分に都合の良い戦場を設定することこそが,目的の実現に対する最適な行動として正しいものであると考える。「1市5町」派の行動はそれを実行したものであり,それを実行できなかった岩舟町長は,負けるべくして負けたものといえるだろう。
注(urlは全て2008.12現在)
[1] 大平町・岩舟町・藤岡町合併協議会HP 「大平町・岩舟町・藤岡町合併協議会の廃止について」(url:http://www.cc9.ne.jp/~oif-gappeikyo/news/news0331.html)
[2] 岩舟町HP 「市町村合併に関するアンケート調査の結果の公表」 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/_files/enquete-kekka.pdf)
[3] 岩舟町HP 「市町村合併に関するアンケート調査の結果の公表」 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/_files/enquete-kekka.pdf)
[4] 岩舟町HP 「市町村合併を考える」 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/cat5/cat102/post-270.html)
『広報いわふね』2007.2月号〜7月号,2008.1,2,5月号及び7月特集号が掲載されている。
[5] 『広報いわふね』2007.7月号p.4 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/_files/0707.pdf)
[6] 『広報いわふね』2007.7合併特集号p.7 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/_files/080702.pdf)
[7] 『広報いわふね』2007.7月号p.4 (url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/_files/0707.pdf)
[8] 岩舟町HP 「町の歴史」(url:http://www.town.iwafune.tochigi.jp/General/static/rekisi.htm)
[9] フリー百科事典『ウィキペディア』
岩舟町の項(url:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E8%88%9F%E7%94%BA),
静和村の項(url: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%99%E5%92%8C%E6%9D%91),
小野寺村の項(url: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%AF%BA%E6%9D%91)
[10] asahi.com 「『問う』08知事選を前に」県南合併/知事、見えぬ指導力 2008.10.26
(url:http://mytown.asahi.com/tochigi/news.php?k_id=09000300810270001)
[11] 米大統領と同様,議会の議決に対する拒否権までも持つ(総理大臣にはない。)。(地方自治法第176条)ちなみに米大統領は法案提出権や議会の解散権がなく(総理大臣にはある。),首長は大統領と総理大臣の権限を併せ持つといえよう。