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簗瀬理恵「介護保険制度への疑問 〜介護者ケアに地域が果たす役割〜」
2000年、急速に進む高齢社会に対応するため、介護保険法が施行され、介護保険制度がスタートした。介護保険とは、もともと日本のように施設サービスも居宅サービスも不足した国で、新たなサービスを生み出す財源の方針のために生まれたものである。介護保険の誕生により、老人ホームや老人保健施設などへの施設サービスから、施設入所は一時的、または通いという居宅サービスに重点をおいた介護サービスの提供がなされるようになったため、介護の担い手の中心は従来どおり、家族または親族ということになる。厚生労働省の最近の調査結果[1]によると、介護保険の介護認定において、要介護1または2と認定される人が多いということである。これらの被介護者の状態は、日常生活上の基本的動作についても、自分で行うことが困難であり、何らかの介護を要する状態の軽度である。軽度であるため、居宅サービス受給者数が最も多いのもまた、この要介護1または2と認定される人々である。つまり、介護保険でサービスを受ける被保険者の大部分が、身内による介護とショートステイやヘルパー等の施設利用を併用していることになる。
介護には必ず、介護者と被介護者の2役が存在する。日本における家族介護の担い手は、その大部分が女性であり、中でも要介護者の長男の嫁が伝統的には、嫁の義務として介護を担ってきた。しかし、女性の社会進出や単身世帯の増加、低所得者層の増加など、様々な社会的要因の変化により、長男の嫁が介護を担うという、日本の伝統的介護観が変化した。これにより、誰が介護するか、という家族間または、親族間での衝突が生まれるようになり、その結果、介護の孤立が進んだ。そして現れたのが、高齢夫婦の単身世帯における老老介護や、介護ノイローゼ、高齢者虐待、もしくは介護殺人の問題ではないだろうか。これらの問題は、介護において、介護者が精神的にひどく追い詰められた状態により起こりうる問題ではあるものの、被介護者を焦点にあてた介護保険制度では、介護者に対する直接的なケアに注意が払われずに、放置された状態にある。
介護保険は、居宅介護における家族の負担を軽減することも目的に、あらゆるサービスの提供を行ってはいるものの、近年、社会問題となっている高齢者虐待の増加をみると、いかに、介護者の多くが、追い詰められた状態にあるかが分かる。高齢者虐待の増加を受けた改正介護保険法においては、住人2〜3万人を目安に、市町村に対して地域包括支援センター設置を義務付けたが、職員の配置基準が低く、実際にはほとんどが人員不足のために、介護者ケアや、虐待の早期発見まで、手が回らないのが実状である[2]。また、多くの自治体では家族介護慰労金を、介護を担う家族に対して年間6万円〜10万円支給することを福祉事業に盛り込んでいるが、その多くが、介護認定4または5で1年以上介護保険サービスを使用していない被保険者を介護している家族を対象とし、また収入にも制限を課している。一人では食事、排泄等も出来ない高齢者を抱えた介護者が、1年以上も介護保険を利用せずに、介護を行ってきたとすれば、理想的な家族や地域の連携が取れていたか、もしくは孤立して、心身ともに追い詰められているかのどちらかではないだろうか。いずれにしても、実質的に介護者ケアとして機能しているか考えると、そうではないだろう。私自身も含め、誰もが介護を必要とする可能性があると同時に、誰もが介護者になる可能性があるにも関わらず、介護者ケアに焦点が当てられないのは、疑問を感じる。このように、現行の介護保険制度に関しては、疑問ばかりが浮かぶ。事件が起こる度、新聞記事や報道では、行政は何をしていたと批判し、地域の監視の目、連帯に期待しようという結論に達している。
では、地域は、介護者に対してどのようなケアを行うことが可能だろうか。また、その責任はあるのだろうか。介護保険法の施行と同じくして、要介護者が暮らす地域における社会関係の維持が、地域の役割とされている。また、市区町村は介護保険事業計画の策定をするというサービス基盤の整備という責任を担うこととなった。ここで注意したいのが、地域というのは、行政に限らず、病院等の医療機関を初めとする医師、看護師、介護福祉士、ケアマネージャーなど、地域医療、介護ないし福祉を担う全ての機関、専門家をさしていて、地域ケアに必要とされるのは、それらが連結して支援を行ない、要介護者の日常生活の支援だけでなく、その社会関係の維持を支援するということである。
要介護者を中心とした現在の地域ケアの課題としては@医療・介護・福祉サービスの統合A継続的な支援B地域生活を営む上で生じる問題への適切な介入の3点が挙げられる。これらの課題は、介護者支援においても同様であると考えることが出来る。サービスを受けるための整備が、(整備されていなければ、ニーズに見合う選択をする余地さえないため)きちんとなされていることを前提とすれば、地域ケアにおける介護者の直接的なケアとして、@介護認定後に、認定変更の訪問とはまた別に、介護者のライフスタイルの変化や、財政面、精神面の変化等を調査するための訪問を一定期間ごとに設けるA要介護者の社会関係の維持と同様に、介護者を対象とした意見交換会や、介護技術の勉強会の開催と、それへの積極的な参加を促す広報活動は考えられないだろうか。実際、Aに関しては、行政主催の勉強会や、地域のNPO法人、近隣住民による集まりによって行われている自治体は数多くある。もちろん、共通の悩みを抱える者同士が語りあうことが可能な場の提供としての役割も重要ではあるが、私はそこに集まった介護者たちの、愚痴や雑談から聞こえるであろう、介護の苦痛の声を専門家たちが拾い上げ、積極的に新たなケアプランの作成や、介護サービスの策定を行い、次に生かしていくことに介護者ケアの本当の意味はあると思う。介護において、苦痛が伴わないということは、どんなに介護を必要とする者を慕っていても、現実には、何かしら起こりえるものだと思う。しかし、それが解決されるのと、心のうちに秘めて、一人悩んで介護を続けるとでは、大きな違いである。
結論としては、要介護者だけでなく、介護者をも含めた地域ケアに必要なのは、やはり財源と、介護に携わる人員の確保。そして、包括的なサービスでは解消しきれない介護問題、例えば共働きの夫婦による介護や、一人親世帯による介護、単身世帯による介護等、ライフスタイルの変化によって生じる個別のケースに対応できる特別措置を、介護保険に盛り込む、もしくは自治体独自の取り組みとして設ける必要があると感じる。実際には、自治体の財政難が解消されなければ、いくら独自の取り組みでサービスの充実を図ろうとしても、これらのニーズが完全に満たされることがないのは明らかだろう。しかしながら、世界一の長寿国である日本のどの地域においても、長生きすることが不幸となってはならない。また、慕う人を看取りたいと願う人々が、その願いを断念せざるを得ないという状況をつくってはならないのも、また明らかである。
参考文献
『介護とジェンダー 〜男が看とる 女が看とる〜)』2000年3月 家族社 春日キスヨ著
『地域ケアシステム』2003年4月 有斐閣アルマ 太田貞司著
『介護保険 地域格差を考える』岩波新書 中井清美著
[1] http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/m07/0707.html 厚生労働省:介護保険事業実況報告(暫定)(平成19年7月分)
[2] http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/kaigo_news/20061121ik05.htm?from=goo
介護悲劇なぜ続く : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)